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小坂正則の個人ブログ

カテゴリ:マスコミと原発( 7 )

道番組の中身にまで介入する安倍政権と、屈服したテレ朝

道番組の中身にまで介入する安倍政権と、屈服したテレ朝
マスコミ人は安倍晋三の介入からテレビを守れ!

小坂正則

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マスコミを黙らせて強権政治を行う官邸

 3月27日のテレ朝の報道ステーションで、元経産省官僚の古賀茂明氏が番組の中で「私は菅官房長官からバッシングを受け続けてきました。その結果、テレ朝の早川会長によって降格されたため、今日が最後の番組です」と、爆弾発言を行ったことから週刊誌だけではなく、マスコミを巻き込んでの大騒動になったのです。
 そして、これまで自民党や官邸が行ってきた一連の報道番組への介入の実態が明らかになってきました。このような介入がなぜ行われているのかといえば、明らかに今年はこれまでのような政治の世界の流れから大幅に変わって、猛スピードでこの国の進路が変わるからでしょう。それは集団的自衛権の行使容認や日米ガイドラインの変更で自衛隊法を何本も改正する作業を連休明けから短期間で強行することや、原発再稼働など、官邸主導の強行策が目白押しなのです。そのため、報道番組による政権批判をできるだけ事前に押さえておこうという安倍政権のマスコミ工作が昨年の暮れ時分から着々と実施されてきたのでしょう。

官邸支配とテレ朝の屈服が3月27日に暴露

 自民党は昨年暮れの総選挙前の11月20日に、在京テレビ局各社に「選挙報道の公平中立」などを求める要請書を渡していました。このこと自体も大変な問題ですが、それとは別に以下のような要請書をテレ朝へ送っていたのです。(以下は毎日新聞4月10日記事です)
 要請書は衆院解散後の昨年11月26日、自民党衆院議員の福井照報道局長名で出された。同月24日放送の「報道ステーション」について、「アベノミクスの効果が、大企業や富裕層のみに及び、それ以外の国民には及んでいないかのごとく、特定の富裕層のライフスタイルを強調して紹介する内容」だと批判。「意見が対立している問題は、できるだけ多くの角度から論点を明らかにしなければならないとされている放送法4条4号の規定に照らし、特殊な事例をいたずらに強調した編集及び解説は十分に意を尽くしているとは言えない」として「公平中立な番組作成に取り組むよう、特段の配慮を」求めている。(ここまで引用)
 これほど露骨な報道介入を行っていたことに対して、これまでテレ朝は何事もなかったかのように沈黙していたのです。この介入は放送法4条4号を盾にして、「放送免許」という「伝家の宝刀」をチラつかせて脅迫する、まさに「国家権力による直接介入」以外の何ものでもないでしょう。発言内容はこうです。「一部の富裕層に恩恵は及んでいるが、中小企業の中所得層、低所得層は恩恵を受けていない」と言った朝日新聞社の江村発言を「放送法第4条4号」違反と批判することが通れば、これからはアナウンサーやコメンテーターの発言原稿をいちいち官邸に事前に見てもらってチェックを受けなければ番組を作ることが出来なくなるのです。
 こんなことやっている国は北朝鮮くらいでしょうし、「放送法4条4号」とは「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」(条文)は「できるだけ」とあるように、具体的なことを規定しているものではなく、「様々な意見を盛り込むように努力しなさい」という努力義務として「精神的な意味での心得」を言っているのです。小学校の校長が「皆さん仲良くしましょう」や「しっかり勉強しましょう」と言うようなものです。
 それよりも安倍晋三には放送法第三条(放送番組編集の自由)「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」というこっちの方に、「明らかに官邸は違反していることを自覚しなさい」と言っても無理でしょうけどね。憲法を学んでいないそうですから。

アベノミクスの恩恵は受けてないことを実証

 4月17日の毎日新聞1面トップに「安倍政権下で格差拡大」という大見出しで、その実体が報告されています。「全国1741市区町村の納税者一人当たりの年間平均所得についての格差の度合いを示す『ジニ係数』を年ごとに求めたところ、2013年に係数が上昇し、格差が広がったことが毎日新聞の調べで分かった」というものです。円安政策などで株価が上昇した恩恵は一部の株主の所得は上がったし、大企業の賃上げは実施されたが、中小企業や地方の住民まで、その恩恵は広がってはいないのです。毎日のコメントにも「資産所得や株売買などによる所得で、アベノミクスの当然の帰結だ。株式保有者がいる地域がより豊かになり、現状ではトリクルダウンが働いていない。資産所得への課税強化などをしなければ格差は拡大する一方だが、政権にその姿勢は見えない。「地方創生」を言うなら地域間格差の是正策を考えなければならない」(神野直彦:東大名誉教授)と、厳しく批判しています。アベノミクスは円安で消費者の日々の生活は苦しくなって、3%の株保有者には莫大な資産が転がり込んできて、その資産への課税も大幅に減税しているのが実態なのです。
 つまり、11月24日にテレ朝で話した朝日新聞の恵村順一郎論説委員の発言はまったく真実を語ったのであって、それを「事実誤認や誤った報道」と指摘する方が事実誤認だったのです。この誤った安倍首相の発言はTBSでもありました。11月18日のニュース23で安倍晋三は街頭インタビューで多くの方が「アベノミクスの恩恵を私は受けていません」と言ったのに対して、「これはおかしいではないですか」と、番組の編集方法が意図的だと批判をしていたのも間違っていたのです。ただ、このような国民生活全体からみたら、様々な声があって当たり前なのですから、それらを番組の意図で編集報道することこそが「報道の自由」そのものなのです。

テレ朝とNHK自民党に屈服して事情聴取

17日に自民党の情報通信戦略調査会がNHKとテレ朝の幹部を党本部へ呼びつけて、NHKの「クローズアップ現代」とテレ朝の「報道ステーション」で古賀茂明氏が発言したことを取り上げて、元厚生労働相の川崎二郎会長は「真実が曲げられた放送がされた疑いがある」と述べ、これらの番組編集は放送法に触れる可能性があると発言したそうです。
今回の自民党が行った、マスコミ幹部を党本本部へ呼びつける行為自体が放送法第3条の「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない」に対する違反行為です。また、第1条の2では「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること」とあるように、この法律の目的は戦前の戦争賛美の報道への反省から「事業者自らが自律的な編集や報道を行い、そこにへ権力による介入を決して許してはならない」という趣旨で作られた法律なのです。自ら進んで自民党へ足を運ぶテレビ局幹部も実にだらしない。なぜなら、呼びつけられたことを自局番組の中で「それがいかに違法で言論への介入であるか」と反論すべきだからです。呼ぶようも呼ぶ方ですが、そこにのこのこ行く方も行く方です。この両放送局はどうしようもないほど完全に安倍官邸に屈服してしまったことを国民の前にさらけ出したのです。その結果を示すように「報道ステーション」の視聴率は、これまで各報道番組の中ではトップを独走していた高視聴率が3月27日の事件以来一気に降下しいるそうです。

