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小坂正則の個人ブログ

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この国の電力事業だけは社会主義経済がまかり通っている

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九電値上げ6.2%台、家庭向け5月実施

関西電力と九州電力管内の家庭電気料金値上げが関電9.7%、九電6.2%へそれぞれ圧縮して政府は5月1日実施することが決まったと28日の新聞各紙は伝えいています。しかし、規制のない企業向け電気料金は関電17.2%で九電が11.2%もの大幅値上げを4月1日から実施すると伝えています。これだけ大幅な値上げを一方的にされたのでは中小零細業者はたまったものではありません。確かに原発が止まって火力で原発の電力分を賄うために天然ガスなどの輸入が増えて、「このままでは大幅な赤字が続き電力会社の存続にも関わる」とも言われています。

相談役が年収3000万円、社員が826万円は多すぎないか

しかし、本当にそんなに苦しいのでしょうか?関電社員の平均年収が793万円で九電が826万円という高額年収をそのままにして「赤字だから値上げする」などが許されるのでしょうか。大分のハローワークでは年収200万円そこそこの仕事しかありませんよ。また、社長経験者の顧問と相談役3名の報酬が平均3000万円だったのを1800万円に圧縮すると言いますが、この相談役・顧問が実にくせ者です。何の仕事をするのか?ただ月に数日ちょっと会社に顔をだして、専用の部屋で産経や日経新聞かはたまた週刊新潮でもペラペラめくって、日が暮れたら「やあ、社長元気にやっとるか」と声をかけた後は、運転手つきの専用車で中州に消えていくだけなのです。そんなやつに年間3000万円も私たちの電気料金で、いうならば私たちが彼らを養っているのです。おまけに鎌田相談役は平成19年に会長を退いた後、5年間でもらった報酬は1億5000万円以上です。はたまた前社長の眞部顧問と松尾前会長、現相談役は「やらせメール」で責任を取って社長と会長を辞めた御仁です。会社の信頼を失墜させた責任を取って辞めたのなら、顧問や相談役は潔く辞退すべきではないですか。おまけに松尾相談役は福島原発事故後の朝日新聞のインタビューに「原子力事故の賠償は本来国が責任を持つべきだ」とうそぶいている。そんな彼らは死ぬまでこの報酬を受け取るのです。日産のゴーン社長が数億円の報酬をもらっていてもそれは彼が陣頭指揮をとって倒産寸前の日産をトヨタやホンダとの激烈な競争に勝ち抜いて黒字に変えたからたくさんの報酬をもらうのは資本主義社会では当然のことです。しかし、電力化会社は競争はほとんどなく、しかも会社の利益はかかった経費の3%の報酬が確実に与えられる方式になっているのですから、こんなことは資本主義経済ではありえません。日本のマスコミは北朝鮮の金さんのことをコケにしますが、電力会社は北朝鮮と同じような社会主義経済の会社なのです。安倍さん!自由民主党が電力会社だけは社会主義経済を認めるとはちょっと変ではないですか。

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鎌田みちさだ相談役
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眞部としお顧問(前社長)
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発送電分離と電力自由化で電力会社間に競争原理を導入しよう

民主党政権時には2015年発送電分離を予定していましたが、自民党政権に変わってから急にトーンダウンしてきました。その理由は電力会社の経営者と労組の激しい巻き返しと原発を抱えたままで電力自由化を実施すれば原発が重荷になって既存の電力会社が倒産する可能性があると心配する自民党の原発推進派による抵抗に経産省は動揺していると伝えられています。OECD加盟34カ国で発送電分離が行われていない国はメキシコと日本だけといいます。メキシコは来年から実施予定と言うから、やはり日本は社会主義をめざしているのではないでしょうか。いえ官僚社会主義かもしれません。
by nonukes | 2013-03-28 19:01 | 電力自由化 | Comments(0)

「多様性」と歴史認識について

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「多様性」と歴史認識

先日、「多様性の尊重」ということがエネルギーではなぜ必要かということを書きましたが、農業でも植物や動物の多様性が安定した世界を構成するためにはなくてはならない条件だと言われています。
しかし、私たち人間社会でも、この「多様性」を認め合うということが、私たちが平和に暮らすためには最も必要なことだと思います。戦争を起こすには相手国の国民の生存権を真っ向から否定わけですが、そのためには対立する相手国の人びとの主張を全面的に否定する論理がなければ戦争はできないはずです。相手国の国民の主張を真っ向から否定する論理とは「自分たちの価値観が絶対に正しい」と思い込む確信的な自信がなければ武力挑発や戦争など、そう簡単にはできないはずです。しかし、世界中でいつでもどこの国とでも戦争を平気で起こす国が米国です。この国は本当に困ったもので、誰も頼んでいないのに勝手に「世界の憲兵」を自認し、「アメリカ民主主義が世界の絶対的正義だ」と思って疑わないのです。この米国の独善的な価値観を越える論理は「多様性を認め合う」ということだと私は思います。私たちが世界中の人びとと分かち合い、平和に暮らすには何が必要なのかを、私が経験した2、3の出来事から考察してみようと思います。

