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小坂正則の個人ブログ

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秋の小坂農園は農作業に忙しい

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秋の小坂農園は農作業に忙しい

快晴の秋空の元で、私は我が小坂農園の草刈りをやっています。びわの木から段々畑のハッサクと甘夏のみかんの木草刈りと農園の周辺の藪を刈って風が通り安いようにしています。ミカンの木はちょっと油断をするとクズなどのカズラがまかり付いてしまいます。
そんな丘陵地のミカン畑の草を刈って、小坂農園は見渡す限りきれいになりました。
ハッサクの実はもう随分大きくなっています。後は色づくだけです。来年の2月にはハッサクは収穫できます。おいしいハッサクや甘夏を皆さん楽しみに待ってて下さい。
現在の小坂農園の主役はレモンです。これからグリーンレモンの時期になりました。
昼間の農作業で腰や肩はガクガクですが、身体を使う肉体労働は適度な疲労感が心をスッキリさせてくれて楽しいです。
薪割りや破棄の販売などに天気のいい日はヤギと一緒に農園に出て草刈りやツル切りなどで日がな1日が過ぎていきます。頼もしい小さな助っ人も手伝ってくれて、小坂農園は今日も楽しく農作業をやってます。皆さんも体験農作業にぜひお越し下さい。
by nonukes | 2013-10-30 21:41 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

尻尾を振ってオバマにすり寄る安倍より携帯聴かれて激怒するメルケルの方が頼もしい

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尻尾を振ってオバマにすり寄る安倍よりも携帯聴かれて激怒するメルケルの方が頼もしい小坂正則

昨日、秘密保全法を安倍政権は閣議決定し、国会に上程したそうです。いよいよ、国家機密法の成立が目前に迫ってきました。この法案の問題点などはマスコミなどが指摘しているので、ここでは2、3だけ指摘しておきます。まず、この法案によってできた「機密」は官僚が指定したら、その指定された「機密」にどんな不当なものでも、それを第三者が検討できないという点です。米国の「国家機密保全法」では、曲がりなりにも保全された機密の中身が機密に値しないかどうかを監査する機密保全監察局がチェックをし、国立公文書記録管理局に保管された機密を機密解除センターの公文書管理官が機密を解除することができるようになっているのです。
このような具体的なチェック機能があるだけ、日本の「秘密保全法」よりも少しはましでしょう。いずれにしても米国ではほとんどの機密が30年から50年も経てば公開されるのです。日本は政権が変わらない限り、秘密の延長を繰り返していくでしょう。
公明党が肝いりで1文をいれた、報道、取材の自由ですが、「不当な方法でない手段で取得」といっても、何が不当な手段なのかという規定がないのです。1971年沖縄返還協定の中に秘密協定があることを、当時の毎日新聞の西山記者が女性外務省事務官に近づき酒を飲ませ、女性と性的関係を結び、彼女から情報を入手したことが、女性は国家公務員法違反、記者は国家公務員法(教唆の罪)で逮捕されました。(教唆の罪)とは彼女をそそのかして情報を得たということで有罪判決を受けたのです。この事件は密約の中身について国は否定し続け、国家公務員が秘密を漏らしたことと、そそのかした記者に罪があるとして争ったものでした。しかし、週刊誌などが記者と女性のスキャンダルとして取り上げたため、毎日新聞と西山記者へのバッシングに終始して、この事件のきっかけに毎日新聞は売り上げ不振に陥り、倒産してしまいます。
今回の秘密保全法についての説明で森雅子・秘密保護法案担当相は「西山事件のようは情報入手は罪になる」と話しています。国家公務員から得た情報でも、その密約が違法な密約であっても入手した者まで罪に問われるということを如実に表しているのです。

ドイツ・メルケル首相が激怒する米国への従属を強める日本

一昨日のニュースで元CIAのスノーデン氏が暴露した様々な米国の機密の中に、メルケル首相の携帯電話を米国は傍受していたことが判明し、23日、メルケル女氏は直接オバマ大統領に電話で抗議したそうです。オバマは「私はしらない。今はやっていないよ」と言い逃れに終始したそうです。そのおまけに35カ国の首相も傍受されていたそうで、フランスの大統領も傍受されていたことに対して怒っているそうです。菅官房長官は記者会見で「安倍首相は盗聴されていません」と答えていたけど、本当でしょうか。スノーデン氏によると、在米国日本大使館は常に盗聴されているそうですから、米国は自分の国以外はすべて敵国だという考えなのです。
日本版NSCを作り目的で、この秘密保全法は米国の要求で生まれようとしている法律なのですが、米国の国家安全保障会議(NSC)をまねたところで、米国からは使い古しのどうでもいいような情報しか教えてもらえないのです。古い戦闘機の性能やイージス艦の秘密に属さないような性能などしか米国は日本には教えません。日本が教えてもらえる情報の大半をロシアはすでに知っているでしょう。もちろん、そんな情報でもロシアや中国はのどから手がでるほど知りたいことはいうまでもありませんが。でも、これまでの法律で自衛隊の機密保持は規制されているのですから、新たな法律などほとんど不要なのです。
安倍首相はアメリカの奴隷のごとくにオバマにひざまづいき尻尾を振っていい子でいたのでしょうが、オバマは日本やあなたなんか屁とも思ってはいないようですが。いまや米国にとって日本は経済的には敵国相手であり、中国と仲良くするためには、日本は中国に売り渡す対象以外の何者でもないのではないでしょうか。

安倍政権は米国の要求を理由に北朝鮮並みの独裁政権をめざしている?

秘密保全法の矛盾点はあげればキリがありませんが、北朝鮮の金さんが持っている情報機密のような、「すべての情報を我がものにしたい」という誘惑にかられているのでしょう。しかし、「すべての権力は腐敗する」といわれています。1800年代、英国の歴史学者アクトン卿は「権力は腐敗しやすく、絶対的な権力は絶対に腐敗する」と語っています。だから、権力の腐敗を防ぐために三権分立を近代国家は作ったですが、それでも腐敗します。権力者は情報をできるだけ隠したがるのです。だから戦後は情報公開の必要性が重要視されたのです。安倍にこの言葉を贈ってやりたい。私はアクトン卿の言葉を借りてこういいたい。「阿倍政権はすでに腐臭に満ちている」と。
by nonukes | 2013-10-26 15:46 | マスコミと原発 | Comments(0)

衝撃の小説「原発ホワイトアウト」の著者は語る


内部告発か?「原発ホワイトアウト」 覆面官僚を直撃 投稿者 tvpickup

衝撃の小説「原発ホワイトアウト」の著者は語る
小坂正則

10月22日の毎日新聞夕刊「原発ホワイトアウト」の著者へのインタビュー記事(下記転載)が掲載されていました。私はこの著書が発売される前に、話題になっていたので予約をしました。手元に届いて一気に読み終わったのですが、小説としてのおもしろさもあり、具体的な経産官僚ならではの内部事情に大変詳しい内容から、この著者は間違いなく現役の経産官僚だろうと思いました。皆さんもぜひご一読をお勧めします。内容は福島原発事故後の自民党政権の復活と再稼動へ強引に持って行った東電の柏崎刈羽原発がメルトダウンを起こしてしまうというストーリーです。図書館で借りて読んでもいいですし、大分の方は私の蔵書をお貸しします。

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特集ワイド:「内部告発小説」の現役官僚に聞く 
「再稼働いいのか」問いたい
毎日新聞 10月22日夕刊

 ■「日本の原発は世界一安全」はウソ
 ■政界への献金「モンスターシステム」
 ■電力業界に冷たい職員のチェックリスト

 ナゾの覆面作家が現れた。若杉冽(れつ)さん。現役のキャリア官僚である。9月に出版した小説「原発ホワイトアウト」(講談社)で、原発再稼働にひた走る経済産業省と電力業界、政治家を結ぶ闇のトライアングルを描き霞が関からの「内部告発」として波紋を広げている。本人に胸の内を聞いた。【吉井理記】

東京都内の料理屋に現れた若杉さん、もちろん覆面姿ではなく霞が関の住人特有の、特徴に乏しいスーツ姿だ。「尾行対策にね、後ろを気にしながら道をあちこち変えて。時間かかっちゃいました」。ささやきながら腰を落ち着け、ようやく表情を緩めた。
東京大法学部卒、国家公務員1種試験合格、霞が関の省庁勤務−−公にされた素性はこれだけだ。もちろん執筆は役所には秘密。近親者にしか明かしていない。

