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小坂正則の個人ブログ

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エリート大学生による集団レイプ事件の裏に潜んだ歪んだ動機(2)

選民意識はどこから生まれてきたのか
小坂正則
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我が家の山に咲いていた山椿の花です

戦後の国民が貧しかった頃は国民には1つの目標がありました。それは廃墟からの復興です。「アメリカに追いつき追い越せ」という目標でした。また、みんなが貧しかったので、自分が貧しくても、心まで貧しくはなりませんでした。その後の高度経済成長時代までは1億総中流ともいわれていたように、格差が小さな社会だったのです。しかし、バブル崩壊から失われた20年とも30年ともいわれる1980年代後半の低成長時代に入ってから、不況や格差が拡大した社会では、それと共に利己主義的な社会意識へと大きく変化して来たのでしょう。
1980年代後半までは格差はあっても、貧しくても「昨日よりも今日の方が豊かになっていた」のです。しかし、バブル崩壊以降、今日のように「昨日よりも今日の方が貧しくる」社会では夢も希望も失ってしまう人びとが増えてしまったのでしょう。
そんな社会では連帯意識は醸成しません。他人は全て敵とみなして、競争社会を生き抜かなければ自分が競争に脱落してしまいかねない社会に突入したのです。1985年に労働者派遣法が成立して2003年の小泉政権で完全に自由化されたのです。そんな社会情勢の中で、教育現場は偏差値教育が進み、点を取る競争が激化して行ったのです。学校現場でもその頃からイジメが大きな問題化してきました。「他人は自分の競争相手でしかない」という価値観が一層純化していったのです。「共に助け合って生きる」という類としての人間存在が希薄になってきたのです。

全共闘世代にはまだ若者にエネルギー発散の機会があった

60年安保世代の学生や68年全共闘世代から70年代安保世代の学生たちには、大人への反発や「止めようのない自らの中からわき出るエネルギーを爆発させる機会があった」のです。それは学生運動だったり、異性への興味だったり、遊びだったり、それぞれ異なっていましたが、社会が若者の自由を許容するゆとりがあったのです。全共闘世代の人びとが若かった頃には、当時の経営者などがよく言っていたことがあります。「学生は少しぐらい暴れるくらいが元気があってちょうどいい」と。今そんなことをいう経営者は見あたりませんね。
しかし、コンピューターの発達で、がちがちの管理社会になってしまった現在は、そのようなゆとりさえも失われてしまったのです。ですから、人びとの中に溜まったストレスや不満のはけ口が見つかりにくくなって、それが弱者への攻撃としてはき出されるようになって来たのです。このような社会現象が「集団レイプ事件」を起こす若者の背景に潜んでいるのではないかと、私は考えるのです。

子どもたちを自由にさせることは社会が豊かになる可能性が大きい

管理教育を元大阪市長の橋下は積極的にやらせようとしていました。大阪市の子どもたちの全国一斉模試の平均点が大阪市が最低ラインだったときのことだと思います。しかし、結果は一向に向上したとは聞いていません。教師を処分の連発で強権的にロボットのような人間を作って子どもたちに自由な教育などができるわけはありません。結果はイジメで自殺者が出たという高校生の話は聞きましたが。橋下の強権的な教育行政は完全に失敗でした。教師に自由がなければ子どもたちをのびのびと自由に教えることなどできるわけはないのです。
詰め込み教育は一時的にはテストの点は上がるかもしれませんが、長い目で見たら結果は真逆です。詰め込み教育は学ぶことの楽しさを子どもたちから奪い取ってしまい、学ぶことが嫌いになってしまうだけなのです。
経営の神様と言われるピータードラッガー氏の著書にこんなことが書いています。ある教師が次のような実験を行ったそうです。1つのクラスの子どもたちには野鳥の名前を図鑑で教え込み毎回野鳥の名前のテストをやったそうです。もう1つのクラスでは双眼鏡と図鑑を持って屋外に出て野鳥観察を行わせたそうです。そして20年近く経ってから、その生徒たちの元クラスの仲間が集まる機会があったので、「君たちの中で野鳥が好きな者はいるか」と、聞いたら、前者のクラスでは誰もいなくて、後者のクラスでは3割ほどが「野鳥が今でも大好きだ」と答えたというのです。このように学習させるということは、子どもたちに無理矢理たたき込むのではなく、興味を持たせるように誘い込むことが最も大切なことだということが裏付けられたのです。デンマークが子どもの学習能力が世界一だといわれていますが、デンマークは子どもが自由に複数の学校の中から、自分の好きな学校を選んで行くことができるそうなのです。芸術を主体に教える学校や技術専門に教える学校などに、父母が自分たちで学校を作ることだってできるのです。日本の子どもたちが偏向しているのは、自由が子どもたちに与えられていないからです。それは教師に自由がないからでもあります。日本の義務教育も自由化など大きな見直しが必要でしょう。
by nonukes | 2016-12-21 15:47 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

エリート大学生による集団レイプ事件の裏に潜んだ歪んだ動機

女性や弱者をものとしか見ない男たちの犯罪
小坂正則
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5月の東京大学、10月の慶應大学に続いて、またも高偏差値のエリート大学生による集団レイプ事件が発生しました。今回の事件は9月20日夜にコンパに参加した女子学生を3人が集団でレイプして、その後犯人の1人のアパートまで移動して朝までレイプしたという卑劣な事件です。彼ら千葉大学医学部(6年制)の5年生3名は11月21日に集団強姦致傷の容疑で逮捕されました。12月5日には彼らの実名が公表され、さらに3人を指導する立場であった研修医も共犯として準強制わいせつの容疑で逮捕。医学部に学ぶ医師の卵らによる卑劣な犯罪が起こったのです。しかし、当初千葉県警は犯人が事件を自白しているにも関わらず氏名を公表しませんでした。その理由として被害者の名前が特定される可能性があるとか、共犯者の割り出し中だからと、言っていたのですが、週刊誌記者などの調査で逮捕された学生が誰だか特定されて、その犯人の中に高名な法曹界の重要人物がいるために氏名を公表しないのではないかという記事が出回ったのです。週刊誌などが本人の名前が分かってしまうギリギリの記事を掲載し続けたために、千葉県警は隠し通せなくなり、公表に踏み切ったのです。何と千葉県警も不様な真似をしたことでしょうか。法曹界の名誉を傷つけないつもりで取った行動が、そのために一層大きく傷口を広げることになったのですから。