尖閣列島・竹島の共同管理が最善の解決策

一番多様性を尊重しないのが国家だと思います。国家は他の国を排除して、自分の国の利益を第一議的に考えます。それぞれの国が互いに競争することはいいことですが、行き過ぎたナショナリズム教育や民族排外主義は国家間対立を生み、その結果、戦争などに発展するのでしょう。昨年の総選挙前に尖閣列島問題が持ち上がって、自民党支持率がグンと上がったとマスコミは伝えていました。ナショナリズムを煽り立てると排外主義思想がはびこり、国民は右傾化して平和勢力は一気に人気をなくしたといわれています。
尖閣列島の国有化により野田政権への批判が一気に盛り上がりましたが、この問題に火を付けた張本人は、「日本維新の会」代表、元東京都知事の石原慎太郎です。彼によって仕組まれたといってもいいでしょう。日中間系をこじらせて戦闘状態に持ち込めば、自衛隊のひ弱さがクローズアップされて、憲法9条の改正へ突き進み、軍事国家を一気に完成させることが出来ると考えたのかもしれません。その裏では米国の意図も感じられます。日中が対立すれば普天間問題やアメリカ軍への批判を和らげる可能性もあるし、日中関係がこじれて日本企業の中国市場でのシェアが落ちたら、それで利益が出るのは米国企業だからです。
日本に取ってはこんな不利益はありません。日中関係がこじれて日本企業の売り上げは半減し、その分は韓国とアメリカの製品が売れたのです。経済連会長はよくも、この石原の暴走に何も文句も言わないものです。

竹島は韓国軍が常駐していますが、竹島にも尖閣列島にも先住民といわれる人は住んではいません。これまで長い歴史の中で、それぞれの島では日本・韓国・中国・台湾の漁師が一時避難場所などに利用していました。だからこれらの島は誰のものでもないと私は思いますし、共同管理こそ互いの国が合意できる唯一の方法だと思います。もちろん、尖閣列島が沖縄のすぐ近くにあったり、そこに今でも住民が住んでいるのなら話は別ですが。
この島をめぐる対立は、領海権と地下資源の占有権にこそ大きな理由があるようです。領有権解決のためには互いが話し合いのテーブルに着き、時間がかかってもじっくり平和的に議論をつくすことが最大の解決策です。交渉ごとでの「多様性の尊重」とは相手の立場や利益も考えた上で双方が利益となる最大公約数の妥協点を図ることをいうのでしょう。
今回の日中関係の軋轢は日本側には自民党など保守勢力の拡大と中国側には国内矛盾を反日運動で隠そうとする意図が問題を複雑にしているのかもしれませんが、日本政府の尖閣列島問題への取組は問題をややこしくして、ますます日中間の対立が深まるだけのように見えます。

歴史認識とは「多様性」を認め合うこと

人は皆、それぞれの考え方や価値観や思想があります。ましてや異国の人であれば文化や生活様式や習慣も違うのですから、他人と「簡単にわかり合える」と思わない方がいいのです。簡単にわかり合えると思わない方が、それぞれの違いを尊重する第一歩だからです。家族でも利害の対立や嗜好の違いによる争いがあるのに、他人との間でそう簡単に理解し合えると思うと、「私はこれほど相手を尊重しているのに私のことをちっとも尊重してくれない」という不満が溜まってくるのでしょう。
私は「多様性が必要」ということを強く感じたことは、これまでに2回ありました。1つは韓国の独立記念館を訪れた時のことです。伊藤博文を暗殺した安重根(アン・ジュングン)という韓国青年のことを私たち日本人は、日本の自由民権運動の英雄を殺した犯罪者として、歴史教科書では習いました。 しかし、韓国では歴史が日本と逆さまだったのです。彼こそ朝鮮独立運動の英雄であり、神のような存在だったのです。この歴史認識の違いは、私たちが韓国の人びとと仲良くなろうとすれば避けて通れない問題だと思います。
私は、私の子どもたちに「韓国独立記念館へ一度は見学に行った方がいいよ」と説いています。韓国のことを理解して、より親しくなるためには当然ですが、「歴史認識というものは国家によって作られたものなのだ」という真実を知る意味からも大変興味深い事例だと思うからです。そこで自分は果たしてどちらを信じればいいのかという疑問が生じると思います。子どもたちから「どちらが正しいのか」と聞かれたら、「どちらが正しいかは自分で考えなさい」と、私は子どもたちには言いたいと思いますが、残念ながらいまだ聞かれてはいません。
もう1つは9.11テロ事件です。この事件は悲惨なテロにより多くの米国人がいのちを失った悲劇だと私は思っていました。しかし、パレスチナの市民が万歳を叫びながら狂気に沸いている光景を中東のアルジャジーラ放送は映し出していました。この映像を見て、私の常識や正しいと思う根底にある価値観にある種の揺らぎを感じたのです。「私の価値観は歴史や社会によって作られたもので、ひょっとすると、その価値観は絶対的なものと私が勝手に思い込んでいるだけなのではないのか」と。しかも、「その中にはウソが刷り込まれているかもしれない」と。そして「私の周りにはまだまだ私には理解できない多くの人びとの価値観が存在しているのではないか」と思ったのです。
つまり、私が他人の価値観や多様性を尊重できてはじめて、価値観の違う人びとと真の友好関係を築くことができると思うのです。私は日本人であることに誇りを持っています。また日本にずっと住んでいたいと思っています。だから誰かに仕組まれて私たちが対立しあう構造からどうやったら抜け出せるのかを、いろんな国の人たちと互いに議論できたら素晴らしいだろうなと思います。そして、それぞれの違いや価値観を認め合う「多様性」の尊重こそが、私たちが求める民主主義社会そのものなのだと思うからです。
by nonukes | 2013-03-26 22:16 | 反原発オヤジの子育て記 | Comments(0)

NHKの堀潤アナウンサーはできればNHKに残って頑張ってほしかった

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「テレビではやれないことをやりたかった」

「フライデー」2013年3月22日号より


2月28日、アメリカ・UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の視聴覚室で、ある自主制作ドキュメンタリー映画の上映会が開催された。集まった数十名の観客は監督・堀潤氏(35)の説明に聞き入っていた。

