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小坂正則の個人ブログ

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緑の党 結成総会に参加して来ました!

緑の党 結成総会に参加して来ました!小坂正則

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私は27日の小川町の講演の翌日は東京へ帰って、YMCA会館で開催された「緑の党」の結成総会に参加しました。会場は参加者の興奮と熱気に包まれていました。長い間、日本に緑の党がなかったのがやっと出来たという感じだからです。私も40年近く前、ヨーロッパに緑の党が出来たという話を聞いて、「日本にも緑の党のようなものが出来ないか」と思ったことを覚えています。それからかれこれ40年近く経って、はじめて出来たのです。
日本に「緑の党」が出来るまで遅すぎるくらい長い時間がかかりましたが、これからどのようにしてこの政党が国民の期待に応えることが出来るのか、これまでのようなミニ政党の域を脱することが出来なければ、時代を動かすことは出来ないと思うからです。これからは大きなチャンスと共に大きな責任を背負っていかなければならないという自覚が、この「緑の党」へ参加したすべての人びとに課せられていると思います。
3.11以後の日本では最後のチャンスだと思っています。失敗は許されないのです。「すべての原発を即時廃止」このスローガンを掲げて、官邸前に集まる「再稼働反対」を訴える人びととの思いを共有しながら、誰かに任せる政治ではなく、市民と一緒に政治をお行う、直接民主主義の政治を実現しなければならないと思います。
一昨日出来た「緑の党」は柔軟に、しかし、したたかにこれから政権の一翼を担えるまで大きな政治潮流にならなければならないと思います。

みどり大分を旗揚げします!

「緑の党は政党であって政党ではない」という新しい政党です。中央集権主義ではありません。地方の意見を反映して全体で決めるという方法を取ります。だから地方と中央は対等です。全体で決まったことに対して留保する権利もあるそうです。しかし、地方の運動は自分たちで作り上げるしかありません。そこで(仮称)「みどり大分」を旗揚げします。緑の党に加入するのは自由ですが、原則として緑の党に参加した人を中心にして、サポーターや参加していない方も含めて、一緒に大分に緑の党を拡大するために活動する人による運動体を立ち上げます。
1人でも多くの皆さん、この国の政治を変えるために一緒に緑の党に集まってこの国の政治を私たちのものにしていこうではありませんか。
早急に結成会議を開催します。連絡先は097-529-5030(小坂)まで

緑の党のホームページ
by nonukes | 2012-07-30 08:56 | 「緑の党」をつくろう! | Comments(0)

埼玉県小川町で「市民共同発電所を全国につくろう」の講演をしました

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本日は埼玉県小川町で「市民共同発電所を全国につくろう」の講演をしました

7月27日の夕方6時から埼玉県の小川町で講演をしました。当日は想像絶する猛暑で38℃はあるのではないかと思われるほどのすごい灼熱の小川町でした。何でも埼玉県は熊谷が日本一の暑い市だと有名だそうですが、「我が小川町も決して熊谷には負けてはいません」と、言うのは、今回私を呼んでくれた主催者の桜井薫さんです。桜井さんは太陽光を第三世界へ援助したりしていることなどで有名な方です。また、小川町はバイオマスや有機農業で有名な町です。時間があったので、写真の一番上から3枚は桜井さんとバイオマスプラントにそこで飼っている黒豚さんです。なぜバイオマスプラントに黒豚がいるのかというと、学校給食の残飯をメタンガスの原料にもらってくるそうなのですが、子どもたちが残した給食の残りものがあまりにもたくさんあって、まだ食べられるものばかりなのだそうです。それをゴミとしてメタンガス発生装置に投入していたそうなのですが、どうもメタンガスも液肥もうまくできないのだそうです。原因を探っていたら、どうも糖分が多すぎて酵母菌によりアルコール発酵しているのではないかという疑いがでたそうです。そこで学校給食の残り物を豚に食べさせて、その糞を発酵させれば豚も飼えて、「メタン菌もうまく活躍出来るのではないか」と考えてそうです。そのほか、皆さんが行っている里山にも案内していただきました。さすが、奥多摩だけあって、緩やかな里山の雑木林に感動しました。


講演会よりも夜の交流会が盛り上がりました


講演会は80名くらいの参加者で埼玉県はもとより関東一円から来ていました。講演会もよかったのですが、一番感動したのは第二部の交流会でのことです。まず第一に有機農業者の若者が多かったこと。それに群馬や埼玉の遠くから、数名の方に、私の本を買った方がわざわざ小川町まで足を運んでくれていたこと。三番目に酒と料理がおいしかったことなどです。交流会に参加した皆さんが口々に「何としても原発の再稼働を止めたい」と言うのです。私たちと同じ思いでいる方が埼玉県にも、こんなにたくさんいるのです。私はみさんさんたちとは決して他人には思えませんでした。そして私こそ皆さんから勇気をいただいて涙が出るほどうれしかったし感動しました。小川町の皆さんありがとうございました。それしてもやはり埼玉県は暑かったです。
by nonukes | 2012-07-28 20:53 | 自然エネルギー | Comments(0)

山口県知事選に向けて大分勝連連が最後の電話作戦を展開中です!