小説は参院選で政権与党が大勝するところから始まる。電力業界の政治献金で飼い慣らされた与党政治家と業界幹部、両者と軌を一にする経産官僚が原発再稼働に向けて暗躍する姿を縦軸とし、役所のあり方を疑問視する若手官僚の抵抗、原発テロ計画といったエピソードが横軸として交錯していく。「柱の部分は私の知る事実がベース。役所では表立って話題にしませんが、裏ではみんな『詳しすぎる。作者はだれだ』と大騒ぎです」。静かに笑う。

リスクを冒してまでなぜ執筆を? 「現実世界は原発再稼働に向けて着々と動いています。一方で私は、電力業界のずるさや安倍(晋三)首相の言う『日本の原発は世界一安全』がウソなのを知っている。私は公僕です。そうした情報は国民の税金で入手したとも言える。もちろん国家公務員として守秘義務もある。だから小説の体裁を借りて『みなさん、このまま再稼働を認めていいんですか』と問いかけたかった」。声が知らず知らずのうちに高くなり、テーブルに広げた著書を何度かたたいた。

「電力業界のずるさ」の最たるものが、若杉さんが「モンスターシステム」と呼ぶ巨大な集金・献金システムだ。作中で描いた構図とは−−。

電力会社は資材や施設の修繕工事などを、随意契約で相場より割高な価格で業者に発注する。業者は割高分の一部を加盟する電力業界団体に預ける。団体はその預託金を政治献金やパーティー券購入に充て、「大学客員教授」などのポストを買い、浪人中の政治家にあてがう。政治資金収支報告書上は関連企業や取引先企業の名前が使われるため、電力会社は表に出ない。業界団体「日本電力連盟」に“上納”される預託金は年間400億円。これで業界に有利な政治状況をつくり出す、というわけだ。

「これは私が見聞きした事実を基にしています。東京電力福島第1原発事故後、東電の経営状況を調べた国の調査委は、東電が競争入札にした場合より1割強、割高な価格で業務発注していたことを明らかにしました。私は昔は2割だったと聞いていますが」。預託金の原資、元はといえば電気料金だ。割高発注はコストを増やし当然、料金にはね返る。「企業献金がすべて悪いとは言いません。でも国が地域独占を認め、競争環境にない電力会社は別。国民にとって電気料金は税金と同じ重みがあり、税金並みの透明性が欠かせない。業務発注だって競争入札にする規制が必要です」
 多額の選挙費用がかかる政治家が電力マネーに弱いのは理屈としては分かる。では公正であるべき官僚は。
「上層部ほど電力業界にねじ曲げられている。退職後の天下りポストが欲しいというのもありますが、一番の理由は出世です。これは本には書きませんでしたが……」と、あるエピソードを語った。

霞が関には省庁の垣根を越えたネットワークがある。かつて、その中で知り合った人物が経産省資源エネルギー庁の電力担当の幹部になった。上司にあたる同省官房長からは「電力と酒飲んで遊んでればいいから」と言われたそうだ。だが電力業界に「従順」と思われたその知人、真面目に電力自由化をやろうとした。「その矢先、ピュッとトバされてしまったんです。もう退職なさった方ですが」

背景にはある「リスト」の存在が絡んでいた。「電力会社が役所の電力・ガス部門に来てほしい職員、そうでない職員を記したものです。『業界に冷たい』職員には印を付け、電力マネーに浸った与党政治家に渡す。政治家は経産省上層部に職員をトバすよう求めるんです」。上層部人事は事実上、政府・与党が握っているから、出世したい幹部は政治家に迎合する。「実は昨年末の衆院選で、まだ野党だった自民党のマニフェスト作成に関わった再稼働推進派の経産省幹部すらいる。今は安倍政権に非常に近い人物です。もはや役人としての一線を越えている……」。覆面作家の顔が紅潮している。

小説では、冬場の「爆弾低気圧」に覆われた北国の原発をテロリストが襲う。非常用発電機や電源車も動かせない暴風雪と酷寒の日、まさに「ホワイトアウト」状態の中、外部電源を支える送電線鉄塔を爆破して「第二の福島」を引き起こす。「今年7月に施行され『世界一厳しい』との触れ込みの新規制基準では、原発敷地内のテロ対策は盛られましたが、敷地外は手つかずのまま。その盲点を描きました」

政府が再稼働や海外輸出の錦の御旗(みはた)にしている新規制基準の「穴」はまだある。「欧州や中国で導入されている最新型原子炉は炉心溶融に備え、溶けた核燃料を冷却する『コアキャッチャー』という仕組みがある。抜本的な安全策ではないが、万が一の際にかなりの時間稼ぎができるのです。これが日本の新規制基準では無視された。電力業界や役所、原子炉メーカーも高額の費用がかかるから国民に知らせない。今や世界的に見ても日本の原発の安全性が劣るのは明らかです」

毎週末、首相官邸や霞が関で行われる脱原発デモ。彼らの声は庁舎の窓越しに若杉さんにも聞こえている。「恥ずかしながら私も福島第1の事故までは、原発があれほどの被害を出す危険な代物だとは思わなかった」。ぽつり漏らした。心情的には脱原発に共鳴する。だが霞が関の中にいるからこそ「デモをいくらやっても原発推進の流れは止められない。電力業界、役所、政治家のモンスターシステムを内部から変えない限りは」との思いが深まる。

「まだまだ驚くべき事実はたくさんあるんです。こうした情報が国民に届けば、きっと世論のうねりが起きる。私が役所に残り続け、素性を明かさないのは、情報をとり続けるためです。さらに第二、第三の『若杉冽』を世に送り出すためにもね」
若杉さんは再び街に溶け込んでいった。次回作の構想は「すでに固まりつつある」と言い残して。
by nonukes | 2013-10-23 13:37 | 福島原発事故 | Comments(2)

浜脇冒険ものがたり1

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私はつたないブログをここに毎日のように書いているのですが、随分前から「私の想いを書き残しておきたい」という衝動に駆られて書きはじめたものがあります。ただ何のあてもなく書いていただけだったのですが。これは別府の懐かしい狭い路地の続く浜脇の風景を書いたものです。それは母の看病に通った病院の窓から浜脇の街を眺めながら、子どもの頃よくかよった、この街の想い出を綴ったエッセイです。私は朝見川の流れる浜脇という街がとても好きです。
そこで1つの決心をしました。「そうだ、小説を書こう」と。「馬出アパートに陽はまた沈む」を現在書いています。別府も書きたいと思っています。


