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小坂正則の個人ブログ

カテゴリ:小坂農園 薪ストーブ物語( 221 )

ドキュメント「安倍官邸VSNHK」はアマゾンではなく地域の本屋で買って読もう

安倍官邸の広報宣伝機関化したNHKの内幕を暴いた元NHK相澤冬樹記者
小坂正則



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これほどおもしろいというのは失礼かもしれないが、ワクワクしながらアッという間に読んでしまった書物は久々でした。「安倍官邸VSNHK」という本で、元NHKの司法キャップの記者だった、相澤冬樹さんによる「森友事件」を追った彼のドキュメント記事です。彼は生え抜きのNHK記者で、54歳の記者といえば熟練記者で、彼の後輩が今では上司として君臨しているそうです。ですから50代になっても第一線で記者をやってる人などNHKにはほとんどいないそうですが、それほど彼は記者魂に燃えた男なのです。それだけに、彼はこれまでたくさんの特ダネを取ってきたそうです。特に「森友事件」では昨年春には特ダネを取って来て原稿を書いてニュース7やニュース9で流そうとしても記事をできるだけ柔らかくされたり、特ダネなのだからトップに流すべきニュースを最後に短く伝えられたりしたそうです。
そして最後には彼がNHKをやめる決意をしたのは、2017年7月26日の夜、ニュース7で彼が取って来た特ダネ記事の「大阪財務局から森友学園側にいくらなら土地を買い取れるかを打診して、森友学園側が1億6千万円までなら出せると回答した結果、ゴミ処理費用を8億2千万円と決めることになったものです。これまで近畿財務局側と森友学園の間で頻繁に交渉が行われていたことが関係者への取材で分かりました。また財務局は交渉経過の文書は破棄したと話していましたが残っていることも分かりました」というような特ダネです。このニュースを流すために彼の周りの幹部は、NHK東京の報道部門トップの小池英夫報道局長へ内容の詳細まで伝えないで放送許可を取ったのではないかと相澤氏は書いています。そして何とかニュース7に流すことができたそうです。しかし、特ダネ放送の3時間後に、小池英夫報道局長が大阪放送局の報道部長に叱責電話を掛けてきたのです。本人がニュースを見てすぐ電話をかけてきたのならともかかく、3時間後に文句を言って来るというのは、官邸から文句が出たので、大阪の報道部長へ電話してきたのではないかと相澤氏は書いています。電話で「私そんな重要な話だとは聞いていない。なぜ出したんだ」とか、大阪の報道部長は「あなたの将来はないと思えと、小池局長から言われちゃいました」と話したそうです。
そこで、相澤氏はいつか報復人事があるだろうと予想はしていたそうです。そして、1年後の2018年5月14日にNHK大阪の報道部長から記者から考査部への異動を命じられたそうです。その際部長は「不本意なことになって申し訳ありません。東京の人事が決めたことで、私にはどうしようもないんです。不本意だとは思いますが、本当に申し訳ありません」と。
そこで、相澤氏は退職を決意したそうで、周りの記者などにどこか私を取ってくれる会社はないかとみんなに話していたそうです。そんな中で鳥取に本社のある「新日本海新聞社」が大阪で発行する「大阪日日新聞」へ就職することになったそうです。大阪日日新聞というのを私は、初めて知ったのですが、鳥取の新日本海新聞社で印刷したものを大阪まで輸送しているそうです。余りたくさんの部数を出している新聞ではないようです、関西の私鉄の売店で販売しているそうです。NHKなら1千数百万円の年収が、大阪日日新聞へ行けばその数分の一になることでしょう。

NHKは内容について反論にならない反論

この本についてNHKは以下のように反論しています。(12月19日朝日新聞)
本の内容についてNHKの山内昌彦・編成局計画管理部長は19日の定例会見で「主要な部分において虚偽の記述が随所に見られる上、未放送原稿を規則に反して持ち出し、加工した上で(本の中で)公表もしており、極めて遺憾だ」などと述べた。記者が守るべきルールを逸脱しているとし、「必要に応じて対応を検討する」という。「虚偽の記述」が何を指すのかについては「取材や制作に関することに関しては、お答えできない」とした。NHK広報局は「ニュースや番組については、報道機関としての自律的な編集判断に基づいて放送しており、報道局長の意向で報道内容を恣意(しい)的に歪(ゆが)めた事実はありません」としている。
NHKの反論を受け文芸春秋は19日、「『森友事件』は重大な国民の関心事であり、『安倍官邸VS.NHK』は事件をスクープしたNHK元記者・相沢冬樹氏による公正なノンフィクション作品です。NHKという公共放送がその国民的関心事を、国民に正しく報じたかを検証する上でも、有益な内容であると確信しています」(週刊文春編集局)とのコメントを出した。同社によると、本は発売直後に重版し、これまでに7万部を発行した。
(ここまで引用)
NHKの幹部は反論として「虚偽」があると批判しているのですが、どの部分が虚偽なのかを具体的に指摘していません。ですから日時などの枝葉末節の部分に間違いなどがあったのじゃないかと思われます。以下の本質的な部分は全て真実だということなのです。
「相沢氏はこの中で「近畿財務局と学園側との間で(国有地の)売却価格をめぐって行われた協議の内容が初めて明らかになった」と2017年7月に報じた際、報道局長が怒り、翌日の続報が「何度も書き直され、意味合いを弱められた」「(局長は)安倍官邸に近く、政権にとって不都合なネタを歓迎するはずがない」などと書いた。その後の異動で「記者を外された」という。(12月19日朝日新聞より引用)
また、「必要に応じて対応を検討する」ということは名誉毀損などで提訴する気はないと言うことでしょうから、本の内容は全て真実だとNHKが保証したようなものです。

相澤冬樹氏は「森友事件」を最後まで追い求める

彼は「新日本海新聞社」の社長から「森友事件も含めて好きなだけ書いていい」と、お墨付きをもらっているそうです。それと彼は社外への記事の投稿などの自由を入社の条件にしたそうです。彼の書いた文章などに必ず「『大阪日日新聞』記者という名前が出るので、新聞の宣伝にもなるので」と提案したそうです。ですから今回の本もそうですが、中澤氏は週刊誌などいろんな所へ「森友学園事件」について書いているようです。
「森友学園」の公文書を改ざんさせられた近畿財務局の職員の尊いに後が失われた事件の真相は解決していません。そしてこの事件の本質は私立小学校がなぜ大阪府によって異例の許可が下りたのか。政治家よる介入があったのではないか。そして近畿財務局がなぜ格安であの土地を森友学園に売り渡したのか。そこに政治家の介入はなかったのか。
その2つを解明するまで氏は大阪の地で「森友事件」を執拗に追い続ける決意だそうです。「森友学園」も「加計学園」問題は何も解明されてはいないのです。相澤冬樹氏のような粘り強い記者がいることに私はこの国にも一縷の光を感じました。
ぜひ皆さんもアマゾンで買うのではなく、お近くの書店で買って読んでみてください。地域の書店で買えば地元の本屋が生き残っていけるかもしれません。


by nonukes | 2019-01-12 12:21 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

タレントの言論の自由ってなんだろう?

失うものを覚悟して政治的発言を行うタレントと政権擁護の政治発言とは大違い
小坂正則
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日本国憲法第二十一条に「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」とあります。また、憲法第十九条に「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」ともあります。
ですから、日本国に住む私たち住民は思想信条の自由も認められるし、私たちは言論及び表現の自由も与えられているのです。
そこで、インスタグラムに520万人もフォロアーの人気タレント、ローラさんが「みんながこの署名をしてくれたら辺野古の海が守られるかもしれない」と12月18日にインスタグラムにつぶやいただけで、一気に「2月24日の県民投票まで辺野古の海を埋め立てないで」という米国トランプ大統領への請願署名が10万人を越えて、とうとう1ヶ月目の1月7日には20万人を越えてしまったのです。大統領府は1ヶ月で10万名の署名が集まった請願には何らかの回答をするそうです。

松本人志や小藪こそ安倍擁護の政治的発言を少しは慎め

そんな勇気あるローラさんの書き込みにネトウヨの高須クリニック院長の高須克弥が「私ならCMを降ろす」と噛みついたり、日頃から安倍政権寄りのタレントの松本人志や小籔千豊、つるの剛士にらが「辺野古に反対するなら代替案を出せ」だの、「もっとよく勉強してそんなこと言え」とか「タレントは政治的な発言はするべきではない」などと、テレビで徹底的に「安倍政権を支持するという政治的な意味」を込めてローラ批判を繰り広げているのです。「お前たちこそ政権擁護の政治的発言を少しは慎め」と私は言いたいです。
まあ、次元の低いお笑いネタしか披露できないタレントがどうローラさんを批判したところで彼女にとっては痛くもかゆくもないのでしょうが、ネトウヨによってCM企業が脅迫されたら、彼女のタレント生命が絶たれる可能性があるのです。事実、ウーマンラッシュアワーの村本大輔が一昨年のTHE MANZAIで沖縄の米軍基地を材材にした漫才をやって仕事がなくなったことなどから、ローラのファンからも「仕事がなくなるんじゃないの」と心配の声が上がっているというのです。でもこの発言が「政治的だから仕事がなくなる」のではありません。「安倍政権を批判しているから仕事がなくなる」のです。
それではなぜタレントが「政権批判を行えば仕事がなくなる」のでしょうか。ここで少し踏み込んで考えて見ましょう。実はネトウヨと言われる人間はせいぜい数千人から1万人足らずです。それらが激しい書き込みや「政権批判」したタレントが出ている番組やCM企業に電話やネットで「お前の会社の商品は買わない」という書き込みを繰り返すのです。しかも、そのようなネット戦略を自民党の中でネット担当部署で行っている可能性すらあるのです。あらゆるネット戦略から世論操作まで電通などを通してネットでの炎上が今日では政治の流れを左右するようになったのです。それは米国トランプ大統領誕生の裏にフェイスブックの数百万人の個人情報を利用してフェイクニュースを流した結果トランプ大統領がクリントンに勝った事実が浮かび上がっていることからも推測されるのです。
つまり、企業が面倒なクレームをいやがってネトウヨの書き込みに欺されて、「政権批判」のタレントを降ろしてしまうのです。今回のローラの書き込みについてCM企業は今のところ「CM降板」という話は出ていませんが、契約更新時にローラを降ろす企業が出てくる可能性はあるでしょう。米国のように骨のある企業がもう少しい日本でも育ってほしいものです。企業のリテラシーや社会貢献などが求められている時代なのですからほんの1%にも満たない少数のネトウヨの脅しに屈することなく、むしろ海や自然をこよなく愛するという心優しく気骨のあるタレントこそ高く評価すべきなのです。