山口県知事選挙のこすところわずか、勝手連は最後の追い込みです
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電話作戦を残り2日をみんなで電話かけまくろう!

山口県知事選挙は投票まで残すところあと3日です。山口勝手連からメールで電話がまだ残っています。誰か手伝ってください、とのこと。そこで私たちは電話番号600人分をもらいました。昨日から今日まで、当事務所内にて2人で電話行動を行いました。最初は気合いが入っていなかったのですが、みどりのはちまきとみどりのTシャツに着替えて、やる気満々です。やっとハッパがかかった感じです!しかし、やる気満々な私に対して電話作戦の結果は不在が多くて、そんなに話すことは出来ませんでしたが、「頑張ってください」という、電話の向こうから激励の言葉をもらった時には勇気百倍になりました。

まだまだ電話行動を行います。

電話できる方は私まで電話をお願いします。あなたの自宅から電話は出来ます。ファックスで電話番号をお送りします。あなたの1日わずか1時間を私に貸してください。山口まで行かなくてもあなたの自宅で山口の脱原発候補を応援ができるのです。この電話行動やったのとやらないのとはどれだけ違うかお教えします。29日の開票速報のニュースを自分のことのように見たり聞いたりが出来るのです。そして、飯田候補が勝ったら、そのときは最高の祝杯が上げられるのです!こんなにおいしい酒を飲むことが出来るなんて滅多にはありませんよ。さあ、もうあなたは私へ連絡したくなったでしょう!「最後の最後まで諦めないで…」そして一緒に悔し涙か、うれし涙かは29日のお楽しみにしましょう!

小坂への電話 097-532-3772
by nonukes | 2012-07-26 21:46 | 脱原発選挙 | Comments(0)

大分県知事が震災がれき受け入れ白紙撤回を表明する

大分県知事が震災がれき受け入れ白紙撤回を表明小坂正則
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今年の2月に広瀬知事が「東北の人々への絆」と言って、「震災ガレキを大分県内の自治体で受け入れるために協力を求める」と記者会見をして、その後廃棄物対策課を中心に県や各市の担当者や首長は、様々の動きをして来ました。ところが、私たち市民の「安全が保証できない放射能汚染ガレキの受け入れは認められない」という反対運動によって、申し入れ書や誓願など様々な行動で受け入れに対して抵抗してきました。
ところが津久見市の太平洋セメントへの搬入計画が持ち上がり、ガレキ利権にまみれた動きに津久見市民による反対運動も始まりました。そこで私たちは「半年引き延ばせばガレキは処理されて大分へ持ってくるものはなくなる」と考えました。それが事実そのとうりになったのです。私たちの完全勝利です。

次は北九州市への本格ガレキ受け入れをやめさせよう

大分へ持ってくるガレキがなくなったのなら、北九州市へ持ってこなくても、もっとコストがかからないガレキ処理をする方法があるはずです。北九州市へのガレキ受け入れを、大分の勝った勢いでやめさせよう。

ガレキ受け入れ反対は私たちのエゴではない

ガレキ反対を積極的に行動した皆さん。大変ご苦労さまでした。まずは勝ったことをみんなで喜びましょう。しかし、これからが私たちの力が試されているかもしれません。まず、民主主義が勝ったのです。いくら県知事がエライ人でも、民主的な手はずを踏まなければ権力者だからと言って何でもできるわけではないのです。一番効果的で安全な方法で復興支援は行うべきなおです。そこで、私たちは「真の東北復興支援」を県と一緒に議論しようと提案しませんか。私たちは本当の復興支援をしたいのです。決して私たちだけがよければいいというわがままでガレキの受け入れに反対したのではないからです。真の絆をこれから考えましょう。「ガレキよりも子どもたちを受け入れよう」を実践しましょう。

政治は私たちのすぐ手の届くところにあるのです

今回のガレキ反対運動で見えてきたことが2つあります。1つは諦めなければ想いは実現できることもあるのです。ガレキを跳ね返した力で再稼働も跳ね返しましょう。そしもう一つは政治は人に任せるのではなく、自分たちが直接参加することです。みんなで議員になりましょう。既成の政党なんかに任せていてはこの国は民主党のアホな仙谷の言うように「集団自殺」してしまいますよ。あなたが議員や首長になるのです。そうそう山口県知事選挙で飯田哲也さんの勝利を実現しましょう。電話行動を出来る人は私までお電話をお願いします。

097-532-3772(小坂)
by nonukes | 2012-07-25 21:35 | 放射能で汚染した震災ガレキ | Comments(0)

