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小坂正則の個人ブログ

つゆくさ通信No.136を発行しました

つゆくさ通信No.136を発行しました
小坂正則
本日脱原発大分ネットワークの機関紙「つゆくさ通信NO.136」を発行しました。原稿はたくさんあるのですが、その中で、下記にいくつか紹介いたします。今回の通信は高浜原発の仮処分特集です。
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編集後記
▼日本で初めて動いている原発を止めた大津地裁の山本善彦裁判長へのバッシングがすさまじい。山本裁判長の下した仮処分決定に対して、関経連の森会長(関電会長)と角副会長(阪急電鉄会長)は「なぜ一地裁の裁判官が国のエネルギー政策に文句を言うことが許されるのか」「こんなことができないように法改正が必要」と、17日の定例会見で批判した。彼らは「国の原発政策に地方の裁判官ごときが口出しするなど許してはならない」とでも思っているのだろうか。▼安倍首相が立憲主義を知らないだけではなかった。ここにも日本の政治の根幹である三権分立を理解できないバカ経営者がいた。「政府が右と言うのに左とは言えない」という国営放送の籾ガラのような中身の空っぽ会長など、この国の中枢の人間の劣化が著しい。▼以前の日本は「経済は一流だが政治は三流」と言われていたが、今は「経済も政治もマスコミも三流」だ。▼ただ、これだけのことを経営者に言わせるだけ、電力会社にとって、この決定は想定外の巨大地震だった。なぜなら翌10日の関電株価は17%も大幅下落した。株価は素直だ、ウソをつかない。全国で原発再稼働の差し止め仮処分裁判を起こせば電力会社の株価はもっと下がり、原発がいよいよ電力会社の生命を脅かす核爆弾になるだろう。裁判官がどんなに原告に不利な判決を出したとしても一切責任を問われることはない。彼らは法律と良心にだけ拘束される。それだけ裁判官は神聖な職業なのだ。▼だから私たちは山本裁判長へのバッシングを跳ね返す意味でも激励とお礼の葉書を出そう。樋口、山本判事の次に第3、第4の良心的な判事が必ずいることを信じて。▼いま民主党の山尾志桜里(やまおしおり)衆議院議員が俄然注目を浴びている。「安倍首相の最も嫌いな人物」と永田町では有名な方だ。なにせ、元子役俳優で検察官という経歴の持ち主。民主党の公募で政治家になった方。「保育園落ちた。日本死ね!」というブログを衆議院予算委員会で取り上げたら、自民党席のヤジと安倍首相の「そんな匿名の文章など信憑性がないではないか」と相手にしなかったことが、ネット上で炎上し、安倍政権の支持率を急落させた方だ。▼その前にも安倍首相と憲法についての、こんなやり取りがあった。▼山尾氏「総理、精神的自由が経済的自由より優越される理由、これがわからない、と。大変心配です。もう一度お答えください。どうぞ。」安倍首相「私にクイズのように訊くということ自体が、意味がないじゃあないですか」と。▼山尾氏「総理は知らないんですね。なぜ、内心の自由や、それを発露する表現の自由が、経済的自由よりも、優越的地位にあるのか。憲法の最初に習う、基本の「き」です。経済的自由は、たいへん重要な権利ですけれども、国がおかしいことをすれば、選挙を通じて、これは直すことができるんです。でも、精神的自由とくに表現の自由は、そもそも選挙の前提となる、国民の知る権利が阻害されるから、選挙で直すことができないから、優越的な地位にある。これが、憲法で最初に習うことです。それも知らずに、言論の自由を最も大切にする安倍政権だと胸を張るのは、やめていただきたいと思います。」この人こそ、民主党いえ民進党でしたか、の代表にしたら民進党の支持率は急上昇間違いなし。私は一気に山尾志桜里ファンになった。   (小坂)
              
