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小坂正則の個人ブログ

NHKなど大手マスコミをみすみす安倍晋三の手先にしてはならない

NHKなど大手マスコミをみすみす安倍晋三の手先にしてはならない
小坂正則
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器の小さな首相の発言が日本の国益を著しく損ねている

NHKは公共放送という規制の中で、これまでにも随分政府よりの報道を繰り広げてきましたが、この数年の政府よりの報道姿勢は異常としか言いようのないものがあります。
その原因の一つが安倍政権による執拗なチェックと介入でしょう。その中でも昨年の1月に就任した籾井会長の人事によって、露骨な報道姿勢を一気に表すようになったからです。普通の総理大臣という人たちは、一国の首相としての見識と格調が求められるために、ゲセな発言や態度は見せません。ところがこの御仁は、そんなことには一向に気にしない方のようで、その気品のなさを端的に証明した光景が2月19日の衆院予算委員会で見られた光景です。新聞報道によると、
19日の衆院予算委。民主党の玉木雄一郎氏が西川氏の政党支部への献金問題を取り上げていたさなか、首相は「日教組はやっている」と答弁席からやじを飛ばした。自民党の大島理森予算委員長が「静かに」と制止しても、首相は「日教組はどうするのか」と言葉を重ねた。さらに翌20日の予算委で民主党の前原誠司氏から謝罪を求められると、「日教組が(国から)補助金をもらい、(日本)教育会館から献金をもらっている民主党議員がいる」と主張した。
というものです。しかし、日教組は教育会館から献金など受けていないのに、首相の思い違い答弁を国会で行ったものです。20日の予算委員会で19日の安倍首相によるヤジの謝罪を求める前原委員の質問にも謝罪の言葉など一切なく、逆に「日教組が教育会館から献金をもらっていた」という全く事実無根の答弁を行って、23日には「事実誤認だった」と、今度は一転して謝罪をする始末です。こんなこと、官邸の事務官に調べさせればすぐハッキリすることなのです。前原氏は「安倍首相、あなたは謝罪もしなくて、あなたの力量の小ささを国民が知ることが出来たでしょう」と、皮肉混じりの発言を返していました。
しかし、このような国内問題で済めばいいのですが、「従軍慰安婦の強制連行はなかった」発言や、「どこの国の軍隊でも従軍慰安婦は存在していた」など安倍首相の発言はこれまでの自民党の保守政治から右翼政権へ変質したと、米国のニューヨークタイムズやワシントンポストも論評しているのです。
また、これまで日本は平和憲法の元で、国際貢献や平和外交に徹して来たからこそ、評価されていたことが、イスラエルと手を取り合って「テロには屈せずイスラム国と断固としてたたかう」という発言などによって、イスラム圏の人々からは、「米国と一緒に闘う日本」と写ったのです。これまで70年間に渡って築き上げてきた平和国家としての評価や平和貢献を行ってきた民間外交の成果を一気に失わせるような、それこそ安倍首相が「国益を損なう」と、よく口にする言葉を安倍首相、自らやってのけたのです。

マスコミによる政権批判を「自民党政権を潰すための策略」と言う安倍首相は民主主義が理解できない人間

NHKの籾井会長のトンデモ発言が公共放送としてのNHKの立場を窮地に追いやっています。敗戦70年にあたって、従軍慰安婦問題について番組で取り上げるかどうかを問われた。籾井会長は「政府の正式なスタンスがまだ見えないので、放送するのが妥当かどうかは慎重に考えないといけない」と述べていたのですが、政府の立場が決まらないからNHKは放送できないというなら政府から自立した公共放送の権利を自ら放棄した発言です。また、昨年の1月に就任会見で 籾井会長は、慰安婦について「戦争地域にはどこにもあった」と発言。特定秘密保護法は「(法案が)通ったので、もう言ってもしょうがない」、安倍晋三首相の靖国参拝問題については「総理の信念で行ったので、いい、悪いと言う立場にない」となど、公共放送を代表する者の発言とは思えないものでした。
このような人間をNHKの会長職として送り込んだ安倍首相によるマスコミへの人事へ介入は、結局は民主主義とマスコミの自律を阻害する自らの偏狭な排外主義思想の表れなのでしょう。そのほか、昨年末の総選挙の前後に自民党からマスコミ各社へ送られた「公正な報道への要請文」やTBSの番組の中で「このような街頭インタビューは制作者の恣意が感じられる」と番組の編集権に突然首相が介入するような発言を行うなど、安倍首相のマスコミへの批判は、表現の自由や言論の自由という範囲を超えて、国家の最高権力者による「報道の自由への国家権力の介入」以外の何ものでもないのです。しかし、安倍首相は、そのことが理解できない人間であるといことがここでの一番大きな問題なのです。
このような人間が一国の代表ということは、最も国益を損ない、国民の文化的で民主的な社会生活の営みを損ねる最大の元凶だと私は思います。