脱原発大分ネットワークの機関誌「つゆくさ通信」3

福島の現実を前に  中山田さつき
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7月16日の東京での「さようなら原発10万人集会」に、10万人分の1人になりたくて参加した。会場の代々木公園は、脱原発を求める子どもから老人までいろんな人たち17万人の人々で埋め尽くされた。毎週金曜日の首相官邸前のデモも続いており、国民の意見表明がやっと政治家たちに届き始めたかと思う。ここが踏ん張りどころと感じる集会だった。
16日の集会を終えて福島に移動した。どうしても福島に行ってみたかった。友人から簡易放射線測定器を借りて行った。少し緊張しながらの福島入りだったが、福島の駅前はまったく大分の駅前と変わらない。変わったところと言えば、ビジネスホテルに「今日の放射線量」が掲示されていること。0.09~0.10マイクロシーベルト。
翌日、レンタカーで飯舘村から南相馬に向かった。飯舘村に入ると景色は一変。全村避難の村はすべての田畑に草が生い茂っている。飯舘村の道の駅では除染作業が行われていた。10人ほどの男性がマスクをして除染作業をしていた。除染のためにはぎ取った表土などが大きな袋に詰められて駐車場に置かれている。持って行く場所が決まらないのでここに置いておくしかないと言っていた。
飯舘村に入ると線量計の単位が一桁違う。役場付近では2マイクロシーベルト、ちょうど17日から帰還困難区域に指定され、ゲートが設けられて通行が制限された長泥地区入り口では、9.99マイクロシーベルトの表示で、私の持っていた計測器では測定不可能だった。ゲートでは防護服に防護マスクの警備員が警備していた。「あまり草むらの方には行かない方がいいですよ。」と注意してくれた。
村の中で田んぼの除染実験が行われていた。防護服とマスクの作業員が20人近く働いている。飯舘村は山と田畑の穏やかな景色の中に家々が点在する山村で、この地を除染することなど不可能というのが実際だろうと思う。しかし、地震の被害は何もなく、家も田畑も山も線量計で測らなければ、ほんとにきれいな穏やかな村だ。あきらめることなど村民はできないだろう。花の栽培農家の畑でりんどうの花が草の中できれいに咲いているのが悲しかった。
飯舘村から南相馬に車を走らせた。原発から20㎞圏内ではない市の中心部は見る限りごく普通の暮らしの雰囲気。海まで出てみると津波被害の復興事業が部分的に始まっていた。原発に向かって走ると津波被害がそのままの小高地区というところに着いた。4月まで通行制限が設けられたいたところで、道路上のがれきだけは撤去されているものの、ほとんど手つかずのままだ。津波で大きく破壊された集落を抜けると壊れた防潮堤の向こうには何事もなかったかのような穏やかな海が広がっている。2人の70歳くらいのおじさんが釣りをしていた。「この辺は4月から自由に通行できるようになったので気晴らしに釣りに来たんよ。家は津波の被害を免れたけど、仮設に入っている。10年経ったら帰れるじゃろうか?」。川の近くの家におばあちゃんがいたので、「ここに住んでるんですか?」と尋ねると、「津波の被害は少しじゃったけど、避難している。今日は家の手入れに来た。畑も草だらけになってしもうて。」とぼやいた。子どもたちの姿が消えた休校中の小学校、グランドは草だらけになっている。原発方向にもう少し進むとそこからは許可車以外通行禁止。警官が7~8人くらいで警備をしていて通行禁止を告げられた。
翌日は「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表の佐藤幸子さんの農場を尋ねた。無農薬・自然農法の農場は荒れていた。放射能で汚染された土地での耕作はあきらめざるを得ない。多くの実習生を受け入れてきた農場の姿はなかった。佐藤さん一家の生活も一変した。放射線管理区域レベルの自宅から子どもたちを山形に避難させたが、中学生の娘さんは親友と離ればなれになることに抵抗して、転校しても学校には行かずに1年を過ごした。彼女は今年、比較的汚染の少ない福島市内のアパートから親友のいる元の中学校に通学している。
福島から家族や母子で県外に疎開ができる人はほんの少し。大部分の人が様々な理由で福島を離れることができないでいるという。
二本松市の椎茸農家にも話を聞きに行った。昨年春に採取した干し椎茸は1600ベクレルという高い放射能値が出て出荷停止、500㎏の干し椎茸が捨てることもできず、農協の指示で倉庫に置かれたままとのこと。4年間は原木の伐採、植菌の禁止。福島だけではなく、宮城、岩手県も同様らしい。原木露地栽培は壊滅状態だ。
福島では今も16万人が故郷に住むことができず、避難生活を強いられている。16万人の当たり前の暮らしが根こそぎ奪われた。福島の現実を前にして、原発再稼働などありえない。
by nonukes | 2012-07-24 23:33 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