日本国憲法21条の表現の自由とはどんな権利か

一昨年の衆院選の前に安倍晋三首相が確かTBSだと思うのですが、街頭インタビューで多くの方が「生活が苦しい」というインタビューに対して、「私にも言論の自由があるのですから言わせてもらいますよ」と言って、番組の時間を相当取って反論をしていました。この方バカだから国家権力の最高位にいる人間が「自分にも言論の自由がある」とお思いなのかもしれませんが、日本国憲法は「国家から国民の権利を守るための約束事」なのです。日本国憲法が保障するのは総理大臣の言論の自由を保障するために21条があるのではありません。どんな独裁国家でも大統領や首相には言論の自由は余りあるほどあるでしょう。日本国憲法のいう「自由」とは、国家権力から主権者たる国民の自由をまもるものが日本国憲法のいう「自由」なのです。安倍首相は全く勘違いしているようです。残念ながら彼は大学は一応出てはいるようですが憲法の何たるかを全く理解してはいません。
しかも言論の自由を守るということはどんなことなのでしょうか。普通の日常会話や友だちとの会話の自由を守ることでもありますが、日本国憲法の趣旨は少し違います。権力者にとって都合の悪いことを正面切って言うことが「表現の自由」であり「言論の自由」なのです。松本人志や小籔千豊、つるの剛士などのクズのタレントがバカ話をテレビで繰り広げることももちろん言論の自由なのですが、憲法が保障する「表現の自由」とは「政権批判」など国家権力にとって都合の悪いことを言う権利を認めて、権力者に対して不都合なことを言う相手を決して「権力によって弾圧はしてはならない」という意味で憲法21条があるのです。このような自由は共産主義国家にはありません。中国にも憲法条文に言論の自由も表現の自由はあると思いますが、国家反逆罪や国家転覆罪という法律などがあり、「この人間は共産主義国家を転覆させる目的で喋っている」という権力者の思惟によってどうにでも解釈されて、政権に不都合な人間を捕まえたり弾圧することができるのです。しかし、先進諸国の自由主義国家の一員である日本国には「国家反逆罪」などの法律はありませんし、言論表現の自由が憲法で保障されていますから、国家を公然と批判しても逮捕されることもなければ、弾圧されることもないのです。たから今ある日本国憲法を大切にしなければならないのです。
そして、私たちは日本国憲法を守り育て続けなければならないのです。安倍晋三首相が「日本国憲法は米国の押しつけ憲法」で恥ずかしい憲法だと、バカにしても、明仁天皇が昨年の会見で述べたように「我が国が73年間も平和でいられたのは日本国憲法があった」お陰なのです。

今朝の朝日新聞で坂本龍一氏はローラを高く評価

今朝の朝日新聞に坂本龍一氏が以下のようなインタビューに答えています。一部抜粋します。(2019年1月9日朝日新聞)
辺野古の海への土砂投入が始まって、SNSでは停止を求める署名が広がりました。タレントのローラさんが署名を呼びかけていましたが、偉いですよね。日本では「袋だたき」に遭うのが怖くて口をつぐむ人も多い。ただ、ネット上の一部の人間の暴走をまるで社会の空気かのように感じる必要もないし、テレビ番組がその後押しをすることも本当にばかばかしい。僕は気にしません。
自然を守りたいとか、自分の土地や生活を守りたいという人には抵抗する権利があります。しかし国家はいつの時代も、お金と暴力でそれを抑圧してきました。まさに今、沖縄で行われていることです。しかも国家権力の重要な機関である警察の機動隊がそこに供給されている。ということは、供給する側がいるわけです。人間がやった最大の罪は、国家の発明ではないかとすら思えてきます。
世界ではいま、「声がデカい人の意向が通る」という政治が横行しています。真実を追求しようとするメディアには「ウソつき」と繰り返すなど、一方的な対応が目立ちます。反対する者とまともに議論しようとしない日本政府の姿勢は、トランプ大統領のマネをしているんでしょう。ひと昔前の政権は野党とも話し合い、曲がりなりにも議会制民主主義を守っていましたが、力で押し切る様は完全にたがが外れていますよね。
 そのことに多くの国民が意識を向けていないことが一番大きな問題です。メディアも懐柔されて言いたいことを言えなくなる。例えばトルコやロシアでは、ジャーナリストが暴力的に消されている。日本もひとごとではなくなるかもしれません。
 僕は一度も会社勤めをしたことがなく自由な身分なので、リスクは背負って立場を明らかにし、これからも言いたいことは言わせてもらいます。(ここまで引用)
頑張れローラさん。ネトウヨのバカや低次元なお笑いタレントなんかに翻弄されず、あなたの素晴らしい考えをこれからも続けてください。

それからまだの方は沖縄の辺野古基地埋め立てを延期してという署名を!
まだ〆切ではありません。トランプ大統領府が回答するまで署名は可能だと思います。



by nonukes | 2019-01-09 17:59 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

年賀葉書を強要するよりも「ゆうパック」をもっと広めろ

いまだに行われている年賀葉書販売ノルマの強要
小坂正則


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私が8年前まで務めていた郵便事業会社の年賀状が今年の元旦には20~30枚ほど届きました。私は郵便局職員の頃に年賀葉書の販売を強制されたことへの反発や、時代の変化や虚礼廃止の文化などで、「年賀葉書の手じまい」を行うことを決めて10年以上が経ちます。ですから私から年賀状を出すことはありませんが、相手からもらった年賀状にはお返しすることはいまだに続けています。ですから毎年年賀状の来る数は減っていて、昔は200枚近くだったのが、年々減って今年は、今日現在で45枚来ていました。
私は虚礼廃止で、自分から年賀状を出すのはやめたのですが、それでも律儀に毎年私ごときに年賀状をくれる方々には頭が下がります。それでも元旦にどっさりと届く年賀には、お正月の実感がこもって嬉しいものです。これは実に矛盾した考えですが、人生は全てが杓子定規にキッパリと分かられるわけでもありません。ですから私の人生と同じで、歳と共に自然に年賀の届く数が減っていけば、その内ゼロになって、私の人生も終わるのではないかと思っています。

相変わらず郵便局は時代の流れについて行けない

そんな私のような国民が多いのでしょうか、「年賀状を出さないか、出してもほんの少しだけしか出さない」という方が私の周りの高齢者にはたくさんいます。それでもセッセと年賀状を出しているのは年齢の高い方が中心で、若者は全くといっていいほど年賀など出しません。出すのはラインやフェイスブックで年賀スタンプを送るだけです。そんな社会の変化に郵便局はついてこれないのです。
上のグラフのように戦後の1949年に「お年玉年賀」という商品を出した郵政省は、この習慣を国民的な行事とすることを思いついたのでしょう。そして戦後の高度経済成長と共に発行枚数はどんどん伸びて、2003年には46億枚まで増え続けたのです。しかし、そのころからインターネットと電子メールが普及しだしたことと、1997年に山一証券が倒産したりして、日本経済のバブルが弾ける2000年前後から日本の高度経済成長が終わり、低成長からマイナス成長へと進む日本経済や国民の所得の目減りと連動するように「年賀葉書」の売り上げは急激に減ってきたのです。そんな中で、郵政省意識が抜けないで相変わらず親方日の丸経営を続ける郵便局の幹部は何としても「年賀葉書」を前年同数売ることを社員に強要して、ブラック企業ブリを発揮しているのです。まだ年賀葉書をそれでも25億枚出ていますが、暑中葉書に至っては、絶滅危惧種のような存在で、どう考えても印刷経費を考えたら、やめた方が遙かに経費節減になるだろうと思われます。
時代は手紙からメールにシフトしたのです。もちろんダイレクトメールや請求書など信書自体がなくなることはないでしょうが、激減することは時代の流れからして仕方ないことです。それよりもメルカリなど、個人間のシェア・ビジネスがどんどん普及しているのですから、小物や宅配商品の物流にもっと力を入れるべきでしょう。

