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小坂正則の個人ブログ

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伊方原発運転差し止め訴訟の第1回口頭弁論がおこなわれました

伊方原発運転差し止め訴訟の第1回口頭弁論がおこなわれました
小坂正則
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昨日の10時20分から大分地裁で「伊方原発運転差し止め裁判」の第1回口頭弁論が行われました。私たちが伊方裁判をやろうと決めてから半年、裁判の会を立ち上げた7月から4ヵ月でやっと裁判が始まりました。これから4,5年と息の長い歳月がかかると思いますが、無理をせずに気長に裁判を楽しむつもりで関わっていきたいと考えます。
第1回の口頭弁論は松本文六原告団代表と徳田弁護団代表弁護士のお二人が意見陳述を行いました。お二人の意見陳述はどちらも気品があり、しかも説得力のある本音で語っています。特に徳田弁護士の話には感銘しました。田中正造翁の「真の文明とは山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」という引用には感動しました。田中正造の精神は今でも生き続けているのです。詳しくは意見陳述書を添付していますのでぜひ読んでください。

意 見 陳 述 書
平成28年11月17日
原告 松 本  文 六

1 原告団の共同代表をしております松本文六です。私は46年間医師として働いてまいりました。現在74歳で,専門はどんな病気でも診る総合診療医です。
若いころには,日常の診療活動以外に,子どもの大腿四筋短縮症や未熟児網膜症の原因究明と被害児の救済活動に力を尽くしてきました。
この運動に積極的に関わる中で,私は何のため誰のために医者になったのか,何のため誰のための医療なのか,ということを常に念頭に置きながら,これまでの医師人生を続けてまいりました。
私がこの伊方原発運転差止請求事件の原告となりました理由を述べさせていただきます。
2 医学生だった25歳の頃,放射線医学の講義で放射線が胸のレントゲン写真などに応用され,病気の早期発見に非常に有用だと教わりました。しかし,放射線の人体への有害作用については,教わった記憶が全くありません。
44歳の1986年4月26日,チェルノブイリ原子力発電所の大事故が発生しました。
50歳台前半の1990年代前半に,チェルノブイリで放射能・放射線によって子どもたちに甲状腺がんが多発したばかりでなく,様々な健康障害が発生し,環境破壊も進行していることを知り,原発事故の恐さを改めて考えさせられました。
69歳の2011年3月11日,東北地方で巨大津波大地震が発生し,未曽有の複合大災害がもたらされました。この時の福島原発の大事故を契機に,私はチェルノブイリの事故に関する様々な書籍や映像を通して,これは何とかしなければいけないという想いにかられました。
福島原発事故は,チェルノブイリ事故とともに放射能と放射線の恐るべき健康破壊と環境破壊問題を全世界に問いかけました。
3 18歳未満の子ども約38万人を対象とした福島県民健康調査で,甲状腺がん及びその疑いの子どもが,本年6月30日現在175名に達し,136名がすでに手術を受けました。136名のうち,1人は良性でがんではありませんでしたが,135名の中に,肺や他の臓器に転移している例が多数あると報告されています。甲状腺がんの発生率は医学書によれば,100万人に1人ないし3人です。ところが,福島の子どもの甲状腺がんは,100万人に換算しますとなんと300人以上に相当します。
福島原発事故直後に着任した元福島県立医大副学長で放射線医学の専門家山下俊一氏は,これに関し,2013年12月に「福島の子どもたち全員を検査したのでたくさん見つかった。したがって,甲状腺がんの子どもが多いのはスクリーニング効果というもので,放射能や放射線によるものではありません。」との発言をしています。福島県立医大はスクリーニング効果という表現を今なお撤回していません。
ところが,山下氏は18年前の1998年にベラルーシに出かけていって,放射性ヨウ素を吸い込み内部被曝した子どもたちと,チェルノブイリ事故からしばらくしてから生まれたヨウ素を吸い込まなかった子どもたちとの間に甲状腺がんの発症に差があるかどうかを比較する調査をしています。調査の対象者は,合計約2万人に及びます。山下氏は,その調査結果として,放射性ヨウ素を吸い込んでいない子ども9472人の中には甲状腺がんは1人も発見されなかったが,事故前に誕生したベラルーシの子ども9720人のうち甲状腺がんが見つかったのは31人で,その発症率はなんと100万人当り3000人以上にのぼっていると報告しています。
山下氏のスクリーニング効果という発言は,1998年の彼の国際的に評価されている調査研究を自ら完全に否定していることを意味します。
福島県の子どもの甲状腺がんは,スクリーニング効果では決してありません。福島の甲状腺がんはこの原発事故による多発以外の何物でもありません。
福島では,原発事故以来,甲状腺がん以外の健康破壊がいろいろな形で起きています。他県に比べて死産・流産・乳児死亡と周産期死亡が明らかに増加しています。他方で,原発事故処理に従事していた2名の方が白血病の労災認定を受けていますし,さらに,原発事故処理労働者の中では白内障の初期病変が激増していることが,日本眼科学会で報告されています。数年後には,日本でも恐らくチェルノブイリ事故で明らかになっている様々な健康障害が報告されることでしょう。
原発事故に伴う健康問題は,山下氏の矛盾した言動に見られるように,どこからかの圧力で,いつの間にか歪められ葬り去られようとしています。このことに私は一人の人間として,また,医師として深い憤りを覚えます。
4 南海トラフ地震が到来すれば,中央構造線断層帯上にある伊方原発が大変な事故を起こすことが想定できます。私が住む大分市中戸次は,伊方原発から80km程の所にあります。伊方原発との間には,ほとんど海しかなく,放射性プルームを遮るものはありません。伊方原発で大変な事故が起きれば,風向き次第では大分県に放射性プルームが襲ってきます。
伊方原発で想定される事故は,対岸の火事ではなく,大分県民の生活に現実的・実質的に大きな影響を及ぼしかねない深刻な問題です。
福島原発事故から5年半すぎた10月28日現在でも,自主的・強制的に避難し避難させられた福島県の人々の数は,なんと13万8000人に及んでいます。伊方原発で福島のような過酷な事故によって,大分にもこのような人々が生み出される可能性は十分にあります。
子どもたちの未来と,彼らの生活基盤を根こそぎ奪いかねない原発は一刻も早く止める必要があります。
5 原発は一体何のため誰のために作られたのでしょうか? 福島で起きたような過酷な事故を二度と起こさせるべきではありません。
自然災害を止めることはできません。しかし人間の作った原発は人間の手によって止めることはできます。
私どもは人間として,そして私は医師として,“No More Fukushima”の旗を高く掲げ,原発のない社会へ向けて行動することを表明し,この伊方原発を止める運動に関わりました。私どもは,私を含め周囲の多くの人々のいのちと暮らしと人権を守るために,伊方原発の稼働を止めたいのです。
伊方原発を稼動させないことが,私どもの決意であり生きる希望なのです。
いのちが一番です。
以上,原告としての意見を述べさせていただきました。
以 上


