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小坂正則の個人ブログ

NHKという公共放送を問う

NHKという公共放送を問う
小坂正則
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公共放送とはいかにあるべきか

自由主義国家では民間放送がコマーシャルで収入を稼ぐために広告主の意向に左右される可能性があり得る。それに対して公共放送は、原則としてコマーシャルを流さないか、収入の大部分をコマーシャルに頼らないで企業や国家の影響に左右されないで、報道の自由を守り、国民の利益のために自律的で自主的な放送を行うことを目的とした放送事業者のことを一般的に公共放送と言う。
それに対して独裁国家や社会主義国家などで行われている国営放送は、「国家によって直接運営されている放送局の形態を指す。また、法律や国家権力により、国民に対し強い統制をかけて行われる放送形態のことを指すこともある。」(ウィキペディアより)
先日、中国の習近平国家主席は共産党大会で「中国国営放送や人民日報などは中国共産党のためにめざましい貢献を行っている」と、絶賛する発言をしていた。「言論の自由や民主主義」がこのお国にはないことを自らが誇りに思っていることの方が、この国の最大の不幸だと、私は思う。
パナマ文書の暴露の中の人物の大半が中国共産党の要人の名前だそうだ。習首相の義理の兄の名もあるというが、共産党はネットで、「パナマ」や「パナマ文書」という情報が流れるたびにネットを遮断して国民にそのことを伝わらないように画策しているという。なんと虚しい、「裸の王様」ぶりだろうか。もう、目ざといインテリなど少数の国民の間ではこの話は持ちきりだそうだ。マルクスの唯一の間違いは「権力は必ず腐敗する」という定理を忘れていたことだったのではないだろうか。

道徳的に間違った経営者や政治家はやがては滅ぶ

アメリカを筆頭に格差に喘ぐ資本主義国家は出口の見えない泥沼にはまり込んでしまっているように思われる。資本主義というシステムは無限の経済発展と剰余利益を前提にしたシステムで、投資家や資本家は剰余利益という金の見返りがあるから投資を行う。それは労働者や農民や漁民の労働で生産した富の大部分を横取りするシステムだ。だから安い労働力や購買力などの「剰余利益」という見返りがなければ、その町や国を見捨てて、別のもっと見返りの多い国を求めて地球上を彷徨い続ける。しかし、発展途上国もやがては経済が発展して労働賃金も上がり、先進国という西側資本主義国家の労働賃金との格差は年々縮まってしまい、旨味はなくなってしまう。ユニクロというブラック企業が20年前には中国の低賃金労働者を使って販売価格990円というジーンズを作っていた。販売価格が990円で莫大な利益を上げるのだから工場引き渡し価格は200円から300円そこそこだろう。しかし、中国の工場労働者の賃金が月額1万円くらいだったのが、現在は8万円くらいに跳ね上がった。そこで、ユニクロは低賃金のバングラデシュへ逃げていった。ここでは数年前まで、月額2千円から3千円の賃金だったそうだ。
そんな世界最貧国の1つに乗り込んであくどい搾取を繰り返していても時間の問題だ。やがてバングラデシュでも安い労働力を求めて世界中から工場が集まって、賃金は年々上がっていく。そのような経済格差を利用して利益を上げるという悪徳企業のビジネスモデルが長続きがするはずはない。道徳的に誤った経営者や政治家はやがては滅んでしまう運命にあるのだ。なぜなら、「朝が来ない夜はない」ように「独裁国家はやがて崩壊する」という定理にしたがって歴史は進む。

自由主義国家の唯一の価値は「表現及び言論の自由」があること

つまり自由主義というシステムには様々な欠陥が内在しているが、共産主義や独裁権力に対して唯一勝るものは「表現および言論の自由」が憲法の条文にあって、それが守られていることだ。もちろんそれさえも国家権力を持った者は国民から様々な形で奪おうと画策するが、それを奪ってしまった瞬間、自由主義国家から独裁国家に転落してやがては自滅するという自己矛盾のスパイラルに陥ってしまうだろう。
そこで、このお国の言論や表現の自由を検証してみたい。果たして、日本のマスコミや報道は「表現の自由や言論の自由」を守るために国家権力と真正面からたたかっているだろうか。まず、NHKは明らかに「国営放送」のポジションを確保している。籾井会長が就任会見で「国が右というのに左とは言えない」と、「NHKは原則として国を批判はしません」と、高らかに宣言した。この表明がどれだけ重たいものであるか、住友商事の元社長には理解不能なのだろう。私の敬愛する作家のジョージ・オーウェルの言葉が見事に言い表している「ジャーナリズムとは報じられたくないことを報じることだ。それ以外は広報に過ぎない」と。NHKはだからジャーナリズムではない。政府広報だ。