正規・非正規の労働者に違法なノルマを強要するな

昨日のテレ朝、羽鳥慎一モーニングショーで、年賀葉書のノルマ問題が出ていました。総務省も「年賀葉書のノルマは違法」と郵便事業会社に指導したそうですが、相変わらずコッソリと「ノルマ」は続けられているのです。
私が郵便職員だったころ、私は課長代理だったころ、課長代理などは8千枚のノルマでした。それでも私は会社関係や友人の社長など知り合いがいたので、勤務中の年賀葉書を売って回っていましたが、郵便内務職員は、勤務中に外出などできませんから、勤務終了後に配達したり、休日に友人や親戚に売って回っていたのです。休日に自分が売って回るのも労働基準法違反ですが、奥さんが職員に代わって無休で売り歩くなど違法行為も甚だしい限りです。そんな時にもし、交通事故でも起こしたらどうなるのでしょうか。会社は何の保証もしてくれません。外務職員や窓口の職員がお客様に年賀葉書を勧めたり、販売するのは当たり前です。しかし、私のいた頃でも年賀葉書ノルマの強要は異常なほどでした。それが今では「ノルマ」という言葉は総務省から指摘されたので使わずに「目論見」(もくろみ)という表現で職員にノルマを強要しているそうです。そしてその「目論見」という名の「ノルマ」が半端ではないのです。非正規社員が1人4000枚で職員は5千から8千枚なのです。その内1人で4千枚を被るというのです。4千枚で24万8000円にもなるのです。そしてそんな数は売れませんから、多くの社員が金券ショップに売りに行くのです。金券ショップは年賀葉書を安く売るので、社員も会社も損をすることになるのです。結局は会社が自分の足をタコのように喰って自社の体力を落としていくのです。

年賀の強要よりも「ゆうパック」を普及させろ

これからの郵便局はゆうパックのシェアをヤマトから奪い返すことが必須条件です。いまのような15%未満のシェアでは配達コストがかかりすぎて赤字から脱出できません。だから少なくとも30%の宅配便商品のシェア獲得によって、配送コストを下げる必要があるのです。そんな中で、昨年6月から中小口の小包顧客を切り捨てるような場当たり的なリストラを行って、シェアをますます減らすというバカなことを断行したのです。コスト削減のために行ったそうです。
というのも、私は郵便局OBなので、後輩たちの生活を支えるために、郵便局のメール便とゆうパックの法人契約を結んでいました。年間100個くらいのゆうパックを出していました。ゆうメールは今でも年間20~30万円くらいは出していますが、昨年からゆうパック年間300個以下は取り扱いしないとして、私の法人は切り捨てられました。出すならゆうパックの正規料金で出せというのです。だから郵便局はバカな親方日の丸企業なのです。どうせ集荷に回るのなら、少しでもついでに小口の顧客を取ればいいし、差し出し個数が少なければそれだけ値引率を引き下げればいいのです。切り捨てれば年間100個や200個の顧客はヤマトなどに逃げてしまい、ますますゆうパックのシェアは減って、配送コストは上がり続けるのです。何でも本社は切り捨て過ぎたと今になって慌てているそうです。そこで見直しを検討しているという噂を聞きました。でも、一度失った信用は二度と戻っては来ませんよ。昔から親方日の丸の経営者によって郵便局は運営されているのでヤマトに負けっぱなしで社員や非正規社員はますます虐げられるのです。

by nonukes | 2019-01-05 15:24 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(1)

私の年頭挨拶「安倍政権崩壊の2019年を実現させよう」

「原発存続には一般公開の議論すべき」と中西経団連会長発言
小坂正則


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日立製作所の会長で経済連会長の中西宏明氏が年頭あいつで「お客様が利益をあげられていない商売でベンダー(提供企業)が利益を上げるのは難しい。どうするか真剣に一般公開の議論をするべきだと思う。全員が反対するものをエネルギー業者やベンダーが無理やりつくることは、この民主主義国家ではできない」と語り、「原発存続には一般公開の議論すべき」と発言したそうです。
今さら遅すぎるのではないかとも思いますが、中西日立会長は「原発をやめたい」と本音を喋ったのか、それとも何とか国がしっかり全面的に後押ししてくれなければ、「私企業の営利事業としては、もはや原発はやってけない」と政府に泣きついたのか、そのどちらかだろうと考えられる発言です。

原発メーカーは「玉砕」してしまうと弱音

東芝は安倍官邸に欺されて、米国WH社を買収したため、1兆円以上の赤字を出して、虎の子の半導体子会社「東芝メモリ」という超優良企業(毎年8千億円以上の売り上げがあり、1千億円以上の黒字を叩き出していた子会社)を2兆円で投資グループに売却して、1兆円以上の赤字を解消する羽目になったのです。しかも成長産業の医療機器の東芝子会社「東芝メディカルシステムズ」を7千億規模でキヤノンに売却してしまい、東芝に残った企業は原発とエレベータなどで、これからの成長が見込めない企業ばかりの不良資産会社へと転落してしまったのです。
電力会社も同じようにガムシャラに原発再稼働を強行してきました。これは「最後には政府がなんとかしてくれる」という甘い目論見の上で取った「国策再稼働」だったのです。このままこれからも政府の言いなりになっていたら、安倍政権崩壊と共に「大やけど」することは間違いありません。ですから、日立の中西会長は原発三者を代表して「原発撤退へのソフトランディング」を考えての発言なのかもしれません。

原発メーカの大幅赤字は自業自得

そして三菱重工も安倍官邸が進める国策「原発海外輸出政策」に乗っかたばかりに、トルコへの原発輸出に失敗してしまったのです。そして経済連会長のお膝元の日立は、これも安倍政権の肝いりで進めた英国原発輸出に頓挫してしまい、日立の英国子会社「ホライズン・ニュークリア・パワー」社を2700億円で買収した費用は回収できないままに、英国からの撤退を決めたのです。このように日本の原発メーカーはことごとく、政府に欺されて「原発海外輸出」で大やけどをしてしまいました。もちろん、安倍政権には原発メーカーを欺した責任はありますが、欺される方も悪いのです。原発輸出が安倍政権の「国策」だとは言っても、「我が社はやりません」と言う自由はあるのですから。どう考えても2011年311を経験したこの国の経営者は、真っ先にその誤りに気づき引き返すチャンスは何度もあったのですから。それでも引き返す勇気がなかく、赤字で債務超過になったとしても、それは「自業自得」です。

国民は原発優先のエネルギー政策を認めない

中西会長の次の発言は私も大いに賛成です。「全員が反対するものをエネルギー業者やベンダーが無理やりつくることは、この民主主義国家ではできない」という発言です。原発事故から8年も経つというのに、沸騰水型原発は1基も動かすことができていません。しかも、動かないままに時間だけは過ぎていきその間に、電力会社は年間1兆2千億円もの維持費がかかっているのです。そんな商売がこの世にあること自体が異常です。それを支えいるというか、そこからうまい汁を吸っている原発メーカーも同罪です。毎年電力会社が支払う1.2兆円の原発維持費は国民の支払う電気料金で賄われているのです。もちろん国民だけではありません。国際競争に晒されている企業も原発を維持するために「高い電気料金を取られている」のです。ですから、中西氏には経済連の会長としての責任も大きいのです。
これまで「原発は低廉な電気を生み出し安定供給に寄与している」と政府と電力会社はウソをつき続けてきました。しかし、それは「総括原価方式」という電気料金の仕組みと「地域独占」という親方日の丸経営に支えられて維持されてきた「原発低廉」というウソです。原発の発電コストを送電線維持費や別のコストに付け替えて安く繕っていただけなのです。しかし、まがりなりも2020年には「発送電分離」が始まり、「送電線の原発独占使用」という特権が電力会社から剥奪されるかもしれなくなったのです。マスコミや有識者による、「送電線利用が3%でも送電線は一杯で新電力に使わせる余裕はない」という東北電力などへの批判が集中していることなどがあります。そこで経産省は原発優先をの制度をやめるとは言ってはいませんが、送電線利用の公平化や公正化を言わざるを得なくなっているのです。

原発撤退の話し合いなら大いに受け入れる

それでなくても再エネ電力や新電力の発電コストが毎年下がり続けていることは、申し訳ないけど「バカでも分かる」事実です。それに比べて、原発の発電コストは毎年上がり続けているのです。このまま原発優先エネルギー政策を続けようというのなら、独裁国家でなければ続けることは不可能です。ある意味安倍政権は「独裁政権」ですから、マスコミも忖度して「発電コストの真実」は多くの国民には知れ渡ってはいませんし、読売新聞は「原発は安い」といまでものたまっています。でもそんなウソは一時は通用しても、時期にばれてしまいます。安倍政権のやる政策はことごとくウソと先送りで塗り固められています。「原発優先エネルギー政策」は元より、「アベノミクス」しかり、「異次元の金融緩和」しかりです。結局政権が崩壊した時か、これらの政治をやめた時に一気にそのツケが国民に襲って来るのです。
中西氏が言うように「国民はやめてほしいと願っているのに、しゃにむに原発を続けるのは民主主義国ではない」のです。ですから、私たちは彼の提案を全面的に受け入れる用意があります。「なぜ原発をエネルギー政策の第一に考えるのか」や「原発のコストは安いのか」や「発送電はどうあるべきなのか」など国民的な議論を今こそ行うべきなのです。