上映会でそう語った堀氏は、端正な顔立ちで〝NHKきってのイケメンアナ〟として知られた存在。'77年に兵庫県に生まれ、神奈川県立横浜平沼高校、立教大学文学部ドイツ文学科を卒業後、'01年にNHKに入局した。『ニュースウオッチ9』のリポーター時代には、報道局が特ダネに対して贈る賞を4年連続で5回も受賞。'10年には32歳の若さで『Bizスポ』の総合司会に抜擢された。女性人気だけでなくアナウンス技術も高く評価され、NHK次代のエースと目されていた。そのままいけば、間違いなく『ニュース7』キャスターなど、NHKアナウンサーとしての〝王道〟を歩んだだろう。転機となったのは、'11年の東日本大震災だった。原発事故後、反原発発言や、NHKの〝誤報道〟への謝罪や批判をtwitterで発信し続けたのだ。

〈福島県で除染作業に携わっていた60代の男性が亡くなった。男性の死亡原因について国は「除染作業と関係はない」としているが何故関係がないと判断したのか、その根拠も示さなくてはいけない。チェルノブイリ事故でさえ人体への影響について研究が続けられている最中だというのに。情報公開の徹底を!〉('11年12月12日)

〈国や組織に期待してはだめだ。もうだめだ。僕らで動こう。僕らで考えよう。僕らでこの国を変えよう。だって、僕らの国なんだからさ〉('11年12月12日)

堀氏の踏み込んだ発言は局内で問題視され、徐々に立場を失っていく。出世街道を捨ててまで、彼を突き動かしたものはなんだったのか。原発の取材をする中、交友するようになった堀氏が、ある時、こう話してくれた。

「ちょうど震災の2週間前、福島の農家の人たちを取材したんです。地銀と協力してブランド力のあるアスパラガスや養殖のマスを売り出そうという取り組みをされていたのですが、事故が起き、農家の方々の生活は完全に破壊されてしまった。それだけ影響力の大きい原発の安全対策があまりに杜撰なことに憤りを覚えたのがきっかけです。局内で僕は〝テロリスト〟のような扱いで、上層部の部屋に何度も呼び出されました。ですが、その度に、耳を塞ぐように聞いていましたね(笑)」

局内で行き場を失ってしまった堀氏は、『Bizスポ』の終了に伴い、昨年6月から、UCLAに留学した。客員研究員としてデジタルメディアの研究をする傍らで、日米各地で原発の取材をし、ドキュメンタリー映画『変身』の制作に打ち込んできた。その作品の上映会が開催されたのだ。

『変身』は、福島、ペンシルベニア州のスリーマイル、ロサンゼルス郊外のサンタスザーナのメルトダウン事故を追った作品。被災者や原発作業員の内部告発などから構成され、徹底した反原発の視点から語られている。堀氏は上映会でこう力説した。

「事故が起きた、忘れた、の繰り返しではなく、将来、世界のどこかで起きるかもしれない事故に備え、過去の事故の経験や知識を共有しなくてはならないという思いから、この映画を作りました」

「テレビは、社の価値基準で判断した一つの最終完成形しか公開しません。しかし、〝テレビの取材はまだここまでしか到達していない〟ということが分かれば、専門家や市民が新たな角度やデータを提案して、別の到達地点を探すことができる。テレビは多様な見解や提案を受け付け、それらを研究するシンクタンク的存在になるべきだと思います」

 4月から、堀氏はNHKに復帰し、日本に戻ってくる。しかし、報道番組ではなく、『きょうの料理』の司会者としてだ。

 二度と政治的な発言をしないようにと用意されたポストだろう。「1年後はどうなっているか。フリーになっているかもしれない」と笑うが、仮にそうなったとしても、政治的な発言を繰り返す彼を起用しようとするメディアは多くはないだろう。だが、本人はこう語る。

「これまで、上を恐れずに発言してきたつもりです。そして、これからもおかしなことがあれば意見して変えていきたい」


NHKの堀潤アナウンサーはできればNHKに残って頑張ってほしかった小坂正則

こんな骨のあるNHKのアナウンサーが辞めてしまっては大変もったいない。NHKの中でしかできないことはたくさんあるのではないかと私は思うからです。
NHKを中から変えてほしかった。「公共放送だから中立だ」とNHKは言うが、中立などという言い方は、「本当は権力の側に近い立場なのだけど人びとを騙すために中立と言っておこう」という目くらましです。「報道の理念はいかなる権力にも屈せず真実の報道を行う」しかありません。公共放送という立場をわきまえるなら、市民の様々な意見を正確にくみ取って、対立する問題は双方の意見を主張させて、その中から解決策を探るべきだと私は思います。アメリカなどでは市民に開かれた放送を行う、テレビ局がたくさんあるそうです。それは反論権の保障であり、自分の考えをハッキリ主張するということです。また、新聞記者などはこのように言うそうです。「私は民主党の意見に賛成です。なぜならはこういう理由からです」と。その方がよっぽど良心的で対立する中身が明確に理解できます。それに比べて日本の新聞は「これも悪いがこちらも悪い。だからここら辺で妥協すべきだ」というような曖昧な主張が多すぎます。国民の側に立って権力の不正や矛盾点などにチェックを行っているのは東京新聞くらいです。別の意味でスッキリと権力の手先を自称している読売、産経、日経も 朝日や毎日に比べたらスッキリしてはいますが。
これからの堀潤氏の健闘に期待しましょう。
by nonukes | 2013-03-23 20:38 | マスコミと原発 | Comments(0)

反原発市民科学者の故高木仁三郎さんのテレビが放映されます。必見です!