テレ朝の報道ステーションが安倍に屈服しても
TBSニュース23の岸井氏は頑張っている


 国境なき記者団による「世界の報道自由度ランキング」で日本はなんと世界53位だそうです。「2001年には180カ国中26位が、民主党政権時代の2010年に11位まで順位を上げたが、その後は年々、下げた。東日本大震災と福島原発事故があった後の2012年、一連の情報隠し批判や特定秘密保護法などにより、一挙に61位まで順位を落とした。韓国よりも下位」だそうです。ガイアナやドミニカ共和国と肩を並べているそうですから、それほど日本の報道は世界から信用されていないのです。イタリアの次に先進国で最低から2番目です。このままでは中国176位、北朝鮮179位にも負けてしまうかもしれません。報道の自由度は言論の自由度と同じです。私たちは日本に住んでいると「日本は割と自由だ」と思っているかもしれませんが、世界からは決してそのように見られてはいようです。
 でも、まだ頑張っている番組もあります。4月16日のTBSニュース23で岸井成格キャスターがテレ朝の『報道ステーション』とNHKの『クローズアップ現代』の関係で自民党が事情聴取を行うということなどに対して厳しく批判する発言をしていました。テレ朝の古舘氏がずっこけてしまった今では、テレビでは岸井さん一人が頑張っているような感じです。また、NHKの『クローズアップ現代』も籾井会長の嫌がらせにも耐えて、原発事故や格差の実態など積極的な調査報道を行っています。今回、やらせ番組製作事件の影響で、この長期番組をやめさせようという動きがNHK内部であるそうです。このように数少ない調査報道や政権批判が自由にできる健全なジャーナリストの活動を私たちは支えなければなりません。
 残念ながら安倍政権の暴走を止める力は国会にはもうありません。今国会で決められる「戦争法案」は時間切れで自動的に官邸の案が全て通ることでしょう。それをくい止める力はマスコミと世論の力だけです。世論の力と良心的なマスコミと数少ない野党の力で安倍政権の暴走を食い止めるためには、私たちは諦めずに声を出し続けるしかないのです。

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NHK、テレ朝 抗議なく受け入れ 自民が事情聴取
東京新聞2015年4月18日 朝刊


報道番組でやらせが指摘されたNHKと、コメンテーターが官邸批判をしたテレビ朝日の関係者から十七日、自民党の情報通信戦略調査会が事情を聴いた。「政権からの圧力」とも指摘される中で、なぜ両局は事情聴取に応じたのか。有識者らからは、自民党への批判だけでなく、テレビジャーナリズムの危機を指摘する声も出ている。 (鷲野史彦、安藤恭子、森川清志)
 東京・永田町の党本部で開かれた調査会。冒頭のあいさつで、元厚生労働相の川崎二郎会長は「真実が曲げられた放送がされた疑いがある」と述べ、「報道は事実をまげないでする」などと定めた放送法を聴取の根拠に挙げた。百人超の報道陣が詰め掛ける中、その後は非公開となり、テレ朝の福田俊男専務から約三十分、NHKの堂元光副会長から約十分、それぞれ話を聴いた。会合後、報道陣から圧力ととらえるかを問われた福田専務は「誤解があったら困る」と明言を避け、堂元副会長はほぼ語らずに立ち去った。
自民党は三月二十七日の「報道ステーション」に出演した元官僚の古賀茂明氏が、自身の降板をめぐり「官邸の皆さんからバッシングを受けてきた」と発言した内容の真偽を、テレ朝の聴取の対象とした。
これに対し、テレビの情報番組などでコメンテーターを務めるジャーナリストの青木理(おさむ)さんは「テレビ局の許認可権は総務相が握っている。与党に呼び付けられる行為自体が、脅しているという圧力になるんじゃないか」と指摘する。
テレビ局は公共の電波を使うことから、総務相から五年に一度、放送免許の更新を受けなければならない。放送法に違反した場合、一時的な停波や免許取り消しも電波法で定める。
メディア倫理が専門の大石泰彦・青山学院大教授は、今回の自民党の対応について「放送法の一部の規定を取って聴取の理由としているようだが、政治権力の介入を認めないという本来の放送法の精神から外れている」と批判する。
同法は一九五〇年に公布。一条や三条には、戦時中の教訓から、自律などの保障による表現の自由の確保や、何人からも干渉されない、といった規定が並ぶ。
大石教授は古賀発言をめぐり、政権を監視するべきメディアと、政権との緊張関係に、視聴者の疑念が広がっているとみる。
「テレビ局は聴取に応じる前に、放送法の精神に照らして抗議するべきだ。圧力に屈し、さらに非公開で聴取を受けてその内容も自ら明らかにしないとなればテレビジャーナリズムへの信頼を失い、存亡にも関わる事態だ」と問い掛ける。
青木さんも、こう懸念する。「自分は番組の現場で、政権批判をやるな、と直接言われたことはない。でも慎重にいきましょうね、という雰囲気は、テレビ局内に確かにある」
by nonukes | 2015-04-19 12:17 | マスコミと原発 | Comments(0)

それでも必死に安倍政権に抵抗をする朝日新聞よガンバレ

それでも必死に安倍政権に抵抗をする朝日新聞よガンバレ
小坂正則
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「3月29日の朝日新聞社説がいい」というFBの書き込みを見た私は、朝日の3月29日号を探したのですが見つかりませんでした。そしたら、今朝ひょんなところからでてきたのです。そして、読んでみたら確かに現在の安倍政権の暴走を批判する社説でした。ただ、残念ながら「安倍政権の激走」というちょっとしまりのない見出しでした。この見出しはどう考えても「安倍政権の暴走」でしょう。ここまで猛スピードで戦争へ突き進もうとしている政治手腕を暴走と言わずになんと言おうかと思ったのですが、そこまで気を遣う様ははやり朝日新聞だけが「暴走」してはまた官邸バッシングを受けかねないと心配してデスクが表現を柔らげるように配慮したのではないかと、私は勘ぐりました。
タイトルの弱々しさはさておき、三原じゅん子代議士のトチ狂った「八紘一宇(はっこういちう)」(世界を一つの家とする意味)という戦前の軍国主義ナショナリズムのスローガンを賛美する「ネトイウ」価値観を国会の場で堂々と披瀝するなどこれまでには考えられなかったことです。この代議士の頭に中には「日本の戦争責任」や「アジア侵略の責任」など微塵もないのでしょう。日本軍国主義政府はアジア侵略の大義名分として「大東亜共栄圏」や「八紘一宇」というイデオロギーで国民を洗脳支配してきたのです。それを賛美するなど時代錯誤も甚だしくて、こんなニュースが海外配信されたらそれこそ日本人全体がそんなウルトラ右翼思想に染まっているかのように思われかねません。同じタレント議員でも山本太郎と偉い違いですね。
そのような負の歴史観が安倍政権になってから確実に復活しつつあるのです。そして安倍首相が国会で意識的に「わが軍」と言ったりしたことなども国民の意識の中に右傾化思想を植え付けて、9条改憲の必要性を慣れさせるという洗脳戦略なのでしょう。