脱原発大分ネットワークの機関誌「つゆくさ通信」2

日本のエネルギー政策と日米安保条約・TPP 諫山二朗

国民の意思を無視した大飯原発再稼動

大飯原発再稼動に抗議する官邸前の金曜日デモの参加者が主催者発表で20万人に達した。60年代、70年代の安保反対デモ以来の規模であるが、デモの様相は全く違う。安保反対のデモは組織化された学生や労働者が中心で火炎瓶やゲバ棒を使った武力闘争であった。今回は主婦やサラリーマンや家族連れなどの今までデモなど参加したことのない生活者が個人の意思で参加している。デモは整然と行われ警察との衝突もないという。
これほどの人々が動員もなく自主的に集まるデモはかつてなかった。しかし、野田首相は国民の大多数の反対を無視して大飯原発を再稼動した。野田首相は大飯原発再稼動に当たっての記者会見で、国民の意見が2分する問題に対して政治が結論出したと誇らしげに語った。意見が分かれているとは言え、国民の7割以上は再稼動反対だった。再稼動に賛成しているのは経済界や電力会社である。政府や経済界は、電力不足で計画停電になれば生活に支障が出ると繰り返し報道して国民を洗脳しようとした。広瀬隆さんや小出裕章さんの本に出てくる過去の電力需要のデータでは原発が無くても電力は足りている。電力不足に関して、政府はその根拠となるデータは示していない。政府や電力会社による電力不足の予測を新聞・テレビは連日たれ流したが、国民の大多数は大飯原発の再稼動に反対した。国民が原発問題に関して自分の頭で考えた結果である。今回の再稼動の決定は2分する世論に対して野田首相が決断したのではない。野田首相は経済界を中心とする原子力村の意向に沿ったのだ。

日米安保とエネルギー政策

野田首相が大飯原発の再稼動を決めた背景にはアメリカのエネルギー政策と関係していると思う。アメリカは日本の脱原発に反対するだろう。一つは経済的理由である。日本の原発はアメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)社やウェスチング・ハウス(WH)社によって導入され、日立や東芝、三菱などの日本の企業がその系列に連なっている。さらに濃縮ウラン燃料の70%はアメリカからの輸入である。つまり、日本が脱原発に動けばアメリカ企業も打撃を受ける。
軍事的な理由として、横須賀を母港としている原子力空母ジョージワシントンや原子力潜水艦の問題がある。原子力空母は動く原子炉であり、原子力潜水艦は核弾頭を搭載して日本近海を就航し港に立ち寄っている。これらの危険度は原発より大きいと言われている。さらに軍事機密のベールで覆われ、情報はまったく日本国民に知らされていない。
もし日本が脱原発を実現すれば原発より危険な原子力空母や原子力潜水艦への反対運動が起きることが予測される。そうなればアメリカの世界戦略にも影響を与えることになる。アメリカは日米安保条約を盾に日本への原子力空母や原子力潜水艦の寄港を強行するだろう。日米安保条約を見直さない限り、日本のエネルギー政策はアメリカの影響を排除できない。

TPPとエネルギー政策

野田首相はTPP参加を進めている。TPP参加問題は農業問題として議論されることが多いが、TPP参加は様々な分野に影響を与える。TPP参加は日米安保条約の第2条の具体化である。安保条約第2条は「締約国は、その国際的経済政策におけるくい違いを除くことに務め、また、両国の間の経済的協力を促進する。」と謳っている。この条文の意味するところは、日本の制度をアメリカに合わせると言うことである。当然エネルギー政策にもアメリカの意向がより強く反映されるだろう。TPPの中にISD条項がある。ISD条項とは投資家や企業が相手国に不平等な扱いを受けたときなどに相手国をその企業が訴えることができるという条項である。
「ISD条項は、政府の政策が投資家にどれくらいの被害を与えたかという点だけに向けられ、その政策が公共の利益のために必要なものかどうかは考慮されない。」(米国丸儲けの米韓FTAから日本は何故学ばないのか 中野剛志)
この条項が批准されれば、遺伝子組み換え作物の栽培を認めない日本政府に対して、非関税障壁による損害を受けたとして、多国籍企業のモンサント等が政府を訴える可能性がある。
原子力に関しても同じような訴えが起きるのではないかと懸念される。すでに述べたように日本の原子力はアメリカの原子力政策と深くかかわっている。日本が脱原発の方向に舵を切れば、アメリカは経済的、軍事的に大打撃を受ける。それを阻止するためにTPPが有効な手段となるのではないか。
by nonukes | 2012-07-24 23:26 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