市民科学者がいのちをかけて訴えたものは?
小坂正則

原子力資料情報室の代表で日本を代表する核科学者の高木仁三郞さん。彼は生前大分にも来ていただきましたし、何度かお会いしたことがあります。何せ日本の反原発・脱原発運動の理論的支柱でした。高木さんが亡くなって12年が経っています。彼は末期ガンの身体を奮い立たせて、最後の訴えをNHKで行った貴重な番組です。私も当時涙を流しながら見た記憶があります。皆さんぜひこの再放送の番組ご覧になって下さい。彼は最後まで六ヶ所村再処理工場を止めたいと訴えていました。
高木仁三郞さんがもし存命だったら福島原発事故を徹底的に追及していたでしょう。

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3月23日(土)午前1時1分(22日の深夜25時)からEテレで放送
Eテレ・アーカイブス『未来潮流 科学を人間の手に~高木仁三郎・闘病からのメッセージ』

(1999年放送 74分)

原子力資料情報室の生みの親で、2000年に他界されるまで日本の脱原発運動をリードした核化学者の高木仁三郎さん。
この番組は1998年、末期がんを宣告された高木仁三郎さんに、半年かけて行ったロングインタビューを中心に構成されています。

「もうこれ以上、ごまかして生きるわけにはいかなかった」

NASAに招聘されるなど将来を嘱望されながら、エリート科学者の道を捨て、「市民科学者」を選んだ高木さんが、自らの言葉で自らの人生を語ります。

3.11をへて、ふたたび原発をめぐる状況が混迷するいま、高木さんの言葉は以前とは違った響きを放っているように感じます。
耳を傾けることが「未来」にむかう道筋をもう一度とらえ直すきっかけになれば幸いです。

七沢 潔
NHK放送文化研究所
by nonukes | 2013-03-21 20:13 | 福島原発事故 | Comments(3)

浜岡原発は厚さ2メートルの防波壁で津波は防げない

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南海トラフ地震で死者32万人、220兆円の被害では済まない 小坂正則

 3月18日に国の有識者会議が太平洋沖で起こるとされている南海トラフ地震で、最悪でM9.1の地震が起こり、220兆円の被害と32万人の死者が出ると予想を発表しました。東海・東南海・南海地震はこれまで3連動地震が繰り返されていたのですが、しかし、1854年には3連動の地震が起きたい後、東海地震だけは図のよういに安政東海地震1854年以来159年の間、地震が起きていないのです。だから東海地震は今日明日にでも起きてもおかしくないし、東海地震が起きたら、2つが連動して起こることが必至だと言われているのです。その場合、最大でM9.1の巨大地震が起こる可能性が高いと言われています。
フィリピン海プレートは1年間に6.5センチ日本列島を押し続けているそうです。
しかし、今回の南海トラフ地震の被害想定には火山の噴火と原発の被害は想定していないそうです。

子供だましの防波壁

火山の噴火は確かに起こるか起こらないかは何とも言えないでしょうが、原発の被害は想定可能です。浜岡原発は5メートルの上下震動が襲うそうですし、20メートル以上の津波が襲ったら、貧弱な防波壁で防げるはずはありません。なぜか、防波壁は防波堤ではありません。だから波の押す力を防ぐものではなく、押す力のほとんどなくて乗り越えようとする波を防ぐだけのものなのです。そんなものでどうしてあの巨大な津波を防げるでしょうか。おまけに2000億円かけて地上部分はわずか2メートルの厚さしかないのです。ビルを破壊していった津波が2メートルでしかも高さが22メートルもあれば途中でおれるに決まっているではありませんか。この防波壁は原発の海岸部分を囲っているだけで、反対側は開いています。それだったら20メートルの津波は後ろから回り込んでくるのではないでしょうか。こんなものは子供だましです。それこそ10メートルの厚さにでもすればいいかも。そして、原発の周囲をこの厚さ10メートルの壁で囲えば津波は防げるかもしれません。しかし、そんなもの作ったのでは建設費が原発1基分はかかるでしょうが。「揺れの対策はコンピューター解析で大丈夫だった」というのですが、そんなもの誰が信じるものですか。もし、この壁で津波を防げたとしても引き潮で原子炉を冷却する海水がなくなり、原子炉が空だき状態になることも考えられます。数時間分の冷却水用の巨大プールも数千億円かけて作ったらどうでしょうか。つまり、いくらお金をかけて安全対策を実施しても絶対安全ということにはないのです。原発を止めること以外に絶対安全はないのです。

伊方原発も同じです

伊方原発は想定される地震に対する耐震設計が浜岡に次いで日本で二番目に脆弱な原発です。それが今回の有識者会議で震源域のまっただ中に入ったのです。つまり、伊方原発は震源域の中で激しい揺れに襲われるのです。そんな揺れに原子炉が耐えられるなぞ、夢の話です。

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by nonukes | 2013-03-19 19:44 | 原発再稼働は許さない | Comments(1)

311を経験した私たちは、今こそ松下竜一の「暗闇の思想」を!

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今こそ松下竜一の「暗闇の思想」を

野菜工場の続編です。
私が野菜工場批判を書いて考えたのですが、この私の考えの根拠は松下竜一の「暗闇の思想」だと思ったのです。なぜならば、彼こそ311の事故をいみじくも予言したかのようなエネルギーのとめどもない消費社会を痛烈に批判していましたし、たたかう農民や漁民の抵抗のエネルギーを「当たり前の生活を守りたい」という、その当たり前を思想として結実化させたのが松下竜一だったのです。同じ時間を共有して同じ空気を吸った、こんな幸運な人生を送ることができた私が、この遺産をどう、現代につなげることができるかを考えたら、私は、はばかることなく「今こそ暗闇の思想を」と皆さんに訴えかけたいと思ったのです。これは私の使命だと自分勝手に思っています。本当は松下さんの親友の梶原得三郎さんがもっとも適任者なのですが、私の心の中には私の松下竜一が生き続けているのですから仕方ありませんよね。

2400円で当方でも販売しています。
影書房2400円+税

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いまこそ「暗闇の思想」を  
                                  松下竜一