安倍政権から朝日は「従軍慰安婦強制連行」批判で集中砲火を浴びせられた

「従軍慰安婦の強制連行誤報事件」という1つの新聞記事に対して、あれだ首相に名指しされて朝日新聞バッシングを受けてきたのですから、一人朝日新聞だけで跳ね返すのは無理があるでしょう。狭義の意味で石田証言が従軍慰安婦強制連行が誤報記事だったとしても、そんな誤報記事なんかいくらでもあるでしょう。その1つの記事を捕まえて鬼の首を取ったかのように有頂天なって、広義の意味での「強制連行」までもがなかったかのような言い方をする一国の首相があるでしょうか。「白馬事件」といわれる、インドネシアに日本軍が設置した従軍慰安婦施設はオランダ人女性を狭義の意味で「強制連行」して設置したというような事実を中曽根元首相自ら証言しているのです。若い女性に「いい仕事があるから来ないか」と、だまして戦地まで連れて行き、監禁状態の中で、女性が拒否して帰国する自由などあるはずがないのです。このように騙したり、強引に慰安婦を募集する行為などはだれが考えても「強制連行」そのものです。それを「強制連行とは銃を突き付けて拉致することで、そのような慰安婦狩りの証拠は見つかっていないから従軍慰安婦の強制連行はなかった」という反論など何の意味もありません。世界へそのような非論理的な反論をしたところで、日本の戦争責任や強制連行の罪が消えることなどないのです。それよりもきちんと歴史に向き合って、「戦前の日本が起こした過ちを二度と繰り返さない」と誓うことこそが、戦後70年の私たち日本人に最も必要なことなのではないでしょうか。

マスコミを萎縮させないたたかいこそが大事

しかし、朝日バッシングに対して、マスコミ各社は一致してこれに対抗しませんでした。
それどころか政府の御用新聞社の読売や産経は、ここぞとばかり、安倍と一緒になって朝日バッシングを行っていました。残念ながら良識あるはずの毎日新聞までが、新聞拡張戦争のために、朝日バッシングを毎日新聞拡張の絶好の材料とばかりに利用して、一緒に共闘して言論の自由を守るというたたかいをしなかったのです。ですから、朝日が一人安倍の執拗な攻撃にさらされてきたのです。
朝日新聞の社説の中で「昨今「メディアの萎縮」と呼ばれる事態も、強権的な安倍政権にたじろいでいるという単純なものではなく、道理が引っ込み、液状化した社会に足を取られているというのが、情けなくはあるが、率直な実感だ。 ブレーキのない車のクラクションが鳴り響く社会。メディアが耳をふさいでやり過ごしてはならない。そしていま、この社会に生きる一人ひとりにも、できることはあるはずだ。」と、言うように安倍政権の威圧的な言動によって確実にマスコミは萎縮しています。
マスコミが萎縮してしまっているという一番の証拠が3月27日の報道ステーションでの古賀茂明氏降格事件です。そのほかテレビへの攻撃がすさまじく、特にNHKへの締め付けは完了しています。後残ったわずかな報道番組の唯一の官邸の意のままにならない「報道ステーション」を骨抜きにしようとする安倍政権の企みを成功させてしまったのです。このようなすさまじい官邸ンバッシングをこのまま許してしまえば、それこそ戦前のような言論統制社会へと逆戻りしてしまうでしょう。
勇気ある古賀茂明氏ひとりのたたかいにさせてはなりません。少しずつでも多くの記者やジャーナリストが一緒になって反撃することこそが重要です。そして、私たち市民の声も大切です。朝日新聞への購読による支援や電話やメールによる激励なども有効です。

安倍の暴言や攻撃には十倍返しで反撃しよう

私たちが安倍の暴言や攻撃に慣れてしまうことが一番危険です。私たちは毎日毎日安倍のバカ話を繰り返し耳に入れていたら、慣れてしまって、別に気にしなくなるかもしれません。「まあ、これくらいならいいか」という気のゆるみが、実は大敗につながっていくのです。歴史は「あのときが敗北の分水嶺だった」ということがよくあります。私たちは歴史の針を逆回りさせようとする安倍の攻撃に対して全くと言っていいほどやられっぱなしです。反撃などほとんどできてはいませんが、後で後悔するよりもいま、精一杯たたかって、子孫に負の歴史を残さないようにしましょう。できるだけの想像力を持って、明るく、安倍を笑い飛ばすようなユーモア溢れるたたかいで10倍返しの仕返しをしてやりましょう。



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社説 安倍政権の激走 
「いま」と「わたし」の大冒険
朝日新聞2015年3月29日

 走る、曲がる、止まる。
 これは自動車の基本性能だが、政治におきかえてみても、この三つのバランスは重要だ。
 「この国会に求められていることは、単なる批判の応酬ではありません。行動です」
 先の施政方針演説で、野党席の方を指しながらこう力を込めた安倍首相。確かに、政権の激走ぶりには目を見張るものがあり、ついエンジンの馬力やハンドルの傾きにばかり気をとられてしまうが、最も注視すべきは、ブレーキだろう。

 ■ここでないどこかへ

 権力を縛る憲法。歴史の教訓。権力を持つものの自省と自制。メディアや野党による権力の批判的検証――。敗戦から70年の間、これらは日本政治のブレーキとして機能してきた。
 しかし安倍政権やそれを支える自民党の一部は、ブレーキがあるからこの国の走りが悪くなっていると思い込んでいるようだ。「行動を起こせば批判にさらされる。過去も『日本が戦争に巻き込まれる』といった、ただ不安をあおろうとする無責任な言説が繰り返されてきた。批判が荒唐無稽であったことは、この70年の歴史が証明している」。防衛大学校の卒業式で、首相はこう訓示した。国会では自衛隊を「我が軍」と呼んだ。
 「戦後レジームからの脱却」「日本を取り戻す」とは、ブレーキなんか邪魔だ、エンジン全開でぶっ飛ばすぜという冒険主義のことなのだろうか。

 「いま」がすべて。どこに向かっているのか、なぜそんなに急ぐのか、危ないではないかと問うても、いまこの走りを見てくれ、こんなにアクセルを踏み込める政権はかつてなかっただろうと答えが返ってくる。とにかく前へ、ここではないどこかへと、いま必死に走っている最中なんだ、邪魔をするのかと、あらゆる批判をはねのける。
 奇妙な論法が横行している。

