ブログトップ

小坂正則の個人ブログ

<   2015年 03月 ( 17 )   > この月の画像一覧

テレ朝の報道ステーション古舘氏は古賀茂明氏を批判して自己保身を図る

テレ朝の報道ステーション古舘氏は古賀茂明氏を批判して自己保身を図る
小坂正則
d0174710_23194746.jpg

d0174710_2320239.jpg

d0174710_23205274.jpg

d0174710_23213899.jpg

d0174710_23232387.jpg

d0174710_232340100.jpg

最後に古賀茂明氏を切り捨てるコメントを行う古舘氏

突然先週の金曜日事件の顛末を喋りだす古舘キャスター

3月27日のテレ朝の報道ステーションで古賀茂明氏が番組を降板した理由を官邸から直接番組の幹部に電話をして介入したことや「テレ朝の早川会長や古舘プロダクションの佐藤会長の意思で私は降ろされることになった」と古賀茂明氏が降板の説明をしたことに対して、27日の番組終了後にテレ朝内部は蜂の巣をつついたような大騒動になったそうです。それにネット上でもこの問題が大変な炎上をしていました。私のブログと動画も総数で1万5千件あまりアクセスがありました。そして翌朝にはこの動画は早々と削除されていました。そのような素早い対応をテレ朝が行ったことからも、その慌てぶりがうかがえるでしょう。
このような安倍政権によるマスコミ特にテレビへの介入の凄まじさについてはまたの機会に書きたいと思いますが、「今夜の報道ステーションで、古舘氏が何をコメントするかが楽しみだ」という日刊ゲンダイの記者の予言を私も楽しみにして注視していました。

ここまで落ちてしまった古舘伊知郎は官邸の軍門に下ってしまったか

さて番組の中盤の10時30分ころ、番組の内容とは関係なく、突然古舘氏は話し始めました。「27日の番組の中で古賀茂明さんは番組の内容とは全く関係ないコメントを話し始めました。そのことに対して、今朝の菅官房長官の定例記者会見で、記者の質問がありました」と。記者「27日のテレ朝の報道ステーションで古賀茂明氏が官邸からのバッシングがあったと指摘していますが、そのようなことがあったのですか」と。菅官房長官は「全くそのようなことはございません。事実無根であります。事実に反するコメントを公共の電波を使って行うということは極めて不適切だと思っています」とコメントしました。
そして、最後に古舘氏は「番組として全く内容と関係ないコメントを古賀氏が行うことを私どもが防げなかったことを心から皆さまにお詫び申し上げます」とコメントして終わりました。
つまり、古舘氏は菅官房長官の「事実無根」というコメントを認めた上で、それに対して、古賀氏の暴走を止められなかった私たちに責任があるとしたのです。これは菅官房長官の原質を全て認めた結果であり、「悪いのはただ1人古賀氏である」とすることで自己保身に走ったのでしょう。残念ですがこれが現在先端を行っていると思われていたのマスコミの現状なのでしょう。まあ、古舘氏が菅官房長官の軍門に下ったのか、それとも元々古舘にはジャーナリスト魂のようなポリシーなど微塵もなかったけど、先週左遷さえれた女性プロディーサー氏の書いた原稿をただ読むだけの芸人だったのかは、私には分かりませんが、報道ステーションの人気もこれで終わりでしょうね。女性チーフプロデューサーが左遷されてしまったのですから。

古賀茂明氏は官房長官へ「事実無根」の被害妄想騒ぎを行ったのか

このような官房長官コメントと、古舘氏のお詫びをつなげて見た視聴者は「古賀茂明さんはおかしいのではないか」と思ってしまいかねません。古舘氏は自己保身のために盟友だったはずの古賀茂明氏を官邸に売り渡してしまったのです。
ところが古賀茂明氏はこれからはテレビには出ることは出来ませんから、言われっぱなし出この騒動は終わってしまいそうせです。国家権力の恐ろしさをまざまざと見ることとなりました。菅官房長官は大勢の記者の前で古賀氏の名前は出さないがこれまでいろんなバッシング発言を行ってきたそうです。その内容は記者から古賀さんの耳には入ってきます。「テレ朝は放送法違反の可能性さえある」とまで言ったというのです。古賀茂明氏もバッシングやこの間の様々なテレ朝の動きなどの証拠を持っているそうですから、どこかで菅官房長官や安倍政権への反論を行ってくれることでしょう。
しかし、菅官房長官はしたたかで、小ずるい奴だ。安倍に比べたら奴は実に100倍も賢い。



https://youtu.be/L5U_Nwo0ShM
by nonukes | 2015-03-30 23:28 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(4)

中立を装った電力会社の御用「文化人」中西寛の「時代の風」

中立を装った電力会社の御用「文化人」中西寛の「時代の風」
小坂正則
d0174710_23234276.jpg

d0174710_13153626.jpg

d0174710_1316537.jpg

今朝の毎日新聞の「時代の風」という各著名人による政治論評で、今回は京大教授の政治学者の中西寛氏が書いていました。テーマは「動き始めた原発政策」です。下にその記事をコピーしていますので、時間のある方は読んでください。
前半では福島原発事故から4年が過ぎて、原子力規制委員会は「ほとぼりが冷めるのを待つかのように原発を再稼働させようとしている」と、批判しています。そして日本人の国民性の曖昧さと同じように「原発推進派と反対派が真正面からぶつかって議論をしようとしないことに問題の本質がある」かのように指摘しているのです。
つまり、「双方が自分の主張だけを訴えて、相手の批判をまともに答えようとしない」というのです。その結果、不毛な二項対立が生じてしまって今日まで来たといいたいのでしょう。

ステレオタイプ化された中西寛の原発推進派と反対派「二項対立」論にウンザリ

中西寛は言う「原発反対派は地球温暖化問題に適応したエネルギー供給の問題に十分答えていない。自然再生エネルギーによる代替を訴えてきたが、その可能性を楽観しすぎてきたことは否定できない。太陽光発電を偏重した固定価格買い取り制度は見直しを迫られている。風力発電も技術的な壁を乗り越えられていない。また、原発を止めることで生じる放射性廃棄物の処理問題についても答えようとしない。原発を直ちに廃止するなら廃棄物の処理費用を誰がどう捻出するかは即時に答えを出さねばならない。原発反対派はこの問題の解決策を提示しなければ支持を広げることはできないだろう。」(ここまで引用)
そして最後の結論として「不幸な事故を経験した日本人には世界に恥じない議論をした上で原発の未来を決める責任があると思う」と言うのです。

原発推進派と反対派はゾウとアリのたたかい

中西寛氏は原発に関しては大きな二つの勢力があって、1つは原発推進派であり、もう1つが原発反対派だという論理立てています。しかし、これがまず間違っています。原発推進と反対は純粋な学問的な論争でもなければトヨタと日産の企業間競争でもありません。原発反対運動とは「国家の政策に反対し続けた」反権力闘争なのです。なぜなら原発は国家による強固なエネルギー政策の中心として日本政府は進めてきたのです。それに対して反対派の中身は、原発建設計画地の農民や漁民に一部の学者と都市の少数の市民がすべてです。言うならばゾウとアリの闘いなのですから、互角に戦えるわけもなければ、対等な立場などでは決してありません。それをさも対等な力関係と対等な純粋学問的な論争であるかのような論理立てて批判することにこそ無理があるのです。
水俣病の患者に寄り添って、水俣病の原因究明や患者の支援に尽力してきた原田正純医師は、仲間の医師から「あなたは患者側に近すぎるのではないか。学者はもっと中立の立場であるべだ」という忠告に対して、原田医師は生前このように話していたそうです。「強大な資本と政府に対してまずしい漁民たちの中立とは真ん中ではない。患者側により近くにいて初めて中立の立場になり得る」と。実に素晴らしい学者の良心に裏打ちされた言葉ではないでしょうか。単なる第三者的な立場の人は「双方に均等な距離」が中立であるかのようにいいますが、原田正純氏に言わせると「中立とは力関係が均等に保てる位置」なのです。水俣病裁判を訴えた原告の患者たちは「チッソが海に垂れ流した有機水銀が原因である」という因果関係を裁判で証明しなければ勝てないのです。原告の漁民たちにそんな金も力もないのに、国家や資本は、それをいいことに知らぬ振りを決め込んできたのです。だから学者や医師の患者への支援がなければ対等に裁判を闘えなかったのです。原田医師や弁護士が患者を支えた結果、初めて対等に近い形で国やチッソとたたかえたのです。そのような状態を原田医師は中立的な状態と言ったのです。
このような論理から考えれば、原発反対派とはこれまで、一切の利益もなしに身銭を切ってたたかって来た「わがふるさとの海や山を守りたい」という無欲で無力な人の群れなのです。私たちとて例外ではありません。30年間、何の利益になるでもなしに「反原発」を訴えてきたのです。国家権力に楯突いて人生の大半を生きることは「奇人・変人」以外に出来ることではありません。片や電力会社や御用学者は潤沢なお金と地位と名誉とが与えれれて、福島原発事故という史上最悪の事故を起こしておいても、その責任さえ一切取っていないのです。そんな金のために生きてきた人間と、片や「ふるさとを守るためにたたかった」人を同じ土俵で比較すべきではないでしょう。

これまで一方的に話し合いを拒否し続けたのは紛れもなく原発推進派

中立派を装う中西氏は言います「互いが自らの主張だけを叫び相手の批判に答えようとしない」と。批判に答えないのは電力会社であり政府です。反対派はこれまで電力会社や政府など推進派との話し合いを拒否したことはありません。拒否し続けてきたのは電力会社と政府です。私たちは30年以上前から、「原発はトイレのないマンション」と批判してきましたし、様々な矛盾を指摘しても推進派はまともに答えることもなく、はぐらかしたり、経済的だなどというウソでごまかして逃げてきたのです。それもそのはず、権力者は真実がばれることが怖いから情報を出さないし、話し合いを拒否し続けるのです。それを互いの責任と言って、私たちにも責任があるかのように繕う中西氏は結局は原田正純氏の論理から見たら、「中立を装った推進派」でしかないのです。今日原発推進派を名乗る学者はほとんどいません。いま原発推進派を名乗る勇気のある学者の方が、自分は中立だと言ってウソをつく学者よりも、ウソをつかないだけ私は信用します。そして反対派の数少ない学者もほとんどいませんが、彼らは孤軍奮闘してたたかい、それこそ一生冷や飯を味わって来たのです。だから、推進派の人も何も考えていないどうでもいい派の人もみな「私は中立」というのです。自分から原発反対派を名乗る数少ない学者たちは経済的にも地位にも不利益覚悟の「確信犯」であり、原田正純氏のような尊敬できる学者なのです。
中西氏は言います。原発反対派に自然エネルギーの不安定さやFITの責任も押しつけようとしています。ましてや「原発を止めることで生じる放射性廃棄物の処理問題についても答えようとしない」と。核のゴミの適正処分という方法の答えがないから原発に反対しているのに。またこうも言います「原発を直ちに廃止するなら廃棄物の処理費用を誰がどう捻出するかは即時に答えを出さねばならない」と。なぜ私たちが答えなければならないのですか。原発は一番安いんじゃなかったのですか。安いなら処理費用だって捻出できるはずでしょう。こんなアホな質問はそっくり中西さん、あなたへお返しいたしますよ。答えてください。答えられないでしょう。だから私たちは原発を一刻も早くやめるべきだと訴えているのです。

原発反対派の私たちも原発を作った人類の責任を取る用意がある

原発推進派の電力会社や国は、これまで国民を騙して「原発は安価で安全」というウソをお付き続けてきました。そして挙げ句の果てに「莫大な借金」と「死の灰」を残して、そのツケを国民に押しつけようとしています。もちろん私たち反対派も含めた国民全員にです。しかし、推進派の電力会社や国は、それでも原発をやめようとはしていません。国民に原発のツケを押しつけておいて、その上でまだまだ原発を動かそうとしているのですから。高レベル廃棄物地下処分シンポジウムで、科技庁の役人がこういいました「高レベル放射性廃棄物は国民皆さんが享受してきた電気が作ったゴミです。その処理は国民全員に責任があるのです」と。私はこう反論しました。「死の灰は処分が出来ないから私たちは原発に反対してきたのです。それでもあなた方は一方的に原発を運転してきた。今になって国民全員の責任というのは水道の蛇口を開けっ放しで、水漏れ対策を立てようとするようなものだ。議論のテーブルに私たちが着く条件は、まず蛇口を止めて、これ以上の死の灰を増やすのをやめればいつでもテーブルに着く用意はある」と。本当は「俺たちには知ったことじゃない」と言って突っぱねてもいいものですが、私たちは「原発による死の灰をこれほど作ってしまった」ことで子や孫など次の世代の人々に対して責任があるので、原発をやめた後は死の灰の後始末の議論を受けて、その責任を果たすために知恵も金も出す覚悟があるのです。
全ての知恵と力で一刻も早く原発を止めて、死の灰の適正な管理をどうすれば出来るかの議論を始めよう。





「時代の風」
動き始めた原発政策=京都大教授・中西寛

毎日新聞 2015年3月29日
 ◇世論に向き合った議論を 中西寛(ひろし)

 東日本大震災から4年が過ぎ、東京電力福島第1原発事故後に停止されていた原発に関して動きが見え始めている。一部の原発について原子力規制委員会は安全性を認める見通しとなっているし、また、他の一部の原発については廃炉の申請がなされた。

