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小坂正則の個人ブログ

<   2011年 06月 ( 16 )   > この月の画像一覧

伊方原発3号機(プルサーマル)を四国電力は動かすな!

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大分から目と鼻の先の伊方原発の再稼働を許さない

6月24日定期検査で止まっている3号機(プルサーマル運転)にモックス燃料の集合体16本を含む157本を原子炉へ装着した。早ければ7月10日には再稼働を目指すと四国電力は話している。中村時広愛媛県知事は「再稼働は白紙」といい、再稼働を認めないとは言っていないので、運転再開に同意する可能性も残している。この伊方原発の危険性は①日本最大に活断層の中央構造線がすぐ近くを走っているのに、30年を過ぎる老朽原発で、耐震設計が全国一のお粗末さだ。また、3号機はプルサーマル運転だという事など、一旦事故を起こせば第二の福島になる可能性が大きい。ましてや大分から僅か70キロ足らずの原発だから、私たち大分県民にとっては大分の原発と言っても過言ではない。

大分の私たちこそが反対の声を上げよう!

大分県民には手も足も出ない伊方原発(再稼働を許可する権限がない)。そんな危険な原発を止めるには、権限がない私たちだからこそ、福島原発事故が起きて初めて分かったことから、70キロの距離はまさに原発現地だと声だかに主張すべきだ。大分県知事は3月の記者会見で「伊方で事故があっても大分へ放射能が来ることはない」と、県民の命と安全を守る立場の知事とは思えないほどの発言を繰り返している。

3月14日の定例記者会見

記者 被曝者も結構出ていますが。
広瀬知事 被曝者は、まだまだその人体に大きな影響があるような被曝者ではありません。このあたりのことをよく見ながら、報道もちゃんとしておかないといけないと思います。
記者 今後の原発政策については、どういうふうに思いますか。
広瀬知事 原子力発電所は、大変危険が多い。危険が多いから何重にも安全対策を講じておく、それでも万一の時には避難もしなくてはいけないということで、やってきたわけです。
 それでも、こういうことになったわけだから、そこをよく評価して、これからどう考えていくかを、またよく議論をしていかなくてはいけないだろうと思います。
 それはもちろん、これまでも度々こういう議論をし、度々それに対して対応をしながらやってきたわけだから、そういう面が生きてきているというところもよく考えておいた方がいいと思います。
記者 以前、上関原発が姫島の非常に近いところに作られるということで、その際、県として何かアクションは起こさないのですか、という質問をさせてもらった時に、そんな大きな事故は起きませんからその必要はない、というご主旨のお答えだったのですが、いま改めて、こういうことが起きて。
広瀬知事 通常のことでは起きないでしょう。
 今度の場合は、世界的に希にみるトップクラスの地震だったわけですから、そういうこともどこまで想定するか、ということが一つ大事だということと、それから、こういう事故になっても、20キロ以遠に避難するということでした。伊方原発も佐賀関まで40キロ、大分まで80キロということですから、上関はどのくらいの距離か調べてみますが、そういうことも冷静に考えてみる必要があると思います。
記者 この事故が起きたからといって、伊方や上関の話で、県として何かものを申したりとか、そういうことは、いまところ必要がないということですか。
広瀬知事 それは、もう十分に今回の事故を検証して、まずはしっかりと考えると思います。

6月20日の定例記者会見

広瀬知事 私は、あくまでもああいう事態が起こったのだから、そこを踏まえてしっかりと安全対策を講じながら住民の理解を得ていくことが非常に大事なことではないか、そういう中で原子力発電所は動かせるものは動かしていったらいいじゃないかと思っています。

記者 原子力発電所に関して、伊方は佐賀関から50キロと結構近いと思いますが。
広瀬知事 近いところじゃなくて、海が同じだからね。
記者 そうですね。原子力発電所に関して特出した形での対策は、今、考えていますか。
広瀬知事 それは伊方にしろ、他のところにしろ、原子力発電所についての安全性を確認しながら対応しているわけだから、そこはよく見ておかなければ。
記者 新しく何かこれから対策を。
広瀬知事 それはないでしょう。
記者 特別決議のことですが、十分な国側の説明をしてもらいたいというのが大前提であると思いますが、それはイメージとしては九州各県の首長が許せば。
広瀬知事 それは必要ないのではないですか。佐賀県や鹿児島県が一番悩んでいるところだから。そこはちゃんと説明するのでしょう。

私たち大分県民が愛媛県知事や大分県知事へ伊方原発3号機の再稼働に反対するように電話しよう!


大分県知事 秘書課 電話 (代表)097-536-1111
愛媛県知事 秘書課 電話 (代表)089-941-2111


最も近い伊方原発 「安全性見直しも」   大分合同新聞 2011年03月22日

                    
 東日本大震災による福島の原発事故を受け、全国各地の原発が安全性の見直しを迫られている。大分県から最も近い四国電力・伊方原発(愛媛県伊方町)では震災後、非常用発電機の緊急検査を実施。同社の広報担当は「福島の事故原因などが判明すれば、安全性を見直すこともあり得る」としている。

 豊予海峡を挟み、佐賀関半島から約45キロ。伊方原発がある佐田岬半島北岸の沖合には、日本列島を東西に走る中央構造線の断層帯がある。四国電力はこの断層帯での地震発生を「最悪の事態」と想定、「耐震性を確保している」とする。
 同社によると、想定する地震の最大加速度は570ガル(阪神大震災は818ガル、新潟県中越地震は1750ガル)、津波の高さは最大4・25メートル。愛媛県によると、この地震の規模はマグニチュード(M)7・6と推測されるという。
 東日本大震災では国内観測史上最大のM9・0を記録した。「伊方は大丈夫かと町民から問い合わせがあった。これだけの地震が起きた以上、安全性をより高くするしか町民の信頼を得る方法はない」と伊方町。
 同町は毎年、原発事故を想定した訓練を実施している。避難想定区域は半径2~4キロ。中井一男総務課長は「万一の事故の際、対策本部を設置する町役場が原発から約4・2キロ。半径20キロ圏内に避難指示が出た福島のような事態になったら、お手上げだ」と話す。
 さらに「大分県に避難者の受け入れをお願いする事態もあるかもしれない。広域で連携する態勢づくりが必要だ」。だが、大分県に原発事故を想定した計画はなく「万一の際も情報収集に当たる程度の対応しかない」(防災危機管理課)。
 中国電力は15日、国東半島の対岸に建設を計画している上関(かみのせき)原発(山口県上関町)の用地造成工事を一時中断すると発表した。
 愛媛大学国際連携推進機構の細川洋治教授(科学技術政策)は「今回の大震災で、世界トップクラスの技術を持つ日本の原発開発にブレーキがかかるのは間違いない。地震大国として安全基準の見直しが迫られるだろう」とみている。