なぜこのような卑劣な集団レイプ事件が続くのか

これまでも痴漢行為やレイプ事件は起こっています。普通行われる性犯罪は感情を抑えることができなくて理性的な判断機能が失われて衝動的性犯罪を起こす事件が大半でした。しかし、このような計画的な集団レイプ事件が、しかも高学歴の大学生による犯罪が立て続けに起こることなどあまり考えられませんでした。なぜなら最高学府に通うかれらには、集団レイプ事件がどれだけの罪になるかなど知らないわけはないからです。
今回の千葉大学医学部学生によるレイプ事件の動機はなぜなのかを考えるに、「被害女性をモノとして見る」ことしかできなかったのではないかと考えられるのです。
週刊現代の記事によると「今年5月に発生した東大生集団わいせつ事件で、起訴された被告3人が、公判で異口同音に語っていたのは、『自分たちの行為は許されると思っていた』ということでした。東大生である自分に女性は下心があって近づいてくると考えており、そういう女性を軽蔑する気持ちもあったとも語っています。
つまり、彼らには誤った「選民意識」が自然に植え付けられていたのでしょう。このような考えは慶応大学の集団レイプ事件の被告たちにも共通しているようです。
彼らは犯罪を認めていますので、被害女性と示談が成立すれば、執行猶予がつくだけで終わるかもしれないと言われています。示談が成立しない場合は最高7年の実刑判決が出るそうです。レイプ事件だけなら親告罪ですから示談が成立したら不起訴処分もあり得るのですが、傷害罪も含まれているので不起訴処分はあり得ないそうです。彼らは退学処分を受けるでしょうから、医者にはなれず一生を棒に振ることでしょう。でも、それだけの重い犯罪を犯したのだということを自らの人生の中で反省しながら生きていく必要はあります。なぜなら被害女性にとって傷害被害だけなら傷が直れば事件を忘れることもできるかもしれませんが、性犯罪は一生心の傷が被害女性の心の中に残ってしまうのです。彼女はその傷を背負ってこれからの長い人生を生きていかなければならないのです。これから彼女が恋愛や結婚をするときにも、レイプされた記憶が蘇って来るかもしれないのです。何の罪もない1人の女性がそれだけの深い傷を背負って生きていかなければならないのです。ですから、彼女が受けた心と身体の傷に比べたら彼らが一生重い十字架を背負って生きていくことは当たり前です。そして、こんなクソみたいな男子学生が医者にならなかっただけは救いかもしれません。彼らは少なくとも、人の生命を救う医者という職業には不向きだったのですから。

選民意識のエリート官僚と集団レイプ犯罪者の思考回路は同じ

このような性犯罪事件は氷山の一角と言われています。なぜなら性犯罪は親告罪ですから、このような事件は大なり小なりは別として、発覚した事件の10倍はあると言われているのです。大半の事件は被害者の泣き寝入りによって闇に葬られているのです。ですからこのような被害者を出さないためにも、このような「選民意識」の学生がなぜ繰り返し生み出されていくのかという社会的な背景をしっかり考察する必要があるでしょう。
東大出のエリート官僚はたまたま学生時代にレイプ事件を起こさなかっただけかもしれませんが、基本的に「女性を人間として見ない」ことや「弱者は人間として劣るもの」という思考回路の持ち主が多いように思われます。そんな官僚が、この国にはびこっているから、今日のようにエリート官僚が省益や課益しか考えることができない人間を大量に排出してしまうようになったのではないかと、私は思います。
そう言った意味では今回事件を起こした彼らは、犯罪者という看板を一生背負って生きなければなりませんから、私たち国民には分かりやすいのですが、犯罪を起こさなかった「選民意識」のエリート官僚は日本国憲法を守り、国民の幸福と安全と平和のために、「国民の奉仕者」として働くことの意味を理解できないまま官僚生活を過ごし、その後は天下って甘い汁をすうことが当たり前という人生を送るのです。私にはそっちの方がもっと不安です。
原発再稼働が唯一の日本のエネルギー政策だと考えている経産省官僚や集団的自衛権の行使が日本の平和と安全のための唯一の方法だと考えている外務省や防衛省の官僚と、千葉大学の性犯罪を起こした学生とは彼らの思考回路のどこが違うのだろうかと思います。私は彼らの思考回路はほとんど同じなのではないかと思ってしまうのです。
そんな集団レイプ事件の犯罪者のようなエリート官僚に私たち国民はこれからも翻弄され続けなければならないのでしょうか。



【千葉大医学部レイプ事件】23歳犯人たちの「華麗すぎる家柄」
その歪んだ選民意識

週刊現代 講談社 2016年12月19日号

高祖父は中央大学を設立した「法曹界の父」で、曾祖父は岸信介の学友の最高裁判事本人は神奈川の超名門・聖光学院高校出身……。
銀のスプーンをくわえて生まれ、名門医学部に進んだ容疑者は、二十歳そこそこにして「全能感」に満ちていたのか。女性に対する傲慢かつ卑劣な接し方から、その歪んだ選民意識が滲み出ている。