平成28年(ワ)第468号
原 告  小 坂 正 則 外263名
被 告  四国電力株式会社
平成28年11月17日
大分地方裁判所
   民事第1部合議B係 御中
原告ら訴訟代理人
弁護士  德 田 靖 之


意 見 陳 述 書

 本件訴訟の開始にあたり、原告ら代理人を代表して、以下のとおり意見を申し述べます。

1 はじめに

(1)私は先ず、私自身が今回の訴訟に代理人として関与するに至った経緯を、自省を込めてお話したいと思います。
この点を明らかにすることが、264名もの大分県民が、本件訴訟に原告として参加するに至った理由と本件訴訟の意義を明らかにすることにつながると思うからです。
私は、原発問題に決して無関心であった訳ではありません。スリーマイル島の事故も、チェルノブイリの大事故も関心を持って、その事故報告書等を読んできました。そして、5年前の福島第一原子力発電所の事故についても、その詳細を知るにつれ、二度とこのような事故を許してはならないとの思いを深くしたのです。
しかしながら、この福島の事故を受けて、九州で、玄海原発と川内原発の差止めを求める訴訟が提起され、弁護団への参加を誘われた時、私は、手を上げるということはいたしませんでした。
もちろん、名前だけの参加はしないという私自身の考え方もありはしたのですが、手を上げられなかった理由としては、私の手に余るという思いとともに、自らに被害が及びうる問題なのだという把え方が出来なかったという点があったのだと思います。
去る4月16日、震度6弱の地震に襲われ、自宅の棚が落ち、食器類の割れていく中で立往生するという経験をした私が、最初に感じたのは、これ以上の地震が発生したら、伊方原発はどうなるのかということでした。
私の事務所は、伊方原発から70km、自宅は80kmの距離にあります。伊方原発に、福島第一原発と同程度の「レベル7」以上の事故が発生すれば、自宅と事務所も放射性物質により直接的に汚染されることは明らかです。
文字通り、他人事ではない!
原発問題に及び腰だった私がまさに鞭打たれたのでした。
本件訴訟の264名もの原告らは、まさしく、私と同じく、自らとその家族そして子孫の健康と故郷の大地を守りぬくために、この訴訟に参加したのだということを、裁判所にも、被告にも、是非とも胸に刻み込んでおいていただきたいのです。
(2)日本の近現代史において、私が最も尊敬する田中正造翁は、足尾銅山とこれを擁護する明治政府とのたたかいに生命をかけた偉人ですが、その晩年の日記に、「真の文明は、山を荒らさず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」と書き付けています。
私は、この言葉にこそ、今回の原発問題を考えるうえで、私たちが等しく、立ち帰るべき原点があるのではないかと思います。