 あえて大げさにいえば、「暗闇の思想」ということを、この頃考え始めている。比喩ではない。文字通りの暗闇である。きっかけは電力である。原子力を含めて、発電所の公害は今や全国的に建設反対運動を激化させ、電源開発を立ち往生させている。もともと、発電所建設反対運動は公害問題に発しているのだが、しかしそのような技術論争を突き抜けて、これが現代の文化を問いつめる思想性をも帯び始めていることに、運動に深くかかわる者ならすでに気づいている。

 かつて佐藤前首相は国会の場で「電気の恩恵を受けながら発電所に反対するのはけしからぬ」と発言した。この発言を正しいとする良識派市民が実に多い。必然として、「反対運動などする家の電気を止めてしまえ」という感情論がはびこる。「よろしい、止めてもらいましょう」と、きっぱりと答えるためには、もはや確とした思想がなければ出来ぬのだ。電力文化を拒否出来る思想が。

 今、私には深々と思い起こしてなつかしい暗闇がある。10年前に死んだ友と共有した暗闇である。友は極貧のため電気料を滞納した果てに送電を止められていた。私は夜ごとこの病友を訪ねて、暗闇の枕元で語り合った。電気を失って、本当の星空の美しさがわかるようになった、と友は語った。暗闇の底で、私たちの語らいはいかに虚飾なく青春の思いを深めたことか。暗闇にひそむということは、何か思惟を根源的な方向へと鎮めていく気がする。それは、私たちが青春のさなかにいたからというだけのことではあるまい。皮肉にも、友は電気のともった親戚の離れに移されて、明るさの下で死んだ。友の死とともに、私は暗闇の思惟を遠ざかってしまったが、本当は私たちの生活の中で、暗闇にひそんでの思惟が今ほど必要な時はないのではないかと、この頃考え始めている。

 電力が絶対不足になるのだという。九州管内だけでも、このままいけば毎年出力50万キロワットの工場をひとつずつ造っていかねばならぬという。だがここで、このままいけばというのは、田中内閣の列島改造政策遂行を意味している。

 年10%の高度経済成長を支えるエネルギーとしてなら、貪欲な電力需要は必然不可欠であろう。しかも悲劇的なことに、発電所の公害は現在の技術対策と経済効率の枠内で解消し難い。そこで電力会社や良識派と称する人びとは、「だが電力は絶対必要なのだから」という大前提で、公害を免罪しようとする。

 国民すべての文化生活を支える電力需要であるから、一部地域住民の多少の被害は忍んでもらわねばならぬという恐るべき論理が出てくる。本当はこういわねばならぬのに――誰かの健康を害してしか成り立たぬような文化生活であるのならば、その文化生活をこそ問い直さねばならぬと。じゃあチョンマゲ時代に帰れというのかと反論が出る。必ず出る短絡的反論である。現代を生きる以上、私とて電力の全面否定という極論をいいはしない。今ある電力で成り立つような文化生活をこそ考えようというのである。日本列島改造などという貪欲な電力需要をやめて、しばらく鎮静の時を持とうというのである。(中略)

 たちまち反論の声があがるであろう。経済構造を一片も知らぬ無名文士のたわけた精神論として一笑に付されるであろう。だが、無知で素朴ゆえに聞きたいのだが、いったいそんなに生産した物は、どうなるのだろう。タイの日本製品不買運動はかりそめごとではあるまい。公害による人身被害精神荒廃、国土破壊に目をつぶり、ただひたすらに物、物、物の生産に驀進して行き着く果てを、私は鋭くおびえているのだ。

 「いったい、物をそげえ造っちから、どげえすんのか」という素朴な疑問は、開発を拒否する風成で、志布志で、佐賀関で漁民や住民の発する声なのだ。反開発の健康な出発点であり、そしてこれを突きつめれば「暗闇の思想」にも行き着くはずなのだ。

 いわば発展とか開発とかが、明るい未来をひらく都会志向のキャッチフレーズで喧伝されるなら、それとは逆方向の、むしろふるさとへの回帰、村の暗がりをもなつかしいとする反開発志向の奥底には、「暗闇の思想」があらねばなるまい。まず、電力がとめどなく必要なのだという現代神話から打ち破らねばならぬ。ひとつは経済成長に抑制を課すことで、ひとつは自身の文化生活なるものへの厳しい反省でそれは可能となろう。

 冗談でなくいいたいのだが、「停電の日」をもうけていい。勤労にもレジャーにも加熱しているわが国で、むしろそれは必要ではないか。月に一夜でもテレビ離れした「暗闇の思想」に沈みこみ、今の明るさの文化が虚妄ではないかどうか、冷えびえとするまで思惟してみようではないか。私には、暗闇に耐える思想とは、虚飾なく厳しく、きわめて人間自立的なものでなければならぬという予感がしている。

(1974年3月刊 朝日新聞社「暗闇の思想を」から抜粋)(題は小坂が作りました)
by nonukes | 2013-03-19 17:04 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