<ポイント>
伊方原発
 四国唯一の原子力発電所。加圧水型軽水炉3基が稼働しており、出力は計約200万キロワット。四国全体の4割の電力を賄っている。最も古い1号機の運転開始は1977年。3号機は昨年3月からプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を用いるプルサーマル運転を始めた。
by nonukes | 2011-06-24 23:54 | 原発とめよう!九電前ひろば | Comments(0)

田中優 大分講演会 7月28日(木)開催 

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大分へ田中優さん来ます

「原発はとめても電気は足りている。電気が足りないと言っているのは電力会社だけ」と、田中優さんは言います。電気は足りているのに、電力会社は「電気は足りない」といい、計画停電などをわざとして、私たちを脅して、現在停止中の原発を動かそうとしている。全国の企業や病院などが持っている自家発電を全て動かせば原発以上の6000万kwもの設備容量がある。それに、電気が足りなくなるのは夏場の12時から3時頃までの数時間で、それもほんの少しの時間だけ。節電も「15%節電」などと関西電力は言っているが、電気が足りなくなるのは昼間の数時間だかなので、朝晩に節電したところで関係ない。電車の間引き運転などして朝夕の通勤客の足を奪っても何の供給不足を補うことにはならない。などなど、具体的にどのようにすれば「原発なしでも電気が足りているか」をわかりやすく教えてくれます。
また、「発送電分離がなぜ必要か」や、電力自由化をすれば原発を所有する電力会社は潰れてしまい、ソフトバンクが進出しようとしている「新電力会社」が大きく成長するだろうということなど、これまで国や電力会社が隠していた「ウソ」を詳しく解明してくれることでしょう。田中優さんの話を聞いたあなたは、今日から電力会社にだまされることなく、自由な生き方ができることを請け合います。(文責:小坂)

 田中優講演会
 場 所:大分アイネス
時 間:18時開場・18時30分開演~20時30分
入場料:前売1000円(当日1300円)
主 催:田中優講演会実行委員会
連絡先:九州・自然エネルギー推進ネットワーク
097-529-5030(電話予約可能です)
当日予約のない方は入場できない場合があります
by nonukes | 2011-06-23 16:29 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

不買宣言がどのような影響力を与えるのだろうか

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原発と直接関係ない企業に対する「不買宣言」をやってはならないか


私が昨日の昼間に、朝日新聞6月19日の記事から「コクヨが原発を一度やめると日本は原発を造る技術を失う。だから原発拡大を」という回答を朝日新聞の100社へのアンケートに松下常務が答えた。これに対して、私は「不買宣言」をツイートしました。私は常務を社長と間違って表現しましたので訂正をしました。ただし、社長と常務を間違っていましたが、このコメントが常務の個人的な意見だと思ってはいません。常務は経営陣のナンバー3の人間ですから、会社を代表する意見だと私は考えます。だから私が書いた文章の内容が間違っているとは思っていません。
ただ、皆さんからこのような「不買宣言」を懸念するご意見がありました。その意味は「コクヨの不買運動を行うというのは言論の自由や商売の自由を脅かすし、恐怖社会をつくることになるのではないか」という不安からのご指摘だと思います。以下の意見は私の個人的な見解ですが、私の考えを表明します。

言論の自由とはなにか

フェイスブックにより、この春にはアフリカの独裁国家が次々に倒されました。残りはリビアだけだと言われるくらいの大きな力に市民が発する情報が国家権力をも倒す力になったようです。これまで日本ではマスコミの良識やNHKの中立というわけの分からない論理で真実が隠されてきました。もともと中立など存在しません。あるのは「被害者と加害者のそれぞれの意見を対等に表明する権利を保障する」ということだけです。この論理がアメリカなどのマスコミではしっかり担保されている場合が多いと聞きます。
なぜなら強大な権力を持った国や企業は、特に大企業は金の力で事実を押し曲げて、私たちの脳裏に大量のニセの情報を叩き込んできたのです。しかし、それも言論の自由として認めて、片や私たち被害者の側の反論権は保障されないまま「言論の自由」という単純な概念だけが一人歩きをしているのです。
確かに1971年沖縄返還協定の防衛機密を入手した毎日新聞西山記者のような方(記者としての第四の権力を持っている人)のスクープを記事として発表することなどの場合のみに「言論の自由」が対等に議論できるのだろうと思います。
私たち市民の言論をどう保障するのかという場合には、言論の自由だけでは不十分で、それだけでは言論の自由は担保されません。私たち弱者の「反論権」が保障されなければならないのです。

私たちに必要なものは反論権と生存権だ

私たちは企業が間違った考えで宣伝広告を流しても反論は出来ません。個人的な攻撃であれば名誉毀損で訴えられますが。それ意外には何も出来ません。しかし、それで本当にいいのでしょうか。ソフトバンクの孫正義氏が4月22日の会見で「私はこれまで騙されていた。原発がこれほど危険でウソで塗り固められていたものだとは知らなかった」と表明して脱原発をすすめると発言しました。なら、そのような今日まで私たちを瞞してきた、マスコミや公教育などを使って情報操作を行ってきた犯人はいったい誰なのでしょうか。
私たちの社会に巣くうどす黒い巨大な犯人集団こそ解明しなければ、私たちの言論の自由もクソもないのではないでしょうか。
日本では反論権など認められていないので、私たちは強大な企業に対しては相当な覚悟と徹底した権利意識を持ちながら闘わなければ、それこそ抹殺されてしまいます。そして、その反論権の1つがフェイスブックやツイーターによるネット情報の流布だと思います。この権利をみすみす紳士的な自主規制で私たちが行使しなければ、せっかくの私たちに与えられた有効な反論権という武器を使わず白旗を揚げることになるのです。

私たちには放射能に汚染されないで生き延びる権利があるのだ

私はコクヨというていたらくな会社があろうとなかろうと知ったことではないのですが、こんな会社が私たちが必死で闘っている横から、いいかげんな理論を振りかざすことについてはきちんと反論する権利があるのです。なぜなら私たちは生きる権利があるからです。以下の文章は6.11の新宿前で警官の解散警告を無視して表現の自由を闘い取った若者への熱い連帯を表明をした高山弁護士の書いたブログです。