2 本件訴訟の中心的争点と審理のあり方について

(1)本件訴訟には、多数の争点がありますが、私は、その中核は、訴状の36頁以下に「本件における司法判断のあり方について」と題して論述したところにあるのではないかと考えています。
要約すれば、①原発に求められる安全性の程度は、福島第一原発事故のような過酷事故を二度と起こさないという意味での「限定的」絶対的安全性(深刻な事故が万が一にも起こらない程度の安全性)であり、②その安全性の判断基準は、必ずしも高度の専門的技術的な知識・知見を要するものではなく、一般の経験則あるいは基本的な科学技術的知識・知見に照らして、判断すれば足りるのであり、③深刻な「災害を二度と起こさない」という観点から、被告が原告らの指摘する科学的、合理的な疑問に対して、当該原発が過酷事故を起こす可能性がないことを被告において主張・立証されない限り、運転(操業)を許さないという判断のあり方こそが求められるということです。
(2)福島第一原発事故以前、原発問題に関するわが国の司法判断に欠落していたのは、まさしく、こうした視点でした。
言わば、日本の司法が、原発問題は高度の専門技術的な判断を前提とする政策的判断事項であるという隠れ蓑に逃げ込み続けたことが、福島第一原発事故のような過酷事故を防ぎえなかった一因であるということです。
その意味で、本件訴訟において裁判所に問われているのは、従来のような姑息な司法判断の枠組みに拘泥して、司法が果たすべき責任を放棄するのか、あるいは、福島第一原発事故以後の司法における本流となりつつある、大飯原発3、4号機に関する福井地裁平成26年5月21日判決、高浜原発3、4号機に関す福井地裁平成27年4月14日決定、同原発に関する大津地裁平成28年3月9日決定の立場の正当性を認めて、これを司法判断として定着させるのかという点にあるのだと思うのです。
(3)本件訴訟においては、このような視点の下で、伊方原発が、南海トラフ巨大地震の震源域上に位置するだけでなく、中央構造線断層帯と別府-万年山断層帯という長大な活断層の極近傍に位置しており、大地震の発生が具体的に懸念されるという私たち原告らの主張に対し、被告が、そのような過酷事故が生じる可能性はないことを立証しえたと言えるのかどうかが判断されるべきだと私は考えます。

3 結びに代えて

前述の田中正造翁は、また、「人権に合するは法律にあらずして天則にあり」とも述べています。私たちは、あの「法律」によって人権が侵害され続けた明治の時代にではなく、法治主義を大原則とし、人権の尊重を中核的な基本原理とする日本国憲法下に生きています。
「人権に合するは法律にあり」と公言できるような歴史を私たち法律家は歩んできたと果して言えるでしょう。
確かに、戦後、日本の司法は、四大公害訴訟、数々の薬害訴訟、ハンセン病訴訟等々において、画期的な解決をもたらしてはきました。
しかしながら、これらは、まさに、発生した深刻な被害に対して、過去の基準点を定めて、損害賠償を命じたにとどまっています。
生命や健康そして環境の破壊が、金銭によっては回復しがたいことを、誰もが熟知していながら、この限度でしか被害回復を図れなかったというのが、戦後の司法の限界でした。
けれども、原発訴訟は、こうした限界を超えて、深刻な被害の発生を未然に防ぐという課題を担っています。
「原発訴訟が社会を変える」とは、本件訴訟弁護団の共同代表である河合弁護士の名言ですが、私は、原発訴訟は司法を変えるのだと思っています。
裁判官の皆さん、私たちとともに、司法を変えていこうではありませんか。
以上
 
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by nonukes | 2016-11-18 17:02 | 原発再稼働は許さない | Comments(0)

いい加減にしろ『連合』!安倍と一緒に日本をぶっ壊す気か

いい加減にしろ『連合』!
  安倍と一緒に日本をぶっ壊す気か

小坂正則
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再来年用と来年用の薪を割っています。これはカシです
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40センチに玉切りしていた丸太を割って1年以上かけて乾燥させます
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ヤギのララも薪割作りのお手伝いです?


