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小坂正則の個人ブログ

誤解を恐れずに言えば「間違っていてもいいから今できることを精一杯やり通したい」

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絶対に正しい行動などあり得ないし、私にそんなことは分かるはずはない

昨日、九電大分市支店へ「感謝状」を持っていくことを少数の仲間に相談して、私の半ば独断で行動しました。その行動が突飛だったので、いろんなご意見があろうことは私にも想像できていました。しかし、私は25日の昼間に思いついたのです。どうしてもっと前からその準備をしなかったのだろうと私は悔やみました。九州で多くの支店や営業所に感謝状や花束を持っていく人がいたらこれはすばらしいことだと。でも、その私の突飛なアイデアも「万人が認めてくれるような常識的な行動ではない」ということは私は計画段階から思っていました。でも、それを行動したかったのです。その理由をここに書きたいと思います。それというのも今日、仲間から厳しいご批判を受けたからです。「こんな行動は受け入れられない」と。でも私にはじっとしてはいられなかったのです。何か行動しなければ、私たち抜きに、どんどんとことが進んでいくのは目に見えていたからです。

何もしないで人を批判するよりも間違ってでも行動する人が私は好きだ

「原発を止めたい」と思っている若い仲間たちが私の周りもたくさんいる。彼らの多くは周りの人びとに自分の思いが理解してもらえず、病的にまで悩み苦しんでいる。だから、私は彼らの危なかしさをも含めて愛おしいし、出来る限り何とか手をさしのべてやりたいと思っている。「私がこれまで25年間やってきても出来なかったことを、彼らがそう簡単に出来るはずはない」とは思いたくはないのです。何とかして奇跡を起こしたい。だから、失敗を恐れず、何でもいいから「行動しながら考えればいい」と私は思っているのです。そう思っている私が何もしないならば、私はただの評論家で終わってしまう。私は評論家でもなければ学者でもない。生きた生身の人間なのです。間違いもやり、人にののしられたらいじけもし、心が折れるほどつらいこともあるのです。でも、私は私でいたいのです。何回失敗をしても何か行動したいのです。原発を本当に止めたいのです。だから物わかりのいいお利口さんではいられないのです。だから私は明日も周りの人に少々の迷惑をかけながらも私らしい突拍子もないバカげたことをやると思います。
もう一つの理由があります。それは「怒りを越えたたたかいでなければ、私の想いや熱意は対立する相手には伝わらない」と思っているのです。そのためには私の中の怒りを昇華した言葉を見いださなければ問題を解決することは出来ないと思うのです。これは難しいことです。怒りは行動の原動力でもあるのですから。ただ、ジョンレノンが歌ったイマジンは人びとの心の中に怒りを越えた愛を訴えているのですよね。



by nonukes | 2011-12-28 02:32 | 原発とめよう!九電前ひろば | Comments(0)