マスコミの政権にすり寄る動きは自らの命取りとなることを肝に銘じるべきだ

テレ朝の古舘氏やゲストの古賀茂明氏による「報道ステーション」は、本当に良心的な番組で、私たちに報道のあるべき姿を伝えてくれています。しかし、その朝日放送ですら、会長兼CEOの早河洋氏は安倍首相とマスコミ各社の夕食会に頻繁に参加していて、安倍首相から携帯電話がかかったと喜んでいる人間だそうですから、経営者などいずこもNHKと五十歩百歩なのでしょう。米国のマスコミ人は権力者と夕食など一切しないそうです。そういう仲のいい関係を作ってしまうと、ついつい情に流されてしまって、ペンが鈍るからでしょう。
ところが日本のマスコミの諸悪の根元は「記者クラブ制度」にあるのです。大手マスコミと地元新聞社やテレビだけの閉鎖的なクラブは、場所を政府や地方自治体から提供を受けて、電話代から受付女性の雇用まで国や自治体のおんぶにだっこの権益を受けているのです。だから、記者クラブの記者の記事は、どうしても行政などに対しては甘い記事になってしまうのです。今日のようにネット報道やフリージャーナリストを閉め出して、独占的にクラブの場所を使うということは国民や市民の税金を一新聞社が勝手に使うという税金泥棒のようなものなのです。横浜市が以前記者クラブ制を廃止して週刊誌や共産党の赤旗など全ての報道記者を平等に使えるように記者クラブを解放したことがあります。しかし、これに対して既存の記者クラブ会員マスコミは猛反発を行って抗議したそうです。
記者クラブ制度は日本のマスコミの最大の恥部です。そして、マスコミ各社は消費税10%への移行時に新聞は公共的な目的のある商品なので軽減税率の適用を求めて、水面下で政権にこびを売っているそうなのです。つまり、読売や産経や日経だけではなく、天下の朝日新聞や毎日新聞でも、その中身は読売と一向に違いはないのです。ただの既得権益に居座って、適度な政権批判をしても、決定的な批判などは決してっしないというマッチポンプのような動きしかやらないのが大手マスコミの真の姿なのです。