 ■権力者のクラクション

 「八紘一宇(はっこういちう)」。もともとは世界を一つの家とする、という意味だが、太平洋戦争中は日本の侵略を正当化する標語として使われた。自民党の三原じゅん子女性局長は先日の国会で、そのような歴史的文脈を捨象し「日本が建国以来、大切にしてきた価値観」と紹介した。
 「わたし」を中心にものごとを都合よく把握し、他者の存在をまったく考慮に入れない。狭隘(きょうあい)かつ粗雑な世界観が、あちこちから漏れ出している。
 首相は昨年、民放ニュース番組に出演し、テレビ局が「街の声」を「選んでいる」「おかしい」などと発言した。先日の国会で、報道への介入と言われても仕方ないと批判されると「言論の自由だ」と突っぱねた。
 権力が抑圧してはならない個人の権利である「言論の自由」を権力者が振りかざすという倒錯。首相はさらに「私に議論を挑むと論破されるのを恐れたのかもしれない」「それくらいで萎縮してしまう人たちなのか。極めて情けない」とも述べた。
 ひょっとして首相は、最高権力者であるという自覚を根っこのところで欠いているのではないか。巨大な車にクラクションを鳴らされたら、周囲が一瞬ひるんでしまうのは仕方ないだろう。だからこそ権力は国民をひるませないよう、抑制的に行使されねばならない。首相たるもの「いま」「わたし」の衝動に流されるべきではない。
 情けないのは抑制や自制という権力の作法を身につけず、けたたましいクラクションを鳴らして走り回る首相の方である。


 ■不安社会とブレーキ

 そうは言っても、安倍政権が激走を続けられるのは、社会の空気が、なんとなくそれを支えているからだろう。
 長引く不況。中国の台頭。格差社会の深刻化。さらに東日本大震災、過激派組織「イスラム国」(IS)による人質事件などを経て、焦燥感や危機意識、何が不安なのかわからない不安がじわじわと根を張ってきた。
 国ぐるみ一丸となって立ち向かわなければやられてしまう。国家が最高のパフォーマンスを発揮できるよう、政府の足を引っ張ってはいけない――。そんな気分が広がり、熟議よりもトップダウン、個人の権利や自由よりも国家や集団の都合が優先される社会を、知らずしらず招き寄せてはいないだろうか。
 無理が通れば道理が引っ込む。「反日」「売国奴」。一丸になじまぬものを排撃する一方で、首相に対する批判はメディアのヘイトスピーチだという極めて稚拙な言説が飛び出す。

 昨今「メディアの萎縮」と呼ばれる事態も、強権的な安倍政権にたじろいでいるという単純なものではなく、道理が引っ込み、液状化した社会に足を取られているというのが、情けなくはあるが、率直な実感だ。
 ブレーキのない車のクラクションが鳴り響く社会。メディアが耳をふさいでやり過ごしてはならない。そしていま、この社会に生きる一人ひとりにも、できることはあるはずだ。
by nonukes | 2015-04-07 13:42 | マスコミと原発 | Comments(0)

そこまでやるかNHK?NHK職員が自由に真実の報道ができるために

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そこまでやるかNHK?NHK職員が自由に真実の報道ができるために小坂正則

マスコミの限界をいちいち取り上げて論じるような偏ったヒステリックなマスコミ批判を私はしたくはありません。なぜなら、東京新聞などの商業新聞と「赤旗」のどっちを読むかと聞かれたら、私は間違いなく商業紙だと答えるからです。商業紙は書きたいことを何でも自由に書けるわけでもありません。ある一定の規制(社会的公正さや客観的な報道などの条件、NHKはこれに中立という訳の分からない条件までもがくっついているのだが)の中にどうやって自分の意志を表現できるかが記者の腕の見せどころだからです。それから一番の条件とはNHK以外のマスコミは、その新聞や番組が読者の共感を受けることです。新聞であれば売れることであり、テレビであれば視聴率を取ることでしょう。
だから東京新聞のようなすばらしく市民寄りのメディアもあれば産経新聞のような企業寄り、自民党の広告塔のような新聞をあっていいのです。なぜなら、全ての新聞やマスコミが聖教新聞や赤旗しかなかったら、それこそ窮屈でおもしろくないからです(聖教新聞と赤旗を批判している訳ではありません。それらの新聞は特定のイデオロギーや政治的な目的を持った宣伝媒体だからです)。自由にいろんな新聞があって、読者は自分の一番好きなメディアを選択すればいいからです。しかし、NHKは独占企業で莫大な予算を持っているのでちょっと民間メディアとは違った条件があるべきです。私は中立という曖昧な概念を求めたりはしません。そんな概念など無理矢理くっつけたものだからです。NHKに求められるものは「公正さ」と、真実の報道です。中立という名の下に国家権力の手先に陥っている事件が今回のようなことなのです。
昨年の暮れ、特定秘密保護法案が国会を通過した時に各社は、その問題をトップにニュースを流していたのにNHKだけは確かどうでもいいような穴埋め番組のニュースをトップに流していました。
また、NHKの会長がどこかの商社出身でジャーナリズムには縁もゆかりもなさそうな見るからに商売人のようなオッサン(商売人をバカにしているのではありません。その道に徹した方をトップに据えるべきだと言っているのです)が新会長になられて、うれしそうに就任会見で「従軍慰安婦問題などない」という橋下大阪市長のよううな発言をしていましたね。
あれやこれやで安倍政権にねらい打ちされてるNHKの記者のみなさんの報道の自由と記者の良心に忠実な報道を行うためにはNHKはどうあるべきかを考えてみました。

公共放送とはどうあるべきなのか

日本のマスコミには読者に反論権がありません。一方的に批判広告などを新聞に書かれた場合には、新聞紙面に無償で反論する権利がアメリカではあるそうです。それがまず日本の新聞社マスコミにはありません。そしてNHKが公共放送であるならアメリカのように視聴者が参加して番組の内容や企画に対して声を上げることができる仕組みが必要です。そえは視聴者や住民参加による地域の意見により番組を作成することや放送内容についての評価や意見を番組に反映させるものです。公共放送とは住民参加による番組作成が基本であるべきだと私は思います。
NHKの記者の方にもたくさんいい人はいます。私の師である故松下竜一氏を尊敬しているというデスクの下で働いていたNHKの記者が、大分に転勤になった時に、デスクが「君は大分に行ったらぜひ中津の松下竜一氏を勉強してきなさい。あなたの人生にきっと役立つと思うよ」というようなことをNHKの若い記者から聞いたことがあります。
大分の地元紙の記者からも「私の記者人生の中で松下竜一さんほど大きな影響を受けた人物はいません」と語っていた記者もいます。だから記者が自分の良心に従って真実の報道ができるための環境を私たちは作ることに協力すべきだと思います。だからNHKの記者のみなさんが自由にいい番組を作るがためにも国家権力の介入を防ぐ必要があると私は思います。



NHK、脱原発論に難色 「都知事選中はやめて」東京新聞2014年1月30日

NHKラジオ第一放送で三十日朝に放送する番組で、中北徹東洋大教授(62)が「経済学の視点からリスクをゼロにできるのは原発を止めること」などとコメントする予定だったことにNHK側が難色を示し、中北教授が出演を拒否したことが二十九日、分かった。NHK側は中北教授に「東京都知事選の最中は、原発問題はやめてほしい」と求めたという。

