ブログトップ

小坂正則の個人ブログ

「国際情勢に目をつぶり、従来の解釈に固執するのは政治家としての責任の放棄だ」はファシストの言うことだ

「国際情勢に目をつぶり、従来の解釈に固執するのは政治家としての責任の放棄だ」はファシストの言うことだ
小坂正則

d0174710_14562998.jpg

                    6月18日に国会答弁する安倍首相

【国会】民主党『全員が違憲だと言った』 安倍総理『国民の命を守るのが国会の使命だ』 平成27年6月18日






中国脅威論や北朝鮮悪玉論は妄想

昨日6月18日の衆院予算委員会で、自民党の元防衛大臣小野寺五典氏の質問に答えて、安倍首相はこう答えている。「国際情勢に目をつぶり、従来の解釈に固執するのは政治家としての責任の放棄だ」と答えて、憲法解釈変更の正当性を強調した。また首相は、北朝鮮を念頭に「我が国近隣にたくさんの弾道ミサイルを持ち、核兵器を載せる能力を開発している(国がある)」などと語り、日本周辺の安全保障環境が悪化していると指摘。その上で「大きく状況が変わる中で必要な自衛の措置とは何か。国民の安全を守るために突き詰めて考える責任がある」と言った。つまり、そのように国の安全のために素早く対応するのが政治家の責任であり、内閣の仕事であると言い、それを放棄している野党は無責任であり、政治家失格であると言いたいのだろう。
北朝鮮は核弾頭を開発中だし、中国の核兵器は日本に向けて配備されているという、中国脅威論者には確かにわかりやすい防衛論かもしれない。つまり、「のろのろ憲法9条改正して、それから集団的自衛権を議論している時間などないのだ。そんなことで2年も3年も時間がかかったら敵に攻撃されてしまう」と。そこまで仮想敵国との間で緊張が進んでいるのだろうか。
確かに中国は日本の経済水域の領海に入ってきて、しかも日本海ではなく、太平洋側の海で赤珊瑚を根こそぎかっさらって行くなどという卑劣な行為を行えば日本の世論は一気に中国人嫌いになってしまうだろうし、南沙諸島に建設されている基地は日本のシーレーンに脅威のように見える。そして北朝鮮のミサイル開発を喜ぶ国民はいない。
ドイツの思想家「クラウゼヴィッツ」の著書「戦争論」で氏はこう説いている。「戦争は政治の延長である」と。つまり、「宗教戦争でも、一見偶発的な戦争でも、その背景には必ず政治的な対立の結果によって戦争が起こるのだ」と。
だから、「突拍子もない気の狂った独裁者が日本をわけもなく攻めて来る」ことなどあり得ないのだ。必ず政治的対立の結果,その解決策として戦争が起こるのだ。テロはちょっと違うだろうが、国家間の戦争の場合はそうだろう。だから、中国がいきなり沖縄に攻めてきたりすることはない。日米中の貿易依存関係は歴然だし、この三国は経済的な運命共同体だ。中国が日本を攻撃したら中国の商品が売れなくなってしまうのだからお客様は攻撃しない。北の脅威があるなら、つまりキムさんが「やけのやんぱち攻撃を行う」ということから、防衛強化が必要だというのなら、日本海の原発を速やかに廃炉にすることが何よりも最大の国防だろう。

それでも日本の国防強化が必要というなら、憲法9条をまずは変えるべき

安倍首相もかねがね言っていた。「個別自衛権だけでは日本は守れない。集団的自衛権が必要だから憲法9条を改正しなければならない」と。2年前は「96条を変えて、国会で過半数の賛成で憲法改正国民投票が行えるようにしよう」と。それに対して小林節氏などの改憲論者から「安倍の言うことは憲法の裏口入学の論理だ。正々堂々と正面玄関から憲法改正を議論しろ」と、諭されてしまっておとなしくなった。すると、今度はもっと姑息なまねをして、解釈改憲というウルトラC作戦に出てきたのだ。これは憲法の裏口入学どころか、卒業証書の偽造だ。
「もう裏口入学はばれてしまったから、憲法大学を卒業したことにすればいい」と言って、「憲法大学卒業証書」を偽造してしまったのだから始末におえない。
憲法9条に違反したことをやるのは立憲主義という近代憲法論から考えても無理がある。だから、自民党は正々堂々と憲法9条の改正案を国会に提案して、国民投票で過半数を取ればいいのだ。それこそが政治家のあるべき姿なのではないだろうか。
総理大臣が憲法の歯止めを無視して、「国民の生命や財産を守るため」という理由で何でもやっていいのなら、それこそ独裁政権だ。どんな独裁者も「国民のため」とか「平和のための戦争」と言ってきた。戦前の日本軍もしかり。ヒットラーだってそう言って侵略戦争を行ったということを忘れてはならない。