祖父も父も東大法卒の弁護士

5月の東京大学、10月の慶應大学に続いて、またも高偏差値のエリート大学生による集団レイプ事件が発生した。
千葉大学医学部(6年制)の5年生3名が11月21日に集団強姦致傷の容疑で逮捕された。12月5日には彼らの実名が公表され、さらに3人を指導する立場であった研修医も共犯として準強制わいせつの容疑で逮捕。医学部に学ぶ医師の卵らによる卑劣な犯罪が名門大学を激震させている。
千葉大学医学部は、国立大学医学部の偏差値ランキングではTOP10に入り、関東では東京大学、東京医科歯科大学に次ぐ存在である。
「千葉大の他の学部は県内および隣県の出身者が中心ですが、医学部には全国の名門高校出身者が集まっています。慶應大学医学部を蹴って、千葉大を選ぶ人も少なくありません」(千葉大生)
逮捕された3人の千葉大生のなかでも、とくに山田兼輔容疑者(23歳)が世間の注目を集めている。
山田は神奈川県の超名門私立・聖光学院高校出身。同校は、'16年度の大学入試で東京大学合格者数71名という全国トップクラスの進学校である。
そして、そうした学歴に加え、山田が日本屈指のエリート法曹一家に生まれ育っていることが、さらなる波紋を呼んでいる。
高祖父の山田喜之助は、明治時代の傑物。東京大学法学部を卒業し、法律家として活動する傍ら、大隈重信率いる立憲改進党の結党に参加。東京専門学校(現・早稲田大学)の創設に関わり、同校の教壇に立った。
同校の職を辞した後は、英吉利法律学校(現・中央大学)の創立者18人に名を連ね、授業も担当。法科の名門の礎を築いた。法律書や英国の法律に関する翻訳書も数多く刊行し、まさに日本法曹界の父だった。それだけでなく大審院(現在の最高裁)の判事や、衆議院議員として衆議院書記官長、大隈内閣の司法次官など公職も歴任している。
曾祖父・作之助も東京帝国大学法学部出身で、元首相の岸信介とは学友だった。神戸地裁の判事から弁護士に転身し、神戸弁護士会会長を経て、最高裁判事を務めた。
「山田の祖父も東大出身で、上智大学法学部助教授や第一東京弁護士会副会長を務めた大物弁護士。父親も東大卒の弁護士です。企業法務が専門で、いくつもの一流企業で監査役を務めるヤリ手ですよ」(法曹界関係者)
東大卒の弁護士が4代も続いた家系で、しかも実兄も一橋大学卒の弁護士。さらに言えば祖母や伯母も弁護士で、伯父は公認会計士である。
「千葉県警は3人を逮捕した当初は実名を発表しませんでした。表向きの理由は共犯者の捜査を継続中であることと、被害者女性の特定につながるからとしています。しかし、山田容疑者が大物弁護士一家の次男であるため、慎重にならざるをえなかったというのが、大きな理由の一つでしょう」(全国紙社会部記者)
都内の閑静な高級住宅地の一角にある山田の実家は、ロマネスク風の瀟洒な一軒家。本誌は山田宅を訪ねたが、人気はなく、終日インターフォンに応じることもなかった。
「マスコミが来るようになってから、ずっと不在が続いています。兼輔君はどこにでもいる普通の学生という印象しかありません」(近隣住民)
山田は千葉大医学部のキャンパスから徒歩10分ほどのマンションで一人暮らしをしている。
「今年2月に新築されたばかりで、もちろんオートロック。周辺の単身者向けのマンションの中では一番家賃が高いですね」(地元の不動産業者)
本誌は山田の父親が代表パートナーを務める法律事務所にも取材を申し込んだが、受付担当者が「コメントできない」と回答するのみだった。

男3人で朝まで性的暴行

逮捕された他の医学部生2人も、山田に劣らない偏差値エリートだ。
増田峰登容疑者(23歳)は筑波大学附属高校出身。
「お父さんは埼玉県内の特定郵便局局長で、地元の名士です。お母さんも学校の先生で、峰登君は3人兄弟の長男。みんな小学校の頃から勉強ができて、近所でも秀才一家と評判でした」(近隣住民)
吉元将也容疑者(23歳)は鹿児島県出身で、中学時代に長野県に転校した。
「県内屈指の名門公立校・長野高校卒です。成績は校内でもトップクラスで、昔から医者になると公言していました。でも、ただのガリ勉ではなく、中学時代から彼女もいましたし、運動神経もバツグンで陸上部に所属していました」(知人)
大学で山田と増田は医学部内のラグビー部、吉元はスキー部に所属していた。だがスポーツマンであるはずの彼らの犯行は卑劣そのものだ。
9月20日夜、千葉市中央区内の居酒屋で、実習の打ち上げという名目で、同大の学生ら十数人が参加して飲み会が行われた。
「飲み会は5時間続き、泥酔してしまった参加者の女子学生を山田らはトイレに連れ込んだんです。4人は時間差でトイレに入り、集団でわいせつ行為におよびました。犯行現場になった可能性が高い男女兼用のトイレは二畳程度の広さ。
ただし、この居酒屋はわりと高級なチェーン店で照明は明るく店員も多い。トイレは店内の中央付近にあって、頻繁に人の出入りがあった。女子学生を介抱するフリをしていたとはいえ、かなり大胆な犯行です」(前出・全国紙記者)
もともと、この飲み会は逮捕された千葉大学附属病院の研修医、藤坂悠司容疑者(30歳)が企画したもの。藤坂は容疑者の学生に「先生もどうですか?」と誘われて、犯行に加わったというから、呆れるほかない。
しかもレイプは居酒屋だけで終わらなかった。
「彼女が酒に酔ったので、家まで送る」
他の参加者にはそう告げて、藤坂を除いた3人は被害者女性をタクシーに乗せて、増田の自宅マンションに連れ込んだ。

「そこで3人で早朝まで被害者に性的暴行を加えたあげく、軽傷を負わせたんです。女性は3人が寝たところで、ようやく逃げ出して病院に駆け込み、関係者が警察に通報しました」(前出・記者)
逮捕された3人は取り調べで容疑を認めながら、動機については、
「酒に酔った勢い」と供述しているという。
あまりに愚かである。なぜ彼らは知人だったはずの女子学生を集団でレイプしたのだろうか。
同大医学部の6年生はこう語る。
「医学部は5年生から実習が始まります。実習期間中は各病院と自宅を往復する毎日で、朝早くから夜遅い時間まで課題は山積み、自宅でもレポートを書かなければならない。彼らは実習が終わって緊張感から解放されて、酒を飲んでハメを外し過ぎたんでしょうね。学内はいまピリピリしていて、学生は皆、自主的に飲み会を中止していますよ」
別の医学部の2年生が語る。
「彼らが逮捕される1ヵ月くらい前から、僕たちの周りでは『ラグビー部が女性を襲ったらしい』という噂は流れていました。実際に逮捕されても、意外性はなかったですね。というのも、医学部のラグビー部は、飲み会で過激な下ネタが飛び交うような雰囲気なんです。
もともと千葉大の医学部生はエリートで遊び慣れていない男子学生が多いのですが、入学してしばらくすると大学デビューというのか、看護学部や近隣にある女子大の学生から急にそこそこモテるようになるので、勘違いしやすいんですよ。
また、千葉大は『東医体』という東日本の大学医学部の体育会による連合組織に参加しています。そこの大会で慶應や東京医科歯科大と対戦すると、その後の飲み会で仲良くなるんですが、やっぱり都心のキャンパスで遊んでいる彼らが羨ましくなるんですかね。
高校時代の偏差値で言えば同じレベルの奴らに『俺たちも負けられない』と邪な対抗意識を持ってしまう。今回、逮捕された学生の3人はその傾向が強かったようです」
彼らの歪んだ自尊心と性欲が、今回の事件を引き起こしたのか。