辺野古基地も憲法改正も国民的な議論と行動が必要

原発だけではありません。2019年の真っ先の課題は「辺野古基地」をどうするのかということも重要な国民的な議論が必要です。辺野古基地は沖縄だけの問題ではありません。在日米軍基地はむしろ沖縄に押しつけて自分たちは知らん顔をしている本土の国民の問題です。「米軍が日本を守ってくれる」という幻想は捨てるべきです。在韓米軍の撤退も考えているトランプ大統領は在日米軍の撤退だって言い出す可能性も大いになるのです。これからの日本の防衛や日米関係なども国民的な議論が必要なのです。憲法改正も、このまま「違憲状態の自衛隊が可哀想だから9条に3項を付け加えればいい」というような次元の問題ではないのです。日本国憲法の平和憲法9条があったから70年以上も自衛隊は1人の他国兵士を殺すこともなく、殺されることもなかったのです。このような平和国家をどう維持し、発展させるかを議論する必要があるのでしょう。
日本国の民主主義を実現させるためには、安倍政権が数の力で強行す国会審議のような政治ではなく、十分時間をかけて公開での自由な議論を行うことが必要なのです。
いくら中西会長が「民主的な国民議論」を提唱しても、安倍政権が続く限りは、そんなものは無理なのかもしれません。安倍晋三は民主主義という言葉の概念を全く理解できないのですから。それだったら、今年4月の統一地方選で自民党と公明党と維新をメタメタに負かして、夏の参院選でも野党共闘を実現して与党を敗北に追いやり、安倍政権を崩壊させるしかないのです。今年こそ、そんな夢のある2019年を実現させましょう。



by nonukes | 2019-01-04 15:46 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

私たちも自戒の念を込めて性犯罪の根絶を実現しなければならない



広河隆一氏による性暴力を決して許してはならない
小坂正則

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広河隆一氏
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山口敬之

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伊藤詩織さん

私たちも決して他人事ではない

広河隆一氏による性暴力被害を訴える女性たちの声が12月26日発売の週刊文春に載りました。このニュースを26日にネットで知った私は、びっくり仰天しました。「まさかあの広河隆一氏が性暴力の加害者として訴えられた」とは、最初は信じられませんでした。ただ、その後、本屋で週刊文春を読んだり、新聞報道などを見ると、これは女性への「セクハラ」などの次元を越えている「性暴力」の刑事事件に値するような犯罪行為だと確信しました。ちょうど伊藤詩織さんが昨年10月24日に元TBSニューヨーク支局長「山口敬之」による性暴力を告発記者会見した事件と全く同じような事件を広河隆一氏が行っていたという事実に対して、以下の理由から「私はこの事件に対して沈黙することはできない」と思ったのです。それには3つの理由があります。山口敬之の事件は「山口敬之に逮捕状が出ているにもかかわらず安倍政権が逮捕を中止させた」という新たな事件性から言えば、山口敬之の「性犯罪」を越えて「安倍政権による違法な権力行使」というより大きな政治問題へと発展したのですが、山口敬之と広河隆一は同罪の「性暴力犯罪」です。私はこれまで山口敬之を強く批判してきた者としては、同じ性犯罪者に対して「黙認する」ことはできません。2つ目に2016年11月27日、大分市、28日臼杵市と私が主催者当人や、お世話をして広河隆一氏の映画上映と講演に交流会などの責任者だったという事実があるからです。私たちが企画した映画と講演会には大分県内から多くの市民が参加してくれました。そして皆さん映画にも、氏の話にも感動してくれましたし、氏の書籍をたくさん購入してくれました。また、広河隆一氏はチェルノブイリ原発事故の取材や拭く須磨原発事故の取材に、子どもたちの甲状腺がん対策として「ヨウ素剤」配布運動などの中心人物として関わってきたことがあり、私たちが行っている反原発運動に対して深い関係があるからです。
ですから、今回の事件を他人事として、逃げるのではなく、我がごととして向き合い、このような事件を二度と起こさないためには私たちがどう立ち向かうべきなのかを内部でも十分議論することが必要だと思います。そして性暴力やセクハラを許さない社会や反原発運動の中にもそのような文化を作っていかなければならないと思います。

自戒の念を込めて総括すべきことは実に多いい

私は2011年4月20日から1ヵ月間、九電本店前にテントを張って座り込みました。そして九州中は元より、東京など全国からもこの座り込みに参加してくれる仲間や支援者がたくさんいました。その後、私と一緒に座り込んだ福岡のAさんと私の2人は5月20日で座り込みをやめました。その間にいろんなことがありました。女性に関する問題もありました。飲酒の是非で座り込みの仲間と激論が持ち上がりました。私は「飲酒禁止」を訴えて、「それが通らないなら私は座り込みを直ちにやめる」と主張しました。でも結局、私の案は認められませんでした。それもあって、私は1ヵ月で座り込みをやめました。ただ、現在九電前で座り込みを行って居る方々とは全く無関係だということだけはお伝えしておきます。現在は夜はテントを畳んで帰りますから飲酒などはあり得ません。私が座り込んでいた1ヵ月の間に起きた女性問題に対しても結局、私や私の周辺の仲間たちはうやむやにして逃げたのです。それと同じようなことが今回も起きたのでしょうか。「男女の色恋に他人は立ち入るべきではない」という雰囲気が私たち男性の中にあって、女性の人権を踏み躙ってきたのだろうと思います。ですからこのような事件はいつどこで起きてもおかしくないことであり、私たち男は常に「一歩間違えば、第二第三の広河隆一に自分もなり得る」ということを自覚して行動しなければならないのだと思います。これは特に自分への自戒の念です。

だからと言って氏の実績を全否定はできない

彼は今後、社会運動やフォト・ジャーナリストとして仕事を行うことはないでしょう。しかし、彼はHPに曖昧な謝罪を行うだけで逃げることなど決して許されません。記者会見を開いて、事件の全貌を語り、被害女性に対して謝罪し、なにがしかの慰謝料や損害賠償を行うできです。そのような謝罪によって、この事件に対して一定の区切りをつけることができる被害女性もいるかもしれないからです。
最後にこれだけは言いたいのですが、彼がこれまでに撮った写真や報道が全てウソだったと言うことはできません。しいて言えば彼は男なら誰にでも多かれ少なかれ持っている「性的衝動」を押さえきれなくなり、性犯罪に進んだのでしょう。私たちのような無名の男なら女性は寄っては来ないし、ちやほやされませんが、彼には常に氏を慕う女性が集まってきたために、ついつい衝動にかれれて「性犯罪」を犯したのだと思います。
もちろんだからといって「許される」ことではありませんが、氏のこれまでの仕事を全否定するべきではないと私は思いますし、反原発運動を一緒にやって来た、その実績は少なくとも一定の評価はされるべきだと、私は考えています。
これからも私は、自分のできる限りの力で、反原発運動などを続けて行く決意ですが、そんな中で性犯罪もセクハラも行わないように自分を戒めて行きたいと思っています。そして性犯罪もセクハラもない社会を周りの女性たちと一緒に作って行きたいと思っています。




by nonukes | 2018-12-30 22:29 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

明仁天皇「誕生日会見」は国民へ平和憲法擁護のメッセージ

明仁天皇の「これからも沖縄の人びとにこころを寄せていく」発言は辺野古基地建設批判
小坂正則

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明仁天皇85歳の誕生日会見

今日12月23日は明仁天皇の誕生日で最後の誕生日会見が先日行われて、昨日マスコミに公表されました。明仁天皇は来年の4月30日に退位することが決まっていますが、来年の退位時には会見をしないことが決まっているそうですから、直接国民へ表明するのはこれが最後となるようです。
その会見で何を語るのか注目を集めていましたが、会見では「沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません。」と語り、安倍政権による辺野古基地の埋め立て工事など沖縄県民の民意を無視した政権の傲慢なやり方を暗に批判したのでしょう。
また、「我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。」と語り、日本は戦後、戦争によって直接的に人を殺すことも殺されることもなく、平成の時代を終えようとしている中で、それを継続していくには、戦争の加害と被害の記憶を継承するのみならず、戦後生まれの人びとに「歴史を正しく伝えていく」ことが必要だと言い、あえて「正しく」という言葉を付け加えることで、正しく伝えようとしない「戦前の軍国主義を美化するような」歴史修正主義の動きを戒めているのです。それは安倍首相の慰安婦問題や南京事件など戦時中の国家犯罪を打ち消そうとする動きや、歴史教育に対する介入動きなど、安倍政権の動きがあることにも批判を込めて「正しく伝えていくことが大切」と国民に諭したのでしょう。

「明治150年」は日本から海外へ移住した人へのいたわり

「今年、我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間、多くの日本人は、赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね、その社会の一員として活躍するようになりました。」と明仁天皇は語っています。安倍が開催に固執して天皇は参加を拒否した「明治150年を祝う」行事への批判の意味も込められているのかもしれません。
そして当時の貧しい日本人は海外へ移民として移り住んできました。そんな人びとは移住先の国で助けを受けたことを例にとり、いま安倍政権が行おうとしている移民政策は「安い労働力」としてしか外国人労働者を見ないことに対する異議を唱えているのではないでしょうか。「…そして近年、多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も、将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。日系の人たちが各国で助けを受けながら、それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ、各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。」と語り、「外国人労働者を社会の一員として温かく迎え入れるべきだ」として自民党の「移民政策」を批判しているのです。

明仁氏は「左翼天皇」などではなく「日本国憲法」を遵守する立憲天皇

明仁天皇をネトウヨなどは「左翼天皇」といういうな批判をしていいます。安倍首相お抱えの日本会議と統一協会の平川祐弘・東京大学名誉教授は「ご自分で定義された天皇の役割、拡大された役割を絶対的条件にして、それを果たせないから退位したいというのは、ちょっとおかしいのではないか」と天皇を批判を行い、生前退位を昨年までは阻止しようとしていたのです。天皇は女系天皇制の導入や生前退位を法的に導入することを強く求めていました。しかし、安倍政権は女系天皇制も生前退位の法整備も受け入れず、2016年78月に天皇が生前退位の表明をNHKを使って行ったことで、多くの国民が生前退位を支持するの声を受けて、安倍は嫌々「一度限りの退位」を認めざるを得なかったのです。
安倍や日本会議などのネトウヨなどは日本国憲法を改悪して、憲法9条の戦争放棄などの平和憲法を骨抜きにして、戦前のような天皇元首化をめざしているのです。
天皇の最後の会見で、明仁天皇が言いたかったことは、多くの国民が「日本国憲法」が作られた歴史的な経緯を正しく学び、そして、それを実行してほしいと言っているのです。また、平成天皇の時代が終わっても末永く戦後が続くように努力するように、私たちに呼びかけたのだと私には思えました。その姿勢こそが立憲主義に基づいた日本国憲法第一条の言うところの象徴天皇の責務なのです。安倍のように憲法99で謳われている「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」を守る気の一切ない、憲法違反の安倍総理大臣を一刻も早く総理の席から引きずり降ろすことを国民に求めているのだと、私は思います。