私は脱原発大分ネットワークの代表に復帰します

脱原発大分ネットワークの代表に復帰します小坂正則
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3.11以後の1年間は、私にとってはただただ、時代に取り残されて時が過ぎていったという感じです。3.11以後、郵便局を中途退職して、悠々自適な日々を過ごそうと思っていたわけではありませんが、それにしても、こんなにめまぐるしく時間だけが過ぎていこうとは思ってもいませんでした。
 3.11は私たちの想像を越えた原発事故で、まさか日本の電力会社がここまでお粗末だとは思っていませんでした。そんな原発村=原発マフィアが自らが唱える安全神話に呪縛されていたとは。そしてそんな原発マフィアをのさばらせていた私たちこそ問われているのだと思うのです。
 しかし、私たちも力のない割にはチェルノブイリ原発事故から26年もの間、精一杯やってきましたよね。数々の学習会や講演会に映画の上映会や署名活動。伊方や上関原発現地の集会への参加などなど。それで十分だとは決して思ってはいませんが、「もう少し関心のある人が多かったら、フクシマの事故は防げたかもしれない」と悔やまれてなりません。しかし、過去の歴史に「もし」を唱えても歴史は変わりません。私たちは過去の歴史に学びながら、未来を作るしかないのです。だから、反省は反省として、そこから「未来に向かってあなたはどうするのか」が一番大事なことなのだと思います。
今年の私は脱原発運動26年間の総括のような本を書くチャンスにも恵まれましたが、これまで私たちは九州の大分の反原発運動を中心的に担っていたという自負心=思い上がりがあったかもしれません。しかし、そんなものはもう通用しません。首相官邸前では反原発市民連合という市民によって、60年安保以来の20万人が国会周辺に集まりました。そして毎週金曜日には今でも10万人ほどの人々が集まっています。ここで叫ばれる「再稼働反対」の声は確実に野田首相を追いつめていると思われます。大分でも震災がれきの搬入に反対する主婦たちの運動が起こったり、7月16日にはママさんたちによるパレードが100人もの参加者で行われました。
昨年のフクシマ原発事故から1年が経って、確実に脱原発の大きなうねりができつつあるように、私には感じます。その中で、これから私たちも自分らしく新しい人たちとも対等にできるだけ仲良く一緒に関わっていくことができたら、無関心なの人の心にも私たちの「原発はいらない」という声が届くかもしれません。

私たちらしさを失わないように

若い人たちを中心とした新しい運動はネットをフルに活用した運動です。しかし、高齢者の方などネット格差の人もたくさんいます。そんな人にはアナログ媒体(つゆくさ通信など)で情報を伝えて、各地で積み重ねられた電力会社との交渉や株主運動など、これまで私たちが積み重ねてきた運動の質や交渉体験などを生かして、私たちにしかできないことや私たちが得意な分野を中心にして「原発をとめる」作業を若者と一緒にやろうではありませんか。決して年寄りは不要ではありません。そんな私が、また脱原発大分ネットワークの代表に復帰しました。

大分市議選と来年の参院選をたたかいます

今月の28日、29日に「みどりの党」が旗揚げします。そこに私も参画します。1989年に参院選「原発いらない人びと」で選挙をたたかいましたが、散々な結果でした。そして、昨年のフクシマ事故です。すべての政党が経済成長を支持しており、環境を第一に掲げる既成政党は日本にはありません。だから日本にもみどりの党が必要だと私は痛切に感じました。来年の2月には大分市議選があります。それにも何らかの形で挑戦しようと思っています。誰かみどりの党から出たいという人がいれば、その人を推薦します。そんな奇特な人がいないのなら私が出ます。そのためにも「(仮称)みどり大分」という団体を旗揚げします。みどりの党は本部の下に支部があるという関係ではありません。「みどり大分」と東京は対等な関係です。みなさん一緒に大分に「みどり」を立ち上げませんか。

脱原発大分ネットワークの会員と読者を募集中です

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今日、脱原発大分ネットワークの機関誌「つゆくさ通信」の発行作業を行いました。昼から7人がいつものように淡々とやりました。原稿のすべては掲載できませんが、代表挨拶と編集後記を掲載します。以下は編集後記です。ご希望の方は年会費2000円で、読者および会員になれます。

お問い合わせ先は 097-532-3772(小坂気付)


