2025年 03月 11日
「つゆくさ通信No.186」脱原発大分ネットワーク発行しました


甲斐美徳
「新しい戦前」が始まっている
今年2025年は戦後80年、昭和100年という大きな節目の年にあたります。昭和という時代は、極東の島国として世界史の中でいまひとつ存在感が希薄だった(それだけ外国と戦争していなかったという意味では実は良いことなのですが)日本という国が、前半は大東亜共栄圏という前代未聞の大構想を掲げて世界を相手の大戦争を敢行し、後半はアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となって世界にその名を轟かすという、まったくもって日本史上きわめて特異な時代だったと思います。
明仁上皇が退位するときに、天皇として在位した平成時代の30年間を振り返って、「(昭和と違って)一度も戦争がなかったことが何より良かった」という趣旨のことを語っていましたが、あの特異な戦争の時代に青春時代を送り、天皇在位中は様々な行動を通して平和のメッセージを発信し続け、実は最大の護憲派と目されていたこの人ならではの心からの感慨であったと思います。小泉政権の時代に「戦闘地域ではない」という大嘘の元にイラクに派遣されていた自衛隊は、実は宿営地がロケット弾で攻撃され、いつ戦死者を出してもおかしくない危険な状況下に置かれていたのですが、幸運にも戦死者ゼロのまま帰還することができました。日本の再軍備は1950年の警察予備隊の発足に始まり、1954年にはこれが自衛隊となりました。それから70年が経過しましたが、この間戦争で亡くなった自衛隊員は一人もありません。ほかならぬ憲法第9条の存在が専守防衛の名のもとに自衛隊を海外での戦争の脅威から守ってきた結果だろうと私は思います。令和の世となってもこの状態がずっと続くことを心から願っているのですが、残念ながら近年雲行きが非常に怪しくなっています。
2022年12月28日、テレビ番組「徹子の部屋」に出演したタモリは、黒柳徹子から「来年はどんな年になりそう?」と聞かれたときに、「新しい戦前になるんじゃないですかね」と答えました。この年の2月、ロシアがウクライナに軍事侵攻し、これがNATOや北欧の国々を一斉に軍備増強へと向かわせることになり、日本でも防衛力強化を支持する世論が急速に広がりました。これに乗じた岸田内閣は、この年の12月16日に、いわゆる安保三文書(国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画の改訂版)を閣議決定しました。国家安全保障戦略の中では、2027年までに防衛費をGDP比の2%にまで増額するという目標が示されました。また、防衛力整備計画においては、反撃能力と称する敵基地攻撃能力の保有が明記されました。これまで日本は、軍事大国にならない証として、防衛費を対GNP比1%程度に抑制し、攻撃的な兵器は保有しないという方針を建前上は堅持してきたので、これは正に戦後の安全保障政策の大転換であり、事実上の軍事大国化宣言にほかなりません。
原発政策が「できるだけ依存度を下げる」から「最大限活用」に大転換したときもそうでしたが、このような重大な国策の変更が国民的な議論も国会での真摯な討論もないまま閣議決定という手続きによって時の内閣の一存であっさり決まってしまうのは非常におかしいと思います。しかも、この軍事予算を倍増させ先制攻撃可能な兵器も買い揃えるという軍事大国化宣言を行ったのが、保守本流を自認し自民党内ではハト派であったはずの宏池会を率いていた岸田文雄首相であったことに、悪しき時代の流れを感じずにはいられません。これは、宏池会の元祖的存在である吉田茂を源流とし、吉田ドクトリンとも呼ばれた「軍事小国・経済大国」路線が自民党の中で事実上消滅し、安倍元首相の母方の祖父である岸信介を源流とする戦前回帰型の軍国化路線が勝利を収めた結果なのです。立憲民主党の中には、「保守本流の防衛政策を継承しているのは自分たちだ」と言う人もいますが(やはり立民も保守政党だったのかと思ってしまいますが)、この政党も防衛力の強化そのものには反対ではないというスタンスなので、野党第一党としては何とも対抗軸の弱い誠に頼りない存在と言わねばなりません。
タモリの「新しい戦前になる」という予言は、こうした時代の空気を感じ取って出てきた言葉だったのでしょう。
台湾有事を日本有事にしてはならない