(司会者)
天皇陛下として迎えられる最後の誕生日となりました。陛下が皇后さまとともに歩まれてきた日々はまもなく区切りを迎え、皇室は新たな世代が担っていくこととなります。現在のご心境とともに、いま国民に伝えたいことをお聞かせ下さい。

(天皇陛下)
この1年を振り返るとき、例年にも増して多かった災害のことは忘れられません。集中豪雨、地震、そして台風などによって多くの人の命が落とされ、また、それまでの生活の基盤を失いました。
新聞やテレビを通して災害の様子を知り、また、後日幾つかの被災地を訪れて災害の状況を実際に見ましたが、自然の力は想像を絶するものでした。命を失った人々に追悼の意を表するとともに、被害を受けた人々が1日も早く元の生活を取り戻せるよう願っています。
ちなみに私が初めて被災地を訪問したのは、昭和34年、昭和天皇の名代として、伊勢湾台風の被害を受けた地域を訪れた時のことでした。

天皇の望ましい在り方を求める日々

今年も暮れようとしており、来年春の私の譲位の日も近づいてきています。私は即位以来、日本国憲法の下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を求めながらその務めを行い、今日までを過ごしてきました。譲位の日を迎えるまで、引き続きその在り方を求めながら、日々の務めを行っていきたいと思います。
第二次世界大戦後の国際社会は、東西の冷戦構造の下にありましたが、平成元年の秋にベルリンの壁が崩れ、冷戦は終焉を迎え、これからの国際社会は平和な時を迎えるのではないかと希望を持ちました。
しかし、その後の世界の動きは、必ずしも望んだ方向には進みませんでした。世界各地で民族紛争や宗教による対立が発生し、また、テロにより多くの犠牲者が生まれ、さらには、多数の難民が苦難の日々を送っていることに、心が痛みます。

戦後の道のり

以上のような世界情勢の中で日本は戦後の道のりを歩んできました。
終戦を11歳で迎え、昭和27年、18歳の時に成年式、次いで立太子礼を挙げました。その年にサンフランシスコ平和条約が発効し、日本は国際社会への復帰を遂げ、次々と我が国に着任する各国大公使を迎えたことを覚えています。そしてその翌年、英国のエリザベス二世女王陛下の戴冠式に参列し、その前後、半年余りにわたり諸外国を訪問しました。
それから65年の歳月が流れ、国民皆の努力によって、我が国は国際社会の中で一歩一歩と歩みを進め、平和と繁栄を築いてきました。
昭和28年に奄美群島の復帰が、昭和43年に小笠原諸島の復帰が、そして昭和47年に沖縄の復帰が成し遂げられました。沖縄は、先の大戦を含め実に長い苦難の歴史をたどってきました。皇太子時代を含め、私は皇后と共に11回訪問を重ね、その歴史や文化を理解するよう努めてきました。沖縄の人々が耐え続けた犠牲に心を寄せていくとの私どもの思いは、これからも変わることはありません。
そうした中で平成の時代に入り、戦後50年、60年、70年の節目の年を迎えました。先の大戦で多くの人命が失われ、また、我が国の戦後の平和と繁栄が、このような多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています。
そして、戦後60年にサイパン島を、戦後70年にパラオのペリリュー島を、更にその翌年フィリピンのカリラヤを慰霊のため訪問したことは忘れられません。皇后と私の訪問を温かく受け入れてくれた各国に感謝します。

平成に起きた災害

次に心に残るのは災害のことです。平成3年の雲仙・普賢岳の噴火、平成5年の北海道南西沖地震と奥尻島の津波被害に始まり、平成7年の阪神・淡路大震災、平成23年の東日本大震災など数多くの災害が起こり、多くの人命が失われ、数知れぬ人々が被害を受けたことに言葉に尽くせぬ悲しみを覚えます。
ただ、その中で、人々の間にボランティア活動を始め様々な助け合いの気持ちが育まれ、防災に対する意識と対応が高まってきたことには勇気付けられます。また、災害が発生した時に規律正しく対応する人々の姿には、いつも心を打たれています。

障害を抱える人に

障害者を始め困難を抱えている人に心を寄せていくことも、私どもの大切な務めと思い、過ごしてきました。
障害者のスポーツは、ヨーロッパでリハビリテーションのために始まったものでしたが、それを越えて、障害者自身がスポーツを楽しみ、さらに、それを見る人も楽しむスポーツとなることを私どもは願ってきました。パラリンピックを始め、国内で毎年行われる全国障害者スポーツ大会を、皆が楽しんでいることを感慨深く思います。

海外と日本

今年、我が国から海外への移住が始まって150年を迎えました。この間、多くの日本人は、赴いた地の人々の助けを受けながら努力を重ね、その社会の一員として活躍するようになりました。こうした日系の人たちの努力を思いながら、各国を訪れた際には、できる限り会う機会を持ってきました。
そして近年、多くの外国人が我が国で働くようになりました。私どもがフィリピンやベトナムを訪問した際も、将来日本で職業に就くことを目指してその準備に励んでいる人たちと会いました。
日系の人たちが各国で助けを受けながら、それぞれの社会の一員として活躍していることに思いを致しつつ、各国から我が国に来て仕事をする人々を、社会の一員として私ども皆が温かく迎えることができるよう願っています。
また、外国からの訪問者も年々増えています。この訪問者が我が国を自らの目で見て理解を深め、各国との親善友好関係が進むことを願っています。




by nonukes | 2018-12-23 23:08 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

ヤギのララという家族を突然失った悲しみ



大きな動物ほど感情移入が大きくて、悲しさもひとしおです
小坂正則
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ララの火葬の模様です
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在りし日の仲良く食事を取るヤギとニワトリ
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若かりし頃のララ
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搾乳に挑戦するも乳を全く出してくれないララ
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風来坊の雄ニワトリ
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真ん中右がトサカのないメスのニワトリ

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我が農園と事務所などの全景

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すっかり日が沈んでも火は燃えていました

昨日の小雨の降る中、ララ(10~11歳の老雌ヤギ)を軒先から小屋へ移動させるために首輪を引っ張って連れて行こうとしたら、イヤイヤを繰り返してどういても動こうとしなかったのです。でも途中で雨に濡れるから、私は根気強く説得して小屋までもう少しのところで、とうとう膝まずいてしまいました。そこで初めて異変に気づいたのです。「これはタダことではないな」と。一ヵ月くらい前から随分食欲が落ちて、甘える声で啼くこともほとんどなくなり、好物のカラスウリのカズラもちょっとしか食べないし、主食のヌカもほとんど食べません。「死期が近づいているんじゃないか」とはうっすらと感じてはいたのですが、小屋にたどり着く前に、とうとう息を引き取ってしまいました。
これまではニワトリや子ヤギなどが死んでもそのまま草をかけてやると、翌日にはすっかり消えていました。さすがに大きな老ヤギをこのまま野獣の餌にするのもかわいそうだし、埋めてやってもどうせ野犬などが掘り起こして持って行ってしまうので、昨日は雨に打たれないように覆ってやって、今日は昼から火葬の準備に取りかかりました。今朝死体を覗いたら顔を小動物らしき動物がかじったような後がありましたので、このまま食べられるのも動物の世界では当たり前のことなのでしょうが、何かいたたまれない感情が湧いてきて火葬を決意したのです。
これまでニワトリや鯉など小動物が亡くなると悲しくはなりますが、そんなにかわいがっていたわけでもないので、「死んでしまったか」ぐらいでしたが、さすがに10年以上一緒に暮らしていて、わがままで手を焼いた彼女だけに、いざ別れが来ると寂しさが沸き起こってきました。ヤギは犬のように尻尾を振って感情を表す動物です。それに寂しがり屋なのです。だから飼い主の心を掴むのかもしれません。さて、来年は彼女なしで寂しいお正月を迎えることになるでしょう。

火葬しながら気まぐれでわがままなヤギのこれまでを思い出しています

彼女は非常にわがままで、好物の葉っぱをいっぱいやっても、途中で食べなくなります。彼女たちヤギは少しずつ食べる性質をDNAに植え付けられているそうです。羊は草を手当たり次第食べ尽くすそうですが、ヤギは野生のDNAが羊よりも残っているのでしょうか。好物の草でも全部食べ尽くしません。それに葛などは葉は食べも主幹というか葛の本体は食べません。だってそこを食べたら、葉が育たなくて次に食べられないことを学習しているのだろうと思います。それに好物の葉も同じ幹の葉を全部食べるのではありません。私は、「そんなに移動しなくて腰を据えて食べろよ」とよく諭していましたが、彼らは「少しずつ草や木を移動しながら食べることで草や木にダメージを与えることを避けている」のではないかと感心したのものです。
そんなちょっと心が塞いでいるわたしです。まあ、いつかは誰でも死を迎えるのですから、致し方ないことです。それに植物にも意志があるといわれるのですから、ヤギにもちゃんと意志も感情も十分備わっているのですから、私は彼女をどれだけ幸せに生きることを支えられたかは全く自信はありませんが、きっと許してくれるだろうと勝手に思っています。昨夜は1人で寂しく彼女の通夜をやりました。ちょっと酒を呑みすぎてしまいました。第三のビール500ミリを2本も飲んで酔ってしまいました。ご冥福をお祈りしますララさま。