編集後記

▼初登場の作内亜樹子ちゃんとともに、大飯原発再稼働に反対するため、矢も楯もたまらず大分から駆けつけたもう一人のアキちゃんは、官邸前に比べ人が余りにも少ないことにショックを受け、「関西の人、何してるのー?!」と思ったそうです。地形を見ると、細い半島の先っぽに原発があり、そこに至るには一本道しかありません。この地形、原発立地点のあちこちで見たことがあります。機動隊や警察官が非暴力の市民に対峙し、ごぼう抜きにするシーンも、いつか見た風景で、つい最近は北九州市の清掃工場で行われました。こういうゴリ押し、無理強いをして市民同士を敵対させるのはやめてくれ!日本中が注目していることを県民が余り認識していない山口県知事選のさなかの23日、岩国にはオスプレイが無理やり搬入されようとしています……            (大原) 
▼野田首相もかわいそうだ。「消費税は何が何でも通してもらいます」という財務官僚の脅しに屈して、官僚のいいなりになったばかりにすべての力関係は決まってしまった。野田には経産官僚からも「大飯再稼働は電力会社との約束です。4月の再稼働は橋下のバカが邪魔したから遅れたが、7月までには何が何でも再稼働宣言をしてもらいます」と強い口調でたしなめられた。「TPPも米国はこれ以上待ってはくれません」と外務省官僚も突き放した。それに最後のトドメは「米軍のオスプレイ配備に日本政府がとやかく言う権利などありませんよ」と自衛隊幹部。「私には何の自由があるの」と野田は秘書官に聞いた。「閣下。あなたはこの国の最高権力者なのです。だからあなたは黙って優秀な官僚に任せておけばいいのです。彼らはあなたのために働いているのです」と。こうしてこの国は戦後67年間、官僚独裁政権が続いた。3年前の自民党政権崩壊でこの国の官僚独裁政治は終わったかのような錯覚に私たち国民は陥った。しかし、結局は自民党の賞味期限が切れたので、民主党という新しい服に一時的に着替えただけだった。3年も経って、新しかった服もそろそろ汚れてきたから、元の服に着替えようとしている。しかし、実は鳩山首相が総理大臣に就任したそのときに秘書官から「お遊びはここまでです」と告げられたのだ。「どういう意味ですか」と聞き直した鳩山首相に秘書官は「これを見てください。総理大臣への秘密引継文書です」といって官邸の金庫から漆塗りの箱に入った秘密文書を見せられた。その文書には驚くべきことが書かれていた。「我が米国政府は日本を独立国家としては認めてはいない。日本は米国の占領国家としての義務を果たさなければならない。その監視のために横田、横須賀の在日米軍基地は駐留している」と書かれてあった。だから米国に抵抗しようとした田中角栄はロッキードで消された。小沢の日本国家独立計画も米国は許さなかった。さて、私たち国民は、このまま米国統治を甘んじるのか、それとも別の選択肢を選ぶのか。これは私の作った短編小説です。              (小坂)
▼再稼働 大飯あやまち だめな野田 野田のアホはしたい放題。次の選挙までに何が何でもかんでもやっておこうとばっかりに。明日は伊方か川内か。どうせやるなら今のうち。国民の生活を守るのではなく、政権を守るため。▼パブリックコメントの用紙を同封いたします。皆さんのご意見をファックスで国へ送りましょう。メールでもおくれます。みさなんの声を野田に届けましょう。(木下)
                                                     
by nonukes | 2012-07-24 22:30 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

8月4日13時~ 松下竜一『暗闇の思想』読書会のお知らせです。

松下竜一『暗闇の思想』読書会のお知らせ
 小坂 正則
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松下竜一氏が亡くなって今年で8年になります。松下さんが1972年に朝日新聞に投稿した「暗闇の思想」から今年でちょうど40年です。3.11フクシマを経験した私たちは、松下竜一の「暗闇の思想」から多くのことを学ぶ必要があるのではないかと私は考えたのです。そして今夏、「暗闇の思想を」の復刻版が出版される予定です。40年前の豊前火力発電建設反対運動の中で、松下竜一が考え、たどり着いた思想が暗闇の思想だったのです。電気が足りないから火力発電所を建設し、そして、その発電所がまた、新たな電力需要を呼び起こし、新たな発電所をつくり続ける。そのように人々の欲望のままにエネルギー需要は限りなく拡大して行っていいのだろどうか。ここらで立ち止まって考えて見ようではないか。
彼は暗闇の思想でこのように書いています。「冗談ではなくいいたいのだが、「停電の日」があってもいい。…月に一夜でもテレビ離れした「暗闇の思想」に沈み込み、今の明るさの文化が虚妄ではないかどうか。冷えびえとするまで思惟してみようではないか。」
今回は松下竜一の作家活動や市民運動を支え続けた梶原得三郎さんを交えて、生前の松下竜一が何を考え、どのように中津で行動したのかなど、エピソードなどのお話も聞くことができるでしょう。こんな読書会はめったに開催されませんよ。ぜひごこの機会に参加ください。


テーマ:松下竜一「暗闇の思想」読書会
日 時:8月4日(土)13:00~17:00(予定)
場 所:市民図書館「松明楼」大分市田の浦12組(小坂正則宅)
講 師:梶原得三郎さん&新木さん
定 員:20名で締め切らせていただきます
連絡先:090-1348-0373(小坂)
参加費:500円(お茶代)
その他:松下竜一著「暗闇の思想を/明神の小さな河岸にて」2800円+税(割引価格で販売予約受付中)


梶原得三郎さんとは

1937年、現在の中津市耶馬渓町に生まれる。住友金属工業小倉製鉄所に勤務していたが、1973年、35歳の時に松下竜一氏と出会い、豊前火力建設反対運動に参加する。そして、1974年、海面埋め立て阻止行動で逮捕され、37歳で失職。その後、家業の魚屋をはじめる。現在74歳。松下さんが出し続けた「草の根通信」に「さかなやの四季」を連載した。今年、その連載が出版された。(3200円+税)

「さかなやの四季」(3360円)(当日割引価格3000円にて販売します)

裁判長、あなたはいまのような開発が進行し公害が増大すれば、日本はおしまいになるのだというようなことを、1人の人間として考えたことはないのですか。私は自分のなした行為を恥じてもいないし、ましてや罪だとは思っていない。むしろ、私のしていることは歴史的に評価されていいことだと誇りを抱いている。(「さかなやの四季」より)(自身の裁判にて被告人の立場で裁判長に訴えた)