浜脇冒険ものがたり1小坂正則 2008年作

母が入院して七ヶ月が過ぎた。
「前日から食欲がなく、顔色もよくない」と、ホームヘルパーに言われて、私も母の顔をそっと覗いてみた。そういえば確かにちょっと顔色が悪いし、何だか元気がない。食欲もないと言うけど、熱はないから「今日のところは様子を見ることにしよう」と、私は返した。ただ、私もあまり自信がない。二ヶ月ほど前に、「どこで怪我したのか、人差し指を怪我しているから病院に連れて行って」と、ヘルパーに言われたけど、「これくらいたいしたことはない」と、私は病院に連れて行かなかった。すると、一週間ほどして、やはり傷が治らないので、結局病院がよいが続くことになった。だから、私はやはりすぐ病院に行った方がいいのかと後悔したのだ。
 「熱もないし、今日は私も仕事から帰って疲れているし、こんな遅い時間は救急病院しか開いていないのでもう少し様子を見よう」と、話した。
さて、次の日私は休みだったので、のんびり寝ていたら、ヘルパーが起こしに来た「大変だ。玄関でお母様が倒れている」と。私は慌てて玄関に走って行った。すると、ぐったりと横になっている。意識はあるがぐったりとしている。これはまずい。すぐに救急車を呼んだ。救急車で搬送される間、これからまた、私にとっても大変な入院生活が始まるのだと覚悟した。
ぐったりとしたまま病院に着いてから検査が数時間続いた。私はその間、入院の準備のための買い物や何かと気ぜわしく動き回った。 医者は「命に別状はないけど、当分入院しなければなりません」と言う。胆管が詰まって胆汁が出なくなったそうだ。内視鏡手術を行うという。
 私は一日中付き添って、それから長い入院生活が続くことになる。最初の入院先の看護婦さんや医者も丁寧な対応で、私はすっかり安心した。しかし、ある程度治療が終わると、非情な現実が襲いかかる。
 「もううちの病院での治療は終わりました。他の病院に移るか老人施設に転院してください」と言われたのだ。
 それから私と母親の「社会的入院生活」が始まった。
 「社会的入院」とは、治療を目的とする入院ではなく、病院を出ても行くところのない患者、主に老人が病院に居座ることを指す。つまり、私たちは、このような状態で特養に入るまでの「繋ぎ」目的の入院生活が始まったのだ。
 そんなわけで、私の話の前触れは終わる。私たちに紹介されたのは老人専門病院だ。東別府の中心、浜脇高等温泉のすぐ脇きにあるH病院だ。
 私は浜脇という街が好きだ。この街は戦前の赤線地帯だった。娼婦が店先の格子戸から顔を覗かせたであろう格子が、私の子どもの頃までは残っていた。残念ながら今ではほとんどそんな面影はない。ここは別府温泉が栄えた頃のいわゆる繁華街だった。
 流川界隈と浜脇界隈が別府の歓楽街だった。だから私の子どもの頃は浜脇の旅館街では春の温泉祭りにはお椀やお膳で人形を作って、それを店先に飾るという行事が繰り広げられていた。
 そんな中心街の真ん中にある病院に母は入院した。私は時間の許す限り面会に行くようにしている。ろくに話しなどないが、一人でベッドに入れられている状態は、まるで監獄に閉じ困られた囚人のように思えるからだ。出来るならここから出してやりたい。でもそれが出来ないこともまた現実だ。
今日は2月にしては暖かな1日だ。春の陽気が窓から差す木漏れ日にも感じる。外では小鳥がさえずっている。母の病室は南向きの部屋だが、窓からは鶴見山が遠くに見えるが、病室の前は狭い路地で、向かいは2階建ての古い住宅だ。いつもカーテンが閉じているので、誰も住んでいないのかもしれない。この界隈には昔のような活気はなく、人の気配があまりしない。病院の斜め向かいは酒屋だ。だが、酒屋のシャッターはいつも閉まっている。酒屋と分かるのはビールの自動販売機がまだ動いているから酒屋だと分かるくらいだ。周りの街はこの老人病院と同じくらい静まりかえっている。昔の喧噪がウソのようだ。
病院の中では無愛想な看護婦が行き来している。老人病院の老人ホームと化した病院と治療を目的とした病院とでは院内の活気が違う。ここの看護婦の仕事は飯を食べさせて排泄を世話するのが仕事といった風だ。だから病院内に活気などない。母の病室は3人部屋だが、昨日から隣のベッドの患者はいない。何でもナース室の前の病室に移ったらしい。入り口の患者は、よく聞き取れない言葉をいつも出している。「ねんちゃん。ねんちゃん」と、看護婦を呼んでいるのだ。でも、誰も来ない。
 そんな退屈な病室の母はただ、静かに動こうともせず、じっとしているだけだ。母は窓越しに外の景色を見ることはかなわない。窓側に頭が向けられているからだ。もちろん、窓側に顔を向けたとしても、ベッドからでは空しか見えないだろう。外の景色にでも興味が持てたらどんなに生活に張りが出るだろうかと思うが、それもこの年になったら無理なのかもしれない。
私は、この病院を行き来する生活を続けるに当たって、一つの決意をした。病院と浜脇の界隈を丹念に観察し、私の看病日記としようと決めたのだ。そうすれば私の看病にも励みになるかもしれないから。病院へ行く目的が一つ増えれば毎日が楽しくなりそうだ。私はそう心に決めてから、病院に行くのが楽しくなった。

病院に行くもう一つの目的

 私には浜脇の病院に母の見舞いに行くもう一つの目的がある。それは「浜脇高等温泉」に入るためだ。だって、ただ病院に行って母の汚れ物を持って帰るだけだったら何だか侘びしいではないか。だから、温泉に入って帰るのだ。この浜脇高等温泉は私のお気に入りの温泉だ。単純泉で、透明な癖のない温泉だが湯量の豊富なのが自慢の温泉なのだ。
 ここの温泉に入るついでに母を見舞うのか母を見舞ったついでに温泉に入るのか、よく分からない。それくらい温泉には必ず入って帰ることにしている。昔の高等温泉は煉瓦造りの洒落た温泉だった。残念なことに私は昔の温泉には入ったことがない。子供の頃、周辺を徘徊していたが、温泉に入ることはなかった。この街の再開発で煉瓦造りの温泉は壊され、後に高層アパートが建てられた。だから温泉の周りは変貌したが、それでも周辺はいまだに昔の面影を残している。
 私の子どもの頃は迷路のようなこの街を徘徊するのが私の楽しみの一つだった。私は浜脇から5キロほど離れた高崎山自然動物園の山の中腹に住んでいるのだが、浜脇へは子どもの頃電車でそろばん塾や習字塾に通っていた。その行き帰りに、この迷路のような街を冒険するのが日課だったのだ。もう一つは「たこ焼き」を買って食べることだった。だから、以前歩いた路地を歩いて、昔の想い出が蘇ることがある。そんなとき私は50年以上前の自分へタイムマシンに乗って帰って行くような気分になれるのだ。
懐かしいというよりもこれは冒険だ。突然50年が過ぎたが私はあの当時の私。私は鏡を見なければちっとも、あの当時と変わっていない。だから全てが万華鏡のようにぐるぐると景色が回って見える。

今日は河野そろばん塾へ行って見よう。

私は小学校の確か3年生か4年生から6年生までそろばん塾へ通っていた。別にそろばんが好きだったわけでもなければ、そろばんを習いたいと思ったわけでもない。ただ、別府へ遊びに行く口実が週に2回できるのが嬉しいからだ。何曜日かはもう忘れたが、週に2回の塾には欠かさず通った。そこで別府浜脇小学校の友達と一緒に遊んで10円のくじを引いて日が暮れるまで遊んで家に帰るのだ。浜脇の路地は、まさに迷路だった。人がやっと通れるような狭い路地を次から次と回り、冒険を楽しむ。そこには人々の汗の臭いや、洗濯物があり、赤ん坊の泣き声が路地に響いていた。また、木工細工のモーターの回る音がしていて、ケヤキのカンザシや串を丁寧に作っていた職人がいた。私はその工場の前で時間が過ぎるのも忘れて窓に顔をすりつけるように眺めていた。
 そんな工場も残念ながら今は閉まっていて、カンザシは作っていないが。
私には溝口君という友人がいた。彼は私と同い年の小学校5年生だ。彼もそろばん塾に通っているので塾に行けば彼に会える。塾が終るころ、溝口君が「コサカ今日も帰りに行こうぜ」と、隣から小さな声でささやいた。私は「いいとも」と隣の溝口君に相づちを打った。それから2人は黙々と珠算の玉をはじいては時計を見て「早く終わらないかなあ」と塾が終わる5時が来るのを待ち望んだ。
 夏の浜脇は住宅が密集しているので風が通らないから暑い。先生はいつもランニングシャツ1枚で甲高い声で「願い上げましては…」と数字を読み上げる。扇風機がせわしく首を振っている。「さあこの問題ができた者から帰っていい」と、先生の声がした。また、俺と溝口は最後まで残る羽目になるんだと、私は小さく「チェッ」と呟いた。案の情、私たちは最後の5人までに残ってしまった。それでもなんとかして玉をはじいて「ご名算」という声と共に最後の5人も「よし帰っていい」と、お許しが出た。すでに5時を15分ほど時計の針は回っていた。2人はそろばんを母親が作ってくれた布製の袋に差し込んで、塾を飛び出して一目散に例の場所へ走り出した。それはセメントで護岸が塗り固められた朝見川の川沿いに立ってる小さな小鳥屋だった。そこにお目当ての十姉妹がいたのだ。私たちは小鳥屋のオヤジに頼んで十姉妹の子の世話をさせてもらったりするのがたまらなく楽しかったのである。でも、カナリヤには触らせてはくれなかった。カナリヤは高級鳥なので私らには触らせてくれなかったのだ。私たちは「かわいいなあ。ほしいなあ」と、いいながら鳥を眺めるのが楽しかったのだ。
 そうこうしているうちに日が暮れてきた。どちらともなく「ぼちぼち帰ろうか」「うんかえろう」と、2人は満足した風に小鳥屋を後にした。溝口君は川を渡ったらすぐ路地を右に回って3本目の辻を左に行って3軒目の長屋の1階だ。僕は彼の家に遊びに行った時お父さんに会ったことがある。ちょうど夏の暑い日にお父さんがいた。お父さんは裸で団扇を仰いでいた。背中に入れ墨があった。彼のお父さんは組員だと溝口君が話してくれた。彼は実に優しい私の友人なのだが、お父さんは恐ろしそうだった。でも、お父さんは優しいと溝口君は私に話してくれた。
 ところが組がここを出なければならなくなったらしい。私が中学になった頃、別府の同じ塾に通っていた別の友人から聞いた話では、「溝口君のお父さんはヤクザの喧嘩で刺し殺されたらしい」という。「溝口君はお母さんと一緒に遠くに引っ越した」とも聞いた。私はそれ以後50年以上彼とは会っていない。