「女性をモノとして見る」

数多くの性犯罪の裁判を傍聴してきたライターの高橋ユキ氏が語る。
「今年5月に発生した東大生集団わいせつ事件で、起訴された被告3人が、公判で異口同音に語っていたのは、『自分たちの行為は許されると思っていた』ということでした。東大生である自分に女性は下心があって近づいてくると考えており、そういう女性を軽蔑する気持ちもあったとも語っています。
そうした東大生の思い上がった意識が引き起こした事件でした。今回の千葉大学医学部生にも同じような背景があったのではないでしょうか」
高橋氏によれば、東大生集団わいせつ事件の河本泰知被告は裁判でこう証言したという。
「仲間の間で女性をモノ、性の対象として見て人格を蔑んでいる考え方が根本的にあったと思う。大学に入学してサークルなどで他大学の子と接して、彼女らはアタマが悪いからとか、バカにして、いやらしい目でばっか見るようになり……という、男たちの中でそういう考え方が形成されてきたように思います」
山田ら3人にはどんな罰が待っているのか。刑事事件に詳しい弁護士法人・響の徳原聖雨弁護士が説明する。
「集団強姦致傷は親告罪ではありませんが、示談が成立するかどうかがポイントになる。20日間程度の勾留期間中に示談がまとまれば釈放ということもありえます。また、被害者の協力が得られずに裁判を維持するのが難しいとなれば、検察側は不起訴の判断をせざるをえない。
逆に起訴されて有罪となれば、懲役7年前後の重い実刑になると思われます。ただし示談では、金銭だけでなく、『大学の自主退学』といった厳しい条件になることも考えられます」
一方、千葉大学側は司法判断を待ったうえで、彼らの処分を検討するとしている。
「起訴の有無にかかわらず、学生3人はもっとも重い退学処分、研修医は解雇というのが妥当でしょう」(全国紙社会部記者)
華麗すぎる家柄に生まれた山田ら3人の学生は、本来ならばあと1年数ヵ月後には医学部を卒業し、輝かしいキャリアを歩むはずだった。だが、彼らは医師になるべき人間ではなかった。
by nonukes | 2016-12-20 22:41 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

福島原発事故費用21.5兆円増額は終わりの始まり

福島原発事故費用21.5兆円増額は終わりの始まり
小坂正則
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どこまで増えるか誰にも分からない廃炉費用

東電福島原発事故から来年の春で6年目を迎えようとしています。そして毎日7千人の作業者が廃炉作業に従事していますが、福島原発の汚染水対策も核燃料の取り出し作業計画も全く何も進んでいません。しかし、事故処理費用だけは着実に増え続けています。これまで合計で11兆円と見積もられていた事故処理費用が21.5兆円かかると2月9日に経産省は試算を公表しました。
その内訳は廃炉費用が2兆円が8兆円、除染費用2.5兆円が4兆円、賠償が5.4兆円が7.9兆円、そのほか除染土壌の中間貯蔵費が1.6兆円で、計21.5兆円だそうです。ただ、この見積もりは現在想定される経費であって、今後増える可能性もあると世耕経産相は話しているのですが、いったいどこまで増えるのかは誰にも分からないのです。

青天井の廃炉費用を国民に求める前にやることがある

経産省は新電力の送電線使用料金に、賠償費用の7.9兆円を負担してもらおうというのが今回の大きな目的なのです。新電力利用者の平均家庭で月額18円程度ですと説明していますが、何と30年間です。この経産省案には様々な問題が隠されています。第一にはいったいいくらの事故処理費がかかるか誰にも分からないことだと言うことです。考えて見てください。最初から巨額の事故処理費がかかると官僚が言うはずはありません。小出しに次々と見積額を上げていくのです。福島原発事故のロードマップによると40年かけて廃炉処理を行うというのですが、その費用が僅か2兆円のはずはありません。最初から50兆円とも100兆円とも言われていたのですが、そこで初めて2兆円から8兆円へと見積額が上げられたのです。あと数年すると次には20兆円と言って来るでしょう。
確かに除染費用と賠償費は一定程度予想がつきますが、これまで人類が経験したことのない核燃料デブリを回収するという廃炉費用は想定が不可能なのです。
このような国民負担を強いる経費捻出案を作るなら、少なくとも「原発は安くはありませんでした」と国民に謝罪することが計画を発表する前に行うべきことではないでしょうか。
誰も謝りもせず、「それでも原発は安いです」と、言う裏で「広く国民負担にお願いしたい」というのは、余りのも虫のいい話ですし、道理の通らないことではないでしょうか。

電力自由化をなし崩しにさせる「託送料金への負担案」

経産省の案には2つ目に次のような問題があります。それは今年の4月から始まった「電力全面自由化」により、曲がりなりにも一般家庭でも自由に電力会社を選べるようになったのですが、「原発がいやだから新電力へ変えた」消費者にも原発のツケを払わさせるなら、この先第二、第三の福島原発事故が起きても電力会社は心配いらないと思って、安易に原発の再稼働を繰り返していくことになるからです。事故が起きたらその費用は国と消費者が見てくれるという安易な考えで原発を推進することは、原発企業のモラル崩壊が生じているのです。そして、「託送料」に原発事故費用を紛れ込ませる方法が当たり前になったら、次は必ず廃炉費用の見直し額もここに入れ込むようになることは間違いないでしょう。だって、送電線使用料は競争のない一番紛れ込ませやすい所だからです。今は新電力の顧客は3%から4%ですが、これがどんどん増えていったら原発企業の発電コストは新電力の消費者がこれまで負担してくれた原発事故費用も残った顧客へ負担してもらわなくてはならなくなって、電力会社は「ますます原発の発電コストが跳ね上がる」という恐怖に震え上がっているのでしょう。しかし原発企業は「原発が一番安い」と、いまだに言うのですから「原発の発電コスト」に廃炉費用や核のゴミ処理費用など積み上げるべきなのです。
実は本心はこうです。「今ある原発は最後まで使って元を取りたい」というだけなのです。「作ってしまった原発は動かせば儲かる」というだけの論理なのです。この考えは後先何も考えないで、「今だけ、金だけ、自分だけ」という無法・無責任な企業論理なのです。
しかも、今回は発表されていませんが、各電力会社の廃炉費用もこの託送料金へ紛れ込ませようという案が検討されていたのです。それはどういうことかというと、全国の30年以上の原発17基の内14基が廃炉積立金が不足しているというのです。(東京新聞2012年6月29日号)そこで、その積立金不足分や、これから廃炉に取りかかる5原発の廃炉費用が見積もりよりも多額になる可能性が高いので、その費用も託送料に紛れ込ませようということがまことしやかに議論されていたのです。さすがに「一気にあれもこれもと託送料に紛れ込ませれば国民の反発を招きかかねない」ことを恐れて今回はやめたのかもしれませんが、またぞろ出てくることでしょう。