なぜ集団的自衛権が問題なのか

私は集団的自衛権の行使に反対だ。なぜなら、米国の戦争の片棒を担ぐことは、間違った戦争に荷担することになるから。安倍首相が「解釈改憲」という違憲のウルトラCまでして行おうしている集団的自衛権の行使は「米国の戦争荷担」でしかない。米国は「自由を守るため世界の警察」と自認の下に、勝手に武力や暴力で世界を支配してきた。南米などでできた民主的な社会主義政権を武力で転覆させたり、キューバを50年間以上の長い間経済封鎖して、一方的に一国の自立を妨害してきた。何で米国が世界の警察なのか。泥棒が警察官の服を着て勝手に私たちの家に入ってきて「俺は警察官だ。だから俺のいうことを聞け」という居直り強盗のようなものだ。
チリやグアテマラなどで米軍やCIAによって社会主義政権を転覆させた米国の悪行を忘れてはならない。また、イスラエルという世界最低の国(パレスチナのガザの市民に虐殺行為を行う国)を支えているのは米国だ。米国がイスラエルを支持しなければこの国は崩壊する。
そこで米国の国力の低下を補うために、日本の自衛隊を極東の手薄になった米軍の補強部隊として使おうとしている。それらは「第三次アミテージレポート」に書かれてる。
また、911テロ事件の犯人がビンラディン一味だと、でっち上げてアフガンやパキスタンの市民を無人攻撃機で攻撃して一般市民を殺しまくっているのも米軍だ。イラクのフセインが大量破壊兵器を持っているといってバクダッドの街を破壊してイラクへ侵略してフセインを捕まえたけど核兵器はなかったのに、自らの過ちに対して誰も責任を取らないというのが米国なだ。米国という世界最悪の暴力国家について行って、一緒に米国の侵略戦争に荷担しようとするのが、安倍晋三の「集団的自衛権の行使」なのだ。
だからここは一旦冷静になって、3年間はかかっても憲法9条改正案を出して、「米国と一緒に世界の侵略戦争に荷担する方がいい」という国民が過半数に達したら正々堂々と侵略戦争を行えばいい。

右も左も日本の進むべき道を冷静に議論しよう

私は「米国民主主義こそが正しく、米国こそ世界の正義だ」という独りよがりの米国独善主義者ではない。イスラム国家の聖職者政治やアフリカの部族政治なども、それぞれの民族や地域の人びとが選択した政治制度だろう。キューバのような社会主義国家も市民の政治的自由や言論の自由を保障するならば、決して悪い訳ではないだろう。
日本は日本流の政治制度でいいと思う。だから、米国の金魚の糞のように、慌てて米軍に追随してイスラム国家への攻撃に自衛隊を出してどうするのか。米軍がイスラム国家への地上軍を出すのは時間の問題だと私は思う。空爆ではほとんど効果がないから。数千回にも及ぶ空爆でイスラム国の兵士は相当数死んでいるだろうが、間違いなく一般市民も一緒に犠牲になっているはずだ。ひょっとしたら一般市民の方が犠牲者が多いかもしれない。イスラム国は市民を盾にして防衛しているからだ。そんなことに自衛隊が荷担すべきではない。だって、イスラム国を作ったのは米軍だ。イラクへの侵略戦争の結果、フセイン軍の残党とイスラム過激派の連合体がイスラム国家の軍隊だからだ。
この国をどうやって守るかの議論は防衛だけの話ではない。安全保障の第一は食料安保だ。次はエネルギー安保。そして防衛。だからその3つの議論が同時に必要だ。
維新の党が国民を裏切って自民党と裏取引をさせないように、私たち国民は声を上げなければならばい。「ちょっと待った!集団的自衛権の行使は憲法を改正してから行え」と。
これこそがいま、右も左も一致できる国民的合意の政治選択ではないだろうか。
by nonukes | 2015-06-19 14:58 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

  小坂正則