送電線の増強費用は電力会社の負担とせよ
甲斐美徳

福島原発事故後の2011年8月に当時の菅直人首相が自分の首と引き換えに国会で成立させた「電気事業者による再生可能エネルギー電気の調達に関する特別措置法」によって、ようやく日本にも再エネ電力の固定価格買取制度が導入され、これでやっと欧州並みに自然エネルギーの飛躍的な普及発展が始まるものと期待されました。しかし、2014年に九州電力が「電力の安定供給を損なう」として太陽光発電の買取り制限を始め、この動きが瞬く間に全国の電力会社に広がってしまいました。思い起こせば、プルサーマル発電もそうでした。原発の再稼働もそうでした。悪いことの先陣を切るのは、いつでも九州電力なのです。
もっとも、九電がそれまでに相当な量の太陽光発電を受け入れていたことも確かであり、太陽光や風力のような天候によって出力が大きく変動する電源が多くなると、電力の需給のバランスを取ることが非常に困難になるという理屈は、(実際には技術的に十分対応可能な問題なのですが)それなりにわからないでもありません。
ところが、ここにきて九電は、小水力・温泉熱・バイオマスといった、24時間安定的に発電が可能であり、原子力・火力発電の代替電源として十分機能するはずの再エネ電力に対してまで、送電線の容量不足などを理由に事実上の買取り拒否を始めました。こうなってくると、「電力の需給バランスを守る、安定供給を守る」という買取り制限の大義名分は嘘っぱちであり、実質は自社の既存原発をフル活用したいがための自然エネルギーの締め出しにほかならないことが明瞭になりました。
2015年11月、大分合同新聞は、「試練の再生エネ~先進県・大分は今」という連載記事を6回にわたって掲載しました。その第2回で、農業用水路を活用した小水力発電計画が、九電から送電線の増強費用として1億円もの負担金を要求されて苦境に陥っている様子をリポートしています。
由布市庄内町の元治水井路土地改良区では、固定価格買取制度が導入される前から、330kWの小水力発電所の建設計画を進めてきました。水利権協議など6年の準備を経て、2014年に着工、当初は2017年に完成の予定でした。この計画は農村の未来を賭けた大勝負でした。農家の高齢化と生産減少で、老朽化が進む水路の維持負担は増す一方です。そこで、小水力発電で見込まれる年間約4千万円の売電収入を水路の維持費に充てて農家の負担を軽減し、さらにムラの活性化にも役立てたいと夢を描いてきたのです。総事業費は6億円(うち補助金が5億円)。近年は農林水産省も、農業用水路による小水力発電を積極的に奨励するようになっています。
ところが、2015年6月になって九電から、「接続する送電網の容量不足で、増強工事に1億円を超す負担金が必要」と示されました。金額はさらに大きく膨らむ可能性もあり、しかも工事には5~7年もかかると言うのです。あまりに巨額の追加負担と長い時間に、土地改良区の理事長は頭を抱えてしまいました。
小水力発電は太陽光発電と準備期間が大きく異なり、当初の設計から諸調整を経て発電開始に至るまでには、水利権協議をはじめ長い年月を必要とします。時間をかけて進めているうちに、参入相次ぐメガソーラーによって送電線の容量を食いつぶされた格好になりました。九電からは、送電線の増強工事をしない代替案として、太陽光発電が本格稼働しない時間帯に限定した売電も提案されました。しかしこれでは、売電収入は当初の予定よりも大幅に減ってしまいます。いずれにしても苦渋の選択となるわけです。
日本ではこのような場合、送電線を増強するためのコストは、もっぱら発電事業者が負担することになっています。しかし欧米では、送電線を管理している地元の電力会社が負担するのが一般的であり、そこまで含めた形で買取り義務が課せられているわけです。安全でクリーンな電気を消費者の元に届けるのは送配電事業者の責務と言うべきであり、ここは送配電事業者たる九州電力が費用を負担するのが道理です。九電が負担するといっても、最終的には電力の消費者が電気料金としてコストを支払うことになるのですから、九電の懐が痛む話ではありません。
この土地改良区のように、発電事業者の中には、資金力に乏しい地場の中小企業や地域の経済団体も多数いることでしょう。特に、過疎に悩む農山漁村で、地域の資源を活かして発電事業に取り組もうという人々に無理難題を押し付けて地域活性化の芽を摘むことは、今の内閣が進めている「地方創生」にも全く逆行するものと言わねばなりません。
九州電力は、多くの人々が望んでいない原発の再稼働に3千数百億円もかけたと言います。私が否応なしに支払った電気料金は、原発の復活のためではなく、自然エネルギーの導入拡大のための設備投資にこそ使ってほしい。そのことをこの際強く要望しておきたいと思います。