この番組は平日午前五時から八時までの「ラジオあさいちばん」で、中北教授は「ビジネス展望」のコーナーでコメントする予定だった。

中北教授の予定原稿はNHK側に二十九日午後に提出。原稿では「安全確保の対策や保険の費用など、原発再稼働コストの世界的上昇や損害が巨額になること、事前に積み上げるべき廃炉費用が、電力会社の貸借対照表に計上されていないこと」を指摘。「廃炉費用が将来の国民が負担する、見えない大きな費用になる可能性がある」として、「即時脱原発か穏やかに原発依存を減らしていくのか」との費用の選択になると総括している。

中北教授によると、NHKの担当ディレクターは「絶対にやめてほしい」と言い、中北教授は「趣旨を変えることはできない」などと拒否したという。

中北教授は外務省を経て研究者となり、第一次安倍政権で「アジア・ゲートウェイ戦略会議」の座長代理を務めた。NHKでは「ビジネス展望」だけでなく、二〇一二年三月二十一日の「視点・論点」(総合テレビ)で「電力料金 引き上げの前に改革を」と論じたこともある。

中北教授は「特定の立場に立っていない内容だ。NHKの対応が誠実でなく、問題意識が感じられない」として、約二十年間出演してきた「ビジネス展望」をこの日から降板することを明らかにした。

◆詳細は答え控える

<NHK広報局の話> 中北さんに番組に出演していただけなかったのは事実です。詳細は番組制作の過程に関わることなのでお答えを控えます。

【解説】公平公正 裏切る行為

 中北徹東洋大教授のNHK降板問題で、中北教授はNHK側に「都知事選期間中は原発の話はやめてほしい」と迫られたという。再稼働を進める安倍晋三政権の意向をくんで放送内容を変えようとした可能性は否定できない。

 選挙期間中であっても、報道の自由は保障されている。中北教授は予定原稿で「現状では原発稼働がゼロでもアベノミクスが成果を上げている。原発ゼロでも経済成長が実現できることを実証した」「経済学の観点から、巨大事故が起きた際の損害額のリスクをゼロにできるのは、原発を止めることだ」と指摘した。

 NHK側が問題視した中北教授の原稿は、都知事選で特定の候補者を支援する内容でもないし、特定の立場を擁護してもいない。

 NHKの籾井(もみい)勝人新会長は就任会見で「国際放送で日本政府の意向を伝える」としている。原発再稼働を強く打ち出している安倍政権の意向を忖度(そんたく)し、中北教授のコメントは不適切だと判断したとも推測できる。

 原発政策の是非にかかわらず受信料を払って、政府広報ではない公平公正な報道や番組を期待している国民・視聴者の信頼を裏切る行為と言えるのではないか。 (中村信也)

(東京新聞)
by nonukes | 2014-01-30 11:40 | マスコミと原発 | Comments(0)

尻尾を振ってオバマにすり寄る安倍より携帯聴かれて激怒するメルケルの方が頼もしい

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尻尾を振ってオバマにすり寄る安倍よりも携帯聴かれて激怒するメルケルの方が頼もしい小坂正則

昨日、秘密保全法を安倍政権は閣議決定し、国会に上程したそうです。いよいよ、国家機密法の成立が目前に迫ってきました。この法案の問題点などはマスコミなどが指摘しているので、ここでは2、3だけ指摘しておきます。まず、この法案によってできた「機密」は官僚が指定したら、その指定された「機密」にどんな不当なものでも、それを第三者が検討できないという点です。米国の「国家機密保全法」では、曲がりなりにも保全された機密の中身が機密に値しないかどうかを監査する機密保全監察局がチェックをし、国立公文書記録管理局に保管された機密を機密解除センターの公文書管理官が機密を解除することができるようになっているのです。
このような具体的なチェック機能があるだけ、日本の「秘密保全法」よりも少しはましでしょう。いずれにしても米国ではほとんどの機密が30年から50年も経てば公開されるのです。日本は政権が変わらない限り、秘密の延長を繰り返していくでしょう。
公明党が肝いりで1文をいれた、報道、取材の自由ですが、「不当な方法でない手段で取得」といっても、何が不当な手段なのかという規定がないのです。1971年沖縄返還協定の中に秘密協定があることを、当時の毎日新聞の西山記者が女性外務省事務官に近づき酒を飲ませ、女性と性的関係を結び、彼女から情報を入手したことが、女性は国家公務員法違反、記者は国家公務員法(教唆の罪)で逮捕されました。(教唆の罪)とは彼女をそそのかして情報を得たということで有罪判決を受けたのです。この事件は密約の中身について国は否定し続け、国家公務員が秘密を漏らしたことと、そそのかした記者に罪があるとして争ったものでした。しかし、週刊誌などが記者と女性のスキャンダルとして取り上げたため、毎日新聞と西山記者へのバッシングに終始して、この事件のきっかけに毎日新聞は売り上げ不振に陥り、倒産してしまいます。
今回の秘密保全法についての説明で森雅子・秘密保護法案担当相は「西山事件のようは情報入手は罪になる」と話しています。国家公務員から得た情報でも、その密約が違法な密約であっても入手した者まで罪に問われるということを如実に表しているのです。

ドイツ・メルケル首相が激怒する米国への従属を強める日本

一昨日のニュースで元CIAのスノーデン氏が暴露した様々な米国の機密の中に、メルケル首相の携帯電話を米国は傍受していたことが判明し、23日、メルケル女氏は直接オバマ大統領に電話で抗議したそうです。オバマは「私はしらない。今はやっていないよ」と言い逃れに終始したそうです。そのおまけに35カ国の首相も傍受されていたそうで、フランスの大統領も傍受されていたことに対して怒っているそうです。菅官房長官は記者会見で「安倍首相は盗聴されていません」と答えていたけど、本当でしょうか。スノーデン氏によると、在米国日本大使館は常に盗聴されているそうですから、米国は自分の国以外はすべて敵国だという考えなのです。
日本版NSCを作り目的で、この秘密保全法は米国の要求で生まれようとしている法律なのですが、米国の国家安全保障会議(NSC)をまねたところで、米国からは使い古しのどうでもいいような情報しか教えてもらえないのです。古い戦闘機の性能やイージス艦の秘密に属さないような性能などしか米国は日本には教えません。日本が教えてもらえる情報の大半をロシアはすでに知っているでしょう。もちろん、そんな情報でもロシアや中国はのどから手がでるほど知りたいことはいうまでもありませんが。でも、これまでの法律で自衛隊の機密保持は規制されているのですから、新たな法律などほとんど不要なのです。
安倍首相はアメリカの奴隷のごとくにオバマにひざまづいき尻尾を振っていい子でいたのでしょうが、オバマは日本やあなたなんか屁とも思ってはいないようですが。いまや米国にとって日本は経済的には敵国相手であり、中国と仲良くするためには、日本は中国に売り渡す対象以外の何者でもないのではないでしょうか。

安倍政権は米国の要求を理由に北朝鮮並みの独裁政権をめざしている?