温泉祭りの松原公園は興奮の坩堝だった

さて、今日は別府一のお祭り「温泉祭り」を見に行こう。温泉祭りはお釈迦様の誕生日をお祝いするお祭りだ。4月8日を前後に5日ほどある。温泉祭りは春祭りとも言われて、別大電車は造花の桜で飾られた花電車が走るのだ。この花電車に乗り合わせたらラッキーだった。中に入れば普通の古びた電車なのだが、周りはあでやかな桜で飾られている。
 そんな花電車の通る別大電車に乗って、私は松原公園に向かって走った。なぜ走ったかというと、春の4月は我が家は忙しいのだ。びわの実に袋をかける農作業に追われて、子供の私といえども仕事をサボれないのだ。でも、今日行かなければもう温泉祭りは終わってしまう。だから私は父ちゃんに「昼から温泉祭りに行っていいやろう」と聞いたが、父ちゃんは聞こえないふりをしている。母ちゃんが「父ちゃんマサ坊があげえ楽しみにしているのやけん行かせてやればいいやないの」と言ってくれた。父ちゃんは「しょうがねえのうあげなんが何でおもしりいんか。無駄遣いするなよ」といって、私の働いた分の駄賃2百円をくれた。私は2百円を握りしめて松原公園を目指したのだ。
 日曜日の松原公園は人でごった返していた。溝口君にも会えた。私は一つ目小僧の見せ物小屋に入ろうか、それともポパイのパイプを買おうかと悩んだ。私の2百円をいかに充実したもので遊ぶか、全神経を集中させて私は悩んだ。結論が出ないので、溝口君と一緒にガムを針で切り抜いて型を作るゲームに挑戦した。一番簡単な傘の絵を切り抜くのだがこれがまた実に難しい。おじさんは手でパキパキ割って傘の絵を切り出すが、私は一度としてできたためしはない。2人とも失敗して、今度はポパイのハッカパイプを一緒に買った。だから、一つ目小僧の見せ物には入らなかった。映画館も公園の前にある。1つは成人映画だから僕らは入れない。もう一つは加山雄三の若大将シリーズとゴジラをやっている。でも今日はやめとこう。映画を見たら帰りが遅くなる。結局ぼくはくじを引いて全部外れてがっかりしながら帰ろうとした。するとおばさんが「坊やこの当たりがそんなにほしいのかい」という。私は「うん」というと、おばさんは「このくじの中には当たりは入っとらんのよ。当たりがほしかったら100円で売ってやるよ」というのだ。「そんなのインチキやンか」と私は子供ながらに抗議した。「分かった。分かった。それならもう残りも少ないから50円で売ってやるけんゆるしてな」という。私はこの50円を使えば帰りの電車賃がなくなるのにどうしようと、悩んだ。でも1等の馬のフィギアがほしくてほしくてたまらなかったから、50円を差しだして、「おばさんじゃあおくれ」といった。私はビニールでできた馬を握りしめた別大国道を一路高崎山の実家を目指して走った。手に持っていると邪魔になるのでズボンのポケットに差し込んで日がどっぷり暮れた別大国道の歩道を走った。小一時間ぐらいかけて家にたどり着いたら、ポケットにあるはずのビニール製の馬がない。どこかで落としたのだ。これから後戻って探すには日がすっかり暮れていて無理だ。翌日は月曜日で学校があるので探しには行けない。とうとう、私の温泉祭りは悲しい思い出のお祭りとなって終わった。帰ってから「何を買ったんか」と、父ちゃんに聞かれたが、私は馬の人形を買ったことも、落としたことも言わなかった。怒られるに決まっているから。こんな子供心にも辛い思い出はなぜか未だに鮮明に覚えている。

急変する母の容態

 この物語を書き出して僅か5日目に母は返らぬ人となってしまった。人の命なんて何とあっけないものか。最後に母を見舞ったのは5日ほど前だった。つまり、この物語が始まった、その日が母との最後の日となったわけだ。親不孝な息子に面倒を見てもらわなければならなかった母も不憫だが、そんなに簡単に逝ってしまわれたのでは物語が続かないではないかと、母に文句の一つもいいたい。
 だから、母の見舞いのない、浜脇界隈物語がこれからは続くことになる。母が亡くなって、慌ただしい時間が過ぎて、入院の下着や何かを全部持って帰って、「もうh病院には行かなくていいんだ」と、思ったら、何だか無性に寂しくなった。私が子供の頃、自由に楽しく浜脇界隈を俳諧して回れたのは、家に帰れば「母の暖かな夕ご飯が待っている」という確信があったからだった。私のこの物語も、そんな思い出の「暖かな夕ご飯」はもうないが、浜脇に母が居るという確信のような心のよりどころがあったから、母が待っているような気がしたので自由に徘徊して回れたのかもしれない。だから、私はこれからは1人で寂しく帰る家の当てもない浮浪者のような元気のない、うつむいた目で浜脇を徘徊するのかもしれない。

くにちゃんとの淡い思い出

私には片思いの子がいた。彼女も私が塾に通うようになってから、すぐに同じ塾に通うようになった。でも、彼女は利口でかわいくて人気者だった。彼女は私よりも後から入ったのに、すぐに私を追い越して上の級に進級した。だから僕らの授業が終わった後に彼女は来る。僕とは入れ違いだ。「小坂君まだ進級でできんの。今度の試験は頑張ってね」と、お姉さん面して私に声を掛けた。私は「ほっといてくれ。俺が塾に来る目的は浜脇を探検するために来てるんじゃ。男は珠算なんかできんでもいいんじゃ」と空元気をだして反論した。でも、ちょっと恥かしかった。しかし、俺には溝口君という友達がいるからいいんだ。彼を差し置いて進級などできない。男の友情の方が女の子よりも大事なんだ。
珠算塾経営者も塾生の確保に様々な苦労をしている。僕らをトキハデパートに連れて行って食事をおごってくれることが年に一度は必ずある。その時は学校ごとに行くので、彼女と一緒になれる。別に何を話すわけでもないが、何となく一緒にいるだけで嬉しい。面白いもので同じ学校だからいつも会っているのに、何か特別の行事に一緒にいるということに感動があるのだ。そんなかわいい彼女との一方的な思い出も、何もなく終わってしまった。それでも若い私は夢の中で彼女には無断で、何度となく彼女におい出いただいたことか。

東別府駅前の産婆さん

 私を産み取った産婆さんが東別府に一人で住んでいた。私が子供の頃から随分お年を召していた。でも、私を見ると、「小坂のお坊ちゃんか。元気にしてなさるか」と、いつも優しく頭を撫でてくれた。東別府駅前の道路と国道に挟まれた長屋の2階に産婆さんの部屋はあった。もう、私が塾に通う頃には産婆をやめていて、一人で慎ましく暮らしていた。背中は曲がっているが、しっかりしたおばあさんだった。珠算塾ではほとんど会わなかったが、書道塾がこのおばあさんの長屋のすぐ真向かいだったのでよくみかけたものだ。彼女は静かにベンチに座って道路を行き交う車を眺めながら日向ぼっこをしていた。私も他人のようにも思えなくて、「こんいちは」と声を掛けながら、優しいおばあさんの曲がった背中を静かに見つめていた。
 いつ頃かあらおのおばあさんを見なくなったのだろか。この町には私の思い出が一杯詰まっているのだ。

流川松屋旅館の思い出

 私が浜脇から流川界隈を徘徊する理由がもう一つある。私の親類にたまたま旅館経営者がいた。流川松屋旅館とイヨヤ旅館、観海寺温泉には杉の井もあったらしい。今は杉の井ホテルだが、戦前は杉の井旅館だった。そのころの旅館経営者が身内だった。そんな、旅館の後を見て回り、当時を思い出すのが私にしかできない最高の楽しみだからである。松屋旅館のおばちゃんにここでお菓子を買ってもらったことや、イヨヤ旅館の4階から眺めた北浜港の関西汽船の思い出や旅館の大きな中庭の思い出などなど。でも今見るとこんなに小さな敷地だったのかと驚いてしまうが、当時はもっと大きく見えたものだ。
 今はヒットパレードというキャバレーに変わっている場所が旧松屋旅館だった。すぐ前には竹川原温泉がある。あの路地の石畳にはには女給さんの涙や若旦那との激し愛や別れなど様々な女たちの思い出が雨と一緒に流されたことだろう。だからかどうかは知らないが流川の裏通りはいつもしっとりと濡れているようだ。
別府の街は栄華を極めた当時の様々な思い出と共に小さかった私の心にもかすかながら、当時の「女」たちの悲しい出来事を見聞きした。私には何事かも分からなかったが、様々な別れがあったのだろう。旅館の廃業や裏切り、栄華を極めただけに、宴の後の人々の憎しみや対立などなど、路地の浦々にその生き様が刻まれているようでならない。小さななお地蔵様が赤いよだれかけをして立っている。今でもこの町はいろんな人々の思いと一緒に息づいているのだ。浜脇・流川の裏通りは何て魅力的な街なんだろうと思わずにはいられない。