なぜいまだに原発の発電コストは一番安いと言うのか

資源エネ庁が2012年以後に出した試算ではなぜか原発は10.1円という試算ですが、これには大きなウソが隠されています。この発電コストは、試算ですから、前提があるのです40年間事故がなくて稼働率80%運転の場合の試算なのです。しかし、現実は大事故を起こしていますし、電源開発促進税という税金を毎年3千億円以上もつぎ込んで、核のゴミ処理費など見えないコストは隠された中で、10.1円は1つのモデルケースの発電単価なのです。
ですから立命館大学の大島教授によると今回の21.5兆円を上乗せした原発のコストは13.1円で、最も高い発電単価だったのです。ですから資源エネ庁の発電コストは隠されたコストを引き剥がした「モデルケース」という国家官僚による「騙しのテクニック」なのです。

脱原発実現のために新電力へ乗り換えよう

今年の4月から始まった「電力全面自由化」によって、一般家庭でも新電力などに乗り換え可能になりました。九州ではグリーンコープ生協も来年から新電力事業に参入します。福岡県みやま市はみやまスマートエネルギーという電力会社を立ち上げました。大分県民も購入可能です。大分県内には「大分新電力」という地場企業もできました。電力自由化のためには問題は山積みですが、何はさておき、まずは「新電力への乗り換え」が大切です。九州管内では2%そこそこしか乗り換えが進んでいません。もうすぐ自由化から1年が経とうとしているのに、大分県内の一般家庭40万軒の2%は8千軒しかありません。これでは九電に取っては痛くもかゆくもないでしょう。せめて2割、3割と新電力へ乗り換えが進んで来ると、ジワジワと電力会社の経営にも堪えてくることでしょう。今回の託送料への紛れ込ませ案などによって電力会社がどれほど不当であるかが白日の下にさらけ出させて、このような企業倫理の崩壊した企業へお灸をすえるためにも、一軒でも多くの方が新電力へ乗り換えることを提案します。
私たち一般家庭の電力消費者は、このような不当な経産省案を潰すために「新電力への乗り換え」という手段が最も効果的な抵抗の方法なのです。



【声明】事故処理・賠償費用の託送料金への上乗せに反対
東電の責任をあいまいにした国民負担増加は許されない

FoE Japan2016年12月09日


FoE Japanは、東京電力福島第一発電所事故の賠償・事故処理費用と、老朽原発の廃炉費用を、あらたに広く国民負担とするための制度改革は、福島第一原発事故の責任をあいまいにし、原発事業者を不当に保護するものとして、強く反対します。
福島第一原発事故からまもなく6年、原発事故の被害は収束するどころか、長期化によりますます深刻化しています。長期にわたって続く汚染への対処は、数十年、百年単位の問題であり、生活を奪われた被災者の苦悩は今も続いています。
そのような状況がありながら、3か月にも満たない、経済産業省の審議会での議論で、原発の事故処理、廃炉を実質的に国民(電力利用者)が支援するしくみを導入することはゆるされません。FoE Japanは、下記の視点から今回の制度改正に強く抗議します。

1.東京電力の経営陣、株主、債権者の責任が問われていない
東電救済のために、すでに「原子力損害賠償・廃炉等支援機構」が設立され、交付金などの形で多くの国税等が東京電力に流し込まれています。今回の制度改革で、託送料金を通じて、賠償費用を 広く電力利用者に担わせることが可能になります。
福島第一原発事故の賠償・事故処理は、東京電力が一義的に責任を負うべきであり、その結果、債務超過に陥るのであれば、破たん処理を行うのが順当です。いままで株主・債権者が利益のみを享受し、経済的な責任から免れるのは、資本主義のルールに反するばかりか、事故を引き起こした東電の責任を国民が広く肩代わりすることは、「汚染者負担の法則」にも反します。東電の法的処理の上で、はじめて不足分を税金等から補てんするべきでしょう。

2.「原発の事故処理・廃炉費用が莫大」が明らかになったいま、まずは政策変更をすべき
今回の議論は、原発の事故処理・廃炉費用が莫大であることを、国も認めざるを得ないくなった事態であると言うことができます。「原子力はコストが低廉」とし、原発を保護し温存していく政策の撤回・変更なくして制度改革のみを議論することは許されません。

3.今後の大事故についても、同様に国民負担にすることができてしまう
今回、原発事故の賠償費用として、「過去にさかのぼって積み立てておくべきだった」という、通常考えられない論理により、「過去分負担金(3.8兆円)」の回収が提案されました。さらに、そのうちの一部(2.4兆円)について、2020年から40年にわたり、託送料金で回収することとされています。
このような論理が認められるならば、今回の制度変更を「前例」として、今後事故が起こった際にも同様に託送料金での回収が提案されることが十分に考えられます。

4.電力自由化の趣旨に反する
そもそも電力自由化のなかで、原子力事業者が負うべきコストを、託送料金を通じてすべての電力利用者が広く負担するしくみを作ることは、原子力を不当に保護することになり、電力自由化の趣旨に反しています。発電事業者が費用を負担しきれないような発電方法は、当然排除されるべきです。