秘密保全法の矛盾点はあげればキリがありませんが、北朝鮮の金さんが持っている情報機密のような、「すべての情報を我がものにしたい」という誘惑にかられているのでしょう。しかし、「すべての権力は腐敗する」といわれています。1800年代、英国の歴史学者アクトン卿は「権力は腐敗しやすく、絶対的な権力は絶対に腐敗する」と語っています。だから、権力の腐敗を防ぐために三権分立を近代国家は作ったですが、それでも腐敗します。権力者は情報をできるだけ隠したがるのです。だから戦後は情報公開の必要性が重要視されたのです。安倍にこの言葉を贈ってやりたい。私はアクトン卿の言葉を借りてこういいたい。「阿倍政権はすでに腐臭に満ちている」と。
by nonukes | 2013-10-26 15:46 | マスコミと原発 | Comments(0)

次々とボロを出す橋下徹大阪市長の虚像を暴く

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橋下徹大阪市長の虚像を暴く小坂正則

橋下徹大阪市長による5月13日の記者会見「戦時中の慰安婦制度、必要なのは誰だって分かる」や「在日沖縄米軍兵士にもっと風俗業を活用してもらいたい」発言などによって橋下徹大阪市長と「日本維新の会」の人気が急激に下降しているとマスコミは伝えています。
もともと橋下徹という人間はマスコミを意識して小泉元首相の得意とした国民受けするワンフレーズを激しい口調で喋り、聴衆を自分の世界に引き込んでしまうという天性の才能の持ち主です。だから彼は常に単純はストーリーを作って分かりやすい話をしてきました。
2012年6月の大飯原発再稼働に揺れた時期に橋下大阪市長は「関電は霊感商法か」と言って徹底的に脱原発や関電批判を繰り返していましたが、彼はその後原発のゲの字も喋らなくなりました。かれは国民受けする話題性のあるテーマを大げさに語って人気を取りさえすれば後はもうどうでもいいのです。一貫性や思想性など、そんなものは関係ないのです。だってタレントですから。また「大阪市がこんなに苦しいのは市職員が働かないからだ」とか「労働組合が悪の根源」などと言って社会の敵を作っては正義の味方は自分だとうそぶいて、その悪をやっつけるというストーリーを常に演じるのです。大阪市長選挙では現職の市長が大阪市をダメにしたなどなど。ストーリーが単純なだけに聞いてる人には実に分かりやすいし気分がいいのです。まるで水戸黄門のテレビを見ているよかのようなのです。しかし、そこに大きな落とし穴があるのですが。「府立高校の教師が君が代を歌いたくないなら公立高校を辞めて私立に行けばいい」や「私の考えに従えない者は辞めてもらう」や「クソ教育委員会」など。確かに現状の教育委員会や教育制度は疲弊していて何の機能もしてないと言っていいほどですが、だからといってそれを首長が一方的に自分の都合のいいように変えることは許されません。教育の独立性を保つためには教育改革はその地域の住民と保護者や教師などによる開かれた議論による改革でなければならないでしょう。教育を時の権力者に介入させてはならないのです。だから橋下徹が行おうとしている教育改革は橋下独裁そのものです。
2011年6月29日の夜に、大阪市内のホテルで行われた政治資金パーティーで大阪府知事・大阪市長のダブル選挙に関して、「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」「大阪は日本の副首都を目指す。 そのために今、絶対にやらなければいけないのは、“大阪都”をつくることだ」「今の日本の政治で一番重要なのは独裁。独裁と言われるぐらいの力だ」と述べ、大阪都構想に反対する大阪市を抵抗勢力だとして「権力を全部引きはがして新しい権力機構をつくる。これが都構想の意義だ」(Wikipediaより)と語ったそうです。
大阪市職労組のなれ合いやヤミ専従やヤミ手当などこれまでの市長がケジメや改革を怠ってきたツケを橋下徹にバッサリ切り込まれたのですが、これまでの自己保身やなれ合いの自治体や議会にも大いに責任はあるでしょう。しかし、こうした状況から生まれた市民の不満や批判を公務員と既存議会勢力への感情的な反感にすり替えて、あたかも地方自治制度の民主的手続きそれ自体が諸悪の根源であるかのように描き出して、これを否定する独裁体制を敷くことが問題解決の唯一の方法だと描き出す―ポピュリズム―をマスコミを利用して振りまくことが橋下イズムの本質なのです。橋下徹の語る政策や主張は思いつきで空疎な幻想に過ぎず、その中身は自己の権力欲ばかりです。だからこれまで彼に振り回された大阪府民や大阪市民は大変な被害者でしたが、国政に出してきた橋下徹によって今度は日本に住む私たち全員が迷惑を被る可能性があるのです。

独裁者橋下徹を過大に報じ続けたマスコミに責任はないのか

昨年の民主党政野田権の迷走に乗じて、マスコミは一斉に民主党批判を繰り広げてきましたが、その裏では、このようなタレント男を「第3極」だとか言ってチヤホヤもてはやしたのはマスコミです。維新の会や橋下はあたかも自民党と民主党の既存の政党が政争に明け暮れていて、国民の支持を失っていることをいいことに、「維新の会なら解決してくれるかもしれない」という国民の脳裏に大きな期待感を刷り込んできたのです。「維新の会」は最初から第3極などでは決してなく、単なる自民党の補完勢力であり、日本の戦争責任の歴史を理解できない極右政党でしかないことは最初から分かりきっていたはずです。それをあたかも「第3極」という限りなく大きな勢力のように書き続けたマスコミの責任は重大です。
戦前の日本の新聞社などのマスコミは戦争賛美の記事を書いて日本のアジア侵略戦争に荷担していたのですが、その反省も一切しないまま今日に至っているのです。また、311以前は電力会社の原発広告というお金によるマスコミ買収に乗って、原発批判記事のペン先を鈍らせてきたことを全く反省もしていません。それなのに一方的に「東電が悪い」という東電批判記事を書いていますが、その前に自分たちがこれまで電力会社となれ合ってきたことをまずは自己批判するべきでしょう。
このようななジャーナリスト精神の欠けたマスコミ人の無責任記事によって日本社会の問題解決は次々に先送りされているのです。今日ではほとんどの新聞がアベノミクスを持ち上げていますし、参院選を自民党の圧勝で終われば、憲法改悪やTPPなど日本社会の根源的な問題解決が先送りされていまい、失われた20年どころか失われた30年や50年となり得るでしょう。