「51年目のスイッチ」弁護士 高山俊吉

6月11日の新宿中央公園からのデモは長丁場でしたね。午後3時過ぎに公園を出発してアルタ前は6時近く。主催者はさっさと解散っていう雰囲気。
私たち6人は近くで食事をしてまたアルタ前に戻った。現場は完全な飽和状態。
青い制服の警察官でいっぱい。ゲリラ的なリレートークが続いているが、警察官がどんどん増えて解散を迫っている。司会者の後ろの生け垣の上にも警察官たちがいる。
「俺たちには表現の自由がある」と絶叫する青年。
「表現の自由」
この言葉を聞いて私にはかちっとスイッチが入ってしまいましたね。何かがおりてきてしまった。「しゃべらせろ」「何でもしゃべらせろ」とどなった。
予定の進行から外れることで困ったような顔の司会者が「どうぞ」と私にマイク。
「何だこのざまは。ふざけるんじゃない。
警察官の君たちも被曝しているんだぞ、君たちの家族も被曝しているんだぞ。
原発反対を言っているみんなは君たちの命を含めてみんなが死なないようにがんばっているんだ。
東電の味方をして自分がもっと被曝したいのか。恥を知れだ。君たちは今何をしているのかわかっているのか。
私は弁護士だ、法律家だ。いま表現の自由という言葉を聞いた。
法律家として私は断言する。そのとおり、みんなに正義がある、彼らには絶対に正義がない。
生きるか死ぬかの話の時に、何の規制か、何のルールか。
私は弁護士として言う。みんなにはいうべきことを言う権利がある。そしてみんなに言いたい。
政府も財界も司法権力も御用学者もみんな全然信用できない。政治家はもちろん信用できない。このとんでもない社会を根本から変えてゆくのは若いみんなだ。皆さんがこの社会を根本から変えてゆく。
法律家が言うべきを言わないでいることを私は詫びる。でも、力の限りがんばろうとしている弁護士も少なくない。力をあわせてこの状況を根本から変えていこう。彼らに暴走させてはいけない。彼らが暴走すれば、ここはチュニジアやエジプトに必ずなるぞ。一緒に闘おう。以上です。」
と、こんなことを話した(ような気がする)。いい爺さんの絶叫。しゃべった時間は5~6分かな。
話が終わったら完全なもみくちゃ状態。握手をしようというみんなにどっと囲まれました。
若い夫婦と子どもさんが寄ってきて、これも握手。「お嬢さんもご一緒なんですね」と言ったら、「マスクをさせていてわからないでしょうがこれは男の子です」と。そりゃごめんなさい。
「名前を教えて下さい、逮捕されたら頼みます」という青年。
外の何人もが「名前を教えて下さい」口々に。
タハリール広場とまではとても言えないけれど、アルタハ広場くらいの感じはしましたね。
後で一緒にいたS弁護士が「おおぜいいた警察官がいつの間にかすっと消えてしまった」と。
私は大学1年の時に樺美智子さんが警察官に殺された翌日の学内集会を思い起こしました。あのときも私の頭に一瞬にスイッチがはいってしまい、おとなしい俊吉青年が学友に「彼女の死を自分の問題として考えきろう」と思わず口走ってしまった。
しゃべる内容よりも、まずしゃべってしまったですね。
51年ぶりです。
タハリール広場にも51年ぶりのお爺さんがいたんだろうなぁ。
(高山弁護士の了解を得て転載しました)



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姫野洋三さんのCDを聞いてください
by nonukes | 2011-06-20 14:46 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(1)

夏至の夜 姫野洋三ライブ・コンサート

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雨に濡れる田の浦ビーチのウッドデッキ
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向こうに見えるのは雨にかすんだ人工島です
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姫野洋三さんのコンサート準備中
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前座は野崎大樹さの歌
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ぶっつけ本番の2人のジョイントは息もぴったりです。
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最後はやはり「若狭の海」でした


土砂降りの雨の中を大分市田の浦ビーチレストハウスにて姫野洋三さんのコンサートが開催されました。それに友情出演の野崎大樹さんが来てくれました。雨でお客様は少なかったのですが、アットホームでしんみりと生の姫野洋さんの歌を聴けました。今度はもっと多くの方に来てもらい、またここでライブコンサートをやりたいなと私は思いました。最後に「若狭の海」を歌い、アンコールの拍手に再登場した洋さんはジョンレノンのイマジンを歌って締めてくれました。こんな贅沢なライブを聴けた私たちは幸せです。

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by nonukes | 2011-06-19 22:58 | イベント案内 | Comments(1)

12月17日の全原発停止までの攻防戦を勝ち抜こう!

停止中の原発稼働を進めようとする動きを徹底的に潰そう


やはり九電が全原発停止の突破口を切り開こうと策動しているようです。これまで原子力村の挑発者で過激派、九州電力経営陣は関電の親分に指示されてプルサーマルも最初に動かしたし、今度の全原発停止を突破して最初に動かそうとしているようです。私も今年一杯は稼働は無理だと思っていましたが、彼らの動きが活発になって来ました。玄海町長の異常な金目当ての早期稼働要請は別として、佐賀県知事の微妙な発言は「精一杯慎重な議論をした結果、やはり経済への負担が大きいので早期に稼働もやむなし」という結論を出そうとしている可能性があります。断固たる稼働反対という意志は示していません。鹿児島県知事は「周辺住民へのきちっとした説明なしには稼働はあり得ない」というし、福井県知事は「津波対策などの小手先の対策でいい訳はない。地震対策がまったくやられてなくて稼働など考えられない。電力の供給と県民の生命とどちらが大事か」(要約)のように簡単には稼働などあり得ない。


JR九州社長が電気は足りてると九電がいうのに「早期の稼働要請」ならJR不買運動を始めよう

JR九州の社長は九州同友会の会長だという。この石原某という人間はお節介なことに「早期運転を再開すべきだ」や「国は早期稼働のために積極的に地元への説明に努力してほしい」などと余計なお節介を自分とは何の関わりもないのに言っている。もちろんJRに取っては「電気が足りない」という事態が生じたら電車が動かない状況に陥り、死活問題ということもあり得るが、九電の社長も「この夏の石油は確保した」といい、石油連盟の会長は「有り余るほど石油はある」と九電へ反論しているのに、何でJRの社長が余計なお節介をしなければならないのか。

原発がそんなに好きなJRなど私は今後一切乗りません!JR九州不乗車運動をしよう


JRは石油が高いから原子力が安いから動かせといい、私らは生命と交換に電気などほしくないと言ってるのだ。JRの社長がそんなに原発が好きなら、そんなJRは私は嫌いなので「JR九州不乗車運動」を行います。原発を支持する会社や個人へ徹底的に抗議しよう。そして12月17日まで何とか稼働を食い止めていこう!