5.国会での議論もない拙速で限定されたプロセスであり、民主主義に反する
東京電力の事故に対する責任、賠償、そして今後のエネルギー政策の根幹にもかかわる重大な議論にもかかわらず、国会での議論もなく、わずか3か月の経済産業省の審議会の議論で原子力事業者救済の制度だけ先につくってしまうという進め方そのものが、民主的であるとは考えられません。広く、国民的議論を行うべきです。

*FoE Japanも参加するパワーシフト・キャンペーンでは、9月21日に声明「『原発コスト安』は嘘だった―国民への8.3兆円負担転嫁ではなく、原発政策の転換を」を発表し、幅広い賛同を募っています。(12月14日提出予定、12日締切)
http://power-shift.org/info/160921/

*11月24日、「託送料金での回収」の是非を問う新電力アンケートの結果を発表しました。
http://power-shift.org/info/activity_161124/

by nonukes | 2016-12-10 12:34 | 福島原発事故 | Comments(0)

「結婚支援対策」を国が行うことは新たなジェンダー差別を作り出すだけ

「結婚支援対策」を国が行うことは新たなジェンダー差別を作り出すだけ
小坂正則
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恋人のいない若者が増えているそうです。20~30代の独身男性の75%、同独身女性の65%が「交際相手がいない」。そんな衝撃的な数字(オーネット調査)があります。これは2011年の数字ですが、調査以来15年間で、いずれも過去最高を記録したそうです。コンビニなどの普及で単身でも何も生活に困らないという都会での生活様式の変化や非正規の若者は食うことに追われて、異性と付き合う時間もないし、そんな心の余裕がないとか、恋人がほしいという気持ちになれないという若者が増えているのかもしれません。
そんな若者を取り巻く恋愛状況は決していいことではないでしょう。ただ、人の幸福感など価値観や人生観は、おいそれと他人が口出しすべきことでもありません。このようなデリケートな問題は慎重にサポートする必要があるでしょう。
そこで政府が「婚活支援」を行うという話が持ち上がっているそうなのです。(詳しくは一番下の内閣府のHPをご覧ください)政府が「婚活」などを税金で行うことには大きな問題を孕んでいます。民間団体が行うなら自由ですが、政府が「婚活」を行うことで傷つくひとがたくさんいるからです。政府はもっとやるべきことをちゃんとやってください。「改憲」や「集団的自衛権」や「駆けつけ警護」に「カジノ法案」などなど、安倍政権はやるべきことは何もしなくて、やらなくていいことだけは一生懸命にやっているようでなりません。
ところで、結婚など、昔はお節介なおばさんやおじさんがいました。私の若い頃は、周りの友人や知人が恋人を紹介してくれるお節介友人もたくさんいました。今の若者は付き合いもクールで深入りしない表面的な付き合いが多いのでしょうか。昔の男の若者は女性にしか目がありませんでした。だから男友達が集まると女性の話題が中心だったような気がします。確かに若者の中に価値観が少しずつ変化しているのだろうと思います。「草食系男子」とか「ジェンダーフリー」の若者が増えたと言われるように、性のとらえ方が自由になって来た結果、「異性と結婚して子どもを作る」ことだけが人生のゴールではなくなったのです。
もう少し正確に言うと、私のような普通と思っている男の価値観の男性が多い社会の中で、「性同一障害」と言われる身体と心が異なる人たちは、社会的に無視されて来て、そんな人たちがいることさえも否定され、私が彼らの存在を知らなかっただけなのです。いえ、私が知ろうとしなかったのです。当時から既に心と身体が異なる人はたくさんいましたから。

普通に結婚しないことは悪いことなどではない

欧米ではLGBTの人びとが自由に生活できて同性婚が認められる社会へ大きく変化しています。2015年6月26日、アメリカの連邦最高裁判所は、同性婚を認める判断を示した。これにより事実上、全米で同性婚が合法化されるたのです。
しかし、日本では同性婚どころか、あからさまな性差別が横行している中で、政府による「婚活サポート」が行われるようになれば、ますます子どもを作らない人びとやLGBTの人びとが肩身の狭い思いをすることになるのです。
もし、婚活を進めるのなら、まずは同性婚やLGBTの人びとの権利を認めて、彼らへのサポートと同時並行に婚活サポートもやるべきです。
もともと少子化になった原因は、一朝一夕に解決できるような単純な問題ではありません。価値観の多様な社会では「結婚と子どもを作ること」だけが人生のゴールなどではなくなったのです。先進国と言われている欧米ではどこも特殊出生率が2を大きく切ってます。フランスが2.01で、イギリスが1.9という輝かし出生率を達成できている理由は、血の滲むような社会保障をやって来た努力の結果なのです。例えば結婚しない女性の子どもも等しく社会保障を受けることができて、子どもは親が育てるのではなく社会が育てるという考えの下で、子育て費用や親の生活費も保障する制度が確立しているからなのです。
日本のように教育費も先進国で米国と並んで最低で、社会保障も貧しい国で、女性が安心して子どもを産もうと思うわけがありません。政府の取るべき対策が真逆です。
母子家庭の母子や性的少数者が普通に暮らせる社会制度を作って、そこから初めて少子化対策が始まるのです。保育所を増やすことも必要でしょうが、それだけで少子化対策が効果を生むわけではありません。しかも、少子化対策は20年も30年もの長い対策の結果なのです。ひとり一人が自由にいきいきと暮らせる社会を実現して、子どもを作ることも作らないことも自由に選択できる社会が実現できて初めて、子どもを作ろうかと思うかもしれないのです。しかし、それでも子どもを作りたくない自由が女性にはあります。仕事や自分の生活をエンジョイしたいと思う女性が増えても、それはそれで仕方ないことです。私たちひとり一人の生き方は私たちひとり一人が自分の意思で決めればいいのですから。