平和憲法をつぶそうとねらう橋下徹や安倍晋三に待ったを

「維新の会」の橋下徹の演技もどうやらボロが出てきたようで、参院選までにはもっと大きなスキャンダルが出てくる可能性もあるようです。しかし、問題は支持率70%という安倍内閣の野望をどうやって食い止めるかです。参院選の投票日の7月21日までのわずか2ヶ月の間にアベノミクスのボロが出てくれるでしょうか。先週末には株価が大暴落して金融政策で円安と景気回復を一気に狙う黒田日銀総裁と安倍総理の化けの皮が剥がれればいいのですが。日本の経済政策を旧態依然の公共事業中心の自民党政治に後戻りさせてしまっては赤字国債が増えるばかりです。そのツケは次の世代の子どもたちに全て追わせてしまうのです。それだけではありません。戦争が出来る普通の国をめざしている安倍政権は自衛隊を国防軍に変えて、憲法9条を捨て去ろうとしています。平和憲法を守り、発展させるためには、参院選で自民党を勝たせてはダメなのです。
そして「311福島原発事故」がなかったかのように「原発輸出」のトップセールスに血眼になり、安倍首相の唯一のエネルギー政策である原発再稼働に待ったをかけなければならないのです。そして参院選で私たちの力を示めそうではありませんか。
by nonukes | 2013-05-26 22:03 | マスコミと原発 | Comments(0)

NHKの堀潤アナウンサーはできればNHKに残って頑張ってほしかった

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「テレビではやれないことをやりたかった」

「フライデー」2013年3月22日号より


2月28日、アメリカ・UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)の視聴覚室で、ある自主制作ドキュメンタリー映画の上映会が開催された。集まった数十名の観客は監督・堀潤氏(35)の説明に聞き入っていた。

上映会でそう語った堀氏は、端正な顔立ちで〝NHKきってのイケメンアナ〟として知られた存在。'77年に兵庫県に生まれ、神奈川県立横浜平沼高校、立教大学文学部ドイツ文学科を卒業後、'01年にNHKに入局した。『ニュースウオッチ9』のリポーター時代には、報道局が特ダネに対して贈る賞を4年連続で5回も受賞。'10年には32歳の若さで『Bizスポ』の総合司会に抜擢された。女性人気だけでなくアナウンス技術も高く評価され、NHK次代のエースと目されていた。そのままいけば、間違いなく『ニュース7』キャスターなど、NHKアナウンサーとしての〝王道〟を歩んだだろう。転機となったのは、'11年の東日本大震災だった。原発事故後、反原発発言や、NHKの〝誤報道〟への謝罪や批判をtwitterで発信し続けたのだ。

〈福島県で除染作業に携わっていた60代の男性が亡くなった。男性の死亡原因について国は「除染作業と関係はない」としているが何故関係がないと判断したのか、その根拠も示さなくてはいけない。チェルノブイリ事故でさえ人体への影響について研究が続けられている最中だというのに。情報公開の徹底を!〉('11年12月12日)

〈国や組織に期待してはだめだ。もうだめだ。僕らで動こう。僕らで考えよう。僕らでこの国を変えよう。だって、僕らの国なんだからさ〉('11年12月12日)

堀氏の踏み込んだ発言は局内で問題視され、徐々に立場を失っていく。出世街道を捨ててまで、彼を突き動かしたものはなんだったのか。原発の取材をする中、交友するようになった堀氏が、ある時、こう話してくれた。

「ちょうど震災の2週間前、福島の農家の人たちを取材したんです。地銀と協力してブランド力のあるアスパラガスや養殖のマスを売り出そうという取り組みをされていたのですが、事故が起き、農家の方々の生活は完全に破壊されてしまった。それだけ影響力の大きい原発の安全対策があまりに杜撰なことに憤りを覚えたのがきっかけです。局内で僕は〝テロリスト〟のような扱いで、上層部の部屋に何度も呼び出されました。ですが、その度に、耳を塞ぐように聞いていましたね(笑)」

局内で行き場を失ってしまった堀氏は、『Bizスポ』の終了に伴い、昨年6月から、UCLAに留学した。客員研究員としてデジタルメディアの研究をする傍らで、日米各地で原発の取材をし、ドキュメンタリー映画『変身』の制作に打ち込んできた。その作品の上映会が開催されたのだ。

『変身』は、福島、ペンシルベニア州のスリーマイル、ロサンゼルス郊外のサンタスザーナのメルトダウン事故を追った作品。被災者や原発作業員の内部告発などから構成され、徹底した反原発の視点から語られている。堀氏は上映会でこう力説した。

「事故が起きた、忘れた、の繰り返しではなく、将来、世界のどこかで起きるかもしれない事故に備え、過去の事故の経験や知識を共有しなくてはならないという思いから、この映画を作りました」

「テレビは、社の価値基準で判断した一つの最終完成形しか公開しません。しかし、〝テレビの取材はまだここまでしか到達していない〟ということが分かれば、専門家や市民が新たな角度やデータを提案して、別の到達地点を探すことができる。テレビは多様な見解や提案を受け付け、それらを研究するシンクタンク的存在になるべきだと思います」

 4月から、堀氏はNHKに復帰し、日本に戻ってくる。しかし、報道番組ではなく、『きょうの料理』の司会者としてだ。

 二度と政治的な発言をしないようにと用意されたポストだろう。「1年後はどうなっているか。フリーになっているかもしれない」と笑うが、仮にそうなったとしても、政治的な発言を繰り返す彼を起用しようとするメディアは多くはないだろう。だが、本人はこう語る。

「これまで、上を恐れずに発言してきたつもりです。そして、これからもおかしなことがあれば意見して変えていきたい」


NHKの堀潤アナウンサーはできればNHKに残って頑張ってほしかった小坂正則

こんな骨のあるNHKのアナウンサーが辞めてしまっては大変もったいない。NHKの中でしかできないことはたくさんあるのではないかと私は思うからです。
NHKを中から変えてほしかった。「公共放送だから中立だ」とNHKは言うが、中立などという言い方は、「本当は権力の側に近い立場なのだけど人びとを騙すために中立と言っておこう」という目くらましです。「報道の理念はいかなる権力にも屈せず真実の報道を行う」しかありません。公共放送という立場をわきまえるなら、市民の様々な意見を正確にくみ取って、対立する問題は双方の意見を主張させて、その中から解決策を探るべきだと私は思います。アメリカなどでは市民に開かれた放送を行う、テレビ局がたくさんあるそうです。それは反論権の保障であり、自分の考えをハッキリ主張するということです。また、新聞記者などはこのように言うそうです。「私は民主党の意見に賛成です。なぜならはこういう理由からです」と。その方がよっぽど良心的で対立する中身が明確に理解できます。それに比べて日本の新聞は「これも悪いがこちらも悪い。だからここら辺で妥協すべきだ」というような曖昧な主張が多すぎます。国民の側に立って権力の不正や矛盾点などにチェックを行っているのは東京新聞くらいです。別の意味でスッキリと権力の手先を自称している読売、産経、日経も 朝日や毎日に比べたらスッキリしてはいますが。
これからの堀潤氏の健闘に期待しましょう。
by nonukes | 2013-03-23 20:38 | マスコミと原発 | Comments(0)

「誰が犯人にさせられるか分からない」この国はやはりおかしい

パソコンによる脅迫書き込犯人が実は別人だった?