玄海原発再開 佐賀知事 国に説明会要請 (西日本新聞)


九州電力玄海原発(佐賀県玄海町)2、3号機の運転再開をめぐり、佐賀県の古川康知事は17日、「国が県民に分かりやすい説明を行うことが必要」と述べ、原発の安全対策などについて、地元住民向け説明会の開催を国に要請する考えを表明した。県議会一般質問で答え、県は同日、経済産業省に申し入れた。

 また、古川知事は、同省原子力安全・保安院が9日に県側に説明した、福島第1原発の地震発生時のデータなどについて「(津波で重要な機能が失われたことは)一定の理解ができるが、さらに専門家の意見も参考にしたい」とも述べた。

 一方、玄海町議会は17日の本会議で、安全対策の確立を前提に、各地で運転停止中の原発の再稼働を国に求める意見書案を全会一致で可決した。

=2011/06/18付 西日本新聞朝刊=
by nonukes | 2011-06-18 09:12 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(2)

石油連盟会長は石油が余っているというのは間違いだと認めました?

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6月15日の九電大分支店で白井広報グループ長は私たちにウソを言った

6月15日、私は白井広報グループ長(写真左の人)に「九電の社長が石油がないから火力を動かせないというのは石油連盟の会長にウソだと言われて立つ瀬がないね」と言ったら、彼は「あの記者会見は間違いだったと石油連盟から九電に謝りの知らせがありました。充分あるのは震災した東北で九州には十分には石油は供給されていないことを知らずに石油連盟の会長が喋ったのです」と。私は「それなら謝罪広告を出せと抗議をしないのですか。九電の社長の名誉毀損じゃないですか」と言ったら、彼は笑っていました。
ところがその白井さんの話までが作り話だったことが判明しました。6月17日の西日本新聞です。彼が作り話を私に言ったのか、それとも誰か九電の上司が彼に作り話を言ったのか私には、現時点では確認できていませんが、月曜日にでも白井さんに確認します。

このウソは徹底的に追求します

私や一緒に説明を聞きに行った人々はみな白井さんの話を信じました。ところがそれが真っ赤なウソだったことが分かったからには、私はこのまま黙ってはいませんよ。徹底的に追求します。そして白井さんには詫び状を書いてもらいます。

九電はウソを言っても平気なの?

大林さん(写真の右側のひと)に私は訪ねました「九電社内で,原発の議論はないのですか」と。すると彼は「そんな話はしませんね」と。これもきっとウソでしょうねえ。私にメールをくれる九電の社員は「九電の社員の中では原発を支持する人はほとんどいませんよ。私たちもバカじゃないですからね。社員仲間ではどうするべきかいつも議論してますよ」と。先日居酒屋で隣合わせた九電の社員が酔った勢いかもしれないが、「原発にみんな反対ですよ」と言っていたと、一緒に座り込みをした仲間から聞きましたが。これは私が直接聞いたわけではありませんので、確信はもてませんが。

「九電の燃料確保可能」と石油連盟会長再度見解

九州電力の火力発電用燃料調達不足問題で、石油連盟の天坊昭彦会長(出光興産会長)は16日の記者会見で「問題になることはないだろう」と述べ、需給全体に問題はなく、九電の夏用の燃料確保は十分可能という見解をあらためて示した。ただ、定期検査中の原発を運転再開できず、来年春までに原発が全面停止した場合の燃料供給については「需要がどれぐらいになるかも分からないので、大丈夫とか、足らないとかいう話はできない」と述べ、国や電力業界に石油需要見通しを示すよう求めた。

 「(火力用燃料は)全体的に足りている。夏の手当てができないとは考えられない」と5月の会見で明言した天坊氏は、この日も「(状況は)変わっていない」と供給に自信を示した。

 5月の会見後、原発代替の火力用燃料調達が困難として夏に最大15%の節電要請を示唆していた九電側は「話を聞いてみたい」(真部利応社長)と反応。その後、九電の燃料調達が進み、今月9日時点では9月末までに必要な燃料約150万キロリットル(石油換算)のうち、8月上旬分までの約100万キロリットルを確保し、残り50万キロリットルは交渉中と説明。節電の目標設定は見合わせている。

=2011/06/17付 西日本新聞朝刊=
by nonukes | 2011-06-17 21:55 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

「固定買い取り法」を支持する207人で新党を立ち上げよう!

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脱原発を進める管政権を応援しよう!

 管首相の不人気ぶりは政界に限らずマスコミでも沸騰しているようですが、少なくとも浜岡原発を止める決断をしたことは大きな功績です。管首相を辞めさせたら、本当に日本が私たちの望む「脱原発社会」へ向かうのでしょうか。この間、管首相を辞めさようとしているのは自民党と公明党に民主党の小沢グループによる行動ですが、そこには共通した政策は何もありません。あるのはただ管首相憎しだけです。
 その政局に便乗して管首相を辞任させて政策変更を目論む影の勢力があります。それは電力会社と連合という名の御用組合ナショナルセンターと自民党の原発族に経産省の原発村の集団です。彼らの野望を成功させてはならない。管氏をいま辞めさせたら、明らかにこれだけは潰されてしまいます。「発電・送電分離」と「東電の法的整理」や「電力自由化」です。管氏は自らの政権延命のために、送発電分離などと口走ったのかもしれませんが、これまでの自民党政権では誰も言えなかった、日本のエネルギー政策を根本から変革する解決策を言ったといことは画期的なことです。その「発・送電分離」発言をしただけで電力株は大幅に値下げしました。今こそ、管首相を辞めさせないで、発・送電分離の議論を高めさせよう!管首相をますます突き進まさせて歴史に残る「電力自由化」を管首相の手でやらせましょう!もし、小沢派と自民党に管政権を明け渡したら全ては白紙に戻るでしょう。なぜなら反管派には一切「脱原発」の政策などは語られていないからです。自民党にあるのは旧来の利権構造に戻すことだけです。

ソフトバンクの孫正義氏も管首相を応援

 太陽光や風力などの自然エネルギー普及を目指す超党派議員や民間人による緊急集会が6月15日夜、衆院議員会館で菅直人首相も出席して開かれた。首相はあいさつで、電力会社に自然エネルギーによる電力の買い取りを義務付けた「固定価格買い取り制度法案」の今国会成立に強い意欲を表明。「『菅の顔を見たくない』という人も国会にはいる。それならこの法案を通した方がいい」と述べ、同法案成立までは退陣しない姿勢をにじませた。首相は、同法案について「何としても通したい。通さないと政治家としての責任を果たしたことにならない」と強調した。
 首相に対する与野党からの退陣圧力は強まる一方だが、ソフトバンクの孫正義社長は会合で「すごい土俵際の粘りだ。この粘りで法案を絶対に通してほしい」と首相にエールを送っていた。また前日の14日に孫氏は、太陽光発電などの自然エネルギーの重要性を指摘し、浜岡原発の運転停止について「歴史的英断だ」とたたえ、「嵐のど真ん中で船長を代えられても困る。ぶれずにがんばってください」と激励した。
 首相は「大変元気をいただいた。再生可能エネルギーについて懸命に取り組みたい」と語った。(時事通信)

「全量固定買取法」を支持する国会議員で新党を作れ!

