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小坂正則の個人ブログ

私には夢のような「脱原発革命」が東京で起きようとしている その2

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私には夢のような「脱原発革命」が東京で起きようとしている その2
小坂正則

一昨日上のタイトルのブログを書いてFBとツイーターで流したら1日に4000人がこのブログを覗いてくれました。昨日も4000人の方が覗いてくれたようです。ありがとうございます。今日はその続きを書くのですが、さすがにそんなに皆さんが見てくれるとは思いませんが、暇な方は見てください。
長くなると最後まで読んでもらえないでしょうから要約と結論を先に書きます。まず、前号のブログがなぜ読んでもらえたかというと、28年前の脱原発運動に参加するということは「過激派」という烙印を押されるくらい特別なことだったのです。その理由を書きます。その当時のエピソードを少し紹介します。そしてなぜ私たちがそんな運動をしたのか。その思想的背景も少し書きます。細川氏が記者会見で「脱経済成長」の必要性と「再生可能エネルギーが成長戦略だ」という一見したら相反するような発言をしましたが、それが相反しないという理由も話します。
さして最後に皆さんにお願いです。山本太郎氏が行っている「選挙に行こう」運動をみなさん行いませんか。舛添陣営は自民党の組織票と公明党の創価学会の組織票です。彼らは投票率が下がれば下がるほど彼らに有利です。ということは細川陣営は投票率を上げなければ負けるのです。だから「とにかく選挙に行こう」と、多くの有権者の呼びかけるのです。
次に東京都民でない方も選挙戦に参加できる方法を提案します。皆さんの中でぜひ細川さんに知事になってほしい方は東京都にお住まいの友人や知人に「手紙を出しましょう」そして、その中の最後に「選挙に行ってください」と書くのです。そして「ぜひ細川さんを応援してください」と書いてください。「手紙」は日本の文化です。メールやツイーターもいいのですが、たまには手紙を書くのもいいものですよ。手紙の中に雪割草の額の1枚や柳の新芽の1つでも入れて、あなたの地方の春の訪れを感じさせる香りの便りを東京の友人に送ってやりませんか。


少数の抵抗運動から国民が選択する政治課題へ

28年前のチェルノブイリ原発事故以後に反原発運動に参加した私たちは、当時はニューウエーブとか「脱原発」という言葉もこの時代に生まれたと思います。また「市民運動」という言葉が広く使われるようになった時代です。それまでの運動といえば住民運動でした。住民運動と市民運動の違いは大きかったのです。住民運動とは自分に直接関わる公害反対運動やゴミ処理場の建設反対運動など、自分に直接利害関係のある運動です。それに対して市民運動というのは「自分には直接関係しない観念的な運動など」のことです。1968年ころに始まった「ベトナム反戦運動」などが市民運動の始まりかもしれません。それから1986年の4月26日の旧ソ連のチェルノブイリ原発事故以後の湧き起こった、脱原発運動を「市民運動」の始まりと言われます。それも直接自分の住んでいない地域の原発の建設に反対する運動が始まったのです。8000キロも離れたチェルノブイリから日本は放射能が降ってきたのです。だから大分県に住んでいる私たちが対岸の四国の伊方原発に反対する運動を始めたのが、私の脱原発市民運動の始まりです。
当時の原子力発電の反対運動に参加する者は限られていました。男は公務員か百姓しかほとんどいませんでした。それに対して女性、特に専業主婦が中心の運動でした。