NHKを公共放送として市民・国民の手に取り戻すにはどうやればいいのか

敗戦後の読売新聞は現在では考えられないほどのまともな新聞社だったそうです。それが有名な第一次読売争議です。その読売争議とは「第2次大戦後読売新聞社で起きた経営民主化を求める労働争議です。1945年10月同社従業員は組合を結成し,社長正力松太郎ら戦争責任幹部の退陣と社内の民主化を要求。これが拒否されたため組合はストライキに突入して生産管理という自主管理闘争まで行って闘った結果、社長を退陣させ、労働組合に参加の経営協議会を設置させて経営に労働組合が介入することができた」しかし、鈴木組合長が編集局長となったが、46年6月にGHQの介入で経営側が編集幹部6名を解雇。組合の解雇反対闘争に対し戦後初めて警官が動員され経営権を会社側に取り戻されてしまったものです。その後は右翼的な新聞社として今日に至っているのです。
新聞社が一番活き活きとしていい記事を書くことの出来る時は、経営者の経営能力が衰えたときだと私は思います。そのことは相対的に現場の記者の力が強くなって、経営者と記者が対等な立場で紙面を作ることが出来るから素晴らしい新聞が出来上がるのでしょう。
毎日新聞社は「西山事件」をきっかけに、毎日新聞バッシングが全国で起こり、1975年に経営危機に陥いり、会社更生法の適用を受けたことがあるのです。その当時の毎日新聞の記者の給料は朝日の半分以下だったそうです。いまでは記者による連載記事「朝日のプロメテウスの罠」など普通にありますが、当時は珍しかった第一線の記者のリレー連載がありました。その中で記者が「いくら我々が現場に駆けつけて、足で稼いでいい記事を書いても洗剤やビール券に負けてしまうことが悔しい」という記事に私は心を打たれたものです。安月給でも権力の腐敗を暴いてやろうとか、いい記事を書きたいというジャーナリスト魂があったのです。
もちろん朝日や読売にもいい記者はたくさんいましたし、現にいまでも素晴らしい記者を私はたくさん知っています。本当に献身的な記事を書いてくれて涙が出るほど素晴らしい記者を私は知っています。あまり中身を言うと彼らに迷惑になるので言いませんが、反原発の心意気を持った記者などたくさんいます。
そんな彼らをしっかり私たちが支えてやらなければならないのです。その1つとして、いい記事を書いてくれる記者の新聞は定期購読してやるように私は出来るだけ心がけています。また、いい記事を書いてくれた人には新聞社に電話して「この記事は実によかった感動したと伝えてください」と電話をするのです。個人的に電話番号を知っている記者には、私は頻繁に「今朝の記事はいいね。ありがとう」と、電話していました。それだけでも記者への激励や彼らへの大きな励みとなると思うのです。
NHKの社員や記者も決して、彼らが悪いわけではありません。そのようにしてきた一部の経営陣や管理者と安倍晋三に全ての責任があるのです。ですから、私はNHKの記者に対しても適切な対応をしてきましたし、これからも節度を持って対応したいと思っています。「国営放送」などという誹謗・中傷はしないように心がけるつもりです。

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社説:籾井NHK会長 国の広報機関ではない
毎日新聞 2015年02月23日 

NHKの籾井(もみい)勝人会長に、公共放送のトップとしての資質があるのか、改めて問いたい。昨年1月の就任以来、ジャーナリズムの基本をわきまえない姿勢が変わっていない。
今回の発端は2月5日の定例記者会見での発言だった。戦後70年にあたって、慰安婦問題について番組で取り上げるかどうかを問われた。籾井会長は「政府の正式なスタンスがまだ見えないので、放送するのが妥当かどうかは慎重に考えないといけない」と述べた。政府の今後の対応を見て判断する意向を示したのだ。
これはおかしい。政府の姿勢にかかわらず、自律的な放送をするのが報道機関の仕事だ。慰安婦問題に関して、どう歴史を振り返り、問題を見いだすのかはNHKの課題だ。その後、釈明したが説得力がない。
NHKは国民からの受信料で成り立つ公共放送であって、政府の意向を広報する国営放送ではない。これでは、NHK内部に慰安婦問題について番組を作りたい人がいても、企画も出しにくくなる。
18日の民主党の総務・内閣部門会議でも、籾井会長は植民地支配と侵略を反省し謝罪した戦後50年の村山富市首相談話について「今のところ(日本の公式見解と考えて)いい。将来はわからない」と述べた。政府の意向を気にしたのだろうか。
籾井会長の資質を疑わせる不見識さは昨年1月の就任会見からあった。慰安婦について「戦争地域にはどこにもあった」と発言。特定秘密保護法は「(法案が)通ったので、もう言ってもしょうがない」、安倍晋三首相の靖国参拝問題については「総理の信念で行ったので、いい、悪いと言う立場にない」と話した。
慰安婦問題は女性の人権に対する深刻な侵害であり、他国を引き合いに出しても正当化できない。特定秘密保護法は取り組むべき課題が山積する法律だし、首相の靖国参拝は国際的な議論を招いている。いずれについても、その背景を報道し、異なる意見を紹介し、議論を深めるのがジャーナリズムの役割だ。

籾井会長は13カ月間、報道機関の役割をどう考えてきたのか。会長の任命権と罷免権を持つNHK経営委員会は議論を尽くしているのだろうか。
NHKと政治の距離が疑問視されるたびに、現行制度が問われる。経営委員は国会の同意を得て首相が任命する。その経営委員会が会長を選ぶ。予算には国会の承認が必要だ。この3点が問題になる。
経営委員を選ぶ第三者機関の設置や、会長候補を有識者が推薦する仕組みの導入など、抜本的な制度改革が必要だ。籾井会長の13カ月間は、それが差し迫った課題であることを示している。
by nonukes | 2015-03-06 20:49 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

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