自由で気まぐれな動物の方が愛情が湧きます

話は変わりますが、私の農園にはヤギとニワトリが7羽と鯉が1匹いました。それが一番大きなヤギがいなくなったので、今いるのはニワトリが最大の動物となりました。このニワトリには名前は付けていませんが、ニワトリ小屋に雄が1羽でメスが5羽です。なぜニワトリに名前を付けてはならないかというと、そこには大きな理由があるのです。
私にニワトリを飼っている先輩からくれぐれも名前は付けるなとご指導を受けたからです。その理由は簡単です。「名前を付けたら絶対に自分の手では殺せなくなる」からだそうです。ちなみに私は名前を付けていませんが自分の手では殺すことができません。昔他人が飼っているニワトリは平気で殺していましたが。
ですから、我が家では次々に高齢ニワトリは寿命で死んで行きます。だいたい4、5年で亡くなるようです。メスの中に1羽変なニワトリがいます。トサカがないのです。もともとチャボと名古屋コーチン系のニワトリを掛け合わせた子どもなのですが、その中に変なメスがいるのです。なぜ変かというと、卵を産みません。ニワトリのLGBTと私は思っています。卵を産まないのは生殖機能がないからでしょうから、LGBTではなく、生殖機能がないメスということだけなのでしょうが、彼女は雄からもいじめられて、メスからもいじめられています。つまり、いじめられっ子なのです。そんな彼女も元気よくみんなと暮らしていますので、まあこのままでいいかとも思っています。しかし、彼女たちは冬は5羽もいるのに、正確に言うと卵を産むメスは4羽ですが、春や秋には1日に平均1個か2個で、冬になると2日に1個くらいになるのです。卵はあまり産んでくれません。ですから餌代がかさんでしまうので、ヌカを主食にしています。
そしてもう1羽の茶系の雄ニワトリは小屋には入りたがりません。なぜなら小屋に入ったら親分の雄にいじめられるからです。完全に外飼ニワトリになっています。このニワトリと死んだララは仲良くて一緒に餌を食べていたのです。彼にはヤギが死んだことなど分からないでしょうが。朝など私の後をついてきます。これまではヤギへ餌を持って行くと私の後をついてきて餌をもらおうとしていました。これも私の家族なのですが、近ごろは私が寝ている2階のベランダにヤツは寝ているようで、ベランダが糞だらけです。しかも夜中の4時ころから大声で鳴き叫びます。これが一番の迷惑行為なのですが。
そんな彼が2週間ほど前に突然見当たらなくなったのです。私はてっきりテンかイタチにやられたのだろうと、少し寂しくなっていました。そして2、3日後にニワトリ小屋へ餌を持って行くと、チャッカリ隅っこに彼はいたのです。夕方にたまに草を食べさせるためにニワトリを放してやるのです。そして日が暮れたら彼らは小屋に帰ってくるので、夜には扉を閉めるのです。その日はたまたま彼は小屋に帰っていたのでしょう。私は「何だお前は小屋にいたのか。心配して損したぞ」と怒ってやりました。今日も元気に私の家の周りを走り回っています。 いまでは孵卵器(卵からヒナを孵す機械)が壊れてしまったので我が家で生まれるニワトリはいませんが、またニワトリを買ってくるか、ララが死んで落ち込んではいますが、これに懲りずにヤギをどなたからか分けてもらおうかとも考えています。できれば馬を飼いたいのですが。
さっき6時過ぎに火の後始末を行おうとたき火の場所に行ってみたのですが、まだ燃えていましたし、残骸も残っていました。
こんなこと言ったらララ様に失礼になるのかもしれませんが、香ばしい肉の焼ける臭いがしていました。おいしそうだなあ~?南無阿弥陀仏。

by nonukes | 2018-12-17 16:51 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

植物は互いにコミュニケーションを取っている

植物には知性や感情があるのか
小坂正則

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著者のペーター・ヴォールレーベン氏

木と話ができる?

私は薪屋を10年以上やっています。薪屋の薪の原料である材木は基本的には植木屋さんや建設会社などから伐採した材木をもらってくるのですが、私が山に入って切って来ることもあります。そんな私が、「植物も知性や感情がある」ということを知って、植物の生態を今まで何も知らなかったことや考えさえもしなかったことに恥ずかしさを感じずにはいられないのです。
「木と話ができる」というようなことを言う人がいました。それも私の一番身近な場所に。私の親父は14年前に94歳で亡くなったのですが、父は「枇杷(びわ)栽培の神様」のように弟子の方々から慕われていました。そんな父は元気な頃は毎日枇杷畑に入って、木に登ったり畑の下草をかき分けて、根の状態を観察していました。ですから、傍目には「枇杷の木と話をしている」ように見えたのです。果樹の木が元気かどうかは葉っぱを見れば分かると言っていました。葉の艶がよく大きければ元気な証拠です。しかし、元気がなくなっていたら、「根を見ればすぐ分かる」とよく父が話していました。白いヒゲのような根(ひげ根というそうです)が真っ先に弱るそうなのです。
亡くなる前の父は仙人のように木と話をしているようでした。木の気持ちが分かっていたのでしょう。でも、木が話しかけているとは、私には全然想像もつきませんでした。
これが動物となら話は別です。確かに犬と会話をしている飼い主をよく見かけます。飼い主は犬の気持ちが分かるのでしょう。私もヤギを飼っていますが、私はヤギの気持ちはほとんど分かりませんが、ヤギは私の顔色を伺うようにして、私の心を読んでいるようです。

人間の臓器が互いに会話をしているのなら植物だってありえる?

昨年2017年9月30日のNHKスペシャル人体「神秘の巨大ネットワーク」という番組を私は見ました。タモリと山中伸弥京大教授が司会をしている番組です。その番組で「これまで人間の臓器の働きは脳が指令していると考えられていたのが、それが違っていて、臓器自体がそれぞれ関係する臓器とコミュニケーションを取りながら働いていたことが分かった」というのです。人間にそんな働きがあるのなら、これは動物にはもちろんあるはずです。そして地球上の生命誕生の中で、動物よりも先に誕生した「植物にも臓器どうしで会話する機能があってもおかしくはない」はずです。
ただ、そんなことを私は漠然と考えていたのですが、今週の日曜日の深夜のNHK「サイエンスゼロ」の中で、「植物にも会話する物質が発見された」その物質をexosome「エクソソーム」または「エキソソーム」と読むそうなのです。

私は何か運命的なようにこの著書と出会った

そしてたまたま私は先週の火曜日に行きつけの「明林堂」書店で「樹木たちの知られざる生活」という文庫本を買ったのです。なぜかというと、「薪屋のオヤジが木のことを知らないのは恥ずかしいなあ」と思ったからです。「少しくらい樹木のことを勉強しよう」と考えたからです。買ったのは先週の火曜日なのですが、一緒に買った本が堤未果氏の「日本が売られる」という衝撃的な新書です。これを読んでいたので、日曜日の「サイエンスゼロ」を見るまでは「樹木たちの知られざる生活」をサラッと最初の10ページくらいまでしか読んでいなかったのです。そして、NHKのサイエンスゼロを見た後に、何か運命的なことを感じました。火曜日この本を買って日曜日には「読まずにはいられないい」と感じたからです。
本は皆さんぜひ買って読んでほしいので、中身はサラッとしか話しませんが、いきなり「森の樹木はコミュニケーションを取っている」と言います。そして「同じブナの木の根がつながっている」というのです。「以前切り倒された切り株の表皮をナイフで削いでみたら、切り株の幹が生きていた」とも言います。つまり、「近くのブナが切り株に栄養を与えていた証拠だ」というのです。そこでは私は「ちょっと眉唾物だなあ」と感じました。最初の14、5ページまでが日曜日までに読んでいたのです。
そして、日曜日の夜から翌日までに全て読みました。「木に脳はないけど、記憶はある」と言います。なぜなら落葉樹が葉を落とすのは寒くなったからではなく、日照時間が短くなったことで実行するそうです。すると、木は記憶する機能がなければ葉を落とすことを決断できません。「木は数を数えることができる」といいます。「春が来たことは寒さから暖かい日が何日経ったのでこれは本当の春だ」と理解して芽を出すのです。葉は光合成を行いますし、目の機能があるので、太陽の昇り沈みは分かりますが、春には葉はすでに落ちているので、目はありません。しかし、芽が出る時期を決めるのは芽の上に被さった薄い皮が目の役目をするのだろうと言います。ですから木には記憶する機能があるのです。彼はその機能は根に近い幹にあるのではないかと言います。そして木も息をしていますが、その仕事は葉がするのですが、根も息をしているそうです。だから水浸しの鉢の入れていたら植木鉢の植物は枯れるのですね。そのほか菌類とも樹木の根は共生しているそうです。
また植物には感情も知性もあるそうです。