新京楼

 私の自宅の説明もしておこう。私の両親は戦後この地に越してきた。ここは杉の井旅館の経営者が所有していた農園だった。終戦後、農地解放で全て小作人に取られないようにと、親類の地主が両親を送り込んだという経緯がある。ところで、今の私の家はとても古い家だ。明治か大正時代に建てられた遊郭の別荘だったらしい。田舎では屋号で人を呼ぶが、私はよく、「新京楼の小坂さんか」と、村の人に呼ばれていた。新京楼とは別府にあった遊郭の名前で、そこの別荘だったのだという。だから家の造りもちょっと変わっている。旅館のように回り廊下があったり、丸窓があったり、灯籠があったり、農家の屋敷にはどうしても見えない。こんな山奥にお忍びのお客様が来ていたのだろうか。何だかこの地でも様々な遊女の念が渦巻いているのかもしれない。
 私がこんな物語を書くきっかけになったのも、誰かの情念の力によって私に書かせているのかもしれない。そんな不思議な気配を感じながら私は、この物語の続きを書こうと思う。
中庭の池に溺れる

 私の家は農家にしては部屋数が10以上あある大きな家だった。母屋には幅が2メートル以上ある廊下が走り、別棟に続く。そして向かい合った回り廊下沿いにそれぞれの部屋がたたずんでいた。戦後はここにせんべいを焼いて、それを高崎山の観光客に売って生計を立てていた夫婦が住んでいた。もう一家族は戦前から住んでいた母子で、同じく高崎山で観光客相手の土産物屋をやっていた。そこに我が家族が入って来たのだという。そして、母は大分大学生相手の下宿屋もやっていた。だから母も父もたいそう働き者だった。私の父は高崎山の木を無断で切り出してはリヤカーに積んで別府の旅館に売りに行った。その帰りに、今度は旅館の金肥をもらって帰っては畑の肥料にしていたという。このような連なった部屋に様々な家族が暮らしていたのだ。
そんな我が家に5歳ころの私は大学生の部屋に行って彼らと一緒に遊ぶのが一番の楽しみだった。そんなある日のこと、私は親父の丹前を羽織って、引きづりながら大学生の奥田さんの部屋に遊びに行こうと周り廊下を駆けていった。すると小さな廊下の端に丹前の裾が引っかかって、私はそのまま庭の方へと転げ落ちてしまったのだ。すると運悪くそこはひょうたん池の真ん中で、私は頭から池に飛び込んでしまったのだ。その時の恐怖はいまだに脳裏に焼き付いている。私は目の前が真っ暗になり、おまけに頭から池に飛び込んだのだから息も出来ないで、ただもがいていたのだろう。そこに部屋にいた奥田さんが急変に気づいてくれて、ずぶ濡れの私を池から引きずり上げてくれたのだ。だから奥田さんは私のいのちの恩人なんだ。

朝見川に流した涙

私には妻や家族がいた。母が逝ってしまった今は、そのほとんど全てをなくしてしまった。夫婦の愛情や家族の絆というものは壊れるときは一気に崩壊するものだ。夫婦はもともと赤の他人がたまたま一緒に生活をするようになり、その結果子供ができたぐらいのことだから壊れかかったら面白いほど崩壊のスピードは早い。次の彼女ともよく喧嘩した。私は喧嘩した後は、洗面器に石けんとタオルを入れて浜脇高等温泉によく行ったものだ。
そして、風呂上がりの火照った身体を冷やすように朝見川沿いの道を上流までよく歩いた。その道沿いには洗濯物の洗剤の臭いや温泉に混じった石けんの臭いなど様々な生活の臭いが私に押し寄せてくる。薄汚れた川面には鯉が泳いでいたり、ボラの稚魚が群れていたりする。寂しい私には何の関係もなく、時は動いている。私は、彼女にどう謝ろうかと考え、歩きながら、ふと川面に目を落とした。すると、赤いタオルのようなものが下流に向かって流れて行くのを見た。あれは私の一番大切な彼女への愛情。もしくは私の涙が一杯入った涙袋だったのではないかと、ふと私は思った。 
 私は浜脇の街を流れるこの朝見川の両岸を歩きながら、その両脇にたたずむ家々の生活の臭いを嗅ぎながら散歩するのがたまらなく好きだ。
by nonukes | 2013-10-21 18:31 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

小泉元首相の「脱原発」に低次元な反論の読売新聞社説

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小泉元首相の「脱原発」に低次元な反論の読売新聞社説
小坂正則

10月8日の読売新聞社説でこの間の小泉元首相の「脱原発」発言を批判する社説を載せたのですが、その内容たるや、中学生以下の低次元なお粗末な内容だったと嘲笑を浴びています。そして小泉さんは19日の読売新聞朝刊に反論の原稿を書いたそうです。残念ながら私は読売だけは買ったことがないので読めないのですが夕刊フジが要旨を書いてますのでその文章を読んでください。
原発推進の正力松太郎さんが作った新聞社だけはあって、また、ナベツネさんの鶴の一声で新聞社が成り立っているだけはあって、一貫して原発推進をどんなことがあっても掲げるある意味では主張のハッキリしている新聞社だということは率直に誉めてやりたいと思います。曖昧な態度で正義の味方ぶって、実は体制派のような朝毎新聞よりも、国民は騙されにくいだけに素直な新聞社だと私は思うのです。

読売新聞社主催で原発大論争の公開討論会を行え

小泉元首相の言っていることは余りにもまともすぎて、いちいちここで取り上げる必要もないでしょう。しかし、読売は小泉さんの発言は無責任だとか、原発は発電コストが安いだとか、原発は二酸化炭素を出さないので温暖化防止に役立つだとか、核廃棄物は安全に処分できるとか反論しますが、それならなぜ福島原発事故を防げなかったのか。これから福島原発の廃炉作業に、除染作業に何兆円のお金が必要なのか。原発がない沖縄電力の株価がなぜほかの原発を持っている本土の電力会社の数倍の株価なのか。全てはことごとく覆されています。それなのにこの期に及んでも読売新聞はまだ往生際の悪い屁理屈を唱えているのでしょうか。読み捨て新聞を取っているみなさん、巨人軍のファンなら仕方ないけど、そうではない方は読売新聞の購読をやめましょう。
原発推進派は逃げずに原発批判派との公開討論会を開催しようではないですか。
聞くところによると、九電はお客様の声を聞く会というのを九州全県で開催したそうです。ただ、その会は非公開で行い、参加者はみなさん九電のお得意さんや原発反対派ではない良識派の方々だったそうです。九電や原発推進派の方々は反対派を恐れて、公開では議論したがらないのです。それをいいことに、私たちにたいして「反対派は自分たちの意見を一方的に押しつけて冷静な議論の出来ない連中だ」と悪口を言うのです。
それなら正々堂々とガチンコ勝負をしたらどうなんだ。朝日新聞でも読み捨て新聞社でもいいから公開討論会をやろうではないですか。


小泉元首相発言 「原発ゼロ」掲げる見識を疑う
(10月8日付・読売社説)

 首相経験者として、見識を欠く発言である。原子力政策をこれ以上混乱させてはならない。
 小泉元首相が講演で、「原子力発電に依存しない、自然を資源にした循環型社会」の実現を唱え、政府に対し、「原発ゼロ」の方針を掲げるよう求めた。東日本大震災を機に自らの考えを変えたという。
 小泉氏の発言は、政府・自民党の方針と異なる。政界を引退したとはいえ、看過できない。
 安倍首相は、安全性が確認された原発は再稼働させ、民主党政権の「原発ゼロ」路線を見直す意向だ。自民党も原発再稼働の推進を選挙公約に盛り込んだ。
 小泉氏は原発の代替策について「知恵ある人が必ず出してくれる」と語るが、あまりに楽観的であり、無責任に過ぎよう。
 現在、火力発電で原発を代替している結果、燃料の輸入費が増え、電気料金は上昇を続けている。このままでは、家計や経済活動に与える影響が大きい。
 火力発電は、二酸化炭素(CO2)を多く排出し、地球温暖化が進む大きな要因である。
 太陽光や風力を利用した再生可能エネルギーは、天候に左右されるなど弱点があり、主要電源になる展望は見えていない。原子力、火力を主力にバランスの取れた電源構成を目指す必要がある。
 「原発ゼロ」が政策になれば、福島第一原発の廃炉などに必要な技術者も確保できまい。
 小泉氏は、「原発ゼロ」の理由として、原発から生じる放射性廃棄物の扱い方を疑問視し、「核のごみ処分場のあてもないのに、原発を進める方がよほど無責任ではないか」と主張した。
 使用済み核燃料や、それを処理した際に出る放射性廃棄物の処分法は技術的に決着している。
 専門家は地盤の安定した地層に埋めれば、安全に処分できると説明している。日本を含め各国がこの方法の採用を決めており、フィンランドでは建設も始まった。
 放射能は、時間を経ると減り、1000年で99・95%が消滅する。有害性が消えない水銀など重金属の廃棄物とは事情が違う。
 問題は、廃棄物を埋める最終処分場を確保できないことだ。政府と電力業界は候補地を募ってきたが、自治体や住民の理解を得る努力がなお足りない。
 処分場の確保に道筋が付かないのは、政治の怠慢も一因と言える。首相だった小泉氏にも責任の一端があろう。処分場選定を巡る議論を進めるべきである。
(2013年10月8日01時47分 読売新聞)