その「新しい戦前」の1年目の2023年、自民党の有力政治家の振舞いが日本をさらに戦争へと近づけることになりました。この年の8月、台湾を訪問した麻生太郎元副総理は、台湾外交部主催の講演会で「今ほど日本、台湾、アメリカをはじめとした有志の国々に非常に強い抑止力を機能させる覚悟が求められている時代はないのではないか。戦う覚悟です。いざとなったら、台湾の防衛のために防衛力を使う」と演説しました。これは、台湾有事の際には自衛隊も戦いますという事実上の参戦宣言にほかなりません。報道によると、これは麻生の個人プレーではなく外務省の承認のもとに行われた発言とのことなので、日本政府としての意思表明ということになります。既成事実というものはこんな形でいつの間にか積み重ねられていくのでしょう。台湾の蔡英文総統はこの発言を大歓迎し、蔡総裁が率いる台湾与党の民進党は反中国で凝り固まった日本の保守政治家や自衛隊OBを招いて盛んにシンポジウムを開き、日本との親密ぶりをアピールするようになりました。この頃から日本国内の防衛論議でも、台湾有事=日本有事との認識の元に、中国が台湾に侵攻した場合は自衛隊が米軍と協力して戦うことは当然のこととして語られるようになった観があります。
このようなことになった背景には、台湾政策をめぐるアメリカの方針転換があります。これについては、防衛ジャーナリスト(元東京新聞記者)の半田滋氏が書いた「台湾侵攻に巻き込まれる日本」という本が参考になったので、以下その内容を紹介します。
アメリカは1979年に中国との国交を正常化した後も台湾への武器輸出を続け防衛力の強化を支えてきましたが、中国が台湾を攻めた場合に台湾を防衛するのかという問いに対してはイエスともノーとも言わない「あいまい戦略」を取り続けてきました。ところが、バイデン大統領は、テレビ番組に出演した際に「米軍は台湾を守るのか」と問われ、はっきり「イエス」と答えました。一度だけなら失言ということも考えられましが、バイデン大統領は就任以来4回も台湾防衛を明言しているので、その都度ホワイトハウスが「対中政策に変更はない」と火消しをしているものの、バイデン発言が現在のアメリカ政府の本音と考えるべきでしょう。
アメリカが台湾防衛に舵を切った理由は二つあります。一つは、台湾にある世界一の半導体メーカー「台湾積体電路製造(TSMC)」という会社の存在です。この会社は世界の半導体シェアの60%以上を占め、高性能半導体については90%にもなり、当然アメリカ工業界も半導体の多くを台湾からの輸入に依存しています。中国が台湾を併合して半導体の輸出規制を始めれば、アメリカは深刻な半導体不足に陥り、自動車、航空機、兵器などの主要産業はすべて立ち枯れてしまいます。サプライチェーン(供給網)を守るという経済安全保障上の理由から、台湾が中国の手に落ちることは何としても阻止しなければならないというわけです。
もう一つの理由は、軍事的な安全保障に直結する問題です。アメリカは近年の中国海軍の著しい増強と海洋進出を自国の安全保障に対する重大な懸念材料として見ています。中国はアメリカを標的とする核ミサイルを搭載した原子力潜水艦を南シナ海に展開しており、米軍と自衛隊は協力して常時これを監視・捕捉する体制を構築しています。台湾が中国に占領されれば、この監視網に綻びが生じ、中国海軍の艦艇は台湾周辺から自由に太平洋に進出できるようになってしまいます。中国海軍をこれまでどおり南シナ海に封じ込めて監視下に置くためには、何としても台湾を中国から守る必要があるというわけです。
私はこれまでバイデンの台湾を守るというスタンスは、民主党政権ならではのある種の人権外交の延長のようなものだと考えていました。アメリカの二大政党は大筋において 共和党=保守、民主党=リベラル という色分けがなされており、民主党は伝統的に人権や民主主義といった価値を重んじる傾向があります。2022年8月に民主党のペロシ下院議長が台湾を訪問し中国政府の猛反発を招いたことがありましたが、この人も天安門広場まで行って民主化運動の犠牲者を悼むという横断幕を掲げたことがあるという対中強硬派として知られていました。これに対して今年からアメリカ大統領に再登板したトランプは、人権や民主主義にはおよそ無関心な人物で、「他国の防衛のために何でアメリカ軍の兵士が死ななきゃならんのだ」という考え方の持ち主なので、台湾有事にアメリカが参戦する可能性はバイデン政権のときよりも低くなるだろうと期待していました。しかし、バイデン発言が「台湾を第二の香港にしない」「民主主義を守る」といった価値観外交の産物ではなく、前記のような安全保障上の理由によるものであるのなら、この政策は政権が変わっても党派を超えて継承されると見るべきなのでしょう。