松下竜一が亡くなってしまった現在、松下竜一に会うことはできませんが、1972年から、共に行動してきた梶原得三郎さんに松下竜一がどんな人だったのかなど聞きませんか。また、松下竜一を影に日向に支えてきた人間・梶原得三郎さんの魅力に、きっとあなたも感動するでしょう。
by nonukes | 2012-07-23 14:15 | イベント案内 | Comments(0)

山口県知事選挙で脱原発派の候補が激しく追い上げている

7.29 山口県知事選が野田にトドメ刺す日刊ゲンダイ2012/7/20
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脱原発候補が5ポイント差まで肉薄

7月29日投開票の山口県知事選が大激戦になっている。“脱原発”候補のモーレツな追い上げに民主党や自民党が本気で慌て出した。選挙は「既成政党vs.無党派」の構図。脱原発候補が勝利すれば、再稼働をゴリ押しした野田民主党が大打撃を受けるのは間違いない。
山口県知事選には4新人が立候補し、事実上、自公推薦の山本繁太郎候補(63)と、「環境エネルギー政策研究所」所長の飯田哲也候補(53)の一騎打ちになっている。

山口県は言わずと知れた保守王国。戦後だけでも、岸信介、佐藤栄作、安倍晋三と3人もの首相を輩出し、民主圧勝の09年総選挙でも県内の4選挙区中3選挙区で自民が民主を破ったほどだ。
絶対的な自信から、自民党は告示前までは、「何があっても山口は特別」と高をくくっていた。しかしここへきて、情勢が一変。安閑とはしていられなくなってきた。
「告示前に自民党が行った調査では、山本は飯田にダブルスコアで勝っていた。ところが告示後は10ポイント差まで縮まっているのです。NHKの街頭アンケートでも山本と飯田の差は10ポイント前後。報道機関の調査の中には5ポイント差まで迫られているデータもあるようです。このトレンドは、迫っている候補者が最後に追い抜く典型です」(永田町関係者)
山本陣営のテイタラクには、地元国会議員の不協和音も影響している。
「安倍晋三元首相と林芳正参院議員が不仲なことに加えて、参院からの鞍替えを狙っている林さんが、河村建夫の選挙区(山口3区)からの出馬を画策し、山口県連はもうメチャクチャ。そもそも、どうせ勝てるからと、これまで誰も真剣に山本の選挙をやっていなかったのです」(地元記者)
さすがにヤバイとなったのか、ついに党本部が本格的に選挙支援に乗り出し、今後、小池百合子や片山さつきなど、知名度の高い女性議員を応援に投入することを検討しているという。

もし、脱原発の候補となっている飯田が勝利したら、打撃を受けるのは自民だけじゃない。野田政権も直撃だ。というのも、もはや山口県知事選は、ただの首長選挙ではなくなっているからだ。
橋下大阪市長のブレーンだった飯田は、「維新の会」とイメージが重なる。自然エネルギー拡大・脱原発依存が持論。しかも、山口では「上関原発」の建設計画をめぐって、県内が賛成と反対に二分されている。
山本vs.飯田の戦いは、「原発推進の既成政党vs.脱原発の第三極」という国政選挙の前哨戦だ。山本が敗北すれば、原発推進の野田政権にも大ダメージになるのである。
政治評論家の野上忠興氏がこう言う。
「官邸前デモの盛り上がりと原発周辺の活断層発覚は飯田陣営の追い風になる。山本候補が敗北するようなことになれば、野田と谷垣の民・自両トップへの風当たりが強くなる。民主党では離党者がますます増える。知事選にとどまらず、国政に影響を与えるのは必至です」
7・29後に永田町の景色が一変するかもしれない。

山口県の友人・知人・知らない人に電話を

 日刊ゲンダイが書くように飯田候補は自民・民主の山本候補を追い上げている。しかし、山口県内では知名度がどうしても低い。それを乗り越えるには、電話作戦しかない。友人・知人が山口県内にいる方もいない方も片っ端から山口県民へ電話をしよう。電話は選挙違反にはならない。飯田哲也勝手連へ問い合わせれば教えてくれます。

問い合わせ先

097-529-5030 飯田哲也さんを応援する大分勝手連
by nonukes | 2012-07-23 09:32 | 脱原発選挙 | Comments(0)