泉田県知事が突如立候補を取りやめて、自公推薦で連合が支持した森候補が圧倒的に有利と言われていた新潟県知事選でしたが、10月16日の投開票結果、脱原発を訴えて共産・社民・自由に市民が推した米山候補が6万票差の大差で勝ったのです。それも告示の6日前に立候補表明して、ポスターが選挙前日出来上がるという急ごしらえの選挙だったのです。ところで連合は一貫して「脱原発」を掲げる米山候補は応援できないという態度でした。「連合の原発推進」の姿勢に引きつられるようにして、民進党は自主投票だったのです。ですから新潟では参院選で成功した野党統一候補という図式ができなかったのです。
ところが投票2日前に「米山候補優勢」と聞きつけた民進党の蓮舫代表は個人的な行動といい新潟入りをして米山候補を応援しました。しかし、それに「神津連合会長がえらいオカンムリだった」そうです。翌週の23日の東京10区と福岡6区の衆院補選では野党共闘は実現せず、共産党が自ら候補を下ろすという消極的な連携で選挙戦を戦った結果、自民党候補にダブルスコアーで負けました。

岡田代表だったら野党統一が実現できていた

民進党の参院選敗北の責任を取って岡田代表が辞任して、結果的には野田派の蓮舫代表が誕生したのですが、野田幹事長が実質的に実権を握った結果、野田・蓮舫体制は連合の言いなりになって、野党統一ではなく民進党単独選を貫く方針を立てて衆院補選に臨んだのです。今後も野党調整は共闘ではなく、実質的に他の野党が自主的に下りる選挙をたたかいたいという虫のいい考えなのです。

連合とはどんな組織なのか

「ニワトリからアヒルへ」や「昔陸軍、いま総評」という言葉を知っていますか。『つゆくさ通信』読者は高齢の方が多いので知っている方はいると思います。敗戦後、日本の労働運動は共産党の影響力が強い中で、1947年2月1日に「2.1ゼネスト」を計画していた官公労などの組合が占領軍マッカーサー長官の「スト中止命令」でゼネストを中止します。その後、1950年にはレッドパージが行なわれ、共産党員が公職から追放されました。そしてGHQマッカーサーの指導の元で総評が結成されたのです。しかし、反共労働運動を意図したナショナルセンター総評は三池炭鉱争議など先鋭化した労働運動をたたかって、「ニワトリからアヒルへ」や「昔陸軍、いま総評」とマスコミに揶揄されるほどの闘う組合への変身したのです。しかし、1954年に総評から分裂したのが「同盟」です。この労働センターは反共と労使協調路線を貫いていました。「労組は会社(資本)に協力することでパイを分け合う」という思想です。そして多くの組合の中に第2組合(御用組合ともいう)が作られて組合は分裂させられてきました。
私は元郵便局員ですたが、私の職場でも40年ほど前に激しい当局の介入で第2組合がどんどん作られていきました。何せ彼らは仲間を裏切り、「自分たちだけが出世したい」と考える自分勝手な労働者が中心でした。今は国民から総スカンの電力会社の組合ですが、戦後の電力産業労組といえば昔は闘う労組でした。しかし、分割民営化後は経営側から激しい攻撃を受けて少数組合となり最後は解散してしまいました。第1組合は資本による攻撃に血と涙のたたかいをして来たのです。そんな分裂組合が主導権を握って1989年に総評と同盟など民間労組が一緒できたナショナルセンターが「連合」です。
ですから、「会社が原発を進めるなら我々はそれを支える」という考えの「連合」本体は一貫して企業寄りで「原発推進派」です。総体が企業寄りで安倍政権さえも支えることにも何の矛盾も感じない「連合」ですが、その中にも自治労や教組や民間組合などまともな組合もあります。
以前同盟系の三菱重工の組合長がこんなことまで言ってました。「どこかで戦争が起これば戦争特需で私たちの給料が上がるんだが」とか公然と言い放つほどの労組なのです。
1980年代に中曽根康弘とNTT労組出身の山岸章の密談で「総評左派の国労を潰すために連合を作る」と話合ったと言われています。1988年に鉄の女、英国サッチャー首相は国有企業の電力労組解体のために電力自由化を行ったのですから、政府が労組へ介入するのはどこでも行われてきたことです。