 しかしこれらの動きは、ソ連時代のチェルノブイリ事故に比肩しうる巨大な原発事故を総括し、国民の間に一定のコンセンサスが作られた上で起きているわけではなく、時がたち、事故の記憶が薄れる中で、俗な言葉で言えば、ほとぼりが冷めるのを待って進められているのが実態であろう。現状は、日本人の弱点の一つ、抽象的かつ相反する利害が絡んだ局面で合理的な判断を下すこと、言い換えれば戦略的意思決定を行う能力の弱さを示している点で残念と言わざるを得ない。

 ここで「日本人」という言葉を使ったが、この問題について最も冷静な判断を下してきたのは一般国民である。世論調査は、質問のされ方である程度差はあるものの、原発事故直後からほぼ一貫して、原発再稼働反対の意見が賛成の意見を20ポイントほど上回る状況が続いている。他方で、これまでの国政ないし地方選挙で原発廃止を掲げた候補者は、東京都知事選での細川護熙元首相を代表として、ほとんど当選していない。総体として世論は、原発を放棄する政策に対しては消極的でありつつも、原発再稼働に対する疑念を示し続けているのである。

 私は、こうした国民の「迷い」は原発の現状をかなり正確に捉えていると思う。問題は原発政策の選択に具体的な関わりを持つ人々、原発推進派と反対派双方の政治家や利害関係者、専門家がこうした世論に示された問題に正面から向き合わず、自分に都合のよい議論のみを語り、相手の非合理性を非難することを繰り返している点にある。

 原発推進派はエネルギー安全保障や温暖化対策の点から原発の必要性を説き、原発反対派は事故対策の不十分さや核廃棄物処理の問題を挙げて原発の廃止を説く。しかし相手の議論には共に小声でしか答えない。これでは双方の主張に耳を傾ける誠意ある国民は戸惑い続けるばかりである。

 原発反対派は地球温暖化問題に適応したエネルギー供給の問題に十分答えていない。自然再生エネルギーによる代替を訴えてきたが、その可能性を楽観しすぎてきたことは否定できない。太陽光発電を偏重した固定価格買い取り制度は見直しを迫られている。風力発電も技術的な壁を乗り越えられていない。また、原発を止めることで生じる放射性廃棄物の処理問題についても答えようとしない。原発を直ちに廃止するなら廃棄物の処理費用を誰がどう捻出するかは即時に答えを出さねばならない。原発反対派はこの問題の解決策を提示しなければ支持を広げることはできないだろう。

 原発推進派の問題は更に大きい。事故後に東電、政府、国会、民間でそれぞれ事故調査報告が出されたが、東電のものを除いて、津波に対する想定不足だけでなく、従来の安全管理体制に重大な欠陥があったことを指摘した。しかしこの指摘に対してこれまでとられた具体的対策として国民の目に見えるのは、原子力規制委員会を発足させたことにとどまる。その原子力規制委員会が行う安全審査に対しても、電力会社と政府の姿勢は不明瞭である。電力会社は安全審査を急ぐよう要求するばかりで、トップが会社の命運を懸けて原発の安全を守ると宣言するのを聞いたことがない。政府は事故時の避難計画に責任を負わねばならないが、福島事故のような状況に対し十分な放射線防護服を自衛隊や警察が準備しているかすら明らかでない。

 事故対応と並んで重要なのはいわゆる核燃料サイクルの再検討である。国民の中で原発への不信がぬぐい去れないのは、どう見ても抜本的な見直しが必要な核燃料サイクル政策に関係者が固執していることが大きいであろう。サイクルの出口と期待された「もんじゅ」で不祥事が止まらないのは、現場の職員が自らの仕事の意義を信じることができない士気低下が根本にあるのではないだろうか。

 不幸な事故を経験した日本人には世界に恥じない議論をした上で原発の未来を決める責任があると思う。=毎週日曜日に掲載
by nonukes | 2015-03-29 23:24 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

今夜のテレ朝報道ステーションは最後の出演で気炎を吐く古賀茂明氏

今夜のテレ朝報道ステーションは最後の出演で気炎を吐く古賀茂明氏
小坂正則



https://youtu.be/L5U_Nwo0ShM

今夜の報道ステーションの古賀氏の発言が全て録画されています



d0174710_0878.jpg

生番組の途中で口論となったお二人
d0174710_093556.jpg

心を入れ直して、安倍政権の行おうとしていることをフリップにまとめる古賀氏
d0174710_0134039.jpg

そしていつものフリップを、今日は自分で作ってきたそうです。これが見納めです
d0174710_085121.jpg

次に出したこのフリップを見た古舘氏は時間がありませんので次に行きましょうと
d0174710_0145538.jpg

私たちはガンジーのこの言葉をわすれてはならない

独りで頑張ってくれた古賀茂明さんありがとう

テレ朝の報道ステーションはNHKなどの政府公報番組やフジ産経グループに読売系などに比べたら、実によく頑張ってくれていると私は思います。まず、「開口一番日本人の私たちは安倍晋三首相とは考えが違うということを世界中に表明しなければならない。私はIam not Abe を掲げたい」と番組でいう、古賀茂明氏をコメンテーターとして出すだけでも素晴らしいことです。
しかし、この古賀茂明氏の発言が官邸の逆鱗に触ったようで、テレ朝幹部から「古賀を降ろせ」と指示があったそうです。今夜最後のコメンテーターとして出演した後が茂明氏はイエメンの空爆事件のコメントを求めた古舘氏に対して、「ちょっとその前に、テレ朝の早川会長や古舘プロダクションの佐藤会長の指示で私は降ろされたことに対して‥」と言い始めたら、古舘氏は古賀氏の話を遮って「それは違いますよ。4月からもあなたには機会があったら出てもらいたいと思っているのです」と言い訳がましい発言で古賀氏の発言を遮ったのです。それに対して古賀氏は「あなたは楽屋で私の力が至らなくて申し訳ありませんと言ったではないか」と、反論。古舘氏は「それならこっちも全部さらけ出しますよ」と険悪な空気が生放送で漂ってきました。
そこで、古賀氏も一呼吸置いて、イエメンの背景に付いてコメントをして、政治問題のコメントの時には、「安倍政権の進める方向は①原発輸出大国②武器輸出大国③ギャンブル大国をめざしていますが、私たちの目指す方向は①自然エネルギー大国②平和大国③文化大国です。そして私は何度も言いましたが、「Iam not Abe」を掲げなければならない」といい、「今夜はテレ朝に作ってもらうのは申し訳ないので、自分で作ってきました」といつものフリップを掲げ「Iam not Abe」を言いました。「また今夜も菅官房長官はこの番組を観ているでしょうから官邸から抗議の電話がテレ朝に来るのかもしれませんが、言いたいことがあったら直接私に言うよう言ってください」と。そして私は今日が最後なので、マスコミの皆さんやテレビをご覧の皆さんにぜひ言っておきたいのですが、これはガンジーの言葉です。『あなたがすることのほとんどは無意味であるが、それでもしなくてはならない。そうしたことをするのは世界を変えるためではなく、世界によって自分が変られないようにするためである』という言葉を贈りたい」と話したのです。

古賀茂明氏と古舘氏の表現の自由を守らなければならない

古賀茂明氏は周りの人たちに「古舘氏は戦うことをやめてしまった」とこぼしていたそうですから、古舘氏と古賀氏の間に亀裂が生じたのかもしれません。もしくは古舘氏は自らの延命のために古賀氏と決別したのかもしれません。でも、テレ朝の特に報道ステーションは国内のマスコミが全体的に右傾化と無抵抗になりつつある中、孤軍奮闘して「報道の自由と真実の報道」を守っている数少ないテレビ局です。
一国の首相が「私にも言論の自由がある」と間抜けな「表現の自由論」を吐くような低能首相の国で、様々な圧力にも屈せず報道し続けることは並大抵のことではないでしょう。
マスコミのチェックがなくなってしまえば、戦前のような軍国主義化を誰も止めることが出来なくなるのです。
全てをマスコミに任せることは、この国ではもう無理です。NHKを筆頭にしてマスコミが政府広報化している中で、私たちがしなければならないことは、古賀氏が今夜持ってきてくれたガンジーの言葉のように、私たちが諦めずに強い意思を持って声を上げ続けることと、数少ない表現者を私たちの力で支え続けることでしょう。

古賀茂明氏 ラスト出演した報ステで再び「I am not ABE」
降板の経緯にも言及した古賀氏

日刊ゲンダイ2015年3月28日

元経産官僚の古賀茂明氏(59)が27日、コメンテーターとして最後の出演となった「報道ステーション」(テレビ朝日系)の番組中、「I am not ABE」と書かれた手製の紙を掲げた。また、番組降板の経緯をめぐって、司会の古舘伊知郎キャスター(60)と議論する一幕もあった。

中東情勢の解説を求められた古賀氏は、「ちょっとその話をする前に」と前置きし、自身の降板についてテレビ朝日会長や古舘が所属する「古舘プロジェクト」会長の意向があったと説明。古舘は顔をこわばらせ、「ちょっと待ってください。今の話は承服できません」「古賀さんには、機会があればまた出ていただきたいと相変わらず思っている」などと反論した。

以前、同番組で「I am not ABE」と発言した古賀氏は、官邸などから多くの批判を受けたとしながら、あらためてこの日も「I am not ABE」と書かれた手製の紙を掲げ、「単なる安倍批判ではなく、日本人がどういう生き方をしようかという、ひとつの考え方」と説明した。

また、ガンジーの言葉を示し、「言いたいことはそのまま言いましょう。裏で圧力をかけたり、陰で言うのは辞めていただきたい」などと話した。

政権批判で「報ステ」降板 古賀茂明氏とテレ朝のスッタモンダ
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/geino/157859
2015年3月7日 日刊ゲンダイ


6日放送の「報道ステーション」(テレビ朝日系)のコメンテーターは、元経産官僚の古賀茂明氏だった。官邸からの圧力があったのか、「I am not Abe」など安倍政権に批判的な発言が影響し、3月末で事実上、コメンテーターを降板させられる見通しだが、6日の出演を巡っても、ひと悶着あったらしい。

 5日、古賀氏が次のようなツイートをした。

<明日6日(金)報道ステーションに出演します。3月は、27日も出演します。この二回で最後です。4月以降は、篠塚報道局長が出すなと言ったので出られなくなりました。最後の二回、古舘さんにも番組でいろいろ聞いてみたいと思います>

 これにテレ朝は大慌て。

「古賀氏が降板の経緯などを古舘氏に聞くのではないかと恐れ、古賀氏の出演キャンセルも検討されたそうです。ただ、ドタキャンすれば、逆にいろいろ勘ぐられる。それで、古賀氏に『変な質問はしない』という条件をつけたようです」(関係者)

 それでなのか、放送では「安全保障法制」についてのニュース後に古賀氏が8分弱、ひとりしゃべり。「こういうことを言うと官邸に怒られるかもしれませんが」と前置きした上で、「日本の目指す道が『列強』だと思うなら『I am Abe』、平和大国なら『I am not Abe』と世界に発信しなければいけない」と改めて主張した。古賀氏と古舘氏の絡みはほとんどなかった。

 古賀氏の報ステ出演は27日が最後になりそうだ。

「現場は続投を望んでいるが、局の上層部が許さない」(前出の関係者)という。テレ朝も安倍政権に“ひれ伏す”ようだ。
by nonukes | 2015-03-28 00:16 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(4)

安倍政権の辺野古基地建設強行に対決する沖縄の良心

安倍政権の辺野古基地建設強行に対決する沖縄の良心
小坂正則

d0174710_1234680.jpg




戦後70年「日本の戦争責任」とは

太平洋戦争で、日本軍は無条件降伏を半年前に行っていたら、1945年3月10日の東京大空襲で焼け死んだ10万人以上の民間人の犠牲者を出さずに済んだのです。また3月26日から始まった沖縄決戦で殺されたり自決させられた20万人以上の沖縄県民の犠牲者も出さずに済んだのです。そして広島40万人・長崎20万人の原爆による犠牲者もなかったのです。それらの罪のない民間人犠牲者は100万人です。 そしてもっといえば、日本軍が繰り広げた日中戦争から太平洋戦争へと拡大させた戦争を回避していれば日本人310万人、アジア太平洋地域の人々2千万人が犠牲にならずにすんだのです。
これほど多大な犠牲を強いた日本軍と日本人の私たちが、戦前の過ちを反省しなければ、アジア各国との友好信頼関係は築けないでしょう。ところが、私も含めて、日本人の多くが、わずか78年前に私たちの祖母たちが起こした日中戦争の責任など一向に意識したことがないのです。そのいい例が8月15日の敗戦の日を終戦記念日と偽り、中国に満州国をでっち上げたり、朝鮮半島や台湾を日本領土として併合して様々な残虐行為を繰り広げて来た戦前の負の歴史を学校では反省するべき歴史として教えていないのです。だから日本は「1億総懺悔」とか言って、戦争責任を問うことなく、ほんの一部のA級戦犯の処刑などで茶を濁して、戦争を指導した昭和天皇の戦争責任などを問う作業をしなかったのです。
それに対して、ドイツ政府と国民は日本とは全く逆の歴史を辿っています。ナチス・ヒットラーがなぜユダヤ人虐殺や戦争犯罪を行ったのかをしっかり国民全員で考え反省して、「反ナチス法」を作ったのです。ナチスのドイツでは卍を表現することは犯罪行為です。
また、ドイツではヒットラーを賛美することも犯罪行為なのです。
また、2013年1月27日の「アウシュビッツ解放記念日」に、ドイツのメルケル首相は談話を発表し、「ドイツはナチスの犯罪行為に対して「永遠の責任」がある」と言明しているのです。それに対して我が国は「侵略の定義は国際的には定まっていない」と言ったり、「従軍慰安婦の強制連行はなかった」と言って「朝日新聞のデマ報道によって日本の信用が失われた」と言い放っているのです。つまり、ドイツは戦争犯罪を反省して二度と過ちは繰り返さないと誓っているのに、一方日本は「先の戦争は仕方なかった」とか、近頃は自民党の一部には「太平洋戦争はアジア解放戦争だった」と歴史を塗り替えるような発言まで飛び交っているのです。
また、戦犯を靖国に合祀して、一国の首相が戦争犯罪人を「日本のために戦った英霊だ」と崇めて参拝しているのです。これは「ヒットラーを英雄」として讃えていることと同じ行為です。日本人の私たちから見れば「中国や韓国が文句を言うのは日本への内政干渉だ」と思う人もいるでしょうし、「断固として屈しない」と、吠える首相に共感する人もいるでしょう。しかし、それは戦争犯罪の日本史を理解できない人間の妄想です。
もちろん、英米仏など列強国帝国主義と日本帝国主義の植民地争奪戦争が世界大戦の本質です。またドイツや日本は米英に比べたら戦争犯罪の罪は大きくても米軍の全てが正義などでは決してありません。東京空襲は民間人を殺す目的の爆撃で戦争条約違反行為ですし、広島・長崎への原爆投下は核兵器の人体実験なのです。核兵器の使用こそ史上最悪の戦争犯罪です。また、太平洋戦争のきっかけとなった日本海軍の太平洋艦隊による真珠湾攻撃は米国が仕掛けた罠に、日本がまんまとはまってしまったという説も真実でしょう。しかし、罠にはまった方が間抜けなのですから仕方ありませんが。だから歴史には2つの側面があるのです。