松下竜一の思想を私は今につなげたい

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横浜のスターダスト計画の失敗

前回のブログの続きです。
私の考えを「小坂はよくいる自然回帰論者だね」といってくれるかもしれませんね。それとも「お前は江戸時代に帰れというのか」と。「お前がいかにノスタルジアに慕っていても現実は大量生産大量消費の現実があり、そこで労働者は賃金を稼いでいるのだ」と。私はその現状の全てを事実として認めます。しかし、それなら何でもいいのでしょうか。そこには何の矛盾もないのでしょうか。私は「現実にいま出来る最良の方法を見つけ出す努力を行うべきだ」といいたいのです。そして、「そんなに性急にことを急がなくてもいいのではないか。もっと慎重に検討して、みんなが合意できるまで十分議論を尽くしてから物事は進めるべきではないか」と思うのです。
 私が横浜市に住んでいた30年前、横浜市がゴミから資源回収を行うための事業として「スターダスト計画」という事業を実施しました。しかし、この計画は見事に失敗してしまいました。どんな計画だったかというと、当時の横浜市は家庭ゴミは可燃物も不燃物も資源ゴミも何でもかでも一緒に回収していたと思います。そこで全てのゴミを細かく粉砕して磁石や風で飛ばすなどして、資源ゴミを回収する仕組みを実施したのです。しかし、これには莫大な経費がかかり、数年で中止しました。その後、今では全国で実施されている「排出者が先に分けてゴミを出す」という、シンプルな資源ゴミの分別収集方法にとって代わったのです。今であれば当たり前ですよね。つまり、野菜工場などは太陽を遮断して電気で照明と空調をするのですから、このスターダスト計画と同じで愚かなことです。

マイカップ・マイボトルのお茶が一番環境にやさしいしおいしい

このようなエネルギーを無駄にして使うことをエネルギーのトータルコストを比較するといったり、ライフサイクルアセスメントなどと言って、リサイクルする方がコストがかかる場合もあるのです。何でもリサイクル(資源として回収する)やリユース(繰り返して使う容器など)よりもリデュース(消費抑制)の方が必要だと言われています。ペットボトルを回収して資源としてリサイクルするからペットボトルの利用は悪くないという言い方に対して、ドイツではペットボトルをリユースしています。それ以上にペットボトルを使わずにマイボトルを使う方がお金も環境負荷もかけない。このような方法をリデュース(消費抑制)というのです。だから私は皆さんにマイボトルを使うような暮らしがシンプルな暮らしだと思い提案したいのです。だって、自分で入れたお茶はおいしいし、安全ですよね。ましてやカップについだお茶を飲むというのは人生を楽しむ貴重な時間です。これが私たちの人生の中のゆとりだと思います。ペットボトルのお茶で愛ははぐくめませんよ。

自然エネルギーなら何でもいいのか

太陽光発電がブームですね。だからといって山を切り開いたり、畑を潰してメガソーラーを設置することに私は反対です。原発の代替エネルギーを太陽光で賄えばいいのでしょうか。私はそうは思いません。これまで私たちが無駄に消費していたエネルギーの使い方を見直せば原発の電気の量くらいは省エネできると私は思っています。(天然ガスコンバインド発電に既存の火力発電を順次変えて行くなども必要です)
暖房などは電気でするべきではありません。ましてやオール電化などはもってのほかです。原発の電気は不要な照明や暖房などエネルギーの種類を替えることや省エネや照明を少し暗くすることで賄えると思います。そして、残りの70%の電気を30年かけて徐々に自然エネルギーに替えるべきだと私は思います。
by nonukes | 2013-03-19 14:59 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(1)

野菜工場議論の先にあるものは松下竜一の思想を引き継ぐこと

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「野菜工場」論争の先には松下竜一の思想がある

野菜工場議論の中で、「ビニールハウスは善くて野菜工場はダメなのか」と問われたら、何ともその境界線は微妙ですが、私が言いたいのは、そういった個々の問題ではなく、原理的に農業は大地で水と空気と太陽の恵みを受けて作るという自然の営みであって、その原則を逸脱するような工業製品を作るような化石エネルギーを投下する生産方法はどんどん非自然的な生産方法へと進んでしまうということを言いたいのです。だから、ビニールハウスだとか加温栽培など、現実には化石エネルギー漬けの農業が横行しているし、有機農業や自然栽培の農業だとしても、現状では化石エネルギー抜きには考えられないわけですから、そのことを持ち出して、野菜工場もいいとはならないと思います。
要するに農業のあるべき姿をどのような方向に持って行くべきであるかとか、地域の自立のために今後の農業はどうあるべきかを議論できたらいいと私は思います。私がバリに行って感じとことですが、バリでは日本の40年以上前の農業が日常的に行われていました。牛が田んぼを耕していたり、アヒルや鶏が庭先を駆け回っていたりして、農家の皆さんはみんな笑顔で日本の私たちよりも幸せそうでした。シューマッハーの言うように、「生産方法の自動化が進めば進んだだけ、人びとの余暇はそれに反比例してなくなってくる」とはその通りだと思います。この話はミヒャエルエンデも書いています。モモの時間泥棒のお話の中にありますね。
私たちは科学の発展や成長神話や「早いこと。大きいことはいいことだ」という誤った一方的な価値観に囚われてしまって、そこから抜け出せない生産方法や産業構造やはたまた文化や教育までもが、この「もっと早く、もっとたくさん」という「上昇志向」や「拡大思想」の価値観に縛られているのだと思います。
そこからどうやって抜け出せるのか。私にはまだその明確な方法を見つけ出せていませんが、シューマッハーやミヒャエルエンデさんの中に解決策のヒントが隠されているように思います。

科学の発展を盲信して破滅に突き進むのか、シンプルに慎ましく楽しく生きるのか

実は松下竜一氏が生前言っていましたが、「たたかう農民や漁民が農地や海を守るという思想は自分たちがこれまで続けてきたあたり前の今の生活を今後も続けたいという、ただそれだけの慎ましい要求なのだ」というのです。ところが、世間は農業も漁業もこのままでは世界の競争に打ち勝てない。これからは科学を取り入れて、もっと新しい技術で農業や漁業も行わなければならない。はたまた、「もう農業も漁業も衰退の一途を辿る産業でしかなく、これからは工業でふるさとを栄えさせなければならない」と。祝い島の漁民に対して中電の幹部は船の上からこう言ったそうです。「このままではあなた方には明日はありません。もう漁業でも農業でも食えないのです。ここに原発を建てて、工業誘致で町を発展させるしかあなた方がこれから生きてく方法はないのです」と。「電気で野菜をつくることが出来る」という考えの方はこの中電の思想と同じです。それだったら、「電気や科学でイワシをアジをサンマを作れるのですか。電気で米を作れるのですか。電気で私たちの命を支える食料をつくれるのですか」と、私は問いたい。世間から「古い考えは間違っている。新し考えを持たなければならない」と多くの農民や漁民は批判されてきたのですが、はたしてどちらが正しいのでしょうか。

