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小坂正則の個人ブログ

「伊方原発をとめる大分裁判の会」結成総会へ参加の呼びかけ

「伊方原発をとめる大分裁判の会」結成総会へ参加の呼びかけ
小坂正則
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上記のように7月2日に「伊方原発をとめる大分裁判の会」の結成総会を開催します。大分県内の方々で「伊方原発運転差し止め裁判」にご興味のある方はぜひご参加ください。
以下は呼びかけ文です。


日 時:7月2日16時30分~18時
場 所:ホルトホール大分 セミナールームL
内 容:結成総会及び原告・応援団の参加説明
主 催:伊方原発をとめる大分裁判の会
その他:参加無料・どなたでも参加可能です
連絡先:090-1348-0373(小坂)


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いつ巨大地震が襲って来てもおかしくない

4月14日の熊本地震から続いた余震も今では減りましたが、南海トラフ地震を引き起こすフィリピン海プレートは年に約5センチ動くと言われています。上の図の1596年慶長豊後地震から420年経った現在まで21メートルの歪みエネルギーが央構造線の断層帯に溜まっている可能性があります。
大分県民なら皆さん知っている「瓜生島伝説」の瓜生島が地震で沈んだのが慶長豊後地震だそうです。この地震はM7.0~7.8と言われていますが、4月14日の地震がM6.5ですから、実に熊本地震の30倍以上の地震が瀬戸内海を襲う可能性があるのです。
2011年3月11日の東日本大震災は869年の貞観地震から1142年ぶりの巨大地震でした。人びとがすっかり忘れた頃に地震と津波が襲って来たのです。
420年間動いていない中央構造線の直近には伊方原発があります。私たちはいつ動き出すかもしもしれない地震を防ぐことはできませんが、地震被害を最小限に食い止めることは可能です。「21世紀は大地動乱の時代」という説もあります。危険な伊方原発を裁判で止めましょう。



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伊方原発は愛媛「現地住民」と広島・大分「被害住民」の挟み撃ちでとめる
小坂正則

原発現地の反対派住民は塗炭の苦しみ

私は30年前の5月の連休明けに、伊方原発3号機の建設認可が国から下りたという愛媛県の南海放送のテレビニュースを見て、「チェルノブイリ原発事故の放射能が日本に飛来してるというのに、なぜ原発の建設認可を国は下ろすのだろうか」とテレビ画面を見ながら1人憤った記憶があります。そしてその年の11月に建設工事が始まり、1994年に運転を開始しました。
この伊方原発3号機建設反対と1、2号の運転停止が私の反原発運動の始まりでした。私は1986年の夏休み最後の日曜日に12人の大分市民と一緒に伊方原発ツアーを企画して、原発見学と反対派のお爺ちゃんやおばあちゃんの話を聞くことができました。現地に車3台で訪れた私たちを待っていたのは現地の反対派20人のお歳よりたちでした。
 「大分県から初めて支援者が来てくれた」と彼らの大歓迎を受けたのです。そこで初めて現地でたたかってきた人びとの苦労を私は知りました。現地の人びとは、建設計画が持ち上がって20年の間、反対運動を繰り広げてきたのです。そして私の知らない難しい言葉が彼女たちの口から次々と出て来たのです。「英国のウインズケールやフランスのラアーグなどの再処理工場でおびただしい放射能が海に垂れ流されていること」など科学的な知識を私たちに話してくれました。現地の住民は京大原子炉実験所の小出裕章さんなどから学んだのでしょう。
それだけではありません。現地だからこそ味わう苦悩を私は聞きました。ですから、原発現地でたたかうことの厳しさは、ちょうど私が若い頃に三里塚の農民から聞いたたたかいと同じようなものでした。そこには私たち「被害住民」が味わうことのないもう1つの攻撃があったのです。それは電力会社や自治体による差別や金による人間関係への切り崩しです。こんなことも広野房一会長は話してくれました。「私たちには町が公民館を貸してくれないから集会は反対派の自宅で開催する」と。「町内会の掃除に出ると四電が電化製品を参加者に配るんだ。わしらはそんなもの一切もらわないけど」などなどです。それから私は伊方原発裁判傍聴などを通して伊方の皆さんとの交流が始まったのです。

私たち「被害現地」の意識は想像力が頼り

私たちが30年前から始めた反原発運動は現地の人びとへの支援運動や、誰かがかわいそうだからだとか、第三者として無視することは許されないという正義感からでもありません。
チェルノブイリ原発事故で8千キロ離れた日本にも放射能が大量に降ってきたのですから、原発事故による放射能被害は世界中が「被害現地」の当事者になるということを私たちは学んだのです。
しかし、原発現地住民のようなお金や人間関係の厳しい切り崩し攻撃などはありませんから、「被害現地」意識を忘れようと思えばいつでも忘れられる無責任さがつきまとっていました。ですから、当事者意識を保つということは、自分とのたたかいでもあったのです。どのように関わるかは、それぞれ個人の想像力にかかっていたのですから。

大津決定は反原発運動のコペルニクス的転換

そして、今回私たちが起こす大分地裁への「伊方原発運転差し止め訴訟」は、その意味ではもっと直接「利害関係者」としての立場をより明白化させてくれたのです。「大津地裁仮処分決定」がこれまでの「想像力」で保ってきた「被害住民」という概念を覆してくれました。私たちは「原発を止める直接的な権利」を得たのですからこれは画期的なコペルニクス的な大転換です。
 私たちは、「大津決定」と同じ権利を行使して、愛媛県の「原発利害現地」と広島と大分2つの「原発被害現地」が伊方原発を挟み撃ちにして止めるたたかいに挑むのです。これこそ現代版、武田信玄の川中島の戦いです。
ぜひ1人でも多くの大分県民の参加をお待ちしています。そして大分地裁で現実的に「伊方原発を私たちの手でとめる」のです。
 こんな画期的で楽しいたたかいはまたとはないでしょう。そして、現代版「川中島の戦」を全国に広げていきたいと、私は思っています。
by nonukes | 2016-06-25 13:10 | 原発再稼働は許さない | Comments(0)

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