韓国で体験した歴史認識のギャップ

1994年に私は初めて韓国に行きました。ノーニュークス・アジアフォーラム韓国大会への参加のためです。それは韓国を1周するツアーや国際会議など催しが盛りだくさんでした。そして各地で韓国の人々と交流が出来ました。特に学生など若者との交流がいろんな意味で勉強になった旅でした。
中でも彼らの反日思想は私たちの想像を上回るもので、日本の犯罪は400年以上前の秀吉の朝鮮出兵がつい最近の出来事のように話していたのですから、70年前のことなど昨日の出来事なのです。また、私がビックリしたのは韓国独立記念館を訪れた時に感じたことです。日本史では「自由民権運動の指導者伊藤博文を殺した暗殺者の安重根」が、ここでは「朝鮮民族独立闘争の英雄」として崇められているのです。それは韓国政府の反日教育のせいかもしれませんが、「歴史は見方によって180度逆転する」ということを私は知ったのです。だから、私は「私が学んだ歴史が真実かどうかは分からない」ということを学んだのです。私たちが外国人と仲良くするには「多様性の尊重」だけではなく、「自分の価値観だけが正しいのではない」と、一度自分の価値観を疑うことで、初めて相手の存在と価値観を認めることが出来るのではないかと思うようになりました。
もちろん何も自らの価値観を否定する必要はありません。自らのアイデンティティを大切にして誇りに思うことはそれ自体が私の全てであり、私の文化や歴史だからです。

戦後70年の歴史と真正面から向き合う沖縄県民

日本の米軍専用基地の74%が沖縄にあり、米軍と自衛隊の共用基地や訓練場は23%沖縄にある現状はどう見ても異常です。そして沖縄県全体に対しては10.2%が米軍基地なのです。それだけではありません。普天間飛行場は世界一危険な飛行場と言われるほど、市街地のど真ん中にあり、民家スレスレをオスプレーなどの米軍機が24時間絶え間なくが離着陸しているそうです。
そんな沖縄に基地を押しつけて、本土の私たちは、沖縄の現実を人ごとのように「何の関心もなし」に暮らしているのです。しかし、沖縄の現地では毎日のように多くの人たちが機動隊や海上保安庁に暴力を受けながら辺野古基地建設反対運動をたたかっているのです。
沖縄では70年経ったいまだに戦争は終わっていないのかもしれません。日本軍が沖縄から撤退した後に、今度は米軍が沖縄を占領しているのです。世界中で首都に他国の軍隊が駐留してる国はないし、首都の空を自国の飛行機が自由に飛べない国は日本だけなのです。この国はいまだに進駐軍に占領されたままなのです。だから、ご主人さまの要求には、何でも「ハイハイ」と飼犬のように尻尾を振って従うし、ご主人様の顔色を伺って、自衛隊を米軍のお供に世界中に出そうとしているのです。
そんな独立国とは言えないような国の中で、沖縄県民だけが米軍基地にNOを突きつけて辺野古基地建設反対運動をたたかっています。翁長沖縄県知事は辺野古のたたかいを「沖縄県民のアイデンティティのたたかいだ」と話していましたが、だからこそ、琉球民族の自立と尊厳を守るために真正面から米国とその手先のような安倍政権と対峙しているのでしょう。私は沖縄の人々にどう寄り添うことができるかを自らに問い続けたいと思います。
by nonukes | 2015-03-24 01:24 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(9)

創価学会・公明党はなぜ「反戦・平和」の錦の旗を捨てようとしているのか

創価学会・公明党はなぜ「反戦・平和」の錦の旗を捨てようとしているのか
小坂正則
d0174710_1244898.jpg

自衛隊海外活動拡大へ 自公、安保法制に正式合意

この表題は今朝の朝日新聞の1面トップの見出しです。毎日新聞は「後方支援南シナ海でも」とありました。昨年の7月1日の「集団的自衛権の行使容認」の閣議決定を認めた公明党は、歯止めとして「日本の存立が脅かされ、国民に生命、自由、幸福追求の権利が覆される明白な危険があった場合」という条件をつけたので、「これで日本周辺での紛争などに限定される」と大見得を切っていました。「この一文が入ったことで、ホルムズ海峡の機雷撤去などはできない」と。しかし、安倍首相は、今年2月16日の衆議院本会議で民主党岡田代表の質問に答えて、「我が国が武力攻撃を受けた場合と同様に深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況にあたりうる」と答えて、「我が国が輸入する原油の8割はホルムズ海峡を通過しており、極めて重要な輸送経路だ」とした上で、「ホルムズ海峡に機雷が敷設された場合、かつての石油ショックを上回るほどに世界経済は大混乱し、我が国に深刻なエネルギー危機が発生しうる」と説明して集団的自衛権の行使の「新3要件」に当たると明言したのです。つまり、世界中どこの紛争でも、「我が国の存立が脅かされる明白な危険」ということが出来るというのですから、「新3要件」など、安倍の行動を縛る何の歯止めにもならないのです。安倍晋三にとっては「風が吹けば桶屋が儲かる」という落語と同じように、どんなことでもこの御仁にかかればお手のものなのです。

暴走車を止めることが公明党にはなぜ出来ない

そのウルトラ過激派政権と「安保法制」に公明党は合意したのですから、4月に行われる統一地方選が終わる5月連休後には「安全保障関連」の具体的な自衛隊法改正などが軒並み出てくることでしょう。その背景は「日米外ドライ」の見直し作業で米国の要求を忠実に日本が実施するための地馴らし作業なのです。
公明党はことあるごとに自民党と裏取引を行って、国民の期待を裏切ってきました。盗聴法の導入から一昨年導入された秘密保護法などでも一連の「安保法制改悪」のための重要法案だったのです。中国に対する米国の軍事力が相対的に落ちてきている中で、極東を始め太平洋まで幅広く「世界の警察」の役目を担ってきた米軍を支えるために自衛隊を活用するという、米国の世界支配戦略なのです。その一環として、自衛隊を米軍の意のままに使うための根拠が「集団的自衛権の行使」なのです。
しかし、「平和が売り物の創価学会が、ここまで前のめりになるには何か裏があるのではないか」と疑いたくなりますね。

なぜかマスコミは創価学会批判をしない

これまでの裏取引と言われていたことは、「政教分離に反する」という理由で「池田他作氏を国会証人尋問に出させる」という自民党の恫喝に、じっと耐えてきたのです。
また、自公連立以前は野党でしたから、憲法第20条第1項の「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」という条文に抵触することはなかったのですが、政権に入って、公権力を行使している現状では明らかに「政教分離」に違反しています。しかし、自公連立であれば自民党から攻撃されることはありませんし、公安情報などで、公明党を攻められることもないのです。公明党・創価学会の疑惑はこれまでにも山ほどあったのですが、何せ公称「信徒827万世帯」という絶大な勢力を誇る組織を批判する新聞社はありません。日本では「天皇と創価学会批判はタブー」なのです。
なぜなら、827万世帯が全家庭とはいわずも、その3分1の250万家庭はなにがしかの全国紙を取っているとして、創価学会批判を載せたら、一気に不買運動が起こり、部数の2割や3割減ということが現実に起こり得るからです。
だからマスコミは創価学会批判はできないのです。出来るのは週刊誌くらいなのです。

池田大作氏の跡目争いで内部分裂の危機?

公明党が安倍政権に寄り添う理由はどこにあるのでしょうか。彼らは一旦政権与党の甘い汁を吸って得た利権やうま味から抜け出すことは出来ないのでしょう。それは創価学会員の利益を誘導する様々な闇があるからでしょう。しかし、「公明党の議員が賄賂をもらった」という話は全く聞いたことがありませんが、そこは公明党に直接賄賂をやらなくても、その前に創価学会への寄付という形を取れば税金もかからず、宗教活動として政治活動するのは創価学会員だから公明党にお金を集める必要も自民党の政治家ほどないのでしょう。
ところで名誉会長の池田大作氏は2010年5月の本部幹部会への参加を最後に、もう5年間も姿を現していないのです。死亡説や重病説などが噂されていますが、雲隠れして5年間も姿を見せていないということは死んでいなくても植物人間などの状態なのでしょう。そこで、創価学会内部で、跡目争いが起きていると言われています。(以下転載)
創価学会に詳しいジャーナリストが言う。「分裂の中心となっているのは、次期会長との呼び声も高い正木正明理事長と谷川佳樹副会長の両名です。もともと、学会は同盟国が攻撃された場合に共同防衛にあたる行使容認問題にはハナから反対しており、憲法改正なくして集団的自衛権なしの姿勢を貫いていた。ところが、組織内で従来の意向を堅持する『絶対反対派』とは別に、連立を切られることに恐怖を抱き、条件付きで賛成に回ろうとする『自民党擦り寄り派』が増殖。対立が熾烈化していたのです。その両派の頭目が次期会長レースで睨み合いを続ける2人で、ここにきて与党協議が暗礁に乗り上げ始めたことから、『反対派』の正木氏と『擦り寄り派』の谷川氏の確執が極めて大きくなっているのです」(ここまで)
つまり、内部抗争によって、創価学会が揺れているために、ズルズルと安倍政権に押しやられているという分析です。この話が事実かどうかは分かりませんが、どっちにしても池田大作氏の死亡が発表されれば創価学会と公明党の内部抗争は表面化するでしょうし、分裂の可能性もあるでしょう。

創価学会員と公明党は立党の原点である平和に目覚めよ

安倍政権がこれほど言いたい放題を言えて、好き勝手が出来るのは衆参で圧倒的な多数の議席を取っているからです。その一番の要因は公明党の選挙協力です。衆院の各小選挙区には必ずといっていいほどの公明党の票が2万以上あります。その2万票が1人を争う小選挙制度では決定的に有利なのです。よく、国会内の議席を見れば「自民党は維新と組んだ方が公明党よりも議席が多くて、いいではないか」と言う人がいます。しかし、維新などは風頼りの票数で、風がやめば一気に議席をなくしてしまうのです。「みんなの党」がいい例です。だから雨が降っても風が吹いても確実に票数になる公明党の票が自民党には必要なのです。
別の見方をすれば、公明党が民主党などの野党と組めば非自民政権を作ることだって、そんなに困難な話ではないのです。小選挙区制度という死に票を増やす制度では公明党の700万から800万票が勝敗のキャスティングボードを握っているからです。
そんな大きな宗教組織が、政権分離をきちんとやって、創価学会以外の方も含めて、議員を擁立して日本国憲法擁護と脱原発で政界再編へと舵を切れば、安倍政権を倒すことだってできるのです。安倍ごときに脅されて「踏まれてもついてゆきます下駄の歯の雪」と揶揄されても、自民党にいつまでとどまる気なのでしょうか。
池田大作氏が死亡したら、創価学会は大きな混乱を招くでしょう。しかし、ここで「平和の党」という輝かし実績を残せたら、公明党と創価学会の名は国内にとどまらず、世界中の評価と信頼を勝ち取ることが出来るでしょう。目覚めよ創価学会員のみなさん。一刻も早く安倍政権と縁を切って、世界一の平和国家日本を一緒に作ろう。
by nonukes | 2015-03-21 12:53 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(4)

玄海原発1号の廃炉に隠された「原子力ムラ」の裏工作

玄海原発1号の廃炉に隠された「原子力ムラ」の裏工作
小坂正則
d0174710_12222574.jpg

d0174710_12224773.jpg

手前の建屋が玄海1号


一昨日の御浜1、2号に敦賀1号の廃炉決定のニュースに、昨日は玄海1号に島根1号の廃炉が発表されました。これまで私たちが30年あまり、稼働中の危険な原発をとめるための運動を行ってきた中で、直接的に私たちの力で廃炉を勝ち取ったわけではないにしても、まずは玄海1号の廃炉は、素直に喜びたいと思います。
なにせこの玄海1号の原子炉の鋼鉄は金属疲労が激しくて、緊急炉心冷却装置を動かして、冷たい水を原子炉に流し込んだら、必ずお釜が割れてしまうといわれていた不純物の銅がたくさん混じった欠陥品なのです。とりあえずは311事故以後、動かすこともなく、静かに永眠してもらえることに、私はホッとしています。