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小泉元首相、読売社説にブチ切れ!
「原発ゼロ」批判に異例の反論
夕刊フジ2013.10.19

「原発ゼロ」を訴える小泉純一郎元首相が、とうとうブチ切れた。小泉氏は19日付「読売新聞」朝刊に寄稿し、「原発ゼロ」論を批判した読売社説に対し、事細かに反論を展開したのだ。首相経験者が個別の社説にかみつくのは異例中の異例。議員引退後は表舞台から遠ざかっていた小泉氏だが、自身に向けられた批判に“けんか師”の血が騒いだようだ。
小泉氏が19日付読売に掲載したのは、「『原発ゼロ』を目指して」と題する論文。怒りの矛先は、「小泉元首相発言 『原発ゼロ』掲げる見識を疑う」と題した8日付読売の社説に向けられた。
論文は、社説での小泉批判を引用し、これに反論するスタイル。原発の代替電源・火力発電で電気料金が上昇し、経済に悪影響を及ぼしているという読売社説の指摘には「蓄電技術の開発が進んでいるではないか」などと強調した。
「必要は発明の母」
「過ちては改むるにはばかることなかれ」
「『やればできる』は、魔法の合言葉」
文中では、印象に残るワンフレーズで説得力を持たせる小泉節も健在。「挑戦する意欲を持ち、原発ゼロの循環型社会を目指して努力を続けたい」と締めくくった。
政治評論家の小林吉弥氏は「元首相が新聞社の社説に反論するなんて聞いたことがない。変人の面目躍如だ」と指摘した上で、こう続ける。

夕刊フジ
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20131019/plt131019144...
by nonukes | 2013-10-20 23:18 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

本当の悪の枢軸はテロ国家アメリカ

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本当の悪の枢軸はテロ国家アメリカ
小坂正則

尖閣列島上空を中国軍のものと思われる無人偵察機が領空侵犯をおこなったというニュースが9月にありました。ところが米軍やCIAは以前から無人偵察機で領空侵犯して敵の動きを探っていたのですが、現在では無人攻撃機となって、中東のゲリラ攻撃の中心を担っているというのです。その無人機はアメリカ本土からまるでテレビゲームを楽しむかのように兵士はゲリラと思わしき敵を攻撃して、仕事が終われば一家団欒の家族の待つ自宅に帰っていくのです。戦争サラリーマンが罪もない市民を攻撃しているのです。
国連人権委員会の専門チームの調査で、これまでの米英軍の攻撃で一般市民への誤爆が少なくとも479人に及ぶという報告を発表。しかし、その数字は氷山の一角でしょう。実際の数は誰にも分かりません。だって、この攻撃は国家機密中の最高機密だからです。パキスタンでは2004年以降、全体の死者が2200人で民間人が400人、非戦闘員が200人と報告されています。
これは米国にとっては戦争ゲームですから、うさん臭い行動を取っている人間はゲリラと決めつけて、すかさず攻撃すればそれで彼の仕事は終わりです。その人間はゲリラでなかったとしてもそんなことはたいした問題ではないのです。こんな楽しい戦争ゲームは任天堂にもセガにもないでしょう。道路のそばの畑を耕していた女性が路肩爆弾を仕掛けていると誤認してミサイル攻撃をされ死亡した事例や、攻撃のボタンを押したら、その家の中に子どもが駆け込んで行って、家ごと爆破されたなどという誤爆は日常茶飯事だそうです。だから米国では攻撃任務にあたる兵隊のPTSDなど精神障害対策が大きな社会問題になっていると伝えられています。
おいおい待ってくれよ。米国の社会問題よりも前に考えなければならないことがありはしないか。そもそも米国はアフガンやパキスタン国家の許可を取って飛行しているのか。パキスタン政府は米国に対して主権侵害だと抗議しているというではないですか。
この無人攻撃機はリビア、イラク、ソマリア、パレスチナにも領空侵犯して攻撃しているそうです。この米軍の行為は領空侵犯であり、殺戮は国内法を犯すテロ行為以外の何者でもありません。仮に100%攻撃がテロリストへ命中したとしても、テロリストと決めつけるのは米国の勝手ですが、そのテロとは米国にとって不都合な人間たちのことであって、その地域の自治や平和を守る兵士だったりする可能性があるのです。
米国はグアテマラやキューバなど南米諸国で社会主義政権が誕生したらCIAによる暗殺や米軍特殊部隊による政府転覆を行って来ました。乱暴狼藉を繰り返す米国こそ悪の枢軸でありテロ国家以外のなにものでもないと私は思います。

暴力は新たな暴力しか生み出さない

ノーベル平和賞の有力候補だったパキスタンの少女マララさんも「無人機攻撃はテロリズムを煽っている」と米国を批判しています。米国のテロに対してはゲリラと言われる兵士の増悪が連鎖して増幅していくだけなのではないでしょうか。無実の母親を無人攻撃機によって殺された子どもたちは米国を好きになるでしょうか。アメリカ人と仲良くすることを望むでしょうか。米国はアメリカを攻撃する新たなテロリストをせっせと毎日作り出しているのです。それも世界中に余すことなく。このアメリカがはまり込んだ負の連鎖から抜け出せる唯一の方法はテロリストへの攻撃をやめることだけでしょう。テロをやめさせるには世界から貧困をなくし、時間がかかっても平和的な話し合いを徹底的に繰り返して行うことだけが唯一の解決策なのです。暴力は新たな暴力以外に何も生み出さないからです。

間抜けな政治家は米国が日本を守ってくれると勘違いしている

昨日の湯布院の自民党街頭演説会で、参院議員の衛藤せいいち氏はこんなことを言ってました。「現職市長側が自民党市長になったらオスプレイが湯布院の演習にやってくるというデマをばらまいているようだが、皆さんそんなデマに騙されてはなりませんよ。オスプレイは海兵隊の輸送機ですから、海兵隊のいるところしか来ないのです。湯布院にオスプレイがくることなど決してありません」と。
本当ですか衛藤さん?自衛隊、いえいえ今度国防軍と名前の変わる日本軍は「オスプレイを平成27年度には導入するために来年度には調査費1億円を予算要求する」と、8月21日の産経新聞が書いてますよ。自衛隊がいる限り湯布院上空をオスプレイが舞うことは時間の問題ですよ。湯布院にオスプレイを来させないためには自民党の市長ではダメなのですよ。由布市の皆さん自民党に騙されないようにしましょう。イージス艦の購入も米軍の対中国包囲網の一環で日本が買って米国は自衛隊の入手したデータを運用するという計画ですよ。
自衛隊は米軍の下請け以外の何者でもないのですよ。米軍の対中国戦争想定では、中国が日本を攻撃してきたら、米軍は一旦グアムに撤退して、戦力を整えて日本奪還に向かって再度日本を奪い返す計画だといいます。そうなれば日本の都市という都市は爆弾で破壊されて、私たち一般市民は想像を絶する被害を受けることでしょう。そんな戦争計画よりも、北朝鮮のテポドンを若狭湾に数発打ち込んだら、どこに行くか分からないけど、一発くらいはもんじゅや大飯原発などに命中するかもしれません。それで関西は全滅です。そんなに大軍を日本に注入する必要などないのです。もっと現実的には高速艇で10人くらいの決死隊ゲリラが若狭湾に侵入して警察の警備員を殺して原子力発電所のコントロール室に突入すれば、それでもことは足りるのです。中央制御室に入れなかったら、送電線を爆破して倒して、全電源喪失にして、ジーゼル発電気室を爆破してもメルトダウンを起こせるのです。各地の原発には数人の警察官がライフル銃を持って警備していますが、戦争をしたこともないサラリーマン警察では北朝鮮の決死隊にかないっこありません。相手は機関銃に高性能爆弾と小型ミサイルを持っていて死を恐れない決死隊なのです。原発はテロ攻撃の標的ですよ。だから中東で戦争を繰り返しているイスラエルには原発が1基もないのです。日本の国防のためには中国や韓国との間で紛争など起きないような信頼関係を醸成することしかないのです。この3国は経済的に切っても切れない依存し合う深い関係なのですから。戦争など起こしたら互いの国が損をするどころか経済的に破綻するだけです。日韓、日中関係が壊れていたら得をするのむしろは米国ですよ。
また、米軍が日本に駐留しているのは米国の国益を守るため以外のいかなる目的でもないのです。安倍さん、あなたが天皇を崇拝する国粋主義者なら本当の日本の防衛を考えてはどうですか。読売のなべつねや中曽根はCIAの手先だという噂ですよ。
by nonukes | 2013-10-20 12:28 | 脱原発選挙 | Comments(1)