NHKニュース9の河野憲治キャスターを検証してみる

4月20日の朝日新聞に「教えて、ニュースキャスター」と連続特集のトップに河野憲治氏へのインタビュー記事が出ていた。そこで、河野氏は「公共放送はどうあるべきか」を彼なりに饒舌に語っていた。「公共放送の記者であることを掛けだし時代から自覚して、『これ以上やると偏る』と自分の中で調整して仕事をしている」そうだ。またこうも言う。「NHKとしては、対立しているものがあれば、多様な意見を見せていく。満遍なく提示するのが僕らの仕事。安保法制の時もそうでした。視聴者からはいろんな意見を聞きますが、それがどちらかに偏りすぎると危ないと思います」また、「不偏不党」なども語っています。ただ、この文章を読むにつれて最もらしく語っていますが、要はこの方はNHKに入社と同時に「不偏不党」や「中立」というありもしない幻想の虜になっていたのでしょう。だって、この方の視点では国家を監視するというジャーナリズムの精神は微塵もありません。これはデコレーションされた政府広報です。国家があくどいことをやった時にどのようにして中立を保つのでしょうか。集団的自衛権の容認を閣議決定した一昨年の7月1日の報道はどうだったのか。「憲法学者の中には憲法に違反しているという意見もあります」といい、政府の弁解を最後に持ってくれば、結果は「色んな意見はあるが、やはり政府の言うことが正しいんだろうなあ」と国民の多くは思ってしまうのです。このやり方は産経新聞や読売のように自民党の広報誌のようにあからさまではないだけに、NHKのやり方は一見すると「正しい」ように感じるが、でもよく考えたら高度な情報操作報道なのです。NHKの幹部は報道へ現場にこのように指示を出しているそうです。「色んな意見がある場合は最後に政府のコメントでニュースを締めくくるように」と。見事な世論操作です。

国家権力と市民の間の中立とは何にか

ジャーナリストではないのですが、「中立とはどうあるべきか」というテーマについては、熊本大学の医師だった故原田正純氏の話を私は思い出しました。
原田氏はこのように言っていました。「私が医者として大学の研究者として水俣病に苦しむ患者に近いところで活動していたら、仲間の医師や教授からよく、あなたは科学者なのだから企業と患者の中立でいなければならない。あなたは患者側に近すぎるのではないか」とよく言われたそうです。しかし、原田氏はこう反論したそうです。「確かに中立は必要だ。しかし、企業や国家と市民の中間の位置とは、互いの真ん中の位置ではない。強大な権力を持った国や企業に対してより市民側の近くに立つことで、初めて企業や国と市民との中立の位置に立つと言えるのだ」と、言うのです。実にすばらしい中立論です。この原田氏の言葉をNHKの河野キャスターに贈ってやりたいものです。彼は自分が中立だと思って発言することが、国の思い道理の報道となって国民操作に利用されているのです。そのことを彼が自覚しているかどうかは知りませんが、結果として、彼はNHKという強大な力で安倍政権を支えているのです。
水俣病の裁判では「水俣病はチッソが垂れ流した有機水銀が原因だ」ということを患者側が立証しなければ裁判には勝てません。そんな科学的な根拠を貧しい漁民や農民が立証できるわけはないのです。そこで、原田氏はその立証の手伝いを行ったのです。それがより患者の側に近いと批判されたのですが、今日の御用学者の企業や政府に寄り添って広報機関と成り下がった学者のクズどもに原田氏の爪の垢でも飲ませてやりたいと私は思います。
福島の甲状腺ガンの子どもが160人以上という事実の前に「なぜこれだけ多数の患者が出たのか原因は分からないが、原発事故のせいではない」と、うそぶく福島県立医大の御用学者の態度がちょうどNHKの姿勢と同じなのです。「根拠が現時点では立証されていないから安全だ」ではなく、少なくとも「福島原発事故が原因で甲状腺ガンが多発したことは立証されてはいないが、今後も十分その可能性を疑って調べる必要がある」というのがせめてもの中立なのです。原田氏のいう中立論に則って、患者側に寄り添うなら「福島事故が原因で甲状腺ガンが増えたということは現時点では立証できてはいないが、ほかに原因が特定できない現状から考えるに一番それを疑うことが妥当な判断だと言えるだろう」であるべきなのです。これは医師や科学者だけではなく、ジャーナリストにも問われる姿勢です。「科学とは安全が立証されるまでは全ては危険だと考えるべきだ」です。
同じように、地震で川内原発が危険にさらされる可能性があるなら、「原発を一旦止めて、安全性を確認してから再度動かすべきだ」が、危険回避の予防原則から考えても、科学者やジャーナリストの主張するべき事項でしょう。だって、新幹線も、高速道路も一旦止めて、安全点検を行った後に動かしているではないですか。なぜ一番危険な原発だけが、巨大地震が頻発しているのに、止めずに安全だと強弁し続けることを批判しないのでしょうか。私は、そのことも河野キャスターに言いたいです。
先週から起きている熊本地震で原発関連の報道は政府の発表のみを伝えるようにと籾井会長がNHKの職員に要請したそうです。ですから、NHKの地震情報ではなぜか熊本県境の薩摩川内市の震度が消えています。そして、地震の度に「川内原発は安全に動いています」としかNHKのアナウンサーは喋れません。これこそ国営放送と言わざるを得ないNHKの自主性のない一方的な政府情報の垂れ流しです。だって、地震が起きた直後に、「安全です」など言えるわけはないのです。九電が機器の点検を全部行った後ではないのですから。主要機器の安全点検には少なくとも数時間は要するはずです。NHKはせめて、「地震の直後に九電は安全ですと伝えていますが、どこまでの点検を行った結果なのか大変疑問です」と批判しなければジョージ・オーウェルのいうジャーナリズムの次元とは到底言えません。
by nonukes | 2016-04-24 12:51 | 原発再稼働は許さない | Comments(0)

  小坂正則