原子力ムラは川内再稼働の前に廃炉で国民の怒りを静めようとしている

新聞報道などによると、これまで上がっていた5機の原発を持っている電力会社の幹部に、経産官僚から「はやく廃炉を発表しろ」とせかされたと言っています。その理由は「とにかく再稼働を強行すると国民の怒りを買うので、その前に1機でも廃炉にして国民の怒りを静ませたい」と思ったのでしょう。
しかし、今回廃炉の決定をした原子炉はどれも採算性が非常に悪い原発で、電力会社にとっては早くから廃炉にしたかった原発なのです。なぜここまで延ばしてきたかというと、廃炉というこれまでほとんど日本では経験のないことに取り組むと原発の矛盾が一気に吹き出してくるから、先延ばしにしてきたのです。
まず、「廃炉費用が玄海1号は357億円を見越していて、328億円の積み立てがある」と毎日新聞には書いています。そこで、30億円の不足が生じているというのですが、実は廃炉費用が実際にはもっとかかり、建設費と同じくらいかかると言われているのです。少なくとも1千億円や2千億円は必要でしょう。また使用済み核燃料の最終処分地もありませんし、中間貯蔵施設としてどこかに持っていくことになるのでしょうが、その原子炉のゴミの持って行き場もないのです。「トイレなきマンション」がいよいよシビアな現実として国民の目の前に見えてくるのです。

廃炉の後は原発リプレースではなく、再生可能エネルギー基地建設を

玄海町の岸本英夫町長は「新たな原発を建設してほしい」と、言いだしていますし、「玄海1号がなくなった分のお金の埋め合わせをしてほしい」と九電の社長に泣きついています。この原発シャブ中毒患者の何と惨めなことでしょうか。一度原発を誘致して、その甘い汁を吸うことに慣れてしまったら、そこから抜け出すことができないのです。まるで麻薬患者が自力では中毒から抜け出せないのと同じです。しかし、新聞へのインタビューに答える町人の中には、スポーツ少年団を誘致することで民宿の経営を持ち直している方は「行き先不透明な原発に頼る方がバクチだ」という声なども生まれてきているのです。
当分の間の廃炉交付金などは必要かもしれませんが、原発という危険なお荷物を背負ってきた地域への迷惑料として、何らかの保障は必要でしょうが、1日も早く原発に依存しなくていい、それこそ真逆の「再生可能エネルギー産業基地」の建設を国に行わせるべきだと私は思います。バイオマスや風力や波力の研究施設でもいいでしょうし、そこが学生や研究者や子どもたちの学習体験の観光地となりえる町に生まれ変わるのです。

原発は高くて危険で「核兵器開発」以外には割の合わないことが証明された

廃炉に伴って出て来る使用済み核燃料「核のゴミ」が現在は価値のある「資産」として電力会社では資産計上されています。しかし、こんなものは資産どころか、どうにもんらない「不良資産」そのものです。なぜ、こんな「核のゴミ」が資産として計上されているかというと、「使用済み核燃料を再処理してプルトニウムを取り出せば高速増殖炉の燃料になり、核燃料リサイクルが実現して、高速増殖炉を動かせば動かすほどプルトニウムが生まれて、向こう千年以上は必要なエネルギーを生み出すことが出来る」はずだったのです。そしてこれこそが「夢の核燃料サイクル計画」と言われていたのです。まさに、それは夢は夢でも「悪夢」だったのですが。
世界中がそれは「実現不可能」な「核燃料サイクル計画」だということを20年も前に気づいて、世界中が撤退したにもかかわらず、戦艦大和を作った「官僚社会主義国家」の日本だけは、方向転換できずに今日まで来てしまったのです。
ところがさすがに、これほど核のゴミが溜まってしまったので、まさか廃炉の「核のゴミ」を資産としては計上しないと思いますから、どこかに「核のゴミの永久処分地」を探さなければなりません。しかし、どこも受け入れるところはないでしょうから、今ある場所に一時保管という名の永久保管となるでしょう。こおでもお金で解決されるでしょう。
さて、私は廃炉の原子炉は解体しないで、使用済み核燃料だけは取り出して、後はそのまま残すべきだと思っています。その方がコスト的に安く済むし、リプレイスさせないためにもなるからです。そして、その廃炉施設は20世紀の人類の負の遺産として記念碑とするのです。
しかし、「原発ムラ」の住民たちは、さっそく、リプレイスを計画しています。しかし、ヨーロッパの標準仕様の原発は1機1兆円も2兆円もするのです。そんな高い原発はコストが合いません。だから、ヨーロッパ標準仕様は入れないとしても、1兆円近くはするでしょう。すると、それでも1kwあたり10円から15円は発電コストがかかってしまいます。その激しい電力自由化競争にうち勝つために、イギリスが導入する予定の「価格保障制度」が噂されています。ふざけた制度です。イギリスでは1kwあたり16.5円の最低価格保障です。日本は1kwあたり15円と言われています。それだけではありません。電力自由化で既存の電力会社の顧客が逃げ出して、新規の電力会社と契約した諸費者もこれまでの核のゴミ処理と廃炉費用をこれからも永遠に負担させようとしているのです。

原発を何が何でも動かすためにはウソでもいいから「原発は安くて安全」と言い続けなければならない

安倍政権は何が何でも「原発」優先です。その理由は様々でしょう。1つは米国がやらせていることもあります。米国の原子炉メーカのウェスティングハウスを買収した東芝の経営を支えるという国の方針もあるでしょうし、原発を海外に売り込むことが安倍政権の「成長戦略」の1つだから、日本が原発をやめて、新規の原発も危険だから作らないけど海外には売り込むなんて出来ないから、日本でも新規の原発を作ろうとするのです。もう一つの成長戦略が武器輸出です。(下の日経新聞記事は2011年のものですがわかり安です)
もう一つの原発から抜け出せない理由は「核武装」つまりはの「プルトニウム保有」と技術開発の権利を温存したいからです。原発をやめてしまえばプルトニウム保有の権利を米国から剥奪されてしまうのです。要は核兵器開発がいつでもできる状態を政府は残していたのです。これは外務省と防衛省の強い要求です。そして核兵器保持は自民党と安倍晋三の強い願いなのです。
だから原発関連技術を維持するためには原発の電気が高くても「安いはずだ」とウソを言い続けなければならないのです。そして「原発は安全だ」とウソを言い続けなければ、この一連の「核燃料サイクル計画」という「核と原発」の悪夢は維持できないのです。
さて、それでは私たちはどうすればいいのでしょうか。
私が答えるよりもドイツのテレビ局がいい番組を作っています。なぜ、ドイツが原発から撤退して日本は撤退できないのか、ロシア中国などがなぜ原発に依存しているのかがわかりやすく報道しています。27分あまりの番組ですが実によくできています。NHKでは決してできない、海外の人々が日本をどう見ているかがよく分かる番組です。ぜひ観てください。




ZDF ”原子力エネルギーのカムバック” エコノミーマガジン「マクロ」
https://www.youtube.com/watch?v=9V6uToB8OWI


ウエスチングハウスへ追加出資、東芝が悩む「次の一手」
日経新聞 2011年9月13日


東芝が傘下の米原子力大手ウエスチングハウス社(WH)の株式20%を追加取得することになった。売り手は米エンジニアリング大手のショー・グループで取得金額は約1250億円の見通し。3月の東京電力福島第1原子力発電所の事故以来、世界の原発市場は一変。新規建設計画のキャンセルや見直しの動きが相次いでいる。「WH株追加取得」の報道を受けた9月6日の東京株式市場で東芝の株価は続落し、2年5カ月ぶりに300円を割り込んだ。5年前の専務時代に自らWH買収を手がけた東芝の佐々木則夫社長は強気の姿勢を崩さないが、この期に及んでの原発事業への追加投資に先行きを案じる声は少なくない。

東芝の中期経営計画について説明する佐々木則夫社長(5月24日)
画像の拡大
東芝の中期経営計画について説明する佐々木則夫社長(5月24日)
 WHの創業は1886年。ニューヨーク生まれの発明家ジョージ・ウエスチングハウス(1846~1914年)が変圧器や交流発電機を手がける会社として設立した。本社はピッツバーグ。1900年に電力会社向け蒸気タービン発電機を初めて製造、21年に世界で初めて家庭用ラジオの量産を開始。33年にニューヨークのロックフェラーセンタービルに世界最高速のエレベーターを設置したほか、57年にペンシルベニア州で米国初の原子力発電所を稼働させたのもWHだった。世界の原発市場で最もポピュラーな加圧水型軽水炉(PWR)の特許を同社は持っている。

 ゼネラル・エレクトリック(GE)と並んで、米国では長らく名門重電メーカーとして脚光を浴びてきたWHだったが、経営者の「失政」続きで90年代に深刻な経営危機に直面した。93年に再建請負人としてCEO(最高経営責任者)に迎えられたコンサルティング大手マッキンゼー出身のマイケル・ジョーダン会長は、99年に電力システム部門を独シーメンスに、原子力部門を英国核燃料会社(BNFL)と米エンジニアリング大手モリソン・クヌードセンの合弁会社にそれぞれ売却、「重電の名門」は切り売りで解体された。会社本体は95年に買収した米放送大手CBSに事業を集中(97年には社名もCBSに変更)、WHの歴史はここで一度は途絶えている。

 このとき売却された原子力部門はまもなくBNFLの100%子会社となり、この会社が「ウエスチングハウス・エレクトリック・カンパニー(WH)」の社名を継承、現在に至っている。英政府が100%出資するBNFLはその後巨額の赤字を背負って事業戦略の見直しを迫られ、2005年7月にWHの売却を表明。半年余りの入札商談を経て、06年10月に東芝が傘下に収めた。買収金額は54億ドル(当時の為替レートで約6600億円、株式の77%を取得)。

 WH売却の入札に参加した三菱重工業など日本の業界関係者は「価格は2000億円から、どんなに高くても3000億円」と見ており、「相場の2倍超」という東芝の大盤振る舞いが当時話題になった。

 今回の東芝のWH株追加取得について、米メディアは「125年の歴史を持つ同社(WH)から米株主が消える」(9月6日付ウォール・ストリート・ジャーナル日本版)などと報じている。だが厳密にいえば、BNFLの100%子会社となった10年以上前に米資本とは縁が切れている。
米国ではブッシュ政権下の05年に電力会社に対する原発建設の補助制度を盛り込んだ包括エネルギー法が成立。20年までの15年間に米国内で少なくとも30基の原発が新設されるとの観測が広がり、日本の原発3社(東芝、日立製作所、三菱重工業)や仏アレバは、BNFLによって包括エネルギー法とほぼ同じタイミングで売りに出されたWHの争奪戦に大いに奮い立った。だが、お膝元の米企業や投資家は腰が重かった。

 05年のWH入札には米国のもう1つの「重電の名門」GEが日立と組んで参加したが、ほかに米国勢で名前が挙がったのは今回WH株を手放すショーと投資銀行サイバー・インベストメントくらい。当時の原発ビジネスを取り巻く環境は、スリーマイル島事故(1979年)やチェルノブイリ事故(1986年)のダメージをようやく脱し、石油価格上昇や地球温暖化対策として原発が見直され、改善されつつあった。「2030年までの25年間に世界で150基が新設され、原発市場の規模は30兆円に膨らむ」などと日本ではしきりに「原発ルネサンス」が叫ばれていた。にもかかわらず、米企業や投資家はWHを取り戻そうとはしなかった。なぜか。
 「アメリカでは、原発事業は核戦略に付随して発生した不完全なビジネスという印象が根強い」と世界のエネルギー事情に詳しい大手商社関係者は説明する。1957年に成立したプライス・アンダーソン法により、米国内の原発事業者は5億6000万ドルを超える放射線被害については免責され、政府が責任を負う。事業者に事実上の無過失・無限責任を課している日本の原子力損害賠償法(原賠法、1961年施行)に比べ、かなり甘い規定になっているが、リスク感覚に敏感な米国では「これくらい“アメ”を与えないと参入業者が出て来ない」という。

 WHやGEといったメーカーに対しても米政府の擁護姿勢は手厚い。事故を起こした福島第1原発の1号機はGE製だが、仮に原子炉の技術上の問題がなんらかの事故原因につながったとしても、GEが責任を問われることはない。日本の原賠法では、すでに述べたように事故に伴う補償責任は事業者(電力会社)のみが負うことになっている。

 原賠法のこの部分(第4条「原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない」)については、50年前の立法化当時、日本での原発プロジェクト受注を後押しする米政府がGEやWHなどの自国メーカーを擁護する意味合いで影響力を行使して盛り込まれた可能性がある。伊東光晴・京大名誉教授は日本の原賠法でのメーカーの免責について「日米関係の外交上の力の差が反映されている」(岩波書店の世界2011年8月号「経済学からみた原子力発電」)と指摘している。