 「全量固定買取法」を支持する「脱原発派」の207人の国会議員の力で、この法案を今国会でぜひ通してもらいたいものです。この法案には自民党の河野太郎氏や社民党の福島瑞穂氏など超党派の国会議員が集まっています。自民党や民主党の反管勢力に対抗して、管首相を中心に彼らによる新党を立ち上げれば国民的な大きな政策的な対立軸になると思われます。6月15日のNHKニュースで原発廃止は65%で現状維持は28%で、圧倒的に脱原発が国民の多数派です。ぜひ管首相にはこのあと10年でもの頑張ってもらい、残りの課題である「発・送電分離」や「電力完全自由化」をやり遂げてもらいましょう!そして孫正義氏には第2東京電力を作ってもらい、自然エネルギーだけの電力を私たちに供給してもらいましょう。
by nonukes | 2011-06-17 19:12 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(1)

九電大分支店に回答をもらい、新たな申し入れを渡しました!

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今年のクリスマスと来年のお正月は脱原発が実現します!

私たちが4月26日に申し入れをした質問書に対しての回答を6月15日に九電大分支店からもらいました。質問書は8人で口頭での質問や要望は4人くらいいました。その回答は全部で8項目です。

①全ての原発をすぐ止めてほしい

回答:私どもは原子力安全保安院より「運転可能」という回答をもらっているので一日も早く運転再開をしたいと思っています。

会場意見:
「保安院は国民誰も信用していない。そんな保安院が安全だなどと言ったところで何の保障にもならない」や、「事故があったら九電は責任を取れるのか」など、この回答に対する質問や抗議が一番多かったです。

②自然エネルギーへの転換をしてほしい

回答:当社は3000kwの太陽光発電を一カ所に、今年度中に大村にもう一カ所設置予定。

会場意見:そのようにはちっとも思えない。なぜなら風力発電はドイツの10分の1以下で、解列枠などの制限をしているではないか。九電は小型風車の系統連携もしていないし、本当は風力など買いたくないのでしょ。だって原発の電気が余ってるから。

③オール電化キャンペーンをやめるべきだ。また、④公取委から2008年に除命令が出た「不当表示」を行っていないか。

回答:現在当社は「省エネ快適ライフ」というキャンペーンをやっています。オール電化キャンペーンはやっていません。そのほかコンプライアンス教育は徹底しています。

会場意見:省エネ快適ライフとオール電化はどう違うの?回答「同じ」です。会場:昼間電気を使うIHクッキングヒーターなど使ったら電気が足りなくなるではないですか。キャンペーンはすぐやめるべきだ。

⑤、⑥は省略
⑦企業向けの「使えば使うほど電気料金が安くなるというのは本当か」

回答:そのようなことはありません。使えば使うほど高くなりますが、一般家庭のような逓増方式ではありませんので契約電力によって電気料金は変わってきます。大口電力は小口よりも安いです。
会場意見:じやあやっぱり使うほどやすくなるんじゃないですか

⑧玄海原発は本当に60年も運転するのですか

回答:当社では60年運転するとは一言も言っていません

会場意見:西日本新聞によると東大名誉教授が玄海原発は日本で一番危険な原発だと書いていました。そんな危険な原発は1日も早くとめてください。

以上のような回答でした。会場からは「事故が起こったら責任を取れるのか」や「電気ぐらいに命をかけて生きて行くなどまっぴらです」などの意見が出ました。「九電内部で原発をどうするかという議論はないのですか」と私が聞いたら「ないです」と、大林副長(写真左側の職員)が言うので、私は「もし本当にそんな議論がないのなら、やはり九電という会社は三流企業ですね。自由な議論が出来ない会社なら将来性はありませんね」と。そのほか新たな質問書と要望書を4名の方が手渡しました。また、新たな質問への回答をするという約束をしました。このように皆さんもお近くの営業所や支店に行って質問や要望書を渡しましょう。そして原発を1日も早く止めてくれるようにお願いしましょう!多くの方の意見や声が実は大きな力になるのです。反対の声を上げなければ、賛成と見なされます。皆さんも支店まで行ける方は行って、行けない方は電話でもいいので声を九電に届けましょう!
いい話も聞きました。九電の残りの3基の原発も12月17日に定期点検に入り、それ以降は全ての原発が止まります。私たちも後半年頑張って節電すれば12月のクリスマスと来年のお正月は脱原発で過ごせるのです。もうしばらくみんなで節電しましょう!
by nonukes | 2011-06-17 11:29 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(1)

いま管首相を辞めさせるのは電力会社の思うつぼだ!

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脱原発の流れをつぶさないで!


この間の管首相の腹立たしくて、なおかついい加減で一貫性のない原発への対応に国民の多くが失望と怒りに燃えていることだろう。しかし、ここで冷静に考えなければならないことがある。管首相を辞めさせたら、本当に日本が私たちの望む「脱原発社会」へ向かうのだろうか。この間、管首相を辞めさようとしているのは自民党と公明党に民主党の小沢派が結託しての行動だが、そこには何の政策もない。あるのはただ管首相憎しだけだ。
その政争に便乗して管を追い落として政策変更をさせようとしている闇の勢力がある。それは電事連と連合という名の御用組合のナショナルセンターに自民党の原発族に経産省の原発村の一味だ。奴らの野望を成功させてはならない。管をいま辞めさせたら、明らかにこれだけは潰れてします。「発電・送電分離構想」と「東電の解体的責任を明確にする」ことだ。管は破れかぶれに無責任な発言をした。送発電分離など、本当はやる気も何も彼の心の中にはないかもしれない。しかし、破れかぶれで口先だけで言ったことだとしても、それ自体は画期的なことだ。その発言をしただけで電力株は大幅に値下げした。今こそ、管を辞めさせないで、送発電分離の議論を高めさせよう!そして破れ管を徹底的に突き進ませて歴史に残る「電力自由化」を管の手でやらせよう!もし、小沢派と自民党に管政権を明け渡したら全ては白紙に戻るだろう。なぜなら小沢派や鳩山派には一切「脱原発」の政策がない。自民党にあるのは旧来の利権構造に戻すことだけだ。

脱原発の方向性を確立させるまで管政権を続けさせよう

私は管政権を決して支持するものではない。しかし、反管勢力は何の政策も示すことなく、ただ管の人間性が悪いだの、ペテン師だのと批判はしても脱原発政策など微塵もないではなか。ここは管が生き延びようとして破れかぶれで原発村の利権集団を一掃することに私たちはかける方が昔に返すより、よりましではないか。もし、管政権を批判する民主党勢力が国民の支持を得たいのなら、きちっとした政策を示したから管を批判するべきだ。自民党に政権をただ返してゾンビをよみがえらせては決してならない!