彼らは毎日自然と向き合って、そこには先祖を敬い、自然の怖さにおののき、畏敬の念を抱きながら、自然の恵みをいただきながら生きてきたのです。その生き方こそいうならば科学的で歴史的な裏付けと普遍性があります。現代の私たちは「科学によって自然を征服できる」というおごりを持って、歴史的な認識も科学的な根拠もないままに、自然をあたかも征服したかのような錯覚に陥っていたのでしょう。
松下竜一は、闘う漁民や農民に寄り添って、彼らから学び、彼らの思いを文字にし続けたのです。
さて、私たちは何をどうすべきなのでしょうか。私たちは再度昔の人たちが培ってきた文化や伝統というものの中に潜んでいる普遍の真実を学ぶ必要があるでしょう。
私たちが学ぶべきものは現代の科学の限界だと思います。わずか1000年前に起こった地震と同じ地震が来ることさえも忘れていたのですから、いかに歴史をないがしろにしていたことでしょうか。それは3.11の東日本大震災で一気に表面化しました。1兆円もかけて作られたウルトラ防潮堤は木っ端微塵になぎ倒されて、福島原発は爆発してしまいました。「科学技術が核を制御できる」ということは神話でしかありませんでした。そして、「自然というものは人間には制御できないものなのだ」ということが分かりました。私たちは防災ではなく、減災という思想で、できるだけ被害を最小限にすることを考えた都市計画を行うべきなのです。そしていつ地震や津波が襲ってきても逃げられるような生き方とは、よりシンプルに、より慎ましく生きることだと思います。
by nonukes | 2013-03-19 11:05 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(1)

シューマッハーの「スモールイズビューティフル」をお店番をしながら読みました

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昨日はヤマドリの里でお店番をしました

昨日、私は久しぶりに「ヤマドリの里」の店番をしました。お客様は大変少なくて、車3台で4人の方でした。売り上げは5850円です。でも、このお店は無農薬の野菜やオーガニックな食べ物などと自然エネルギーの展示などによる、環境にやさしい生活を提案するアンテナショップですから、利益ガでなくてもいいのですが、それにしてもお客様がもっと来てくれたらいいなとは思いますが。

4月は7日と21日の日曜日の12時から16時まで
場所は別府狭間線の鳥越峠の近く


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シューマッハーの「中間技術」を緑の運動に生かそう

先日来、緑の党のMLで「野菜工場」議論をしましたが、もう、終わってしまいました。私としては大変不満なのですが、これは緑の党の限界だと思います。だって、緑の党は政策を練り上げるチームもほとんどないし、農業や再生可能エネルギーを実践している会員もほとんどいないのだろうと思うからです。それに選挙などの日常活動に追われて、理論的なことや実践的なことがおろそかになっているのかもしれません。私としては緑の理念を持って農業やエネルギー問題を議論し実践することで組織化を行うことが最も大切だと思います。
そこで私が昨日読んだ「スモールイズビューティ」についての感想を書こうと思ったのですが、残念ながら私の稚拙な頭ではほとんど理解できませんでした。そこで、感動した小節を転記します。
人類の経済生活の中に永続性を確保することなしに平和を達成することはできない。
消費を適正規模に抑える生活様式を取るには、最大限の消費への欲求を満たす場合よりはるかに少ない努力で足りる。また、「仏教経済学」では、適正規模の消費は、比較的に低い消費量で高い満足感を与え、これによって人びとは圧迫感や緊張感なしに暮らし、「すべて悪しきことはぜず、善いことを実践し」という仏教の第一の戒律を守ることができる。
最後に「人間の顔を持った技術」の章では、ガンジーが語ったように、世界中の貧しい人を救うのは、大量生産ではなく、大衆生産である。大量生産の体制のよって立つ技術は、非常に資本集約的であり、大量のエネルギーを食い、しかも労働節約型である。(省略)大衆による生産においては誰もが持っている尊い資源、すなわちよく働く頭と器用な手が活用され、これを第一級の道具が助ける。大量生産の技術は、本質的に暴力的で、生態系を破壊し、再生不能資源を浪費し、人間性を蝕む。大衆による生産の技術は、現代の知識、経験の最良のものを活用し、分散化を促進し、エコロジーの法則にそむかず、希少な資源を乱費せず、人間を機械に奉仕させるのではなく、人間に役立つように作られている。私はこれを「中間技術」とよぶ。
この中間技術を私たち緑の党の基本理念に据えて、これから農業やエネルギー分野などに生かして実践しようと私は思います。皆さんご一緒にシューマッハーの勉強をしませんか。
by nonukes | 2013-03-18 18:53 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(2)