自民党石破幹事長へ「秘密保護法案を国会に提出しないで」と女性たちが訴える

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自民党石破幹事長へ「秘密保護法案を国会に提出しないで」と女性たちが訴える
小坂正則

10月19日の夕方4時30分頃、石破自民党幹事長が湯布院に来て、明日から行われる由布市長選挙の自民党候補の応援演説にくるという情報をキャッチした湯布院の女性から、「私は演説会場の前でプラカードを持って立ちます」というメールを昨日もらいました。
彼女はなぜこのような行動に出ようとしたのかというと、
「福島の女性が7月4日に安倍首相の演説会場も前で「安倍総理、原発再稼働に反対?賛成?」とかいうプラカードを掲げたら警察が取り囲んで、プラカードを没収されて(没収したのは自民党の秘書)警察官に取り囲まれ、まるで犯罪者扱いのようないやがらせをされた女性の行動に感動して、自分も行動をしたい」と思ったそうです。
知人の女性は昨日、このメールを書くのに4時間もかかったそうです。彼女は「私にとっては死にそうに勇気の要ることでありまして、いまでもすでに気持ちが萎えそうなので、みなさまに宣言しちゃって頑張ろうと思い、メールを送信した次第です」とありました。

1人ひとりの勇気ある行動が社会を変える

私が会場に到着した頃には200人弱の支持者が既に会場には集まっていました。そこに女性たち4人が不安そうに輪になって待っていました。でも、勇気を出して皆さんは会場の最後尾に立って、石破幹事長には十分見える場所で自分たちの主張を堂々と最後まで掲げていました。遅れてきた友人も合流して最後には大人7人、子ども4人の大勢で集会が終わるまで主張することが出来ました。
プラカードを掲げたら、さっそく自民党の関係者が飛んできて、「プラカードを降ろしてほしい」だの、「ここは演説会場なのでこのようなことはやめてほしい」などと説得にやって来ましたが、彼女はキッパリと男の申し出をことわりしました。警察も福島の件があったので黙って遠くから見ていたようです。騒ぎが大きくなれば彼らにとっては逆効果だということを学んだのかもしれません。警察も少しは利口になったのかな。いえいえ、「秘密保全法が通ったあとなら何でも俺たちはやりたい放題のことが出来るから、今は我慢をしておこう」と思ったのかもしれませんね。
ここでプラカードを掲げたからといって何にかが変わるわけでもないでしょう。でも、ここに集まった大勢の市民は皆さん地域の有力者や区長などの動員要請で集まった方々です。自民党の政策を全面的に支持している方々ばかりではありません。いやいやながら付き合いで来ている方が大半なのです。そんな方々に少数でも自分の考えを表して声を上げる人がいるということは、それも女性が勇気を出して、このような行動を行っているということは、声を出せない方に勇気を与えることが出来たのではないでしょうか。そんな小さなことの意味はあったと思います。
それにしても自分の意志を大勢の市民に表明することは本当に勇気がいる行動です。それも田舎の町で行うのですからなおさらです。会場に集まっている支持者の方の多くの方は彼女の知り合いなのですから。私にだって出来ません。恥ずかしいし、やはり尻込みしてしまいます。
まだまだ諦めずにみなさんも自分の意志を表しましょう。秘密保全法反対の意志を。原発再稼動反対の意志を。TPP反対の意志を。
秘密保護法案は今国会で可決されるかもしれませんが、独裁国家が長続きしたためしはありません。横暴な国家権力はやがては自滅します。安倍おぼっちゃまが自衛隊を国防軍に変えて戦争の出来る独裁国家に日本を作り替えようと企んでいても、やがて悪は自滅するのです。一度死んで復活した自民党もこんど国民に見放されたら次はないでしょう。私たちは正々堂々と平和と民主主義を守るために自民党の悪政に異議を唱えればいいのだと思います。そういえば雪の降り積もった湯布院・日出生台の日米合同演習に反対して、生前の松下竜一氏は1人で座り込んでいました。

秘密保全法はやはり認められない

公明党の要求で「知る権利や正当な方法による取材の自由には十分配慮する」という一文を入れたそうですが、「正当な方法による取材」とは何が正当なのかも明確ではありません。警察がどうにでも解釈できるような「歯止めになる条文を入れたのでマスコミの自由は守られる」と公明党も賛成する情勢ですが、そんな一文は鼻くそにもならないでしょう。要は、犯罪を犯したと警察が私を逮捕しても、犯罪の具体的な中身を教えてもらうこともなく捕まって、裁判長の判決文にも犯罪の実行内容が書かれることはないのです。自分が犯した罪が何かが本人は元より弁護士にも誰にも分からないままに10年の刑が科せられるのです。こんな権力の一方的な恣意的判断による処罰は治安維持法以外の何ものでもありません。

福島の女性のプラカード弾圧事件のブログです

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by nonukes | 2013-10-19 23:05 | 脱原発選挙 | Comments(2)

脱原発の1点で小泉元首相を中心とした国民共闘を実現しよう

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脱原発の1点で国民共闘を実現しよう小坂正則

小泉元首相が千葉県木更津市で10月16日に行った講演会の模様がNHKなどのマスコミに初めて公開されました。この小泉元首相の発言を伝えるNHKのニュースの反響は相当なものだろうと思います。なぜなら保守的な人びとは共産党など、いわゆる左翼の人間が「反対、反対」と叫んでも、「彼らは政府のやることには何でも反対だから」といって、聞く耳を持っていませんが、元首相の小泉純一郎が「原発はやめるべきだ」という発言には心を動かされる可能性が大きいからです。安倍首相の支持率を下げる効果や、「なぜ安倍首相は小泉元首相の助言を無視し続けるのか」という自民党支持の国民の声が大きくなることでしょう。私たちがデモをする以上の効果が16日の小泉元首相の講演のニュースにはあったと思います。また、これまでは小泉さんの講演会は非公開で実施されていましたが、なぜここに来て全面公開としたのかと考えれば、彼なりのマスコミを利用して一大旋風を巻き起こそうという戦術が隠されているのではないかと私は思うのです。
しかも、彼の話の内容は至極まともなのです。
「日本は原発ゼロで十分に経済成長できる。また、日本企業はその力があるし、国民の協力度合いも強い。原発ゼロの方向を打ち出すべきだ」とか、「東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、このまま原発を推進していくのは無理だと感じ始めた。一番の理由は高レベル放射性廃棄物の処分場が日本にないことで『核のゴミ』の捨て場所もないのに原発を再稼働すればゴミはどんどん増えていく」など、また「原発ゼロをいうのは無責任だという人がいるが、私にいわせれば核のゴミの処分も出来ないのに原発を動かそうとする方が無責任だ」などなど。そのほかにも「原発はコストが安いといわれてきたが、それがウソだということは、もう国民の大多数が分かっているのではないか」とか、「私も総理大臣の時には原発を推進してきたが、311福島原発事故を経験して、原発が危険なものだということを初めて知った」と、素直に自分の間違いを認めているのです。

志位共産党委員長も小泉元首相との共闘を呼びかけている

今日の朝日新聞によると、「脱原発を呼びかけている小泉純一郎元首相について、志位和夫共産党委員長は17日の記者会見で「核のごみ処理が出来ないから原発を無くすという点は理が通っている。私たちとも接点があると評価し、脱原発で連携する「一点共闘」の可能性を示唆した」また、「みんなの党の渡辺喜美代代表も17日の代表質問で「小泉元首相は『総理大臣が決断すればできる』と安倍首相に迫った」とあり、「小沢一郎生活の党代表や菅直人元首相らも賛同している」と伝えているのです。
ここは大同団結で保守から共産党まで含めた一大国民運動を年内に作って行こうではありませんか。日本の将来を大きく左右するエネルギー政策の舵を右に切るか左に切るか、まさに天下分け目の関ヶ原の決戦です。小泉元首相や細川、菅、鳩山など、歴代首相にご登場頂いて元首相のみなさんによる安倍ご意見行動を実現させようではありませんか。そうそう、もう1人、大事な人を忘れていました。大分の村山元総理大臣もいましたね。村山首相の冥土のみやげにもなるでしょう。
そのためには、共産党主催で小泉さんの講演会を開催するとか、マスコミや国民が「アッと驚く」奇抜なアイデアで勝負しなければならないでしょう。勝算は十分あります。だって、大阪の堺市長選挙では維新の市長候補に対して自民・共産共闘が実現して維新候補を打ち負かす闘いが実現しているのです。自民党支持者の大半がが脱原発を望めば、気の弱い安倍坊ちゃんの気が変わるのは意外に簡単かもしれませんよ。