 こうした数々の“アメ”が用意されていても米企業や投資家のWHへの関心は一向に盛り上がらない。その最大の理由は、米国ではもはや原発を次代の主要発電プラントとして見ていないからだ。最も有望視されているのはLNG(液化天然ガス)やシェールガス(海底や地下の岩盤に含まれる天然ガス)による天然ガス発電である。実は、BNFLが05年にWH売却を余儀なくされたのも、LNG発電が英国内での価格競争で優位に立ち、原発関連事業を主力とするBNFLの業績が急速に悪化したことが背景にあった。
 米国ではこの数年、シェールガスのガス層がテキサス州など各地で次々に発見され、埋蔵量は国内需要の30年分以上に達しているともいわれる。安価でしかも国内調達が可能なシェールガスの供給拡大でLNGがダブつき、それが世界のLNG相場を下落させる要因にもなっている。こうした状況下で福島原発事故が発生。世界の原発プロジェクトに一段とネガティブな影響をもたらしている。このタイミングでWH株への投資に触手が動かないのは当然だろう。

黒い煙を上げる東京電力福島第1原子力発電所3号機(2011年3月21日、福島県大熊町)=東京電力提供
画像の拡大
黒い煙を上げる東京電力福島第1原子力発電所3号機(2011年3月21日、福島県大熊町)=東京電力提供
 ショーは東芝が06年にBNFLからWHを買収した時に、WH株20%を保有することに合意。その際、資金調達のために発行した社債の償還期限前にショーが東芝にWH株の買い取りを請求できるオプション契約があったとされている。今回そのプット(売り)オプションをショーは行使したことになる。

 福島原発事故後、4月に米電力大手NRGエナジーが東芝と組んで手がけていたテキサス州での原発増設計画から撤退を表明、また米原子力規制委員会(NRC)が安全基準の見直しを行い、5月になってWHの新型加圧水型軽水炉「AP1000」の技術上の追加的問題を発表(8月にNRCは評価を完了)するなど、東芝・WH陣営への逆風が顕在化している。ショーが5年前に発行していた社債が円建てで、このところの円高の直撃を受けたことがWH株売却の理由ともいわれているが、原発市場を取り巻く環境の悪化を抜きに今回のオプション行使は考え難い。

 東芝の追加取得により、WH株の株主は東芝(発行済み株式の87%)、カザフスタンの国営原子力事業会社カザトムプロム(10%)、IHI(3%)となる。東芝はショーに代わる新たな提携企業を探す構えだが、“福島ショック”が世界に吹き荒れる中、果たして新たなパートナーを見つけることができるのか。原発プラントの売り込み先となるアジアや東欧などの新興国は、福島の事故を受けて従来以上に手厚い保証を求めてくる可能性が高いが、日本政府が事故前のような原発輸出推進の立場を貫くことは極めて難しい。

 1250億円で追加取得する20%のWH株。67%から87%への持ち株比率上昇についてガバナンス上の意味合いは見いだしにくい。引き換えに東芝が抱え込むリスクの大きさばかりに株主らの関心が集まるのは致し方ない。原発市場の先行きについて佐々木社長は「縮小というより、増えるのではないですかね」(日経ビジネス2011年8月29日号)と相変わらず強気だが、業界内でも同調する声は聞こえてこない。原発ビジネスについて「縮小・後退」の可能性はないのか。「選択と集中」で定評のある東芝の次の一手に注目したい。
by nonukes | 2015-03-19 12:23 | 原発再稼働は許さない | Comments(0)

ドイツのメルケル首相に比べてあまりにも軽薄すぎる日本の首相 その2  

ドイツのメルケル首相に比べてあまりにも軽薄すぎる日本の首相 その2
小坂正則
d0174710_1773054.jpg

d0174710_1775577.jpg

d0174710_1781692.jpg


先日の3月11日に上記のブログを書きました。そして、私のブログへ「~しかし、どんなに素晴らしい意見でも、人をバカにするような心は悲しいなー」という方のコメントと、同じようなもう1件のコメントを頂いたのです。
確かに私の書きたかったことは何も安倍首相を誹謗するような目的で書いたのではありません。なぜなら、そんなことをしたところで、全く安倍晋三氏へのダメージなどにはならないことが分かっていましたし、人を蔑むようなことを言ったとしても、それで問題が解決するわけでは決してないからです。
むしろ私が求めていることは別のところにあったのですが、酒を飲んで書いたことや深夜に書いたことなどもあり、論理的で倫理的な内容ではありませんでしたことを、私のブログを読んで頂いた方々に心からお詫びいたします。安倍晋三氏がどんな人間だとしても、彼の人間性を非難したり、病気になることを願うことで、日本の政治的状況や社会体制が変わることはないからです。インドのガンジーが説いたように「社会を変えようと願うなら、自らが変化の原動力となりなさい」と言った言葉を思い出しています。他力本願ではだめなのです。そこで、メルケル氏とあまりにも違う選択をしようとしている日本の政権の背景や、現状を分析するために、今日は、その続きを書きたいと思います。

メルケル氏のいう「政治的決断」が、なぜ日本では出来ないのだろうか

ドイツの首相のメルケル氏は「日本のような技術の最先端の国でも原発事故を起こしてしまった」ということから「政治的決断が必要だと自覚した」と、語っています。メルケル氏は元々保守政治家です。日本で言えば自民党の首相のような方です。その首相が「脱原発を決断して、日本の首相が決断できない」その違いはどこにあるのだろうかと、私は思い悩んだのです。私のような者が思い悩んだところでどうでもいいのですが、大江健三郎氏も、この社会現象について「心を痛めている」1人なのです。
大江健三郎氏が3月10日に外国記者クラブでの会見の模様を聞いて、私はその大江健三郎氏の「思い悩む」様子を見て、「大江健三郎氏の問いは私たちに課された大きな宿題なのではないだろうか」と思ったのです。
大江健三郎氏は「現在の政治的な、人間的な意思、態度というものを完全に作り変えなければいけない、そのことを今強く感じている。」と語っています。
また、3月10日の会見で彼は以下のように言いました。
「この状況はもっともっと悪化している、もっと究極に近づいている。そして個人的に言えば老人として死のうとしている我々がどういう表現、人間はどういう足場に立って、どういう精神でもって表現活動を続けることができるかをサイードさんは "On Late Style"の中で述べています。私はそれを掘り出して、みんなに伝えるということを願ってきました。」
「それを私は自分の信条としたいとも思っているんです。今、私はサイード的な最後の楽観性を自分のものにしたいと考えて、文学的な仕事が終わった所で仕事をしています。その、非常に絶望的な中で、なぜ人間が楽観的でいられるのか。そのことを申し上げて、私の話を終わります。原発というものを我々の文化から押し戻してしまう。それが私の最後の仕事としたいと思っています」と。

大江健三郎氏の問いについて私なりに考えてみた

さてこの謎解きのような会見で話した大江健三郎氏のサイード氏の生き方への共鳴を、私はどう紐解き、そこから私なりに何を学ぶべきなのかを考えてみたいと思います。私は大江氏が語った「最後のスタイル」と言った意味を考えてみたいと思いました。そして彼は「原発というものを我々の文化から押し戻してしまう。それが私の最後の仕事としたいと思っています」と語ったのです。
大江健三郎氏はノーベル文学賞を取ったあと、作家をやめようと思ったそうですが、あらためて最後の仕事をやろうと決意したそうです。彼の最後の仕事イコール「最後のスタイル」なのかもしれませんが、その1つが「原発というものを我々の文化から押し戻してしまう」ことなのでしょう。
大江健三郎氏に記者会見翌日の11日に小泉純一郎元首相が福島県喜多方市で講演しています。そこで、小泉元首相も大江氏と同じようなことを話しています。「政治が原発ゼロにかじを切るべき」と、安倍首相に決断を迫りながら、「安全で夢のある原発ゼロ社会を実現しよう」と。また、「総理在任中は、推進派の<原発は安全で安くてクリーン>という説明を真に受けてしまったが、本を読んだり、専門家に聞くと、すべて嘘と分かった。今でも政府はよく嘘を言っていると思う。嘘が分かっても、頬かむりをして寝ていればいいのか」と。そして最後に 「<汚染水はコントロールされている>と、誰か(安倍首相)が言っていたが、全然、コントロールされていない。よくもあんなマヤカシが言えるな、と」。「政治が原発ゼロにかじを切れば、必ず自然エネルギーで経済成長ができる国になる。夢のある壮大な事業だけれども、原発ゼロの社会は今より必ずいい社会になる。政治が決めればできる」と。
このように日本を代表する文化人と元首相がいのちをかけて「脱原発」を最後の仕事だと言っているのに、そして「500日以上も日本は脱原発を実現しているのに、それでも政府は原発を再稼働させようとしている」という異常さをメルケル氏でなくても多くの国民やマスコミや経済界などの人々は「安倍晋三がやろうとしていること」がおかしいと思わないのでしょうか。
たまたま3月9日にメルケル氏が10日に大江健三郎氏が11日に小泉純一郎氏がそろって「日本はこのまま脱原発の社会を続けよう」と提案していることの重みを私は感じたのです。これら3氏の言葉の重みに比べたら、安倍晋三の言葉の何と軽いことかと感じています。

ほんの少しの勇気を出して「安倍晋三首相は裸だ」と、みんなで言おう

残念ながら、日本では多くの企業家や文化人や学者や政治家は「自分は原発はいやだけどいやとは言えない」と考えているのでしょう。「そんなことを言えば、それこそ仕事を失ってしまうかもしれない」と恐れているのかもしれません。だから、「原発は止められない」のです。だから自分は思っていても言えないし、本当に「原発をやめるべきだ」という言葉を発信できないのです。「自分だけがそんなことを言えば集中砲火を浴びることになる」と思っているからです。
昨日の15日の午前中に大分県保険医協会主催の講演会に参加してきました。そこで、郷地秀夫先生(被曝医療の専門家)の講演を聞いてきました。彼は昨年4月28日発売のビックコミックの漫画「美味しんぼ」の描写のなかで福島原発事故の直後に多くの子どもたちや大人も鼻血が出たという描写へのバッシングがあったことに対して、7月12日に開催された日本社会医学会で「放射線で鼻血が出ることはあり得る」と発表したそうです。すると、一斉にネットなど様々な方法で個人攻撃や嫌がらせが行われたそうです。先生は「私はネットを見ないことにしているので何と言われているかは知らないが、風評被害だのと攻撃された」そうです。「漫画といえば一種の芸術作品ですよね。その作品の内容を一国の首相までが批判することなどあり得ますか。小説の内容が間違っていると言って非難することと同じですよ。この国には民主主義などないのです」と。また、先生は「福島近隣の海産物にもストロンチウム90が含まれているのではないか」と心配しています。「しかし、政府はセシウムのガンマー線しか計っていません。私はストロンチウム90のベーター線も計るべきだと思います。でも、私は計ることは出来ますが発表は出来ません。誰か勇気のある方は発表してください」と話していました。実はそれほどこの国には研究発表の自由はすでにないのです。
そんな数値を計って発表すればすぐに政府から「風評被害を煽る行為」という攻撃が来るのです。このような確信犯的な方でさえ、国家権力の圧力に怯えているのです。
だから御用学者でなくても一般の良心的な学者でも、いま福島の放射線障害の危険性を言葉に出せる人はいないのです。これが恐ろしいほどの現実なのです。
しかし、そんな恐ろしい現実を作ってしまったものは一体何なのでしょうか。誰なのでしょうか。
まず一番はNHKなどのマスコミです。福島と寄り添うキャンペーンや復興キャンペーンや絆キャンペーンで福島が危険だということは「福島の復興を邪魔する風評被害だ」という顔のない大衆による攻撃を生み出す背景を作り出しているのです。そして、それを助長するように利用しているのが現政権なのです。
「王様は裸だ」と分かっていても大人は誰も言えなかった。みんな王様は裸だと知っていたにも関わらず。
文化人も企業家も学者も八百屋のオッチャンも主婦のオバチャンも学生も大人も子どもも自由がまだ残っている今の内に、自らの想像力を研ぎ澄まして、そして、ほんの少しの勇気を出して、自分が思っていることを、自分が見たままの真実を、みんなで言おうではありませんか。「安倍晋三は裸だ」と。大江健三郎氏や小泉純一郎氏だけに「政府からの攻撃」を負わせるのは無責任ですよ。多くの国民がみんなそう思っているのですから。そう思っている人はあなただけではないのですから。




https://www.youtube.com/watch?v=XqOjF1-U89o
by nonukes | 2015-03-16 17:17 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

安倍首相の大罪 「福島原発の全電源喪失などありえない」と吉井議員の質問に答えていた

安倍首相の大罪 「福島原発の全電源喪失などありえない」と吉井議員の質問に答えていた
小坂正則
d0174710_013287.jpg

嘘つき安倍首相のいう「世界一安全な日本の原発」

安倍首相は「世界一厳しい安全基準を満たしている日本の原発は動かす」と言って、川内原発の再稼働や高浜原発の再稼働と次々に規制基準をクリアーした原発を再稼働させようとしています。しかし、日本の原発が世界一の安全基準を満たしていることなどあり得ませんし、ヨーロッパでは標準になっている二重の格納容器や原子炉がメルトダウンしてもいいように、溶け落ちた核燃料の受け皿であるコアキャッチャーなど、日本のどの原発にもありません。
日本の原発はいまだにIAEA(国際原子力機関)つまりは原発を推進する国際機関が求める「五層防御」を備えてはいないのです。五層防御とは86年のチェルノブイリ原発事故が起きるまでは事故を起こさせないための手段として「異常の発生防止」「異常の拡大防止」「影響緩和」の3層だったものが、チェルノブイリ原発事故以後は、その反省に立って大事故が起きた後の対策として、いかに事故による被害を最小にとどめるかという防御策が追加されたのです。それが4番目の「過酷事故対策」と5番目の「防災対策」なのです。
米国のNRC(原子力規制委員会)では5番目の「防災対策」の最も大事な「避難計画」が出来ていなければ原発の運転が認められないのです。ところが日本ではどうでしょうか。川内原発の30キロ圏内の自治体の避難計画は完成していませんが、規制庁は「規制基準に避難計画はありません」と知らぬ顔です。それに伊藤鹿児島県知事は「30キロ圏内の寝たきり老人などを全員避難させることなど出来るわけがない」と言って、最初から全員を避難させることを諦めていて、全員を避難させるための計画自体を作ろうともしていません。
それに、4層のベント施設や免震重要棟なども再稼働のための必要施設ではありません。「再稼働した後5年以内に作ればいい」というものです。5年以内に巨大地震や津波や火山噴火が起こることはないのでしょうか。つまり、日本の最新規制基準はいまだに三層防御しかないのです。これは国際水準以下の著しいお粗末な安全基準です。なにが世界一安全なのでしょうか。安倍晋三首相は「世界一安全」なのではなく、「世界一嘘つき」なのではないでしょうか。