「樹木たちの知られざる生活」はこう主張

人間は利用するために、生きている動植物を殺す。その事実を美化すべきではない。そうした行いが非難されるべきかどうかは、また別の問題だ。私たち自身が自然の一部であり、ほかの生き物の命を利用しないと命を維持できないようにできているのだ。どの生き物も同じ運命を共有している。
問うべきは、人間が必要以上に森林生態系を自分のために利用していいのか、木々に必要以上の苦しみを与えてしまってもいいのか、ということだろう。家畜と同じで、樹木も生態を尊重して育てた場合だけ、その木材の利用は正当化される。要するに樹木には社会的な生活を営み、健全な土壌と気候の中で育ち、自分たちの知恵と知識を次の世代に譲り渡す権利があるのだ。
少なくとも彼らの一部には寿命の権利を全うしてもらおう。さらに林業の全伐採をやめて選択伐採を導入しよう。
また、スイス国の憲法にこんな条文があるそうです。「動物、植物、および生体をあつかうときは、その生き物の尊厳を尊重しなければならない」と。「これを守るなら、道端に咲く花を意味もなく摘むことは許されない」と著者のペーター・ヴォールレーベン氏は言います。森はたまたま無数の生き物に生活空間を提供しているだけの木材工場でもなければ資源庫でもない。事実はその逆だ。適切な条件で育つことができてはじめて、森林の樹木は安全と安心という木材の供給以上の役割を果たしてくれる。
森はこれからも秘密を守りつづけ、散歩にきた私たちの子孫を驚きで満たしてくれるだろう。数え切れないほどたくさんの種類の命がつながって、お互いを助け合っている。これこをが森林という生態系の特徴だ。私たちが守るべき謎と奇跡がある。葉でできた屋根の下では、今日もたくさんのドラマと感動の物語が繰り広げられている。森林は、私たちのすぐそばにある最後の自然だ。
ある日、本当に樹木の言葉が解明され、たくさんの信じられない物語が聞けるかもしれない。その日がくるまで、森に足を踏み入れて想像の翼を羽ばたかせようではないか。(ここまで全て引用)

知らなければよかったような気が?

この書籍を読んで、私は大変困ったことになりました。こんな真実を知ってしまった私はこれからは木を切る時には必ず木に許しを得なければなりません。そして切る前に樹木の霊を鎮めるための儀式を行ってから木を切らせてもらわなければならなくなりました。それにむやみやたらに木を切ることはできないのですから。そう言えば、昔の木こりは木を切る前に命をいただくための儀式を行っていました。それは木の命をいただきますという許しを請うことと伐採作業中に怪我をしないようにということも合わせて祈るようでした。そんな儀式は昔の人の迷信などから行われていたのではなかったのです。昔の人びとの方が現代人よりも、この世の真実を知っていたのでしょう。森羅万象に神が宿るということがどれだけ真実であるかを65歳という、いい歳になって初めて分かったのですからお恥ずかし次第です。
私の薪屋の薪の大半は植木屋や建設会社の下請け企業が木を切って私のところに持って来るので、すでに私の所には亡骸がくるのですが、それでも私は「いのち」をいただいているということをわきまえて、真っ直ぐに彼らと向かい合わなければならないと思うようになりました。しかし樹木の言葉が分かるようになったら、それはそれで大変だろうなあとは考えますが、ヤギとは話ができたらいいだろうなとは思います。でももう10歳を越えて老女のヤギのララさんはめっきり年寄りになりました。

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5,6年前のまだ若い頃のララさんです。

by nonukes | 2018-12-05 17:09 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

日本企業は韓国人元徴用工や、その遺族へ賠償金を支払え

小坂正則

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30日、判決が言い渡される前に韓国最高裁前で集会を開く原告側の支援者ら

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10月30日の大法院判決後、涙を拭う元徴用工の李春植さん(右)


お隣の韓国人と仲良くできなくて日本の平和などあり得ない

私は韓国に友人や知り合いが少しいます。だからこれまで4、5回は韓国へ観光旅行や交流会などに行くことがありました。そこで、私は身振り手振りや通訳の人を通じての会話の中でいつも反省することがあります。それは、私があまりにも朝鮮半島の歴史や戦前の日本政府や日本軍が朝鮮半島で行った蛮行の歴史を知らないということです。韓国の若者は日本人への偏見や差別意識などほとんどなくて、考え方は日本の若者とほとんど変わらないようにみえるのですが、私と同年代の60代の韓国人は、日本の戦争責任と言えば、400年以上前の「秀吉による朝鮮出兵」から話が始まったのにはびっくりした経験があります。20年ほど前に「反原発交流」のための韓国ツアーに参加した時に、日本の戦争責任を追及されることは覚悟していたのですが、まさか400年も前のことを言われるとは思っても見なかったので驚いたことを覚えています。それに私も含めて平々凡々と生きてきた普通の日本人は、日韓併合時代の韓国の歴史や日本軍が韓国で行ったであろう犯罪行為の歴史を全くと言っていいくらい知りません。中国で行われた関東軍の犯罪行為についても同じです。だから見るもの聞くものが初めての経験なのです。これは日本の学校教育で戦前の負の歴史を教えてこなかったからでしょう。でも、私たちは謙虚に誠実に彼らの話を聞いて、そこから少しずつでも韓国の歴史を学ぶことができれば、互いの壁は乗り越えることができると思います。
被害者は何年経っても自分たちの傷を忘れることはないのでしょう。近ごろは「韓国緑の党」との交流で韓国を訪れることが2度ほどあったのですが、彼らは私と同じ「緑の党」の仲間意識があるので、国境も戦争加害国と被害国というわだかまりもほとんど感じませんでした。ですから私が会った韓国の友人や知人はみなやさしい人びとでした。私たちは一番近い両国民は決していがみ合うべきではなく、一番仲良くすべきだと理解しているからだろうと思います。

日本の負の歴史「従軍慰安婦」や「徴用工」問題に正面から向き合うべきだ

日本会議やネトウヨなど一部の人間や右翼評論家と言われる人間は「従軍慰安婦は存在しなかった」などと虚言を言って、戦前の負の歴史をなかったことのように、歴史を改ざんしていますが、1993年に「河野談話」で、「長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。」として、「政府は心からのお詫びと反省の気持ちを申し上げる」と述べていますし、1994年の「村山談話」では「アジアの近隣諸国等の人々に、いまなお癒しがたい傷痕を残しています。私は、我が国の侵略行為や植民地支配などが多くの人々に耐え難い苦しみと悲しみをもたらしたことに対し、深い反省の気持ちに立って、不戦の決意の下、世界平和の創造に向かって力を尽くしていくことが、これからの日本の歩むべき進路であると考えます。」と語り、「いわゆる従軍慰安婦問題は、女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、私はこの機会に、改めて、心からの深い反省とお詫びの気持ちを申し上げたいと思います。我が国としては、このような問題も含め、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、関係諸国等との相互理解の一層の増進に努めることが、我が国のお詫びと反省の気持ちを表すことになる」と語っているのです。
3年前の戦後70年の「安倍談話」でも「河野談話」や「村山談話」を踏まえて語ったと説明していますので、「従軍慰安婦がなかった」とは言っていないはずなのですが、心の中では「従軍慰安婦への『強制連行』や『軍の関与』はなかった」と言いたいのだと思います。それに「何度謝罪をすればこの問題は終わるのか」というあからさまな不誠実さが「安倍談話」の文章の端々にほとばしっているのです。
でも、「村山談話」では「我が国としては、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、関係諸国等との相互理解の一層の増進に努めることが、我が国のお詫びと反省の気持ちを表すことになる」と日本人の決意を述べています。つまり、私たちはこのような負の歴史を後世に語り継ぐ義務があるのです。そして、日本政府も私たち国民も彼らが「もういいですよ」と言って許してくれるまで謝罪を繰り返す必要があるのだと私は思います。

「徴用工問題」解決に政府は横槍を入れるべきではない

10月30日に韓国の韓国大法院(日本の最高裁)で戦前日本の新日鉄で働かされていた韓国人4人が訴えていた損害賠償訴訟で合計4億ウォン(約4千万円)の支払いを命じたソウル高裁判決が確定したというニュースが流れました。そして、11月29日には韓国大法院は三菱重工に動員された韓国人元徴用工5人の遺族と、元朝鮮女子勤労挺身隊員の韓国人女性ら5人が同社を相手に損害賠償を求めた2件の訴訟の上告審で、いずれも賠償支払いを命じた二審判決を支持し三菱側の上告を棄却、同社の敗訴が確定した」と伝えています。
日本政府は「元徴用工の請求権問題は1965年の日韓請求権協定で解決済み」と韓国政府を批判していましたし、翌日のテレビでは全てのワイドショーが「日韓協定で解決済みの問題を韓国政府がぶり返すのはおかしい」という論調でした。確かに韓国の文政権にとっては日本への批判は支持率のアップにつながるということもあるのかもしれませんが、ここは冷静に考えなければならないと私は思います。

「徴用工判決ヒステリーの日本マスコミが触れない事実…安倍政権が新日鉄住金に圧力をかけ“和解”を潰していた!」ITERA2018.11.1によると、
「そもそも、今回の判決内容は、日本の不法な植民地支配に直結した日本企業による強制動員に対し、その反人道的な不法行為を前提とした慰謝料請求権を認めるもの。これまで日韓両政府が徴用工問題について「解決済み」とする根拠とした日韓請求権協定について、個人の請求権は消滅していないとした。」
「そのうえで指摘しておこう。日本のメディアは「請求権協定で個人の請求権も解決済み」と報じているが、実は、これまで日本の外務省もまた、国会で何度も「日韓請求権協定は、個人の請求権そのものを消滅させたものではない」と明言しているのだ。たとえば、1991年8月27日の参院予算委員会では、当時の柳井俊二・外務省条約局長(のちの外務次官)が“両国間の請求権の問題は最終かつ完全に解決した”(日韓請求権協定第二条)の「意味」について、「日韓両国が国家として持っております外交保護権を相互に放棄したということ」として、「いわゆる個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではございません」と答弁している。」というのです。