辺野古新基地建設について
諫山二朗

3月4日、裁判所の和解案に政府が合意して「辺野古基地建設の中止が決まった」と、ラジオのニュースが伝えたのでびっくりした。しかし、安倍政権が辺野古新基地建設を諦めたわけではないことがすぐに分かった。しかも、安倍首相は記者会見で普天間飛行場の閉鎖は辺野古移設が唯一の解決策と明言した。円満解決を図るという和解案にもかかわらず、安倍首相の発言は最初から円満解決を拒否すると言っているに等しい。菅官房長官は和解案を受け入れた後に翁長知事による辺野古沿岸部の埋め立て承認取り消し処分を是正する指示を出した。今回の政府の対応について社民党の照屋寛徳衆議院議員は「一回も協議せずに是正指示を出したのは和解の趣旨を一方的に破棄するやり方だ」と指摘して、「国にとっては、県議選と参院選に甚大な影響を与える敗訴のリスクを回避することが『至上命令』だったのではないか」と述べた。
和解条項は、「双方が提訴を取り下げた後、一旦工事を停止して双方が解決のための協議を行う。協議が決裂したときは埋め立て承認に関する新たな訴訟に一本化し、判決が確定すれば「(双方が)判決に従い、その後も(判決の)趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを確約する」という内容だ。今の状況では双方の協議による円満解決はあり得ない。国は勝訴のためにあらゆる手段を使って動くだろう。もし裁判で沖縄県が敗訴した場合は、県は判決に従うことになる。翁長知事は敗訴した際の対応を尋ねられた際、変更工事に関して沖縄県が承認をしないことで、新基地建設を阻止すると議会で答弁している。そのような対応で本当に工事が止められるのか不安に感じる。
和解が成立した翌日には「ちゃーすが大分」主催の「戦場ぬ止み」の上映会と三上知恵監督の講演会が大分で開催された。三上監督は和解案を政府が受け入れた直後の新基地建設反対運動の人たちの喜ぶ姿を撮影したビデオを見せてくれた。和解案が全面的な解決ではないことが分かっていても、連日の機動隊や海上保安庁との攻防で心身ともに限界状態にある反対派の人たちにとって、とりあえず工事が停止したことへの喜びは私たちの想像を超えると思う。
「週刊金曜日」大分読者会という10年以上続いている会がある。2月の例会は「沖縄の基地を考える」が主なテーマだった。沖縄問題に詳しい工藤さんから高橋哲哉の『沖縄の米軍基地』野村浩也の『無意識の植民地主義―日本人の米軍基地と沖縄人』についての紹介があった。高橋哲哉は日本人が日米安保条約を必要と考えるなら、沖縄の基地を本土が引き受けるべきだと主張している。この主張に対して読者会の中でも反対意見が強かった。その主な意見は、①日米安保に反対している立場から米軍基地を容認することはできない。②本土に基地を受け入れても沖縄の負担軽減にならず、本土が沖縄化する可能性がある。一方高橋哲哉を支持する意見も出た。私は日米安保条約を破棄して米軍基地を無くすべきと思っているが、沖縄に米軍基地が集中しているという事実は動かしようのない事実である。すでに戦後70年もの間、0.4%の面積しかない沖縄に米軍基地の74%が集中している。今後もその状況が改善される見通しはない。野村浩也はこの状況を植民地と被植民地の関係と言っている。沖縄に米軍基地を押し付けてきたのは日本人だから、日本人は植民地支配者であり、差別者であるという。日本が押し付けた沖縄の痛みは日本人自らが取り除かなければならないと言う。
 私には高橋哲哉や野村浩也の指摘に対して反論する言葉を持っていない。むしろ正当な主張ではないかと思う。しかし、それも所詮当事者意識が希薄な立場からの無責任な考えと自分自身が自覚している。もし自分の住む大分に米軍基地が移転することになれば、本当に受け入れることができるのか自信がない。今の時点で言えることは、このまま沖縄に負担を押し付けていてはいけないということである。私は沖縄の基地負担を無くすべきであると常々思ってきたし、辺野古新基地反対運動にも一市民として時々参加してきた。しかし沖縄の人たちが耐えてきた70年間、そして将来も続く沖縄の基地負担はなくなりそうにないことを考える時、沖縄に大きな負担を強いながら安全な場所で反対の声を上げ続けることだけで良いのだろうかという思いがぬぐえない。どうすればよいか正直わからないが、高橋哲哉や野村浩也の主張にも耳を傾ける時期ではなかろうか。
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by nonukes | 2016-03-26 22:25 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

  小坂正則