神津連合会長と自民党二階幹事長との会談

時事通信よると、「10月26日に自民党の二階幹事長と連合の神津里季生会長が会談し、政策面で意見交換していくことで一致した。会談は、先の新潟県知事選などで連合との関係がぎくしゃくしている民進党をけん制する狙いがあるとみられる。同党の蓮舫代表が新潟県知事選で連合支援候補と対立する候補を応援したことから亀裂が生じた。連合は第2次安倍政権発足後の2013年3月、自民党と定期協議開催で一致したことがある。」とあります。これまでも連合は安倍政権とは二人三脚でやって来たのです。
ですから、連合が福島原発事故の反省もなく、2011年当時は「原発のことは話題にはしないでおとなしくしておこう」とう方針だったのでしょうが、ここに来て「もうほとぼりも冷めたことだから原発推進を積極的に掲げよう」とか「TPP」とか「アベノミクス」も何でも受け入れると密談で確認し合ったのかもしれません。彼らは生まれたときから「お金のためなら何でもします」というDNAによって行動しているだけなのでしょう。

目を覚ませ民進党!誰のための政治家か

民進党が連合の方針に従わなくて恥をかかされた神津連合会長が怒っているそうですが、「それくらいでくじけていてどうする民進党。自民党を見よ。TPPで農民を切り捨てても、したたかにフォローするリップサービスも忘れずやってるではないか」と。民進党の肝っ玉が小さいからから連合ごときに振り回されるのです。
「連合の中の僅か20万人の電力総連という不心得者がいたからといって、それに振り回されて、国民の圧倒的多数の『脱原発』を望む有権者にそっぽを向いてどうするんだ。ここは電力総連労組の気持ちも分かるが、未来の日本のために私は動きます」と、正々堂々となぜ言えないのでしょうか。

民進党の中にも反原発派の政治家はいます。辻元清美さんや阿部知子さんなどは個人後援会があるから連合の応援はそんなに必要なのでしょうが、それでも連合とはうまくやっています。連合のいいなりでいて市民にそっぽを向かれるよりも、正々堂々と自分の政策を掲げて、連合批判で減った票の何倍も無党派の市民票を稼ぐような肝っ玉の大きな政治家を育てようではありませんか。
新潟知事選で民進党は自主投票だったのですが、民進党の支持者の85%が米山候補に投票しています。驚いたことに自民党支持者の30%が米山候補に投票しているのです。しかも無党派の有権者の2/3が米山候補へ投票しているのです。要は政策本意で有権者は投票するのです。今回の新潟県知事選で勝った要因を米山知事は「原発再稼働が大きな争点になったことは事実ですが、『いのちと暮らしを守る』という私の政策が支持されたのだと思います。共産党が支持しているなどは関係ないと思います。」と話しています。まさにその通りでしょう。

総選挙で野党共闘を実現させよう

安倍政権は11月の始めにはTPPを衆院で可決させようと企んでいます。民進党は参院選では岡田代表の英断で野党共闘が実現しました。ところがここに来て、実質的には野田元首相が実権を握っている蓮舫執行部の民進党は「共産党が自主的に全各選挙区で候補を下りてほしい」という何と虫のいい話を持ち出しているのですが、それでは野党共闘ではありません。民進党と共産党などによる政策協定が必要です。民進党は野党分裂なら与党2/3の壁を破ることなどできっこないのです。野党共闘しなくてボロ負けするか、共産党と共闘して安倍政権の暴走を食い止めるのか、国民有権者の圧倒的多数の支持がどっちなのかを考えれば自ずと答えは出るでしょう。建前だけ「速やかな脱原発」を掲げて二枚舌で国民を瞞す安倍政権の真似をするのではなく、中身のある「脱原発」政策を掲げれば野党共闘は明日にでも実現するのです。
さすがに小沢一郎氏を天敵のように憎んでいた野田幹事長も小沢さんと会談したと11月1日の朝日新聞は伝えています。連合を作って労働運動を分裂させたのは日本の支配者です。野党共闘を分裂させようとして画策しているのもきっと同じでしょう。橋下維新を使って安倍政権の別働隊を作ったり、民進党にくさびを打ち込んだりすることは支配者にとってはたやすいことなのです。そんな策動を防ぐ有効な手立ては残念ながらありませんが、オープンな政策議論を深めて、この国の将来のために今何が最も必要な政策なのかを国民的な議論を巻き起こして野党共闘を実現させましょう。そして最後には有権者が審判を下すのです。それが新潟県知事選から私たちが学んだ真実です。それにしても大阪市民はこの国にとって最良の審判を1日も早く下してほしいものです。
by nonukes | 2016-11-04 20:17 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(1)

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