時代は「脱原発」へ突き進みつつある

いま、確実に私たちのに有利に歴史は動いている。特にこれまで矛盾した国策に振り回されていた国民が初めて自分たちの意見を国政に反映できる一歩手前まで来ている。もうすこしで明治維新以後初めての市民革命が成立するかもしれないほどの重要な歴史的な情勢にいまあるのかもしれない。みんなでこの歴史を動かそう。良心的な民主党の議員と私たち市民が初めて手を取り合えるかも知れない最初で最後のチャンスなのではないか。慎重にしかし大胆に歴史を動かそう!再度言う「原発を押し進めた自民党と公明党に政権を明け渡してはならない」と。

制服向上委員会の歌「ダッ!ダッ!ダッ!脱・原発」
by nonukes | 2011-06-13 01:59 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(8)

脱原発の文化をみんなで作りだそう!

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「非現実的な夢想家として」    村上春樹氏のバルセロナのスピーチより

 僕がこの前バルセロナを訪れたのは二年前の春のことです。サイン会を開いたとき、驚くほどたくさんの読者が集まってくれました。長い列ができて、一時間半かけてもサインしきれないくらいでした。どうしてそんなに時間がかかったかというと、たくさんの女性の読者たちが僕にキスを求めたからです。それで手間取ってしまった。

 僕はこれまで世界のいろんな都市でサイン会を開きましたが、女性読者にキスを求められたのは、世界でこのバルセロナだけです。それひとつをとっても、バルセロナがどれほど素晴らしい都市であるかがわかります。この長い歴史と高い文化を持つ美しい街に、もう一度戻ってくることができて、とても幸福に思います。

 でも残念なことではありますが、今日はキスの話ではなく、もう少し深刻な話をしなくてはなりません。

 ご存じのように、去る3月11日午後2時46分に日本の東北地方を巨大な地震が襲いました。地球の自転が僅かに速まり、一日が百万分の1.8秒短くなるほどの規模の地震でした。

 地震そのものの被害も甚大でしたが、その後襲ってきた津波はすさまじい爪痕を残しました。場所によっては津波は39メートルの高さにまで達しました。39メートルといえば、普通のビルの10階まで駆け上っても助からないことになります。海岸近くにいた人々は逃げ切れず、二万四千人近くが犠牲になり、そのうちの九千人近くが行方不明のままです。堤防を乗り越えて襲ってきた大波にさらわれ、未だに遺体も見つかっていません。おそらく多くの方々は冷たい海の底に沈んでいるのでしょう。そのことを思うと、もし自分がその立場になっていたらと想像すると、胸が締めつけられます。生き残った人々も、その多くが家族や友人を失い、家や財産を失い、コミュニティーを失い、生活の基盤を失いました。根こそぎ消え失せた集落もあります。生きる希望そのものをむしり取られた人々も数多くおられたはずです。

 日本人であるということは、どうやら多くの自然災害とともに生きていくことを意味しているようです。日本の国土の大部分は、夏から秋にかけて、台風の通り道になっています。毎年必ず大きな被害が出て、多くの人命が失われます。各地で活発な火山活動があります。そしてもちろん地震があります。日本列島はアジア大陸の東の隅に、四つの巨大なプレートの上に乗っかるような、危なっかしいかっこうで位置しています。我々は言うなれば、地震の巣の上で生活を営んでいるようなものです。

 台風がやってくる日にちや道筋はある程度わかりますが、地震については予測がつきません。ただひとつわかっているのは、これで終りではなく、別の大地震が近い将来、間違いなくやってくるということです。おそらくこの20年か30年のあいだに、東京周辺の地域を、マグニチュード8クラスの大型地震が襲うだろうと、多くの学者が予測しています。それは十年後かもしれないし、あるいは明日の午後かもしれません。もし東京のような密集した巨大都市を、直下型の地震が襲ったら、それがどれほどの被害をもたらすことになるのか、正確なところは誰にもわかりません。

 にもかかわらず、東京都内だけで千三百万人の人々が今も「普通の」日々の生活を送っています。人々は相変わらず満員電車に乗って通勤し、高層ビルで働いています。今回の地震のあと、東京の人口が減ったという話は耳にしていません。

 なぜか?あなたはそう尋ねるかもしれません。どうしてそんな恐ろしい場所で、それほど多くの人が当たり前に生活していられるのか?恐怖で頭がおかしくなってしまわないのか、と。

 日本語には無常(mujo)という言葉があります。いつまでも続く状態=常なる状態はひとつとしてない、ということです。この世に生まれたあらゆるものはやがて消滅し、すべてはとどまることなく変移し続ける。永遠の安定とか、依って頼るべき不変不滅のものなどどこにもない。これは仏教から来ている世界観ですが、この「無常」という考え方は、宗教とは少し違った脈絡で、日本人の精神性に強く焼き付けられ、民族的メンタリティーとして、古代からほとんど変わることなく引き継がれてきました。

 「すべてはただ過ぎ去っていく」という視点は、いわばあきらめの世界観です。人が自然の流れに逆らっても所詮は無駄だ、という考え方です。しかし日本人はそのようなあきらめの中に、むしろ積極的に美のあり方を見出してきました。

 自然についていえば、我々は春になれば桜を、夏には蛍を、秋になれば紅葉を愛でます。それも集団的に、習慣的に、そうするのがほとんど自明のことであるかのように、熱心にそれらを観賞します。桜の名所、蛍の名所、紅葉の名所は、その季節になれば混み合い、ホテルの予約をとることもむずかしくなります。

 どうしてか?

 桜も蛍も紅葉も、ほんの僅かな時間のうちにその美しさを失ってしまうからです。我々はそのいっときの栄光を目撃するために、遠くまで足を運びます。そしてそれらがただ美しいばかりでなく、目の前で儚く散り、小さな灯りを失い、鮮やかな色を奪われていくことを確認し、むしろほっとするのです。美しさの盛りが通り過ぎ、消え失せていくことに、かえって安心を見出すのです。

 そのような精神性に、果たして自然災害が影響を及ぼしているかどうか、僕にはわかりません。しかし我々が次々に押し寄せる自然災害を乗り越え、ある意味では「仕方ないもの」として受け入れ、被害を集団的に克服するかたちで生き続けてきたのは確かなところです。あるいはその体験は、我々の美意識にも影響を及ぼしたかもしれません。

 今回の大地震で、ほぼすべての日本人は激しいショックを受けましたし、普段から地震に馴れている我々でさえ、その被害の規模の大きさに、今なおたじろいでいます。無力感を抱き、国家の将来に不安さえ感じています。