おそらく日米合同委員会あたりを舞台にして、アメリカ側から台湾有事に際して自衛隊の参戦を求める強い圧力がかけられてきたのではないかと思います。そうした流れの中での日本側の参戦表明が前記の麻生発言だったのでしょう。このまま行けば、中国軍の台湾侵攻が行われたときには、それは必ず第二次日中戦争へと発展し、自衛隊が史上初の戦死者を出すことは避けられません。
しかし、ここで冷静になって考えるべきことは、台湾は独立国ではなく、あくまでも中国の一地域に過ぎないという現実です。アメリカも日本も、そういう前提に立って現在の中国との国交を樹立しているのです。中国は国内の武力統一という選択肢を放棄していないので、常に台湾侵攻が可能性としては取り沙汰されるのですが、実際にそれが行われるのは台湾が現状に満足せず独立へと動き出したときであり、それがわかっているから双方の多数派は現状維持を望んでいるのです。中台関係の平和と安定を望むのであれば、アメリカも日本も「一つの中国」原則を尊重し、反中感情に任せて台湾の独立派を勢いづかせるような行動は控えるべきでしょう。
また、仮に万一中国が台湾に侵攻して「台湾有事」が現実のものとなったとしても、これはあくまでも中国の国内問題であり、内戦と位置づけられるべき武力紛争ですので、アメリカも日本も本来は「不介入」という選択肢しかないはずです。日米が武力介入した場合、同様に台湾の半導体に多くを依存している先進工業国の中にはこれを支持する向きもあるでしょうが、グローバルサウスの国々をはじめ大部分の国連加盟国は中国支持に回るでしょうから、日米の国際的孤立は避けられません。
仮に自衛隊が積極的に米軍に協力しなくても、米軍が中国軍と戦闘状態にはいれば、沖縄にある米軍基地が中国軍の攻撃を受けることは避けられません。沖縄が攻撃されれば「日本有事」ということになり、自衛隊は個別的自衛権の発動により中国軍と戦うことになってしまいます。そうなれば近年自衛隊が基地を置いた石垣島、宮古島、与那国島といった南西諸島の島々も中国軍の攻撃にさらされることになるでしょう。
中国の内戦に巻き込まれて自衛官や沖縄県民が死ぬというようなことは一人たりともあってはなりません。日本政府には国民の生命を守り抜くために命懸けの外交をやってもらいたいと思います。国際社会の原理原則を尊重して中台紛争に武力介入しないようアメリカを強く説得し、米中戦争が勃発することを阻止する以外に日本有事を回避する道はないのではないでしょうか。
徴兵するなら国会議員の子弟から
先ほどご紹介した「台湾侵攻に巻き込まれる日本」という本の中では、近年深刻な人員不足に悩む自衛隊に関する記述があります。少子化が進む中で小さくなるパイを民間企業と奪い合っているのですが、待遇面でも民間企業に太刀打ちできない上に、就職後は10~20人もの大部屋での共同生活が待っているとあっては、個室で育った現代の若者の多くが敬遠するのも当然です。最近はハラスメントに起因する事件が報道され、戦前の日本軍のような体質が残っているのかと疑いたくなるような状況とあってはなおさらでしょう。
入ってくる人が減ってきている上に、自衛隊という職場は、離職者も多いのです。2020年に防衛省が作成した資料によると、自己都合による自衛官の中途退職者は、10年間で約4割増加して年間約5千人、これは毎年の新規採用者の約3分の1に相当する人数とのことです。しかも、任官後早期(特に4年以内)の退職者が多く、階級別にみると曹長クラスが9割超。せっかくお金をかけて新兵に教育訓練をしても定着せず無駄になるばかりです。
その上、幹部自衛官を養成する防衛大学校の学生や卒業生からも、任官を拒否する人々が続出しているのです。1998年から2023年までの28年間での入校者数に対する退職者数(中途退校者と卒業後任官辞退者と任官後早期退職者の合計)の平均は25%で、4人に1人は防大や自衛隊を去ったことになります。毎年の退職者数は年によって増減がありますが、増えた時期というのはそれなりの理由があります。たとえば2003年から2009年まではずっと100人以上で高止まりしているのですが、この時期はイラクへの戦地派遣が行われていて、派遣された部隊は死と隣り合わせの日々を過ごしていました。次に増えるのは2015年前後です。この年は前年に閣議決定された安全保障関連法案(戦争法)が国会で可決成立し、集団的自衛権を解禁された自衛隊が海外で米軍と共に戦う軍隊へと変貌を遂げた時期でした。直近の2022年は166人、2023年は165人と、これまでで最も多い水準となっていますが、これは前記の岸田首相による軍事大国化宣言の影響にほかなりません。自衛隊が戦争に近づくたびに志願者が減っていくのは、当然の流れだろうと思います。