反原発オヤジのハチャメチャ子育て記2

反原発オヤジのハチャメチャ子育て記2
小坂正則2012年7月21日

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私は原稿を書きたいという衝動を抑えられない

実は、私が生まれて初めて書籍「市民電力会社をつくろう」なるものを出せたのは、偶然のたまものなのですが、そのときにはこれまで書きためていたミニコミ誌の原稿と、私の友人が出しているミニコミ誌への寄稿原稿などを洗いざらい出してきて、その中から使えそうなものを、初の本の原稿に試みようとしたのです。しかし、テーマに関係ない多くの原稿は当然にもボツになりました。私は「あの原稿もボツですか…」と、ずいぶん寂しい思いもしたのです。自分の身内を切り捨てるような気分になるものですね。しかし、現実は冷酷です。だって、私の出してもらった書籍は自費出版ではないのです。だから売れなかったら、いえ、売れるはずもないのですが、赤字分は出版社がかぶらなければならないのです。だから私ら素人は出してもらうだけで幸せなのです。
この原稿を書いている理由は「書籍のボツ原稿を日の目に出してやりたい」からなのです。つまり、そこでボツになった原稿に新たな原稿を付け足して、次の書籍を書き上げたいという衝動に駆られてしまったから、こうして原稿を書いているのです。
私の初書籍は昨年の4月から11月頃まで半年かかってどうにか書き上げたのですが、その中には昔の原稿を書き直したり、「ここは書き足してください」と、編集者に言われたところを継ぎ足したりの作業が続きました。そのため毎日夜遅くまで机に向かって書き続けたのですが、実にこの苦行のような文章を書くという作業が、毎日毎日繰り返していくうちに、だんだん楽しくなってくるのですから不思議です。何でこんなに楽しいのかというと、「私には毎日書かなければならない仕事がある」ということで、なにやら使命感みたいな感情が心の中に湧き起こって来るのです。
私の友人に杵築市の大熊さんという方がいます。彼は「熊さんのとり小屋日記」というコラムを朝日新聞の大分版に1年か2年書いて、それを出版しました。かれは「連載が終わった後、心に大きな穴があいたような気分に陥った」と私に話してくれました。その気分私も分かるような気がします。次を書きたくなるのでしょうね。しかし、原稿を書きためたからといっても、どこかの出版社が本を出してくれるという当てがあるわけでは決してありませんが。それでもレントゲンの話はみなさんおもしろいと言ってくれます。あれだけでは本にはならないし、もっともっと背骨になるような話を書かなければ、あれは単なるエピソードですから。でも、学校やいわゆる「教育者」といわれる人たちの本質を射抜いてはいますがね。

下手くそな文章でも人の心をつかむことはできる

実は自慢ではありませんが、私は文章を書くのが苦手でへたくそです。それに私の周りの仲間は文章がうまい人がたくさんいます。私が出しているミニコミ誌「つゆくさ通信」の常連さんの諫山さんや甲斐さんや大原さんなどは無駄な表現もなくシンプルで気品のなる文章を書きます。それに比べたら私は形容詞が多くて、表現もオーバーで第一語彙が少なくて、へたくそなので、彼らの原稿を読んだ後に自分の原稿を読んだら落ち込んでしまいます。
「それなのに何で書くの?」と、よく聞かれます。実はそれには深い理由があるのです。「私は周りの人に訴えたいのです」多くの方に私の思いを伝えたいのです。この思いだけは誰にも負けません。私は原発をとめたいという思いと、市民電力会社を作りたいという思いだけは誰にも負けないという自負があるから、「市民電力会社をつくろう」という本を出すことができたのです。文法などは後でどうにでも直せばいいのです。熱い思いがなければ人の心を動かすことはできません。文章がうまくても、それだけでは人の心を鷲掴みにはできません。だから私は未だに恥をさらすようなへたくそな文章をだらだらと書いているのです。
よく私の文章は「スピード感がある」とか「おもしろい」とか言われることがあります。それだけで私は十分だと思っています。私の周りには、私の文法を修正してくれるやさしい友人がたくさんいるのです。そんな友人がいなかったら私はこうしてみなさんに文章を見せるなんてことはできないでしょう。(この文章にはまだ誰も手を加えてはいませんが)

私は子どもを育てた話を書きたくなったのです

私はこれまで「川崎でゴミ収集の分別収集をやらせる」きっかけになるような運動をやったり、「大分市小学校5年生のレントゲン撮影」をやめさせたりしました。また、「万引きをやった子どもとどう接した」か、とか「非行少年と楽しく畑仕事をやった」ときのことなどもずいぶん私には楽しい思い出です。そしてなによりも「学校という巨大な怪物が子どもたちを押し殺している」という現実に何とかメスを入れたいのです。「学校など楽しくなかったらいかなくていい」のです。そんな当たり前のことが当たり前にできる社会にしたいのです。
最初にも書きましたが、このような閉塞情況の日本社会に閉じこめられている若者や子どもたちに夢を持って生きていけるような術を私なりに彼らに与えたいのです。そしてこの日本をもうちょと子どもたち(それと大人も)が暮らしやすいように作り替えていきたいのです。だから、1つは教育から変えなければならないと思っています。
そこで昨日、私の元妻に久しぶりに電話をしました。「実は私の子育ての話を本にしたいんだけどいいかな。あなたのことも当然書かなければならないし、私よりもあなたの方が子育ての中心だったのだから、あなたの了解をもらわないといけないと思ってね」と。すると彼女は「私はいいけど、子どもたちには了解を取ってね。1人でもだめといったら書いてはだめよ」と。「原稿はもちろんあなたには見せるし、子どもたちには了解を取るよ」と私は説明しました。(つづく)

私の書いた著書「市民電力会社をつくろう」も販売中です
by nonukes | 2012-07-21 16:46 | 反原発オヤジの子育て記 | Comments(3)

  小坂正則