東京、大阪、三重、福岡の市民が「自分のパソコンから脅迫メールを送った」という容疑で逮捕されて、東京と福岡の2人は、その事実を認めて福岡の男性28歳は処分保留で釈放されたが、東京の19歳の大学生は大学も退学して保護観察処分を受けていて服役していたといいます。この事件で真実が分かったのは、真犯人からマスコミや弁護士に「彼らがかわいそうだから助けてやって」というメールが来て、犯人しか知らない供述をしていたから警察も気づいたという間抜けな様を表したのです。
真犯人がウイルスをこれらの4人に送って、それでなりすまされた4人はいい迷惑で、悪いのは真犯人ですが、警察の取り調べにより、自白させられた2人を皆さんは「犯人でもないのになぜ自白したのか。ウソの自白をする方が悪い」と感じる方が多いと思うのですが、ここでちょっと自白調書を見ればすぐ、その理由が分かります。
実に最もらしい自白をしているのです。それに犯人にしか分からないような供述をしているのです。28歳の福岡の男性は「仕事が見つからなくてむしゃくしゃしていたのでやった」とか。

警察・検察はえん罪事件を簡単にでっち上げてきた歴史がある

これまで無実の罪で多くの市民が犯人に仕立て上げられてきました。1963年には埼玉県狭山市で被差別部落出身の石川一雄さんが女子高生を強盗強姦殺人事件の犯人として逮捕された事件です。石川さんは「自分が殺した」と自白したために一審では死刑判決が出されたのですが、二審で自白を翻して無実を主張してのですが、なぜか最高裁では無実ではなく無期懲役を言い渡し、1994年仮釈放となったままです。検察庁の威信を傷つけることの方が1人の青年の生命や人生を奪うよりも尊重されるという国家権力の真実を物語っています。

やってもいない犯行をやったとウソの自白をする市民が悪いのか

なんでこんなに「いとも簡単に無実の人間が犯行を認めるのか」という疑問を皆さんは持つことでしょう。しかし、取り調べというのは昼夜を問わず行われます。日本の警察・検察庁の密室の取り調べは戦前から一向に変わってはいないのです。そこでは暴力があり、脅し、すかし、大声を上げるや机やいすを蹴るなど日常的です。それに逮捕されただけで23日間は自由に警察は被疑者を拘束できます。23日以内に起訴できなければ釈放されるのですが、逮捕して3日以内に裁判所に勾留延長の申請をして、その最高拘留期間が23日なのです。日本の取り調べはヨーロッパやアメリカと比べて明らかに密室性と非公開で行われているのです。だから、自暴自棄になった被疑者は早く取り調べから楽になりたいためにウソの自白をするのです。また、狭山事件の被告の石川一雄さんは取り調べの警官が「おまえがやったと言えば家に帰してやる」とウソの約束をして、ニセの自白をさせたのです。よく取り調べの警官は「おまえは初犯だから起訴猶予で無罪放免されるから早く自白をした方がいいぞ」なぞとうそぶいて無実の罪を負わせるのです。また、取り調べ官は真犯人でなければ知らないことをある程度知っているので、ストーリーを作って誘導尋問をおこないます。「これこれであなたはそこの包丁を持って彼女を殺したのだろう。その包丁は逃げる途中に、どこの茂みに捨てたのだろう」という調書をあらかじめ無実の犯人に教えるのです。そして真犯人にさせらえれた人は「そのとうりです」と言えば調書はいとも簡単にできあがります。無実の真犯人を作り出す背景は「誰でもいいから早く星をあげたい」という警察や検察の自己保身しかありません。しかし、それに荷担して追従する裁判所の責任も見逃してはならないでしょう。無実の犯人を作ってきた最高責任者は裁判所です。

東電OL殺人事件の謎
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東電OL殺人事件は1997年(平成9年)3月に東京電力の従業員だった女性が東京都渋谷区円山町にあるアパートで殺害された事件である。有罪判決によって服役した人物は釈放され、再審が確定している。
1997年(平成9年)3月19日に、東京都渋谷区円山町にあるアパートの1階空室で、東京電力東京本店に勤務する女性(当時39歳)の遺体が発見された。発見し通報したのは、このアパートのオーナーが経営するネパール料理店の店長であった。後に被告人となるネパール人男性は、このアパートの隣のビルの4階に同じく不法滞在のネパール人4名と住んでいて、被害者が生前に売春した相手の一人でもあった。死因は絞殺で、死亡推定日時は同8日深夜から翌日未明にかけてとされる。
1997年(平成9年)5月20日、警視庁は、殺害現場の隣のビルに住み、不法滞在(オーバーステイ)していたネパール人男性を、殺人事件の実行犯として強盗殺人容疑で逮捕した。逮捕されたネパール人男性は、捜査段階から一貫して無実を主張した。

被害者女性は、慶應義塾女子高等学校をへて、同大学経済学部を卒業した後、東京電力に初の女性総合職として入社した。未婚のエリート社員であったが、後の捜査で、退勤後は、円山町付近の路上で客を勧誘し売春を行っていたことが判明する。被害者が、昼間は大企業の幹部社員、夜は娼婦と全く別の顔を持っていたことで、この事件がマスコミによって興味本位に大々的に取り上げられ、被害者および家族のプライバシーをめぐり、議論が喚起された。(wikipedia)より

この事件は真犯人のDNA検査で被害者の爪と膣に残っていた精液などが犯人にさせられたネパール人のものではないことが証明されたため、15年ぶりに今年になって釈放されました。そのえん罪事件のでっち上げもメチャクチャなのですが、この女性の死にも大変な疑惑があるのです。彼女は東電によって消されたのではないかという疑惑です。彼女の父親は東電の幹部社員で「原発に反対していた」そうです。そしてそのために部長職を干されて、ガンで52歳でなくなります。彼女は慶応大学出のエリート社員として父親の死後に東電に入社します。そして幹部候補生として企画調査課の副室長になっていました。当時の上司が勝俣恒久会長だったのです。そして彼女は何と「福島原発3号炉のプルサーマルはやめるべき」という報告書を提出して、たった1人で父親の意志を引き継いで原発に反対し続けていたといわれています。そんな彼女は孤独なたたかいや様々な要因で精神的に追い詰められたため、売春という逃げ道に走ってしまったのでしょう。彼女を殺したのは暴力団の可能性が強いと言われていますが、その暴力団を影で操っていた真犯人がいたのではないかと私は想像するのです。それが誰だかは分かりませんが、彼女が死んで一番得をした者が真犯人の可能性が大きいと私は思います。イスラエルのことわざにこんなものがあるそうです。「実効した犯人よりも、その事件で一番得をした者が真の犯人に近い」と。
その彼女が殺されたのが1997年3月8日ということです。つまり、それから15年目に彼女の怨念のように福島原発が彼女の予想どうりに爆発事故を起こしたのです。
by nonukes | 2012-10-19 14:24 | マスコミと原発 | Comments(0)

  小坂正則