公安警察から狙われる

そんな私たちの運動がなぜ公務員か百姓しかいなかったのかというと、サラリーマンは国家のエネルギー政策に刃向かうなど到底できなかったのです。サラリーマンなら反原発運動などやっているのが社長にばれたらクビになったでしょう。幸い公務員は出世さえ諦めたらクビになることはありません。なぜなら何ら法律に反する行動はしていないからです。
だからしがらみのない主婦の運動だったのです。おもしろいことに警察官の妻も仲間にいました。その亭主の警察官も上司に「警察官の任務は憲法を守ることです」と宣言していたというから、まあ変わり者だったのでしょうが。
そんな私に凄まじ公安警察の内偵が行われていました。私が参議院選挙で反原発の政党「原発いらない人びと」を作って選挙をたたかったのですが、結果は見事に惨敗して、その反省会をちょうど昭和天皇が死んだ時に行われたのですが、今から26年前です。その会議が青森で開催されて、私は青森まで1週間有給を取って出かけたのです。すると、警察が職場に来て「小坂はどこに出かけたのか教えてほしい」と言ったそうです。ただし、私は公務員なので当局の管理者はそんなことを私に喋ったりはしません。当局は当然私がどこに行ったかなんて知るわけもないので、「知らない」と答えたのでしょう。すると、何と警察は厚かましいやら、今度は労働組合まできて委員長に聞いたそうです。だから私の耳に入ったのです。「小坂は過激派で天皇に爆弾を投げ込むかもしれないので足取りを掴みたい」と言ったというのです。それだけで民間企業なら一発クビでしょう。もちろん私はその結果職場では「過激派リスト」に入れられたことでしょう。私にはそんなことは知るよしもありませんが。
またこんなこともありました。職場で私は真面目な職員でした。窓口担当でお客さんにはやさしくて人気もありました。そんなあるの朝、職場の同僚から「小坂お前のことをオレの近所の警官から聞かれたんだけどお前は過激派なのか」と言うのです。私は「どうしてオレが過激派なんだ」というと、近所の知り合いの警官が「お前の職場に小坂というやつがいるだろう」というから、おれは「いるよ。真面目ないいやつだよ」というと、警官は「奴は虫も殺さないようなやさしい顔をしいるが、奴は夜な夜な人を殺しているんだぞ」といったと言うんです。そんなこと聞いた同僚はビックリして私に「お前がそんなことするわけないよなあ」と聞きに来たのです。そんなあくどい攻撃を私に国家権力は仕掛けてきていました。もちろん私はどこの過激派といわれる新左翼にも属したこともありません。
私だけではありません。私たちの「脱原発大分ネットワーク」の以前の代表だった女性が夜遅く、自宅近くを車の運転していたら、警察に止められたそうです。そして警官が免許証を見て「ああ○○さんでしたか」と、「私を知っているような言い方をしたのよ」といってました。それだけですが。そのほか松下竜一という作家は「赤軍派」の容疑で家宅捜査までされました。もちろん国家賠償裁判を起こして勝訴しましたが、「松下竜一氏赤軍派の容疑で家宅捜査」というマスコミに流れたことによる名誉毀損は取り替えされることはありません。国家権力の私たちへのフレームアップです。
反原発運動を行うだけでこれだけの国からの攻撃を受けてきたのです。これが自由と民主主義の国の実態です。この国の支配者の心の狭さに嫌気が差します。何も国に刃向かわない人には自由も民主主義もあるように思えるかもしれませんね。でも、一旦国家の意思に従わない行動を取ったら、必ず警察に睨まれて、尾行されたりして私たちに国家は襲いかかって来るのです。彼ら公安警察の目的は治安の維持であり、反乱や暴動や反対運動(市民運動)の抑止活動(拡大防止)が国家の治安や秩序の維持につながると思っているでしょう。でも、まだ私たちはいい方です。だって、私たちに公然と違法な暴行など加えたりしたらマスコミや友人・知人が私たちへの不当な権力の行為を非難してくれます。しかし、これが過激派や暴力団だとそうはいきません。私は「民主主義や人権というものは、異端者への攻撃を自分への攻撃だと思って反撃しなければいずれは自分へ襲いかかってくる」と思っています。戦前の治安維持法が共産主義者への法律だから自分には関係ないと思っていたら、そのうち一般市民までも狙われてきたからです。
国民の基本的人権を守らなければならないという考えは国家権力(警察)には微塵もありません。国民は治安維持のためには家畜のように管理と支配の対象でしかありません。
だから私たち脱原発運動や反TPPや環境保護運動などのあらゆる政治的な活動は「特定秘密保護法」や「盗聴法」や「共謀罪」などが本当に身近に感じるのです。それらが全部そろったら戦前の「治安維持法」の完成です。いつでも私たちを豚箱に入れることができるのですから。