自分への批判には「事実無根のねつ造だ」と的はずれな反論を繰り返す

安倍首相の嘘つきは今に始まったことではありません。安倍晋三は311事故の当時は政権野党でしたが、311事故当時に「菅直人首相の命令で福島原発の海水注入が中断された」とねつ造文章を自分のブログに書いておきながらいまだに訂正も謝罪もしていません。こっそりその文章は削除されているそうですが。そのほか東京オリンピック誘致のために福島原発事故の汚染水は半径0.3キロ平米に「アンダーコントロール」とかあげればキリがありません。人の誤りは「ねつ造」だと激しく怒るかど、自分の間違いは、黙って知らぬ振りの心の小さな人間が一国の総理大臣なのですから、私たち国民は幸せです。
安倍晋三首相がいかに「ねつ造」批判の常習犯なのかという記事があります。LITERA 2015.03.11のエンジョウトオル氏の記事です。長い文書ですが、前編と後編に分かれています。前編では2006年に共産党の吉井英勝衆院議員が安倍首相に「福島原発1号は全電源喪失事故の起こる可能性が大きいのではないか」と質問しているのですが、その回答に「全電源喪失など考えられません」と安倍首相自ら答えているのです。安倍首相は「我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない。」と一蹴しているのです。しかし、その文章は安倍が自分で考えたことではないので、責任追及しても無理からぬことでしょうが、後編で決定的なことが分かってくるのです。自分に都合の悪いことに対しては「ねつ造」「ねつ造」とわめいて恫喝するのです。NHKのみならず、一国の首相が面と向かって記者に「ねつ造」呼ばわりされたら、大半の記者はビビッてペンを折ってしまうでしょう。だから安倍は自分が騒ぐことは「言論の自由」であり、人が批判することは「ねつ造攻撃」だと言って総理大臣という絶対的な地位をいいものに権力行使を繰り返すのです。
これが安倍晋三流の得意な「自由」であり「民主主義」なのでしょう。

(ここから引用)
実は、下野していた自民党で安倍が総裁に返り咲いた直後の2012年10月、「サンデー毎日」(毎日新聞社)がこの事実を報道したことがある。1ページの短い記事だったが、本サイトが指摘したのと同じ、共産党の吉井英勝衆院議員(当時)の質問主意書に対して安倍首相が提出した答弁書のデタラメな内容を紹介。吉井議員のこんなコメントを掲載するものだった。
「いくら警告しても、マジメに対策を取らなかった安倍内閣の不作為は重大です、そんな安倍氏が総裁に返り咲いて首相再登板をうかがっているのは、本人も自民党も福島事故の責任を感じていない証拠でしょう」

ところが、これに対して、安倍は大好きなFacebookで、こう反撃したのだ。

「吉井議員の質問主意書には『津波で外部電源が得られなくなる』との指摘はなく、さらにサンデー毎日が吉井議員の質問に回答として引用した政府答弁書の回答部分は別の質問に対する回答部分であって、まったくのデタラメ捏造記事という他ありません」(現在は削除)

出た、お得意の「捏造」攻撃(笑)。だが、「サンデー毎日」の報道は捏造でもなんでもなかった。たしかに安倍首相の言うように、吉井議員が質問で外部電源が得られなくなる理由としてあげたのは、津波でなく「地震で送電鉄塔の倒壊や折損事故」だった。しかし、だったらなんだというのだろう。そもそも、吉井議員が問題にしていたのは外部電源が得られなくなる理由ではなく、外部電源が得られなくなった場合のバックアップ(非常用)電源の不備だった。

吉井議員は質問主意書の中で、バックアップ電源4系列中2系列が機能しなくなったスウェーデンの原発事故を引き合いに出しながら、日本の多くの原発が2系列しかないことを危惧。2系列だと両方とも電源喪失して原子炉を冷却できなくなり、大事故につながる可能性があると指摘した。

それに対して、安倍首相が「我が国の原子炉施設で同様の事態が発生するとは考えられない。」と回答したのだ。福島原発の事故はまさにバックアップ電源が喪失したことで起きたものであり、その意味で「サンデー毎日」の「津波に襲われた福島原発を“予言”するような指摘を、十分な調査をせずに『大丈夫』と受け流した」という記述はまったく正しい。

もし、質問主意書が地震でなく津波と書いていたら、安倍首相は、バックアップ電源の検証を行って、2系列を海外並みの4系列にするよう指導していたのか。そんなはずはないだろう。

ようするに、安倍首相は自分の責任をごまかすために、枝葉末節の部分をクローズアップし、問題をスリカエ、「記事は捏造」という印象操作を行っているだけなのだ。

だいたい、これが捏造だとしたら、メルマガで「菅直人首相の命令で福島原発の海水注入が中断された」というデマを拡散した安倍首相はどうなのか、と言いたくなるではないか。

だが、こうした卑劣な責任逃れを行っているのは安倍首相だけではない。実は安倍首相の捏造攻撃にはお手本があった。それは安倍の盟友の甘利明・現経済再生担当相がその少し前、テレビ東京に対して行っていた抗議だ。前述した安倍首相のFacebookの投稿はこう続けられている。

「昨年テレビ東京が安倍内閣の経産大臣だった甘利代議士に取材した放送で同様の虚偽報道がされたそうです。
甘利事務所は強く抗議し、テレビ東京が「質問主意書には、津波で電源を失う危険性についての記述はないにもかかわらず、放送では、その危険性があるかのような誤った認識の下、自民党政権の原子力政策に関する報道を行いました」として、虚偽内容の放送であったことを認め、放送法第4条に基づく訂正放送をしたとのことです
 天下のサンデー毎日がすでに訂正放送を行い、謝罪したテレビ局と同じねつ造をするとは(笑)」

安倍が「同様の虚偽報道」としているのは、2011年6月18日放送の『週刊ニュース新書』(テレビ東京系)のことだ。同番組は原発事故の責任を検証する企画で、第一次安倍内閣でも経産相をつとめ、原子力行政に深くかかわっていた甘利をインタビューし、その際にやはり吉井議員の質問主意書に対する安倍首相の答弁書の問題を追及した。すると、突然、甘利が席を立って、別室に姿を消した。そして、記者にテープを消し、インタビューを流さないように要求したのである。





【特別企画】思い出せ! 安倍首相は福島原発事故の主犯だった!(前)

安倍首相が原発事故前に「全電源喪失はありえない」と地震対策を拒否していた

LITERA エンジョウトオル2015.03.11.




故郷に帰れない多くの被災者を生み出し、放射性物質を広範囲にまき散らし、作物を汚染し、今も国土や海を汚し続けている福島原発事故。

だが、この国家による犯罪ともいえる重大な事故をめぐって、ほとんど語られてこなかった事実がある。それは、現内閣総理大臣である安倍晋三の罪についてだ。

こういうと、安倍支持者はおそらく原発事故が起きたときの首相は民主党の菅直人じゃないか、サヨクが安倍さん憎しで何をいっているのか、というだろう。そうでない人も、原発を推進してきたのは自民党だが、歴代の政権すべてがかかわっていることであり、安倍首相ひとりの問題じゃない、と考えるかもしれない。

だが、福島原発の事故に関して安倍首相はきわめて直接的な責任を負っている。第一次政権で今と同じ内閣総理大臣の椅子に座っていた2006年、安倍首相は国会で福島原発事故と同じ事態が起きる可能性を指摘されながら、「日本の原発でそういう事態は考えられない」として、対策を拒否していたのだ。

周知のように、福島原発の事故は津波によって全電源が喪失し、原子炉の冷却機能が失われたことが原因で、政府や電力会社はこうした事態を専門家さえ予測できない想定外のことだったと弁明してきた。

しかし、実際にはそうではなく、原発事故の5年前に、国会質問でその可能性が指摘されていたのだ。質問をしたのは共産党の吉井英勝衆院議員(当時)。京都大学工学部原子核工学科出身の吉井議員は以前から原発問題に取り組んでいたが、2006年から日本の原発が地震や津波で冷却機能を失う可能性があることを再三にわたって追及していた。3月には、津波で冷却水を取水できなくなる可能性を国会で質問。4月には福島第一原発を視察して、老朽化している施設の危険性を訴えていた。

そして、第一次安倍政権が誕生して3カ月後の同年12月13日には「巨大地震の発生に伴う安全機能の喪失など原発の危険から国民の安全を守ることに関する質問主意書」を政府宛に提出。「巨大な地震の発生によって、原発の機器を作動させる電源が喪失する場合の問題も大きい」として、電源喪失によって原子炉が冷却できなくなる危険性があることを指摘した。

ところが、この質問主意書に対して、同年12月22日、「内閣総理大臣 安倍晋三」名で答弁書が出されているのだが、これがひどいシロモノなのだ。質問に何一つまともに答えず、平気でデタラメを強弁する。

まず、吉井議員は「原発からの高圧送電鉄塔が倒壊すると、原発の負荷電力ゼロになって原子炉停止(スクラムがかかる)だけでなく、停止した原発の機器冷却系を作動させるための外部電源が得られなくなるのではないか。」という質問を投げかけていたのだが、安倍首相はこんな答弁をしている。

「外部電源から電力の供給を受けられなくなった場合でも、非常用所内電源からの電力により、停止した原子炉の冷却が可能である。」


吉井議員はこうした回答を予測していたのか、次に「現実には、自家発電機(ディーゼル発電機)の事故で原子炉が停止するなど、バックアップ機能が働かない原発事故があったのではないか。」とたたみかける。

しかし、これについても、安倍首相は「我が国において、非常用ディーゼル発電機のトラブルにより原子炉が停止した事例はなく、また、必要な電源が確保できずに冷却機能が失われた事例はない。」と一蹴。

これに対して、吉井議員はスウェーデンのフォルスマルク原発で、4系列あったバックアップ電源のうち2系列が事故にあって機能しなくなった事実を指摘。「日本の原発の約六割はバックアップ電源が二系列ではないのか。仮に、フォルクスマルク原発1号事故と同じように、二系列で事故が発生すると、機器冷却系の電源が全く取れなくなるのではないか。」と糾した。

すると、安倍首相はこの質問に対して、こう言い切ったのである。

「我が国の原子炉施設は、フォルスマルク発電所一号炉とは異なる設計となっていることなどから、同発電所一号炉の事案と同様の事態が発生するとは考えられない。」

吉井議員が問題にしているのはバックアップ電源の数のことであり、原子炉の設計とは関係ない。実際、福島原発はバックアップ電源が全部ダメになって、あの深刻な事故が起きた。それを安倍首相は「設計が違うから、同様の事態が発生するとは考えられない」とデタラメを強弁していたのだ。

そして、吉井議員がこの非常用電源喪失に関する調査や対策強化を求めたことに対しても、安倍首相は「地震、津波等の自然災害への対策を含めた原子炉の安全性については、(中略)経済産業省が審査し、その審査の妥当性について原子力安全委員会が確認しているものであり、御指摘のような事態が生じないように安全の確保に万全を期しているところである。」と、現状で十分との認識を示したのだ。

重ね重ね言うが、福島原発が世界を震撼させるような重大な事故を起こした最大の原因は、バックアップ電源の喪失である。もし、このときに安倍首相がバックアップ電源の検証をして、海外並みに4系列などに増やす対策を講じていたら、福島原発事故は起きなかったかもしれないのだ。
 
だが、安倍首相はそれを拒否し、事故を未然に防ぐ最大のチャンスを無視した。これは明らかに不作為の違法行為であり、本来なら、刑事責任さえ問われかねない犯罪行為だ。

ところが、安倍首相はこんな重大な罪を犯しながら、反省する素振りも謝罪する様子もない。それどころか、原発事故の直後から、海水注入中止命令などのデマをでっちあげて菅直人首相を攻撃。その罪を民主党にすべておっかぶせ続けてきた。

その厚顔ぶりに唖然とさせられるが、それにしても、なぜ安倍首相はこれまでこの無責任デタラメ答弁の問題を追及されないまま、責任を取らずに逃げおおせてきたのか。

この背景には、いつものメディアへの恫喝があった。そのへんの事情は後編でお届けしよう。

【特別企画】思い出せ! 安倍首相は福島原発事故の主犯だった!(後編)

by nonukes | 2015-03-14 00:01 | 原発再稼働は許さない | Comments(0)