今日はヤギのララの搾乳に挑戦してみましたが…

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コサカ・ハウスのイベント今日の搾乳は失敗に終わりました

ところで、我がコサカ・ハウスには2家族と居候1人から2人、それに私を入れたら、合計10人から11人くらいの人びとがシェアハウスしています。今月の終わりにはもう一家族が仲間に入る予定です。それぞれの部屋はありますが、台所は一緒です。私は違いますが。そして不定期にですが、みんな一緒に食事をしたり、ちょっとケンカをしたり、仲直りをしたり。そんなコサカ・ハウスの楽しみはヤギと一緒に遊んだり、ヤギを追いかけたり、追いかけられたり…。この母子は時々逃亡して、ご近所に迷惑をかけるので、私は謝りに行ったりで大変です。
私はヤギの母子に餌を与えるための散歩をするのが日課です。これがなかなか大変なのですが。
今日は天気もいいし、子ヤギが生まれて今日でちょうど2ヶ月経ったので、そろそろ搾乳してもいいだろうと思って、搾乳に挑戦してみましたが、残念ながらほとんどもらえませんでした。
その理由として、2匹の子ヤギが親の乳を飲み干してしまっていたのか、はたまた、ララは乳の出が悪いのか、それとも私の絞り方が下手くそだったのか、以上3点のどれかでしょう。それとも、その中のどれかが複合しているのかもしれません。
まあ、そんなに焦ることもありませんので、のんびりと小春日和の我が、コサカ・ハウスの小さなイベントでした。

コサカ・ハウスの住人の知恵でで共同農作業を行っています

実は当農園の農作物である、ハッサク、伊予柑、甘夏、びわ、レモン、梅などなどはこれまではコサカ農園のボランティアスタッフや私小坂農園主が農作業をやっていましたが、昨年の春から某生協への出荷を一方的に切られたため、主な出荷先を失ってしまいました。そのため、生産しても売るあてがなく、農作物を腐れせてしまうなどの問題が生じてしまい、農園主の私は途方に暮れていました。
そこで、今年からは一時的に農園を休園しようと考えていたのですが、コサカ・ハウスの第一号の住民のランちゃんからの提案で再開することになりました。「私たちが手伝うから仕事をやらせてくれる?その代わり売り上げはみんなで分けるのよ」と。私はもともと休園する予定だったので、「いいよどうぞやってください」と。そしたら、これまで生協中心で、そのほか無農薬の卸問屋さんへの販売から大幅に販路を増やす積極的な戦略を取るようになりました。いろんなイベントへの出店やら、有機農作物の販売所への出店や、はたまた別府毎日マラソンの当日は別大国道でのゲリラ販売などなど、我がコサカ・ハウスの女性たちは怖い者なしのセールスウーマンです。
ただ、そんなに皆さん頑張って売ってはいますが、日本の農業の困難さをしみじみと感じているようで、ほとんどお遊びにちょっと毛の生えた程度の売り上げにしかなっていません。

びわのレンタルやびわの直販などこれからがお楽しみです

当農園主は反原発や自然エネルギーなどに熱を入れて、農園の手入れを親父ほどには熱を入れていなかったり、小心者でほとんど営業などしてこなかったので、毎年売り上げが減少してしまって、びわの小坂農園と言えば知る人ぞ知る大分では最高のびわを作っていた農園でしたが、親父が死んで、息子の代になってからはすっかり影を潜めていました。そんな罰が当たったのか、売り上げの減少と赤字続きで見るも無惨な農園になりつつありました。その園を救おうと現れたのがコサカ・ハウスの住民です。さて、どうなるかは皆さんお楽しみに。今年1年間はやってみると皆さん意気軒昂です。

小坂農園は域内流通の復権(物々交換や地域通貨)をめざす、新たな実験を始めます

小坂農園は生産者と消費者が顔の見える関係性を一番大事にしたいと考えています。それは直接当農園にお越しになってもらって果物などを購入してもらったりするのが一番だからです。また、円を使わずに、物々交換や地域通貨を発行して、消費税など払わずに、日本国政府の悪戯に荷担しない、健全な地域経済の復活をめざしています。ボランティア学生や失業者などなど大歓迎です。宿泊も可能です。皆さんぜひ、小坂農園へ遊びに来てください。小坂農園を訪れたら、ワクワクする感動や新しい仲間との出逢いがあるかもしれませんよ。
びわ、甘夏の販売も間近です。詳しくは下記のHPをご覧下さい。

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ようこそ小坂農園へ


私の本が売れなくて書店に迷惑をかけているのではないか…

昨日から「野菜工場」批判の文章を緑の党のメーリングリストに書いているのですが、いろんな意見が返ってきます。その中に、福岡の足立力也さんからのメールでシューマッハーの「スモールイズビューティフル」をぜひ皆さん読んでください。中間技術の必要性を理解してください。という内容がありました。私はシューマッハーの「スモールイズビューティフル」を読まなければならないと思っていたところなので、ということはまだ読んでいないということなのですが、さっそく今日の夕方に西大分の明林堂へ立ち寄ってみました。そこで店員さんに、検索してもらったら本があったので購入したのですが、実にやさしそうな店員さんだったので勇気を出して、私が常日頃から心配していたことを聞いてみました。
「実はちょっとそこにある本のことで伺いたいのですが」と、平積みにしている本を指さして聞きました。「どの本ですか」と、店員さん。「実はここに飾ってある「市民電力会社をつくろう」という本は私が書いた本なのですが売れてますか」と。「そうですね。売れてますよ」と。「いつ売れたか分かるのですか」と、聞くと。「このコンピュータで分かります。直近が昨年の8月です」と。私は「ええっ。昨年の8月から売れてないのに平積みにしてくれているのですか。そんなに売れてないのですか。申し訳ありません」と、消え入るような声で謝りました。すると店員さんは「このような本は店の良心ですから、そんなに売れなくても私たちは皆さんにぜひ読んでほしいと思っているのですよ。ご心配しないで下さい。3月は原発やエネルギー特集を組んで宣伝しています」と。
皆さんよろしかったら、ぜひ西大分の明林堂で原発関連書籍をお買い求め願います。確かにここには原発関連の書籍がたくさんそろっています。これは書店の心意気です。ついでに私の本をまだ読んでなくて読んでみたいという方はここにあと2冊あります。貴重な2冊です。お買い求め願います。
by nonukes | 2013-03-16 00:59 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(1)

  小坂正則