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松下竜一と細川護煕

私たちの反原発運動を語る上では故松下竜一氏を語らなければなりません。彼は10年前に亡くなりました。大分県中津で50年ほど前に豆腐屋をしていた青年でした。その豆腐屋の青年が作家になったのです。彼は1973年の豊前火力発電所の建設反対運動に関わるようになって朝日新聞に「暗闇の思想」という小文を投稿しました。興味のある方は読んでください。そして、その中で「冗談でなくいいたいのだが、「停電の日」をもうけていい。勤労にもレジャーにも加熱しているわが国で、むしろそれは必要ではないか。月に一夜でもテレビ離れした「暗闇の思想」に沈みこみ、今の明るさの文化が虚妄ではないかどうか、冷えびえとするまで思惟してみようではないか。私には、暗闇に耐える思想とは、虚飾なく厳しく、きわめて人間自立的なものでなければならぬという予感がしている」と語っています。これは経済成長を当たり前と思っている私たち20世紀に生きた日本人に松下竜一が問いただした反現代文明論です。
細川氏が22日の立候補の記者会見で話していた「経済成長からもう私たちも腹8部目の生活でいいのではないだろうか」というような話しをしていました。松下竜一氏がいま生き返ったような気が私はしました。

原発がなくなったら日本は江戸時代に返るのか

こんな大げさな反論をよく原発推進派の政治家などが言います。豊かで便利な生活に慣れてしまった現代の私たちには原発というものはなくてはならない「必要悪」なのだと。誰だって原発などほしくはないが、仕方ないのだと。また、反原発派に対してよくいわれたことが「小坂は原発反対といっているが原発の電気を使っているではないか」と「原発反対なら原発の電気はいらないと言って使わなければお前の話も聞いてやるよ」などです。
私たちは電気のない原始時代や江戸時代の「ロウソクやアンドンの生活をしろ」と言ってるわけではないのです。電気のありがたさは十分知っています。だからこそ電気を無駄に使うことなく大切に使いたいのです。電気でお湯を沸かすなど最高の無駄です。
省エネや再生可能エネルギーで化石燃料の使用を抑えれば、結果としてGDPは下がります。でも、人びとの暮らしは決して貧しくはなりません。見せかけの経済成長ではなく、中身の充実した成長社会を私たちは求めるのです。それは高度に無駄を省いたエネルギー社会です。白熱電球からLEDへの変換などが分かり安いでしょう。大幅にエネルギーは削減できて、寿命は長いので製品コストは安くなるのです。経済成長を上げながら省資源化を進めることは可能なのです。ただ松下竜一氏や細川護煕氏はきっとこう言いたかったのです「そんなにものに囚われる生き方から抜け出してほどほどの暮らしでいいではないか」と。少しスピードを遅くして生きてみませんか。そうするとこれまで見落としていたような道ばたの雑草の花の美しさや通勤途上でどこからともなく薫ってきたキンモクセイの香りに心を癒される生活をあなたも取り戻せるかもしれないのです。

続きをご希望の方は「市民電力会社を作ろう」という私の書いた書籍をごらんください。





1月27日 町屋駅前

原発が都知事選の争点になる意味==
Commented by 安藤 公門 at 2014-01-30 05:21
東京の人に向かっての実践的な提案。
手紙を書くこと、大賛成です。
そして、近づく山口県知事選挙が、私たち、山口県民にとっては、大きなチャンスです。
なんとか活かせないか、と考えています。
Commented by 池辺幸惠 at 2014-01-30 06:38
「反原発の票が割れるのをみなさんは一番心配しておられる。ですから、わたしは約束します。
★もしわたしが知事になれたら、宇都宮さんには敬意を表して、
副知事が一番のぞましいが、もし副知事は無理だとしても、
是非とも都政に参加していただき重鎮となっていただいて、
都政のあらたな改革に、彼とともに取り組んでいきたい。」

と言って実行なさればいいとおもいます。
3.11の処理は<強者の論理>ではとても良い対応はできないでしょう。汚染水の処理もこれまでの隠蔽しウソばかり垂れ流す東電や無責任政府のやり方で事がおさまるとは到底思えません。
ですから、これからの日本は、それこそ一億総出で、これまでの無責任政治の後始末を、みなで考え協力しながらすすめるしかないのです。
今の日本を救うには、ほんとうに右も左も、反省した強者も弱者たちも、官民一体となって、一緒に割り振りしながら、お互いの意見や考えを理解しようとつとめながら・・・一人一人が政治に関わりながら解決してゆかねばならないと思うのです。
HとUと一緒になれればいいと思います。
それが反原発を是非とも実行移さねばと思うものたちの必死の願いです。
by nonukes | 2014-01-29 11:49 | 脱原発選挙 | Comments(2)