どんなにもがいても日本の少子化は止められない

実は日本の少子化は止めようがないと総務省も諦めています。安倍政権も「希望出生率1.8」とか言っていますが、これって何のことなのでしょう。1.8を目指すと言うわけでもないようです。上のグラフのように総務省によると、2050年には9500万人になり、2100年には4千万人しか人口がいないというのです。人口減少のどこが問題かと言えば、急激な人口減少は社会的な様々な矛盾を生み出すから問題なのですが、ソフトランディングできればさほど大きな問題は生じないのです。
今のような急激な人口減少は消滅都市を生み出したり、社会保障財源が生み出せないなどの大きな問題があります。でも団塊の世代が皆さん亡くなってしまう20~30年後には少子高齢化問題も随分片付いて来るでしょう。
今が一番問題なのです。社会保障だけではありません。インフラ整備の財源もなくなります。そのような社会が来ることを予測して今手を打つべきは「将来への備え」を行うべきなのです。それは「この橋はもう使わない」とか、「この道路は廃止しよう」というインフラ撤去の議論を進めるべきなのです。そんな将来設計を行う必要があります。そんな中でリニア新幹線をこれから作るなど愚の骨頂です。それに移民問題の議論も必要です。私は少なくとも難民の受け入れは積極的に行うべきだと思います。中東の難民の人びとを受け入れて国際貢献と難民支援を私たちも行って、世界中の人びとが平等に幸せになる世界をみんなで作るべきでしょう。それこそがこの国の取るべき国貢献だと私は思います。
そのためにも、まずは私たちひとり一人が自由意思でこの国の社会制度を決めることができることが何よりも大切なことです。そして願わくば、親しい友人に囲まれて、人生を共にする伴侶と一緒に助け合って生きて行けたら幸せだろなと思います。


女性と人権 全国ネットワークより


かつて、女性は職場の華でした。男性正社員のお嫁さん候補として採用されました。
「クリスマスケーキ」と呼ばれ、女性は25歳を過ぎたら売れ残りだと言われました。

男性は、結婚しないと出世に響きました。結婚していない人間は、半人前だと言われました。「あいつはホモだ」と差別的な扱いを受けました。

女性は男性に「もらわれるもの」「売られるもの」ではありません。
男性の仕事ぶりや人間性に、結婚しているかどうかはまったくの無関係です。

女性でも男性でも、職場では職業人として評価する。
そんな当たり前のことを当たり前にするために、男女雇用機会均等法ができました。
そして、職場でのこうした差別的な扱いは「セクハラ」として認められました。

しかし今「ニッポン一億総活躍プラン」の名のもとに、「結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会」が行われています。
ここでは、国・自治体として「結婚の希望を叶える」ための支援をするという話し合いがなされています。
そして、なぜ「結婚の希望を叶える」のかというと、それは少子化対策であるとはっきりと述べられています。

「結婚の希望を叶える」ためには、その人が結婚しているかどうかを把握する必要があります。そして結婚していない人に対して結婚を勧めるならば、それはセクハラに当たります。

また、結婚をしていない人が「結婚を望む異性愛者」であるかどうかはわかりません。
個人のセクシュアリティを詮索するのならば、非異性愛者に対する差別がある現状では
大変な苦痛を伴います。

そして、これが少子化対策として行われるならば、この結婚奨励の取り組みには年齢制限がつくだろうと予測されます。いったい何才までの人には結婚を勧めて、何才からの人には勧めないんでしょうか。年齢差別をも容認するのでしょうか。
子どもを増やすためなら、セクハラに目をつぶる、セクハラをセクハラと認めないようにしようという、この国の動きに対して私たちは強く抗議します。

子産みを奨励する前に、すでに生まれている子どもを大切にしてください。子どもの6人に1人が相対的貧困である現状を変えてください。
子どもを増やしたいのなら、結婚を勧めるのではなく非嫡出子差別、非婚シングルマザーへの差別的税制を是正してください。(一度結婚したシングルマザーは寡婦控除が受けられるが、一度も結婚していないシングルマザーは受けられない等)
プライベートに介入するのではなく、恒常的な長時間労働等を是正することによってワークライフバランスを実現できるようにしてください。
セクシュアルマイノリティを含む結婚・出産を希望しない人に対する結婚・出産の奨励はセクシャルハラスメントに当たることを再確認してください。

(参考)
内閣府ホームページ
結婚の希望を叶える環境整備に向けた企業・団体等の取組に関する検討会

by nonukes | 2016-12-08 13:07 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

立憲主義を守るために安倍政権とたたかう明仁天皇を見殺しにしてはならない

立憲主義を守るために安倍政権とたたかう明仁天皇を見殺しにしてはならない
小坂正則

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8月8日のビデオメッセージを伝える明仁天皇

前書き

私の以前から親しい方々は、私の世界観を「左翼思想」や「革新」だと思っている方が多いようです。確かに学生のころはマルクスやエンゲルスの書籍をよく読んだものです。マルクスの「ドイツイデオロギー」や「経済学哲学草稿」には感動しました。選挙では社会党や共産党に投票することが多かったように思います。でも参院選全国区や比例区では「二院クラブ」や「原発いらない人びと」などのミニ政党へ投票していましたが、自民党に投票したことは確かになかったような気がします。
そんな私にとっても「天皇制」は、実にやっかいなものなのでした。「天皇制に反対か賛成か」と、聞かれたら、私は「反対」と答えていました。「民主主義社会に於いては人はみな平等であるべき」だし、「貴い人が居れば卑しい人も存在する」という論理から「天皇制は部落差別と表裏一体」と考えていたからです。でも、それ以上に「天皇制」を自らに突き詰めて考えたことはありませんでした。
しかし、ここに来て、安倍政権と激しくぶつかっている明仁天皇のやむぬやまれぬ発言に対して「知らぬふりをしていいのか」と考えるようになり、「私の中のタブーへ一歩踏む込むべきだ」と思ったのです。私の文章に「小坂は変質してしまった」と思う方がいるかもしれませんが、これは何ものにもとらわれることなく、私自身が考えた私の論考です。ただ私は「緑の党」の会員ですから、「保守」でも「革新」でもありません。多様性を認め合う自由主義論者です。