いくら防衛費を倍増し、高額な兵器を買い揃えたところで、それを運用するマンパワーがこれほど不足しているようでは、防衛力の強化も何もあったものではありません。この上さらに台湾有事で戦死者が出ようものなら自衛隊への志願者は激減し、退職者も続出して組織としての存亡の危機に立たされることになり、いよいよ徴兵制の導入を検討せざるをえなくなるでしょう。
今でもすでに防衛省は、地方自治体から住民基本台帳を入手して、入隊適齢期に該当する若者に入隊勧誘の手紙を送付するということを毎年行っています。名簿提出や住民基本台帳の閲覧という形で、9割の自治体がこのような防衛省の隊員募集に協力しています。やがて来るかもしれない赤紙(召集令状)発送の予行演習なのかと疑いたくなるような不気味な動きです。
この問題について思い出すのは、アメリカのマイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画「華氏911」の中の一場面です。イラク戦争の最中、ムーア監督が国会議員一人一人に例の突撃インタビューを敢行し、「あなたの息子さんは軍隊に志願していますか」と質問します。結局、息子が米軍に入隊しているという国会議員は一人もいなかったというお話だったのですが、イラクが攻めてきたわけでもないのに、こんな道理の通らない戦争に躊躇なく賛成できるのは、「どうせ戦争に行くのはどっかの貧乏人の倅たちさ。あいつらこんなことでもしてくれないと国の役に立たない連中ばかりだもんな」くらいに思っているからでしょう。軍隊に志願するのは、大部分が黒人やプアホワイトの若者など、こんなことでもしないと中々チャンスをつかめないと思っている教育環境や家庭環境に恵まれない貧困層出身の人たちです。アメリカ政府が民主党政権であっても共和党政権であっても貧困問題の解決に抜本的に取り組もうとしないのは、この圧倒的な経済格差の存在こそが米軍兵士の供給源だからでしょう。戦争を始めるエリートたちと実際に戦場で死ぬ兵士たちが別世界の人たちだからこそ、米軍は世界のあちこちで戦争することができるのです。
この映画から学び取るべき教訓は、自国の政府がおかしな戦争を始めないようにするためには、戦争を始める権限を持つ者たちの家族がまず最初に戦争に行って死ぬという仕組みをつくるべきだということです。いずれ徴兵制の導入が避けられないというのであれば、いきなり国民皆兵とする前に、第一段階としてまずは国会議員の息子や兄弟から徴兵するよう国民は要求すべきです。率先垂範という言葉がありますが、多くの国民が不安にかられて自分の子どもを自衛隊に差し出すのを躊躇しているという現実があるのであれば、まずは国会議員が見本を示してほしいところですし、国会議員の子弟ともなれば皆さん立派な教育を受けている上に「国のために働く」「国を守る」というモチベーションも一般庶民よりもずっと高い(はず)でしょうから、優秀な兵士の確保が期待できます。
前記の本によると、実際に退職したある自衛官は次のように語っています。「退職するのは、休みが取れず、残業代もなく、はてしなく過酷な環境で働かされるからです。退職理由にきれいごとしか書かせない。本当の理由を書いたら書き直しさせる。まじめに問題を解決しようとしていない。これでは人は来ない。そのうち組織が自壊するんじゃないかとすら思います。」 しかし、自衛隊父兄会にたくさんの国会議員がはいってくるようになれば、ハラスメントの問題も含めてこのような状況を放置することは到底許されず、自衛隊の職場環境は劇的に改善されることになるでしょう。そして、政治家たちはわが子可愛さから自衛隊の活用に非常に慎重になり、政府は自衛隊の出番がないように平和外交に全力を尽くすでしょう。そういう安心感と、大幅な職場環境と待遇の改善があれば、自衛隊の人員不足は自ずと解消に向かうのではないでしょうか。