いまこそ安倍ファシズム政権に対抗できる保守リベラル勢力の結集を

いまこそ安倍ファシズム政権に対抗できる保守リベラル勢力の結集を
小坂正則
d0174710_19525193.jpg

d0174710_19531588.jpg

安倍首相は総理大臣がテレビ番組の内容を批判することは「言論の自由」だと思っている

これほどファシストさを露わにした首相がこれまで日本にいただろうか。昨日の衆院予算委員会で、民主党の細野豪志政調会長のが、昨年の11月のTBSテレビで、番組の中で「編集方法がおかしい」と番組の編集に口を挟んだことを取り上げた民主党の議員の質問にたいして、「私の考えをそこで述べるのは、まさに言論の自由だ」と言い切った。正直言って、ちょっと衝撃を受けた。言論の自由だという発言への思いは変わらないか」と質問したら、細野氏「あの発言を聞いて、特に言論の自由という発言を聞いて、ちょっと正直耳を疑った。というのは、言論の自由はどうやって獲得されてきたものなのかということを首相は分かっておられないのではないか(「そうだ」「失礼じゃないか」のやじあり)」
「国民の中から権力者に対してきちっと批判もできて、自由にモノが言える戦いが近代立憲主義であり、人権のこれまでの戦いなんですよ。それを首相がテレビ番組に出て、コメントに対してクレームをつけることを『言論の自由』なんて言い出したら、この歴史そのものを否定することになりますよ。今起こっていることは…(やじが大きくなる)、実際に私も報道関係者と話をしているが、この話になると、みんな口を閉ざすんですよ(「そんなことないって」とのやじあり)」

「表現の自由とか言論の自由が常にいかなる状況にあってもしっかりと確保するだけの状況をつくるのが首相の仕事であって、報道機関に対してクレームをつけて、それを言論の自由なんて言われたらね、人権そのものに対する大変な侵害なんですよ。いろいろ意見を言いたいことはあるでしょう。それは言っていただいて結構。しかし、報道に対して意見を言うことを言論の自由ということはこれからやめていただきたい。いかがですか」

首相「全くそれは認識の間違いだと思います。選挙を前にしていて報道は正しくしてもらいたいという考え方がある。まじめにやっていただきたい。その中で、例えば、私が当該番組の関係者に電話して、なんかクレームをつけるのとは違うんですから。その場に出ていて、国民の皆さまの前で『私はこう考えます』と述べている。それをですね、圧力と考える人なんて、私、世の中にいないと思いますよ(失笑)」

「番組の人たちは、それぐらいで萎縮してしまう。そんな人たちなんですか? 情けないですね、それは。極めて情けない。別にみんな萎縮しているわけではなくて、例えば夜、夕刊紙でも買ってくださいよ(失笑)。なんて書いてありますか。見事に日本では言論の自由は守られているんですよ。いま海外からも傍聴席に来ておられるので、誤解を与えてはいけない。日本はちゃんと言論の自由は確保されているんですよ。そこで私は議論して、私の考え方に反論があれば、そこで反論すればいいんですよ。その後も私はテレビに出たときに、あのときのことを例として挙げられ、私は当該テレビのアナウンサーから非難された。それは当然非難してもいいですよ。当然、報道の自由ですし、言論の自由。そういう議論を行えばいいのであって、それそのものが全くおかしいというのは、そういう考え方自体が何かレッテル貼りを一生懸命試みておられるなあと感じた次第です」

細野氏「現実に報道機関の萎縮はかなり起こっている(自民党側からやじ)。私は今の自民党のこのやじの状況は危機的だと思う。ある自民党の重鎮とこの話をした。こういったことに関して、『自民党の中から、首相、そんなことを言うべきではない、という人が一人もいないということが非常に問題だ』と、その自民党OBの方は言っていた」

「こういう部分を含めて、報道の自由の憲法21条の規定も含めて、自民党の改憲案は相当問題がある。大いに問題がある。もう時間がないが、憲法の議論をこれからするわけですよね。本当に憲法の改正をしたいなら、この改憲案を撤回し、これは決して立憲主義的なものとはいえない。撤回をした上で、しっかり憲法の議論をする考えはないか」

首相「先ほど、自民党側から全く声が出ないというのはですね、もう議論に値しないと皆さん、思ったんだろう(大きな拍手)。議論以前の問題だろう。憲法改正草案については、自民党が野党時代に谷垣(禎一)執行部のもとで議論を重ね、できあがったものだ。それぞれの党が憲法改正草案を出し合う中において、憲法審査会においてしっかりとした議論が行われるべきだろう。議論の場は、この予算委員会というよりも憲法審査会があるから。そこで今すでにわれわれはこの条文をやろう、議論しようということではなくて、ましてや政府が出しているわけではない。まさに党としての考え方を示した。もし民主党にもそういう案があるんであれば、出されたらいい。批判は自由ですよ。それはまさに憲法審査会でしっかりと議論していただきたい。建設的な議論をしていただきたいと思う」
細野氏「こういう議論をしているときに自民党サイドから全くこういう言論の自由に対する何らかの危機的な状況に対する思いが出てこない。一切危機感を感じないことが本当に危機的だと思う。われわれ野党がその分、しっかりと問題点を指摘しなければならないと改めて感じた」

安倍首相と自民党は立憲主義を学んだことがない

報道の自由が守られている米国ですら、報道関係者へのいろいろな圧力があり、その圧力を防ぐためにワシントンポストやニューヨークタイムズなどの大手マスコミでは社内規定で閣僚との飲食などをしてはならないという原則があるそうです。しかし、日本のマスコミにはそんな権力から報道の自由を守る何の手だてもないと言っても過言ではありません。記者クラブの中で、特権的な立場にいる記者たちはむしろ逆で、首長や総理とお友だちだということを笠に着て、自分は国家を守っていると勘違いしている記者の多いことでしょうか。そんな言論の自由や人権意識の極端に低いこの国だから、なおさら権力者は自らを戒め、権力を振りまくような真似はしてはならないのです。
市井の市民の自由な発言や人権を守れて初めて、この国の自由も人権も守ることが出来るのです。言論の自由や人権というものは、細野氏が言うように70年前の敗戦によって初めて国民に与えられた基本的人権の1つなのです。戦前でも首相や大臣などには言論の自由はあったのです。自分が何でも自由にものが言えることと、人々が自由にものが言えて、自分の人権が守られることとは隔絶の差があることすら彼には分かっていないのです。
だから、立憲主義憲法の精神は国家権力に対する国民の権利を守るための契約書だということが自民党も安倍晋三にも全く理解できていないのです。
そういえばこの安倍晋三氏には過去に同じようなNHKの番組に政治介入をした経歴がありました。これも安倍流の言論の自由なのでしょうか。それは NHKの番組「戦争をどう裁くか(2)問われる戦時性暴力」(2001年1月30日放送)に、安倍晋三幹事長代理(当時・内閣官房副長官)、中川昭一経済産業相が事前に介入し、番組の内容を大きく変更させたという事件です。だから彼にとっては、権力者が番組の内容に介入することも、単なる言論の自由とでもいいたいのでしょう。

自民党・安倍晋三の憲法改正の精神は「国民による国家への忠誠を誓う憲法」

ですから、自民党の改正憲法草案は、随所に国民の義務を書いているのです。現行日本国憲法でいう国民の義務は納税や勤労と教育を受けさせる義務などありますが、一番大きな国民の義務は平和を守る義務つまり日本国憲法を守る義務しかないのです。それ以外の憲法の条文は国に対する国民の権利の契約書なのです。ところが自民党改正憲法草案は全く逆であって「国を愛する義務」など国民が国へ奉仕することしかないのです。そして、国民が与えられる自由や権利は、カッコ付きの自由や権利で「公共の福祉反しない範囲で与えられる」ものでしかないのです。つまり、公共の福祉に反する自由は与えられないのです。先般、石破大臣が国会周辺での脱原発行動は対して発言した「デモ隊の声はテロと同じ」という発言を見ても分かるように、自民党改正憲法では「公共の福祉に反する」行動になることでしょう。実際に、解釈改憲はここでも行われています。イスラエルによるガザへの無差別虐殺に抗議する目的でイスラエル大使館へ以降とした市民へ警視庁は、その遙か前方で足止めさせて、何の法的根拠も示すことなく、規制しているのです。
そのほかにも沖縄の辺野古基地建設の強行に基地前の道路で抗議する市民に対して、ここでも一方的に排除しているのです。このように自民党の改正憲法案は解釈改憲がすでに静かに始まっているのでしょう。

保守リベラル勢力が自民党の中からいなくなってしまった

PKO法の5原則の武器使用の歯止めをなくして、これまでは護身用の武器しか認めていなかったものが、どんな武器でも使うことが可能なようにするという。それ以外にも、安倍政権の解釈改憲は少しずつでも、自衛隊を戦争の出来るような軍隊に変えていこうとしているのでしょう。
先日の朝日の天声人語に大分出身で憲法改正の担当者で内閣参与とかだそうですが、安倍の頭脳を買って出ている人間の磯崎参議の言葉として紹介していましたが、「来年行う予定の憲法改正は国民の皆が支持できる条文しか提案しない。そして憲法は変えてもいいのだと国民に慣れてもらった後に本命に手を付ける」と、うそぶいているそうです。しかし、そんなことに私たちが騙されるものか。
政治改革の名の下で導入された小選挙区制度との導入によって民意を反映しないで、派閥の力は陰ってきたが、それだけ政権内の権力集中が起こって、自民党内の多様な意見が消えてなくなってしまったようです。そこで、安倍晋三のウルトラ右翼政権への批判が一切起きないという静かな自民党政治が行われるようになったのでしょう。
今朝の朝日新聞の記事に古賀誠元自民党幹事長は辺野古への基地建設強行に向かう安倍政権への批判を「辺野古への基地建設は一度凍結して知事と首相が議論するくらいのことが必要だ。民主主義は時間と手間が必要。地元の民意は大事にしなければならない。北朝鮮のような一党独裁ではないのだから」と語っています。しかし、数の力という暴力にものを言わせて独裁的な権力を行使する安倍政権は十分北朝鮮の金政権に勝るとも劣らぬ独裁政権だと私は思いますが。安倍政権の横暴によって民主主義を大事にする政治家が小選挙区制度で自民党の中にはいなくなってしまったのでしょう。

今こそ保守リベラルの政治勢力の結集が必要だ

これはどう考えても異様な政治情勢です。隣国に対して対話も出来ずに敵視する安倍政権の姿勢はまるでヘイトスピーチ政権です。そんな敵対的な戦前の軍国思想で、愛国心を国民に植え付けようとする安倍政権の暴走を止める野党勢力が小さくなってしまって、民主党中心の野党勢力では自民党の暴走を止めるための歯止めは効かなくなったのです。なぜなら、野党は自民党よりも右の維新の党や次世代の党など複雑に入り組んでいて大同団結など出来そうにありません。
そこで、私は「平和憲法」と「脱原発」の2つを掲げる保守リベラル勢力の結集こそが安倍政権への対抗勢力となり得るのではないかと思うのです。このままでは自共対決の政治になってしまいかねません。もっと保守リベラル派は大同団結すべきなのです。民主党内にも集団的自衛権容認派の前原などは安倍の元移って、民主党がまず分裂して自民も維新も分裂して大きな政界再々編を行う必要があるでしょう。そのような時期に来ているのではないかと私はつくづく思います。そこには小泉・細川氏も合流してもらい、反安倍の保守リベラルの一大政治勢力が生まれる可能性は十分あると、私は思うのです。





安倍首相×民主・細野氏詳報 表現の自由、憲法改正でバトル
産経新聞 2015年3月12日

衆院予算委員会で民主党の細野豪志政調会長(左)の質問に答える安倍晋三首相=12日午後、国会・衆院第1委員室(酒巻俊介撮影)
 民主党の細野豪志政調会長は12日の衆院予算委員会で、安倍晋三首相がテレビ番組でVTRの編集に意見を述べたことを「言論の自由だ」としたことに対し、「人権侵害だ」とかみついた。首相は時折失笑しながら「圧力と考える人はいない」などと反論。与野党からやじが飛び交い、騒然となった。論戦の詳報は次の通り。

細野氏「昨年11月18日の(TBSの)NEWS23でのご発言、解散を表明された日だ。アベノミクスについていろんな方がコメントしたのに対し、首相は『全然声が反映されていないが、おかしいじゃないですか』と発言された。テレビを見ていて非常に気になった。さらに気になったのが、(国会で民主党議員が)質問に対し「私の考えをそこで述べるのは、まさに言論の自由だ」と言い切った。正直言って、ちょっと衝撃を受けた。言論の自由だという発言への思いは変わらないか」

首相「まず私は、これを裏で言った話ではなくて、細野さんもごらんになることができる。テレビの前で、いわば国民の声として、さまざまな街の声が紹介された。その中で、実体経済として、先ほど就職の内定率の話をした。名目賃金については間違いなく良くなっている。そういうことについて反映されていないではないかと言うのは当然のことだと思うし、相手側(番組のキャスターら)も私の指摘に対して『そんなことはありませんよ』と反論すればいいだけの話じゃないんですか? 当然そうでしょ。反論できないわけじゃないですよ」

 「もしかしたら私の論調が、私に対して議論を挑むと論破されることを恐れたのかもしれない。こんなように思うわけだが、当然そこで議論しあえばいいだけの話ですよ。わざわざ予算委員会で、そんな表現の自由とか、報道の自由とかというところから議論するような話ではなくて、まさに番組において私は『そう思いますよ』ということを述べた。そう述べる私も含めて、国民の皆さまが判断できるわけですよ。選挙において」