 でも結局のところ、我々は精神を再編成し、復興に向けて立ち上がっていくでしょう。それについて、僕はあまり心配してはいません。我々はそうやって長い歴史を生き抜いてきた民族なのです。いつまでもショックにへたりこんでいるわけにはいかない。壊れた家屋は建て直せますし、崩れた道路は修復できます。

 結局のところ、我々はこの地球という惑星に勝手に間借りしているわけです。どうかここに住んで下さいと地球に頼まれたわけじゃない。少し揺れたからといって、文句を言うこともできません。ときどき揺れるということが地球の属性のひとつなのだから。好むと好まざるとにかかわらず、そのような自然と共存していくしかありません。

 ここで僕が語りたいのは、建物や道路とは違って、簡単には修復できないものごとについてです。それはたとえば倫理であり、たとえば規範です。それらはかたちを持つ物体ではありません。いったん損なわれてしまえば、簡単に元通りにはできません。機械が用意され、人手が集まり、資材さえ揃えばすぐに拵えられる、というものではないからです。

 僕が語っているのは、具体的に言えば、福島の原子力発電所のことです。

 みなさんもおそらくご存じのように、福島で地震と津波の被害にあった六基の原子炉のうち、少なくとも三基は、修復されないまま、いまだに周辺に放射能を撒き散らしています。メルトダウンがあり、まわりの土壌は汚染され、おそらくはかなりの濃度の放射能を含んだ排水が、近海に流されています。風がそれを広範囲に運びます。

 十万に及ぶ数の人々が、原子力発電所の周辺地域から立ち退きを余儀なくされました。畑や牧場や工場や商店街や港湾は、無人のまま放棄されています。そこに住んでいた人々はもう二度と、その地に戻れないかもしれません。その被害は日本ばかりではなく、まことに申し訳ないのですが、近隣諸国に及ぶことにもなりそうです。

 なぜこのような悲惨な事態がもたらされたのか、その原因はほぼ明らかです。原子力発電所を建設した人々が、これほど大きな津波の到来を想定していなかったためです。何人かの専門家は、かつて同じ規模の大津波がこの地方を襲ったことを指摘し、安全基準の見直しを求めていたのですが、電力会社はそれを真剣には取り上げなかった。なぜなら、何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資するのは、営利企業の歓迎するところではなかったからです。

 また原子力発電所の安全対策を厳しく管理するべき政府も、原子力政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受けられます。

 我々はそのような事情を調査し、もし過ちがあったなら、明らかにしなくてはなりません。その過ちのために、少なくとも十万を超える数の人々が、土地を捨て、生活を変えることを余儀なくされたのです。我々は腹を立てなくてはならない。当然のことです。(バルセロナ共同)


 日本人はなぜか、もともとあまり腹を立てない民族です。我慢することには長けているけれど、感情を爆発させるのはそれほど得意ではない。そういうところはあるいは、バルセロナ市民とは少し違っているかもしれません。でも今回は、さすがの日本国民も真剣に腹を立てることでしょう。

 しかしそれと同時に我々は、そのような歪んだ構造の存在をこれまで許してきた、あるいは黙認してきた我々自身をも、糾弾しなくてはならないでしょう。今回の事態は、我々の倫理や規範に深くかかわる問題であるからです。

 ご存じのように、我々日本人は歴史上唯一、核爆弾を投下された経験を持つ国民です。1945年8月、広島と長崎という二つの都市に、米軍の爆撃機によって原子爆弾が投下され、合わせて20万を超す人命が失われました。死者のほとんどが非武装の一般市民でした。しかしここでは、その是非を問うことはしません。

 僕がここで言いたいのは、爆撃直後の20万の死者だけではなく、生き残った人の多くがその後、放射能被曝の症状に苦しみながら、時間をかけて亡くなっていったということです。核爆弾がどれほど破壊的なものであり、放射能がこの世界に、人間の身に、どれほど深い傷跡を残すものかを、我々はそれらの人々の犠牲の上に学んだのです。

 戦後の日本の歩みには二つの大きな根幹がありました。ひとつは経済の復興であり、もうひとつは戦争行為の放棄です。どのようなことがあっても二度と武力を行使することはしない、経済的に豊かになること、そして平和を希求すること、その二つが日本という国家の新しい指針となりました。

 広島にある原爆死没者慰霊碑にはこのような言葉が刻まれています。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 素晴らしい言葉です。我々は被害者であると同時に、加害者でもある。そこにはそういう意味がこめられています。核という圧倒的な力の前では、我々は誰しも被害者であり、また加害者でもあるのです。その力の脅威にさらされているという点においては、我々はすべて被害者でありますし、その力を引き出したという点においては、またその力の行使を防げなかったという点においては、我々はすべて加害者でもあります。

 そして原爆投下から66年が経過した今、福島第一発電所は、三カ月にわたって放射能をまき散らし、周辺の土壌や海や空気を汚染し続けています。それをいつどのようにして止められるのか、まだ誰にもわかっていません。これは我々日本人が歴史上体験する、二度目の大きな核の被害ですが、今回は誰かに爆弾を落とされたわけではありません。我々日本人自身がそのお膳立てをし、自らの手で過ちを犯し、我々自身の国土を損ない、我々自身の生活を破壊しているのです。

 何故そんなことになったのか?戦後長いあいだ我々が抱き続けてきた核に対する拒否感は、いったいどこに消えてしまったのでしょう?我々が一貫して求めていた平和で豊かな社会は、何によって損なわれ、歪められてしまったのでしょう?

 理由は簡単です。「効率」です。

 原子炉は効率が良い発電システムであると、電力会社は主張します。つまり利益が上がるシステムであるわけです。また日本政府は、とくにオイルショック以降、原油供給の安定性に疑問を持ち、原子力発電を国策として推し進めるようになりました。電力会社は膨大な金を宣伝費としてばらまき、メディアを買収し、原子力発電はどこまでも安全だという幻想を国民に植え付けてきました。

 そして気がついたときには、日本の発電量の約30パーセントが原子力発電によってまかなわれるようになっていました。国民がよく知らないうちに、地震の多い狭い島国の日本が、世界で三番目に原発の多い国になっていたのです。

 そうなるともうあと戻りはできません。既成事実がつくられてしまったわけです。原子力発電に危惧を抱く人々に対しては「じゃああなたは電気が足りなくてもいいんですね」という脅しのような質問が向けられます。国民の間にも「原発に頼るのも、まあ仕方ないか」という気分が広がります。高温多湿の日本で、夏場にエアコンが使えなくなるのは、ほとんど拷問に等しいからです。原発に疑問を呈する人々には、「非現実的な夢想家」というレッテルが貼られていきます。

 そのようにして我々はここにいます。効率的であったはずの原子炉は、今や地獄の蓋を開けてしまったかのような、無惨な状態に陥っています。それが現実です。

 原子力発電を推進する人々の主張した「現実を見なさい」という現実とは、実は現実でもなんでもなく、ただの表面的な「便宜」に過ぎなかった。それを彼らは「現実」という言葉に置き換え、論理をすり替えていたのです。