8月8日天皇発言は宮内庁によるクーデター

2014年7月31日の安倍政権による「集団的自衛権は合憲」と閣議決定してから、安保関連法案の成立や駆けつけ警護ができるようにした安倍政権によるこの間の解釈改憲の動きに対して、明仁天皇は「憲法9条をないがしろにするな」と立憲主義を訴え続けてきました。昨年の70年談話で安倍首相が「いったいいつまで子孫に反省させ続けなければならないのか」と言って、「反省」の言葉を省略したのに対して、明仁天皇はしっかり「反省」の言葉を伝え続けてきました。
また、小泉政権時代に「女系天皇制」の導入を明仁天皇が提起したときは、男の孫が生まれたことで女系天皇制導入の議論は途切れてしまいました。また、明仁天皇は2015年の元旦に「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。 多くの人々が亡くなった戦争でした。 各戦場で亡くなった人々、広島、長崎の原爆、東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切なことだと思っています」と語り、安倍内閣の歴史歪曲主義を牽制する発言を行ったのです。
そして今年8月8日の「生前退位」発言へとつながったのです。これまで「生前退位」の意向を天皇は何度と官邸には要望してきたそうです。しかし、ことごとく無視されたそうです。そこで、天皇は宮内庁長官に「是が非にも国民へ発言をさせろ」と要求してクーデターは決行されたのです。これを聞いた安倍首相は激怒して宮内庁長官は即刻クビにしました。
サンデー毎日によると、安倍首相が生前退位に反対した理由は「生前退位になれば、退位と新天皇の即位で来年1年間をそれに使われてしまうので憲法改正議論ができなくなる」という理由からだそうです。ひょっとすると、天皇は安倍による憲法9条改正を阻止するために生前退位発言をしたのかもしれません。少なくとも天皇は直接国民に訴えることで官邸との勝負に出たのです。

生前退位を潰そうとする「官邸=日本会議」

集団的自衛権は拡大解釈して導入するけど、自分たちに都合の悪いことや気に入らないことは憲法解釈を縮めて「憲法上生前退位は無理」と言うのです。しかも国民の9割以上が「生前退位」に賛成するという中で、官邸は国民的な幅広い意見を反映するといいながら、大半の人間を「日本会議」の学者で固めた有識者会議でこの議論を潰そうとしているのです。
「日本会議」なるものが何なのかは紙面の都合上多くは書けませんが、安倍政権の閣僚の8割以上が日本会議の会員です。そして安倍晋三の思想は日本会議と一体です。生前退位は「皇室の伝統、国体を破壊する」とか、東大名誉教授で日本会議副会長の小堀桂一郎氏は産経新聞(7月16日付)で「天皇の生前御退位を可とする如き前例を今敢えて作る事は、事実上の国体の破壊に繋がるのではないかとの危惧は深刻である。全てを考慮した結果、この事態は摂政の冊立(さくりつ)を以て切り抜けるのが最善だ、との結論になる」と反論するのです。
また、櫻井よしこなど日本会議のメンバーは言葉は柔らかですが中身は「天皇に好き勝手な真似をさせてどうする。生前退位などさせてたまるか」というような内容の発言を続けているのです。戦前のような「天皇絶対君主国家」をめざすという連中が天皇を崇拝するのではなく、天皇に対して思いやりのない冷酷な発言を繰り返しているのです。
その理由はなぜなのでしょうか。安倍晋三など日本会議なる連中は戦前のような軍事独裁国家を作るために天皇を利用しようとしているだけなのでしょう。それは「明治維新」の名の下に薩摩と長州が独裁政権を樹立するために天皇を利用したことと同じです。明治政府は天皇を利用して独裁国家を作って、日本を破滅へと陥れたのです。このような愚かな歴史を二度と繰り返させてはなりません。歴史を学ぶことのできないものは輝く未来など作ることはできないのです。歴史に学ぶことのできない安倍政権だから一度決めた原発にいつまでも固執するのかもしれません。

どのような天皇制を作ればいいか

昭和天皇裕仁氏には戦争責任がありました。そのため彼は敗戦と同時に少なくとも「生前退位」を行うべきでした。そして明仁氏が象徴天皇に即位すべきだったのです。しかし、GHQは混乱を招く恐れを避けるために昭和天皇の戦争責任を問いませんでした。非常に分かりにくい敗戦処理だったのです。しかし、平成の現明仁天皇には戦争責任はありません。
しかし、どう考えても80歳の後期高齢者に公務を強いることは無理があります。しかも江戸時代までは生前退位は当たり前に行われていたのですから、伝統的にできない理由はあり得ません。日本会議が危惧するように、天皇を拒否する権利も与えるべきですし、女系天皇制も取り入れるべきです。そして、最も問題なのは天皇に人権が与えられていないことです。天皇も人間ですから人権が少し制約はされたとしても基本的人権は付与されなければなりません。選挙権も与えるべきです。被選挙権は無理でも天皇が投票に行くことは投票率を上げるためにも好都合です。もちろん誰に投票したかなど政治活動はできませんが。
そして英国のように宮内庁も民営化すべきです。
今回の発言を取って「天皇の政治発言」と批判する日本会議の連中がいますが、元々天皇が何を喋ったとしても「政治性のない発言」などあり得ません。全ての発言には一定の政治性は孕んでいるのです。だから直接政治に絡むことは発言できないが一般的なことは発言できないというのはおかしいのです。英国の王室は自由に政治的な発言をしていますし、マスコミも王室批判をしています。日本は皇室への発言は「はれものを触るよう」に改まって丁寧語を使うのはおかしいのです。自由に皇室批判をしてもいいのです。もっと皇室にも発言の自由などを与えるべきです。それが21世紀の天皇制の進むべき方向だと思います。

明仁天皇は「原発再稼働に反対」

この発言が事実かどうかは私には調べる術はありませんが、小泉純一郎氏の著書「黙って寝てはいられない」の中(151P)で城南信用金庫の元頭取の吉原毅氏は「天皇陛下も2016年の新年の挨拶で『日本は地震が多い国です。危険なことがないように』と仰っています。『原発は再稼働すべきではない』とか直接言えなくても、お言葉の端々からそう感じます。現に皇室関係者からも、天皇陛下は『原発再稼働はすべきではない』という考えです、ということを聞いています。日本国のことを考えたら『原発ゼロ』というのは、日本国を思う人の結論なのです」と書いています。
明仁天皇を英雄視するのは問題ですが、一人の人間として「誠実に生きている」と私には思えます。明仁天皇を過大に神格化することなく、日本の1つの伝統として天皇家が続くことは許されるのではないでしょうか。しかし皇室を自分の都合のいいように利用しようとする安倍政権と「日本会議」の企みには断固として反対しなければなりません。そして天皇にももっと自由に喋らせるべきです。もちろんマスコミや国民も天皇制がどうあるべきかを自由に議論すべきです。そのような社会が本当に自由で民主主義のある国家のあり方だと、私は思います。
by nonukes | 2016-12-01 19:16 | 原発再稼働は許さない | Comments(0)

  小坂正則