 「先般もご質問をいただいた。そのときのパネルの写真に私は文句をつけた。ああやってイメージをつくられたら、党としては、まじめに選挙運動をやっている人たちに、それは失礼ではないかという思いから。こういうものはちゃんとやりましょうよ。当然、いろんな声があることは私は承知してますよ。まだまだ景気回復の実感が持てないという方がたくさんいるということは実感しているが、実際にマクロの数値としては良くなっているし、中小企業においても6割の企業が賃上げを行っている中においては『そういう声が全く反映されていませんね』と言うのは当然じゃありませんか。『そうではありませんよ』という反論を、テレビ番組で反論をする権利もあるんですから。そこで反論すればいいじゃないですか。そこで反論しなかったということは申し上げておきたい」

細野氏「あの発言を聞いて、特に言論の自由という発言を聞いて、ちょっと正直耳を疑った。というのは、言論の自由はどうやって獲得されてきたものなのかということを首相は分かっておられないのではないか(「そうだ」「失礼じゃないか」のやじあり)」

 「国民の中から権力者に対してきちっと批判もできて、自由にモノが言える戦いが近代立憲主義であり、人権のこれまでの戦いなんですよ。それを首相がテレビ番組に出て、コメントに対してクレームをつけることを『言論の自由』なんて言い出したら、この歴史そのものを否定することになりますよ。今起こっていることは…(やじが大きくなる)、実際に私も報道関係者と話をしているが、この話になると、みんな口を閉ざすんですよ(「そんなことないって」とのやじあり)」

 「表現の自由とか言論の自由が常にいかなる状況にあってもしっかりと確保するだけの状況をつくるのが首相の仕事であって、報道機関に対してクレームをつけて、それを言論の自由なんて言われたらね、人権そのものに対する大変な侵害なんですよ。いろいろ意見を言いたいことはあるでしょう。それは言っていただいて結構。しかし、報道に対して意見を言うことを言論の自由ということはこれからやめていただきたい。いかがですか」

首相「全くそれは認識の間違いだと思います。選挙を前にしていて報道は正しくしてもらいたいという考え方がある。まじめにやっていただきたい。その中で、例えば、私が当該番組の関係者に電話して、なんかクレームをつけるのとは違うんですから。その場に出ていて、国民の皆さまの前で『私はこう考えます』と述べている。それをですね、圧力と考える人なんて、私、世の中にいないと思いますよ(失笑)」

 「番組の人たちは、それぐらいで萎縮してしまう。そんな人たちなんですか? 情けないですね、それは。極めて情けない。別にみんな萎縮しているわけではなくて、例えば夜、夕刊紙でも買ってくださいよ(失笑)。なんて書いてありますか。見事に日本では言論の自由は守られているんですよ。いま海外からも傍聴席に来ておられるので、誤解を与えてはいけない。日本はちゃんと言論の自由は確保されているんですよ。そこで私は議論して、私の考え方に反論があれば、そこで反論すればいいんですよ。その後も私はテレビに出たときに、あのときのことを例として挙げられ、私は当該テレビのアナウンサーから非難された。それは当然非難してもいいですよ。当然、報道の自由ですし、言論の自由。そういう議論を行えばいいのであって、それそのものが全くおかしいというのは、そういう考え方自体が何かレッテル貼りを一生懸命試みておられるなあと感じた次第です」

細野氏「現実に報道機関の萎縮はかなり起こっている(自民党側からやじ)。私は今の自民党のこのやじの状況は危機的だと思う。ある自民党の重鎮とこの話をした。こういったことに関して、『自民党の中から、首相、そんなことを言うべきではない、という人が一人もいないということが非常に問題だ』と、その自民党OBの方は言っていた」

 「こういう部分を含めて、報道の自由の憲法21条の規定も含めて、自民党の改憲案は相当問題がある。大いに問題がある。もう時間がないが、憲法の議論をこれからするわけですよね。本当に憲法の改正をしたいなら、この改憲案を撤回し、これは決して立憲主義的なものとはいえない。撤回をした上で、しっかり憲法の議論をする考えはないか」

首相「先ほど、自民党側から全く声が出ないというのはですね、もう議論に値しないと皆さん、思ったんだろう(大きな拍手)。議論以前の問題だろう。憲法改正草案については、自民党が野党時代に谷垣(禎一)執行部のもとで議論を重ね、できあがったものだ。それぞれの党が憲法改正草案を出し合う中において、憲法審査会においてしっかりとした議論が行われるべきだろう。議論の場は、この予算委員会というよりも憲法審査会があるから。そこで今すでにわれわれはこの条文をやろう、議論しようということではなくて、ましてや政府が出しているわけではない。まさに党としての考え方を示した。もし民主党にもそういう案があるんであれば、出されたらいい。批判は自由ですよ。それはまさに憲法審査会でしっかりと議論していただきたい。建設的な議論をしていただきたいと思う」
細野氏「こういう議論をしているときに自民党サイドから全くこういう言論の自由に対する何らかの危機的な状況に対する思いが出てこない。一切危機感を感じないことが本当に危機的だと思う。われわれ野党がその分、しっかりと問題点を指摘しなければならないと改めて感じた」


https://www.youtube.com/watch?v=fpCyAVKygIQ
by nonukes | 2015-03-13 19:53 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(1)

ドイツのメルケル首相に比べて余りにも軽薄すぎる日本の首相

ドイツのメルケル首相に比べて余りにも軽薄すぎる日本の首相
小坂正則
d0174710_1191818.jpg

昨日ドイツのメルケル首相が7年ぶりに来日して、安倍首相と会見したとマスコミは伝えています。メルケル氏は毎年中国へは行っているのに、すぐ近くの日本には7年も来てくれなかったのです。政府にとっては念願の首相来日なのでしょうが、時期が時期だけに、決して歓迎一色でもないようです。
なぜって、1つは原発再稼働が目前の日本に来て、脱原発を宣伝されたら安倍人気に水を差すことになるからです。もう1つは「戦後70年宣言」を想起している時によけいなことを言われて、日本政府の宣言がドイツに比べて余りにも内容のないお粗末ぶりをさらけ出すことになっても迷惑だからです。そして一番大きな迷惑は、保守政治家のメルケル氏と日本の首相が並んで立って、品格とスピーチの中身が極端にお粗末ぶりを世界中に披露する羽目になったら、世界中の笑い者になりかねないからでしょう。だから、外務官僚はメルケル氏には来てほしいけど来てほしくないという実に複雑な思いで、この数日を過ごしていたことでしょう。

安倍政権にとっては、やはりメルケル氏の来日は失敗だった

メルケル氏はビデオメッセージを日本に送ってくれました。その中で、4年前の福島原発事故を振り返り、ドイツの原発の稼働延長の中止を決めて、2022年までに原発全廃に踏み切ったことをこう語った。「福島の経験から言えるのは、安全が最優先だ」と。そして脱原発や再エネの重要性を強調して、「日本も共にこの道を進むべきだと信じる」とキッパリと宣言したのです。
そのほか、女性の社会進出の重要性なども語っています。
そして、昨日来日したメルケル氏は9日に行われた日本での講演でも「素晴らしいテクノロジーの水準を持つ日本でも、やはり原発事故が起きる。現実とは思えないほど原発には大きなリスクがあるのだと分かった」と指摘して、「私は長年平和的な核利用を支援してきた立場だだったが、ドイツでは核の平和利用は終わった。私たちは別のエネルギー制度を構築することを決めた」と語り、「脱原発はあくまでも政治的な決断であり、最後に決断するのは政治家である」と言い切ったのです。しかし、安倍首相との記者会見では何もエネルギー政策については喋らなかったそうです。そんな優しい一面も覗かせたようです。

「あなたは過去とキチンと向き合っていない」とメルケル氏

しかし、メルケル氏はもっと重たいことを日本の首相に投げかけたそうです。それは周辺国との関係構築をいかに築いてきたかというドイツの歩んできた道のりを語ったのです。
第二次大戦後にドイツが周辺国と和解するため、戦時中の過去と向き合う努力をしてきたことを強調し、安倍首相との首脳会談で、その必要性を説いたそうです。ただ、そんな高尚な話が安倍首相に理解できたかどうかは定かではありません。また、9日の講演の中でも、アジア外交で必要なことについて「大切なことは平和的な解決策を見いだそうとする努力だ」といい、「国境を巡るこの地域、アジア地域における問題を解決するには、あらゆる努力を惜しまず、平和的な努力をしなければならない」と。安倍首相の挑発的なアジア外交にくぎを差すような発言に終始したのです。そのように同じ敗戦国のドイツが日本の安倍政権と大きく違うことは「ドイツが過去とキチンと向き合った」ことにあるのです。片や「侵略の定義は定かではない」と言ったり、「従軍慰安婦の強制連行はなかった」と、歴史を塗り変える発言を繰り返して、日本政府には第二次世界大戦や日中戦争を起こした戦争責任はないかのような姿勢を示す首相の発言に対して「日本はキチンと過去と向き合っていない」ということを指摘したのでしょう。少なくとも村山談話や小泉談話までは「過去の侵略戦争の責任が日本にはある」と、一定の過去への反省の態度を示していた日本政府が、安倍政権になったとたんに過去とは向き合うことをやめてしまったことが中国や韓国から見透かされているのです。

ドイツの首相に比べて、見識もなければ哲学もない間抜けな首相

両首脳による記者会見の場で、ドイツの記者から「ドイツは福島の事故を受け、脱原発を決めた。日本も多数の国民が脱原発を希望していると聞いているが、なぜまた原発を動かそうとしているのか」という質問に安倍首相は「日本はエネルギーの3分の1を原発が担っている。それが止まった中で、我々は石油など化石燃料に頼っている。低廉で安定的なエネルギーを供給していくという責任を果たさなければならばならない。基準をクリアーしたと原子力規制委員会が判断したものは再稼働していきたい」と答えたそうです。
つまりは「お金がほしいから日本は原発を動かします」と安倍首相は答えたつもりなのですが、それならドイツだって同じはず。実際には原発は一度事故が起これば取り返しの付かない莫大な復旧のための経費がかかるし、それよりも何よりも「安全が保証されないからドイツは撤退した」ということがこの御仁には理解できないのです。だってこの方は成蹊大学卒業だそうですが、色紙に「成長」とい漢字を書いたときに成の字のハネと点の二つも書いていなかったそうなのですから漢字が苦手以上に漢字を知らないそうなのです。安倍首相の国会答弁用の原稿の漢字は全てひらがなのルビが書いているそうです。成蹊大学では書取のお勉強はなかったのでしょうか。
まあ、私も漢字が苦手なので人のことは言えませんが、メルケルさんに比べたら余りにも見劣りする安倍首相の無様さを世界中にアピールしてしまったメルケルさんの来日劇でした。そういえばメルケル氏は元々は物理学者だった。片や安倍ちゃんは戦争ごっこが大好きな政治家三世のボンボンだから無理もないか。
d0174710_131979.jpg

d0174710_1313555.jpg

メルケル首相7年ぶり来日、日独首脳 エネルギー政策は・・・
TBSニュース3月9日

9日、ドイツのメルケル首相が7年ぶりに来日しました。ドイツは、国内の全ての原発をあと7年で閉鎖するとしています。「脱」原発推進のメルケル首相と原発「再稼働」推進の安倍総理。どのような議論が行われたのでしょうか。
「私はたくさんの人に支えられてきた。最初は試練が多かった。一度できるようになれば、それが当たり前のことになる」(ドイツ メルケル首相)
ドイツのメルケル首相が7年ぶりに来日し、安倍総理との首脳会談などに臨みました。今回の首脳会談のテーマは、先月、停戦が合意されたウクライナ情勢など多岐にわたりますが、もうひとつ注目されるのがエネルギー政策です。
「福島での事故を見て、原発への考え方を変えざるを得なかった」(メルケル首相 2011年6月)
ドイツは福島第一原発の事故をきっかけに2011年、“脱原発”と“再生可能エネルギーへの転換”を決めました。当時、ドイツの原発依存率は18%でしたが、メルケル首相は、国内17基すべての原発を2022年までに閉鎖するといいます。
メルケル首相は来日直前、被災地である福島県出身のベルリン工科大学の研究者に“脱原発”への思いをこう語りました。
「福島の事故は大変痛ましいものだった。あの事故のあとドイツは脱原発という決断をし、現在は再生可能エネルギーに力を入れている。日本も同様の道を歩むべきだ」(メルケル首相)
日本も再生可能エネルギーの普及に力を入れるべきだと訴えました。

首脳会談終了後、共同記者会見に臨んだ両氏は・・・

「第一にウクライナ情勢。欧州の問題にとどまらず、グローバルな意味合いを持つ問題。ウクライナの平和・安定のため、積極的な役割を果たしていくことで一致」(安倍首相)
さらにメルケル首相は、東日本大震災、エネルギー問題にふれました。
「間もなく東日本大震災から4年を迎える。我々は皆様の運命に心を痛めた。エネルギー効率・安定供給についても協力を緊密化する」(メルケル首相)
しかし、脱原発についてどのようなやり取りがかわされたかは明らかにされませんでした。一方、安倍総理にはドイツの記者からこのような質問が・・・。
「なぜ再稼働を考えているのか?」(ドイツ記者)
「日本では、かつてエネルギーの3分の1、30%強を原発が担っていた。原子力規制委員会が判断したものは科学的見地から決めていくが、再稼働していきたい」(安倍首相)
メルケル首相は10日、民主党の岡田代表らと会談して日本を後にします。(09日23:28)
by nonukes | 2015-03-11 01:19 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(4)

  小坂正則