京都新聞によれば、2013年7月にソウル高裁が新日鉄住金に賠償を命じた直後、韓国内の関連資産の凍結を恐れた同社では、確定判決に従うか、判決前に和解するといった選択肢が議論されていた。ところが〈新日鉄住金の検討状況が報道で明るみに出ると、日本政府では「協定が骨抜きになる」(外務省関係者)と反発が強まった。韓国側との安易な妥協に難色を示した菅義偉官房長官らの主導で、同社は敗訴が確定しても従わない方針にかじを切らざるを得なかった〉(京都新聞31日朝刊)という。
実際、2013年の年末には、元徴用工が日本企業に対して賠償を請求した訴訟について〈日本政府が「和解に応じない」との方針を韓国側に伝えた〉と産経新聞が伝えている(同年12月30日朝刊)。記事では、複数の日韓外交筋が明らかにしたとして、韓国政府側が〈日本企業が原告側に見舞金を支払うことなどで和解し、判決を回避できないかと暗に打診してきた〉としながら、〈日本政府は、韓国最高裁での判決を控え、三菱重工業、新日鉄住金とも協議を重ねており、2企業の敗訴が確定しても賠償金を支払わないよう求めている〉と報じられた。(ここまで引用)
つまり、日本の企業や韓国大法院は和解で何とかこの問題を解決しようと努力してきたにもかかわらず、安倍政権はそれを邪魔し続けてきたのです。これが何よりもの真実なのです。

政府は韓国元徴用工の声に耳を傾けよ

昨日の朝日新聞によると、14歳で動員された元女子勤労挺身隊員の金ソンジュさん(89)は1944年、日本人の教員に「日本に行けば女学校に通えてお金も稼げる」と志願を進められた。だが、行ってみると給料は未払いのまま過酷な労働を強いられた。外出は制限され家族への手紙も検閲された。元徴用工の5人も同年、国民徴用令に基づいて広島市の三菱重工広島機械製作所などに動員された。45年8月の原爆投下で工場は倒壊し、全員被爆する。治療は受けられなかった。故郷に帰った後、被爆が原因とみられる体調不良に苦しんだ。こうした労働実態に日本の裁判所でも「法令などに定めを逸脱した違法行為」(広島高裁)などとされたが、時効や日韓請求権協定を理由に、原告らの請求は退けられた。(ここまで引用)というのです。このように何の罪もなく、だまされて日本に連れてこられて、被爆までした韓国人徴用工の人びとをほったらかしにして何の補償もしないなど道義的にもあり得ないことではないでしょうか。少なくとも「和解」解決で、この問題に謝罪と賠償という形の「村山談話」を誠意ある形で実行することこそが日本政府や日本人に求められているのではないでしょうか。


by nonukes | 2018-12-01 14:25 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(1)

天皇や皇室による政治介入の制限と表現の自由はどこまでが許されるのか?

明仁天皇や秋篠宮氏の行動は安倍政権への抵抗

小坂正則
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浜松市外国人学習支援センターで、外国人支援者のためのポルトガル語講座の受講者らに声をかけられる天皇、皇后両陛下=28日午前10時

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秋篠宮夫妻による記者会見の模様

明仁天皇が移民労働者へねぎらいの言葉をかける

明仁天皇の在位は来年の4月30日までですから、すでに残すところ僅か4ヵ月となりました。そんな明仁天皇は私的な旅行ということですが、今月27日から28日にかけて、静岡県へ旅行したついでに、浜松市の「外国人学習支援センター」を訪問したそうですが、そこで外国人の方々に対し「どうぞ日本で幸せにお過ごしください」と言葉をかけ、日本人ボランティアらを「(外国人の)日本での滞在が楽しいものになるよう、皆さんのご努力が大事ですね」などと激励したそうです。ところが、そのタイミングがちょうど今国会で、安倍政権が衆院で僅か17時間で強行採決した「入管法改正案」の真っ直中で、外国人への訪問を行ったことが、「安倍政権への嫌がらせではないか」という批判がネトウヨなどから出ているそうなのです。
私は、明仁天皇が安倍晋三への最後の「抵抗」として、「国民に『外国人労働者をないがしろにしたこんな法案を簡単に通してはらない』という強い意志を表明するために、わざわざこの機を狙って訪問したのではないか」と思っています。
もちろん天皇が政治に関与することは憲法で禁止されていますので、直接「この法案はよくない」という発言はできませんし、反対の行動を行うこともできません。しかし、天皇にも行動や表現の自由はありますので、慎重な形で、「外国人労働者や留学生に声をかける」ことは政治介入とは言えませんし、天皇としての行動の許容範囲内でしょう。
日刊ゲンダイ2018年11月30日号には以下のような記事がありました。
 最低賃金割れや長時間の違法労働を強いられた技能実習生らが国会で待遇の悲惨さを訴えても、安倍政権はガン無視。つまり、天皇、皇后の外国人らをねぎらう“お言葉”が安倍政権への牽制と受け止められても不思議ではないのだ。聖学院大教授の石川裕一郎氏(憲法・フランス法)がこう言う。
「憲法上、天皇が国政に関わることは禁止されています。私的な旅行とはいえ、国会で入管法改正の議論がされている時に外国人支援センターを訪れたのは、天皇として憲法違反になるかならないかのギリギリの行為でしょう。天皇、皇后の言葉には、技能実習生らを人間扱いしてこなかった行政に対するアンチテーゼが読み取れます。外国人労働者を受け入れる側の心構えを発したともとれるメッセージで、政治へのインパクトは大きいでしょう」(ここまで引用)

秋篠宮氏の誕生日会見で「大嘗祭の国費支出を批判」

昨日報道された秋篠宮氏の53歳の誕生日会見の録画撮りが今月20日に行ったそうですが、そこでは宮内庁の記者クラブの質問に答える形で、眞子さんと小室圭さんとの結婚についての質問が出ていて、これにはマスコミ各社が群がっていたようです。今朝のテレビはどのチャンネルを回してもこの会見と日産のゴーン元会長の話題ばかりでした。
秋篠宮氏は記者の質問が終わった後にテレビの画像は終わった段階で、ご自分から発言をしたテーマがあったそうです。それは「大嘗祭は皇室の私的な行事なのだし、憲法との整合性からも国費で大々的にやるのではなく、皇室の「内廷会計」の範囲で小規模に行うべきだと宮内庁長官に話したら、長官は聞く耳を持っていなかった」という話したそうです。会見内容は下に添付します。

【代替わりに伴う即位の行事や儀式に関する考え】
《秋篠宮さま》代替わりに伴う行事で、国事行為で行われるものについて、私が何かを言うことができるかというと、なかなかそういうものではないんですね。一方、皇室の行事として行われるものはある程度、例えば私の考えというものもあっても良いのではないかなと思っています。
大嘗祭(だいじょうさい)は皇室の行事として行われるもので、ある意味宗教色が強いものになります。宗教色が強いものを国費でまかなうことが適当かどうか、これは平成の大嘗祭の時にもそうするべきではないという立場だったわけで、多少意見を言ったぐらいですけれども、今回も結局踏襲することになったわけですね。ただ私として、やはりすっきりしない感じは今でも持っています。
宗教行事と憲法との関係はどうなのか、という時に、私はやはり内廷会計で行うべきだと思っています。ただ、それをするためには相当な費用がかかりますけれども。大嘗祭自体は絶対にすべきものだと思います。ただ、できる範囲で、言ってみれば身の丈に合った形で行うのが、本来の姿ではないかなと思いますし、そのことは宮内庁長官などにはかなり言っているんですね。ただ残念ながらそこを考えること、言ってみれば話を聞く耳を持たなかった。私は非常に残念なことだったなと思っています。(ここまで朝日新聞より)

明仁天皇や秋篠宮氏の行動は安倍政権への抵抗

このような秋篠宮氏の発言は、彼が1人で考えて宮内庁長官に話したのか、それとも兄貴の明仁氏と相談して、秋篠宮氏が「兄貴が喋ったら天皇の国政への介入になるからよくないので、私が喋ろう」と言ってお二人で協議して喋った可能性もあるのではないでしょうか。天皇は国政への関与や政治的な発言はできませんが、それ以外の皇室人が喋るのは、憲法上違憲ではありません。ましてや現在の秋篠宮氏は天皇になる可能性のあるかたではないからです。しかし、来年の5月からは新天皇が即位すると、彼が天皇の代替わりの皇太子の役目となり、自由な発言が制限されるので、今の内に言っておこうと思ったのではないかとマスコミには書かれています。
秋篠宮氏の発言は「できる限り憲法の理念と矛盾しない範囲で皇室は存在し続けたい」という思いでしょう。それ自体は実に賢明な考えだと私も思います。皇室の私的な行事として質素な儀式として代替わりを行うことは、「天皇制を政治利用させない」というお二人の強い意志の現れではないかと私には見えるのです。安倍晋三は天皇の代替わりを自分の総理大臣としての功績として歴史に残そうと企んでいるのです。ですから、ど派手に演出して、「天皇の上に安倍晋三首相が君臨している」という映像を世界に発出させたいのでしょう。日本版・狂気のヒットラーよろしく「憲法改正もオリンピックも天皇の代替わりもみんな安倍晋三が取り仕切った」と日本の憲政史上一番長く君臨したバカ総理大臣としてレガシーになりたいのです。しかし、天皇も秋篠宮氏も、だから安倍晋三の企みを阻止したいのだろうと私には思えるのです。私の読みは「当たらずとも遠からず」というところだろうと思います。


by nonukes | 2018-11-30 23:23 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)