 それは日本が長年にわたって誇ってきた「技術力」神話の崩壊であると同時に、そのような「すり替え」を許してきた、我々日本人の倫理と規範の敗北でもありました。我々は電力会社を非難し、政府を非難します。それは当然のことであり、必要なことです。しかし同時に、我々は自らをも告発しなくてはなりません。我々は被害者であると同時に、加害者でもあるのです。そのことを厳しく見つめなおさなくてはなりません。そうしないことには、またどこかで同じ失敗が繰り返されるでしょう。

 「安らかに眠って下さい。過ちは繰り返しませんから」

 我々はもう一度その言葉を心に刻まなくてはなりません。

 ロバート・オッペンハイマー博士は第二次世界大戦中、原爆開発の中心になった人ですが、彼は原子爆弾が広島と長崎に与えた惨状を知り、大きなショックを受けました。そしてトルーマン大統領に向かってこう言ったそうです。

 「大統領、私の両手は血にまみれています」

 トルーマン大統領はきれいに折り畳まれた白いハンカチをポケットから取り出し、言いました。「これで拭きたまえ」

 しかし言うまでもなく、それだけの血をぬぐえる清潔なハンカチなど、この世界のどこを探してもありません。

 我々日本人は核に対する「ノー」を叫び続けるべきだった。それが僕の意見です。

 我々は技術力を結集し、持てる叡智を結集し、社会資本を注ぎ込み、原子力発電に代わる有効なエネルギー開発を、国家レベルで追求すべきだったのです。たとえ世界中が「原子力ほど効率の良いエネルギーはない。それを使わない日本人は馬鹿だ」とあざ笑ったとしても、我々は原爆体験によって植え付けられた、核に対するアレルギーを、妥協することなく持ち続けるべきだった。核を使わないエネルギーの開発を、日本の戦後の歩みの、中心命題に据えるべきだったのです。

 それは広島と長崎で亡くなった多くの犠牲者に対する、我々の集合的責任の取り方となったはずです。日本にはそのような骨太の倫理と規範が、そして社会的メッセージが必要だった。それは我々日本人が世界に真に貢献できる、大きな機会となったはずです。しかし急速な経済発展の途上で、「効率」という安易な基準に流され、その大事な道筋を我々は見失ってしまったのです。

 前にも述べましたように、いかに悲惨で深刻なものであれ、我々は自然災害の被害を乗り越えていくことができます。またそれを克服することによって、人の精神がより強く、深いものになる場合もあります。我々はなんとかそれをなし遂げるでしょう。

 壊れた道路や建物を再建するのは、それを専門とする人々の仕事になります。しかし損なわれた倫理や規範の再生を試みるとき、それは我々全員の仕事になります。我々は死者を悼み、災害に苦しむ人々を思いやり、彼らが受けた痛みや、負った傷を無駄にするまいという自然な気持ちから、その作業に取りかかります。それは素朴で黙々とした、忍耐を必要とする手仕事になるはずです。晴れた春の朝、ひとつの村の人々が揃って畑に出て、土地を耕し、種を蒔くように、みんなで力を合わせてその作業を進めなくてはなりません。一人ひとりがそれぞれにできるかたちで、しかし心をひとつにして。

 その大がかりな集合作業には、言葉を専門とする我々=職業的作家たちが進んで関われる部分があるはずです。我々は新しい倫理や規範と、新しい言葉とを連結させなくてはなりません。そして生き生きとした新しい物語を、そこに芽生えさせ、立ち上げてなくてはなりません。それは我々が共有できる物語であるはずです。それは畑の種蒔き歌のように、人々を励ます律動を持つ物語であるはずです。我々はかつて、まさにそのようにして、戦争によって焦土と化した日本を再建してきました。その原点に、我々は再び立ち戻らなくてはならないでしょう。

 最初にも述べましたように、我々は「無常(mujo)」という移ろいゆく儚い世界に生きています。生まれた生命はただ移ろい、やがて例外なく滅びていきます。大きな自然の力の前では、人は無力です。そのような儚さの認識は、日本文化の基本的イデアのひとつになっています。しかしそれと同時に、滅びたものに対する敬意と、そのような危機に満ちた脆い世界にありながら、それでもなお生き生きと生き続けることへの静かな決意、そういった前向きの精神性も我々には具わっているはずです。

 僕の作品がカタルーニャの人々に評価され、このような立派な賞をいただけたことを、誇りに思います。我々は住んでいる場所も遠く離れていますし、話す言葉も違います。依って立つ文化も異なっています。しかしなおかつそれと同時に、我々は同じような問題を背負い、同じような悲しみと喜びを抱えた、世界市民同士でもあります。だからこそ、日本人の作家が書いた物語が何冊もカタルーニャ語に翻訳され、人々の手に取られることにもなるのです。僕はそのように、同じひとつの物語を皆さんと分かち合えることを嬉しく思います。夢を見ることは小説家の仕事です。しかし我々にとってより大事な仕事は、人々とその夢を分かち合うことです。その分かち合いの感覚なしに、小説家であることはできません。

 カタルーニャの人々がこれまでの歴史の中で、多くの苦難を乗り越え、ある時期には苛酷な目に遭いながらも、力強く生き続け、豊かな文化を護ってきたことを僕は知っています。我々のあいだには、分かち合えることがきっと数多くあるはずです。

 日本で、このカタルーニャで、あなた方や私たちが等しく「非現実的な夢想家」になることができたら、そのような国境や文化を超えて開かれた「精神のコミュニティー」を形作ることができたら、どんなに素敵だろうと思います。それこそがこの近年、様々な深刻な災害や、悲惨きわまりないテロルを通過してきた我々の、再生への出発点になるのではないかと、僕は考えます。我々は夢を見ることを恐れてはなりません。そして我々の足取りを、「効率」や「便宜」という名前を持つ災厄の犬たちに追いつかせてはなりません。我々は力強い足取りで前に進んでいく「非現実的な夢想家」でなくてはならないのです。人はいつか死んで、消えていきます。しかしhumanityは残ります。それはいつまでも受け継がれていくものです。我々はまず、その力を信じるものでなくてはなりません。

 最後になりますが、今回の賞金は、地震の被害と、原子力発電所事故の被害にあった人々に、義援金として寄付させていただきたいと思います。そのような機会を与えてくださったカタルーニャの人々と、ジャナラリター・デ・カタルーニャのみなさんに深く感謝します。そして先日のロルカの地震の犠牲になられたみなさんにも、深い哀悼の意を表したいと思います。(バルセロナ共同)
by nonukes | 2011-06-12 21:17 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

  小坂正則