ニューヨーク・タイムズも社説で小泉元首相を絶賛
米紙、小泉氏の脱原発主張を評価 「健全な論議を」
 【ニューヨーク共同通信】15日付の米紙ニューヨーク・タイムズは社説で、小泉純一郎元首相による原発ゼロの主張を取り上げ「日本は小泉氏の介入を歓迎し、原子力発電の将来に関する健全な議論を始めるべきだ」と訴えた。
 東京電力福島第1原発事故後も健全な議論は行われていないと指摘。国会の事故調査委員会が「福島(の事故)は人災だったと結論づけたのに、国会での真剣な議論にはつながらなかった」と批判した。
 社説はまた、小泉氏の「大胆で新しいスタンス」は、原発の再稼働や海外輸出を追求する安倍晋三首相に対する異議申し立てになると分析している。
by nonukes | 2013-10-18 22:28 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

「総合資源エネルギー調査部会」臭い匂いは元から絶たなきゃダメ!

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「総合資源エネルギー調査部会」臭い匂いは元から絶たなきゃダメ!
小坂正則

安倍政権が原発再稼動どころか、原発輸出や原発新規立地さえも前のめりに進めようとしていますが、その根拠として、エネルギー基本計画を検討する有識者会議のメンバーを国民の意思に反して、「原発ムラ」の住人にすげ替えて、さも、彼らの意見が大多数の国民の意見であるかのようにして原発推進に舵を切ろうとしています。
しかし、原発推進派の腐った連中がどのようなウソの発言をしようとも、発言の根拠が全くウソで塗り固められた発言だということを徹底的に批判して、論破することや、反ウソキャンペーンを私たちが繰り広げなければならないと私は思います。
今朝の朝日新聞によると、
山名元京大教授
「急激に原子力依存度を下げることは、代替エネルギー源の確保に必要な時間を考えると危険だ」
小坂反論「何を抜かすか。現に今は原発は1機も動いていないのに何が代替エネルギー源の確保だ。いまでも代替エネルギーは確保出来ているではないか」
エネルギー経済研究所理事(経産省の天下り役人)豊田正和
「一定の規模を維持するための原発の新増設が可能となるメッセージを、今回の基本計画に明確に入れ込んでいただきたい」
小坂反論「開いた口がふさがらない。安倍首相も原発依存度を下げていきたいといってるではないか。新増設は明確な自民党の公約違反だ。まあ、自民党の公約違反はお家芸だが」
16日に開催された「総合資源エネルギー調査部会」では原発の必要性を訴える意見が相次いだと朝日新聞は書いています。

みんなが民主党政権にNOを突きつけるからこんなことになった

私は昨年の総選挙で民主党を応援しました。なぜならば自民党安倍政権が圧倒的な数で政権を取ったら、精神的に不安定な安倍は、調子に乗ってやりたい放題をやると思ったからです。安倍お坊ちゃんは、苦労をしたことがないいいところの子どもなので、みんながチヤホヤしたら自分の行動に歯止めが利かなくなるのです。その反面、ちょっと立場が苦しくなると、サッサと病気になって、現実逃避をする病癖があるようです。だから非常に危険だと私は心配していたのです。
民主党は昨年の夏の「エネルギー基本政策の国民的議論」を踏まえて、不十分ではあるが、「2030年代までに原発ゼロ」と「新規着工は認めない」という基本路線を決めました。しかし、安倍政権は、何も決めないことだけを決めました。そして、安倍政権は「原発ゼロ」は白紙撤回して、3月には表のように、エネルギー基本計画を決める委員の中の脱原発派の委員5人の首を切って推進派5人と入れ替えたのです。
私たちは個々の委員の発言をあげつらって、総攻撃をしなければならないと思います。そうしなければ安倍政権は、このまま一気に全原発の再稼動と上関を含む新規立地の建設ゴーサインを出す可能性が高いのです。

諦めるのはまだ早い。小泉元首相だって有力な私たちの援軍かもしれない

それにしても、私たちがちょっと騒いだくらいで、今の流れを食い止めることが出来るのだろうかと不安に思う方も多いでしょう。しかし、私たちが諦めたらおしまいなのです。流れは一気に濁流のようになって、この国は世界中を道連れにして破滅へと向かって進みかねないのです。しかし、世の中は良くしたもので、自民党が余りにも巨大な力になったら、国民は「自民党を勝たせ過ぎたのは失敗だった」と、反省するようです。おまけに維新やみんなの党の賞味期限が切れつつあります。支持政党なしの浮動票層は維新やみんなを見放して、新たな勢力が出てくることを求めはじめています。もちろん、国民に幻想を与えて、裏切られるということを繰り返していたのでは結局は影の支配勢力(米国)の思うつぼなのですが。
それは、ひょっとすると小泉元首相かもしれませんし、全く新たな政治潮流かもしれません。小泉元首相には「原発ムラ」のクソどもを木っ端微塵にやっつけてほしいです。米国の手先だとしても、そうでないにしても‥‥。
そして、民主党をぶっ潰した、影の支配者(米国)の陰謀に負けない、健全な平和勢力が日本にも誕生することを私は願っています。それが出来るかどうか、私も自信はないのですが、米国の影に怯えながらも模索している様々な動きがあるようです。鳩山元首相は「アジア共同体構想」を引っさげて、政治活動に復帰したというし、小沢さんのグループに民主党の脱原発派の一部と社民と緑の党の共闘は決して不可能ではないと私は思っています。
私たちは脱原発の新たな政治潮流を実質3年後の参院選までには作り上げなければなりません。それまで、何とか捨て身の抵抗戦をたたかっていきたいと思います。
by nonukes | 2013-10-18 16:34 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

「さよなら原発!11.10 九州沖縄集会」に集まろう

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原発の再稼働を許さない
「さよなら原発!11.10 九州沖縄集会」に集まろう!!
 
  11月10日 12:45~(オープニングイベント10:00から)福岡市舞鶴公園
中山田さつき

福島第一原発の汚染水による環境汚染の深刻さが連日報道されています。事故から2年6ヶ月を過ぎても危険な状態は続いており、いまなお、放射能汚染と被曝の脅威にさらされているのが、フクシマの現実です。
事故原因も不明のまま、被災者の支援もほとんどなされないまま、国は再稼働を急ぐばかりです。九州電力も川内、玄海原発の再稼働を原子力規制委員会に申請し、審査が始まっています。
再稼働なんてとんでもない! 廃炉以外に選択肢はありません。
いま、ひとり一人の思いを集めて、大きな意思表示を! あなたも「その一人」になってください。

大分県の代表呼びかけ人お二人のメッセージ
中谷健太郎さん(湯布院盆地在住・地域生活圏研究所代表)
 海も、山も、手のつけられない状態になっていきよる。打つ手が見つからないままに、原子力発電と原子爆弾を結びつけて企業利益を追い続けよる。そんな国に生きて、わしらが目を覚まし、今、ブレーキを踏むほかはない。孫を殺させるわけにはいかないぜ。

松本文六さん(3.11いのちのわ大分実行委員会委員長・医師)
 3.11の折、アメリカなどの核保有先進国の大使館は、在日自国民に福島第一原発100㎞圏外への迅速な避難を指示した。原発と核の危険性を知り尽くしていたからだ。原発使用済核燃料は核兵器への転用が可能。原発再稼働は日本を核保有国に導く一理塚。だから、原発再稼働はなんとしてでも阻止しなければならない。

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集会行きチャーターバス出ます! 利用してください!
大分、別府、で乗車可能。大人3000円、子ども500円の予定
予約・問い合わせ…中山田(080-1762-0900)

出発コースの案内①大分駅前8時20分までに集合②別府国際観光港サンフラワー乗り場前8時50分集合
詳しくは小坂までお問い合わせ下さい。
090-1348-0373(小坂)
by nonukes | 2013-10-16 12:42 | 原発再稼働は許さない | Comments(0)

  小坂正則