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小坂正則の個人ブログ

文部科学省が「小中学校統廃合の手引き」を発行して統廃合を加速させる

文部科学省が「小中学校統廃合の手引き」を発行して統廃合を加速させる
小坂正則

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私が通った小学校は私の住んでいる村の中に今でもある、神崎小学校です。私が通っていた50年前の頃はまだ生徒も今よりお多くて、私のクラスは27人。全校生徒が148人くらいはいました。戦後のベビーブームの頃ですから、今よりはたくさんでした。現在は複式学級で、確か全校生徒数が40人前後だと思います。この小学校は統廃合の危機が噂されているのですが、校区外通学などの制度でかろうじて生き残っているのです。
私の小学生の頃は27人しかいないので、6年間クラスのメンバーは同じです。だから刺激はありませんでしたが、イジメもありませんでした。これは最高のクラスです。今でもクラス会をお行ってますし、村に残っている仲間や、退職後帰ってきた仲間と、山仕事を手伝ってくれと頼まれたら仲間が集まって一緒に加勢をしてやるのです。実に村のコミュニティーが形成されています。

小学校統廃合の目的は教員の人件費削減だけ

今日のNHKで「文部科学省が小中学校の統廃合の手引きを60年ぶりにまとめた」というニュースがあったのです。文科省の言い分では「小学校で5クラス以下しかなく、異なる学年の児童が一緒に学ぶ「複式学級」が生じる規模の場合は、子どもたちが多様な考え方に触れることが難しく、速やかに統廃合を検討する必要がある」とか、「国は適正な学校の規模として、小学校は1学年2クラスから3クラス、中学校は4クラスから6クラスが望ましい」と、根拠もなしに一方的に決めつけています。それじゃあ、6クラスあって、理想の人数なのになぜイジメがあったり、自殺があったりするのですか。私は今まで複式学級や少数学級の生徒が自殺したとかイジメがあったとかという話を聞いたことがありません。イジメや自殺の理由が大人数学級のせいだとは言いませんが、少数学級では、発生していないことだけは事実です。少数学級では先生の目が行き届いているのでしょう。それだけの理由でも少数学級の学校を統廃合しないで守る必要はあるでしょう。
去年5月に、財務省の審議会は「教員の人件費など学校にかかるコストを削減するうえで統廃合を積極的に進めるべきだ」という指針を出しました。まさにこれが統廃合の唯一の理由です。また、「国の適正な基準を下回る小学校は全国で45%、中学校は51%に上り、今後、人口が減少するにつれ小規模化はさらに加速する」と言います。
そして「公立の小中学校に通う児童生徒の数は昭和30年代初めの1800万人余りから今年度の時点で970万人余りと半分近くに減少」したが、「これに対して、公立の小中学校の数は昭和30年代初めに4万校近くあったのが今年度は3万265校と、24%程度の減少しかなく、統廃合が進んでいない」というのです。やはり教育の質ではなく、お金が一番重要なの問題なんですね。この国は何でもお金が最優先なのですから。

小学校は地域コミュニティーの象徴で、過疎化を地方再生の起爆剤に

「小学校の生徒数が少なくなったから統廃合を進める」というのはバカでもできる財政改革。要は教員の人件費が高いから、学校をなくせばその分人件費が削減できるというのでしょうが、小学校があるから、村に元気が残っているんです。子どもたちのはじける声が聞こえるから、オジイやオバアも頑張って農作業をしようと生きる元気が出てくるんです。今大半の村から子どもたちの声がしなくなった。子どもたちはスクールバスに乗って10キロ以上離れた学校へ通って行って、帰ってくるのはもう夕方。だから学校から帰ったら、道ばたで遊ぶこともなく、自宅に籠もってしいます。だから独居老人は子どもの声など聞いたことがないんです。村に小学校があった頃は、毎日通学途中に元気な声が山彦のように聞こえていたんだ。
過疎の村はもう廃村にした方がいいと国は思っているんだろう。確かに著しい人口減少が襲ってきたこの国には、並大抵のことをやっても、人口減少と廃村の危機から逃れるのは難しいだろう。だからこそ、その逆を考えて、廃校企業化や小学校のNPO委託事業化などして義務教育の市場開放を行えば、村が蘇ってくる可能性が大なんだ。
生徒数が5人の小学校にも校長先生がいて、先生は3人はいる。だから生徒数と先生の数が同じなんてのもよくある話です。ちょうど郵便局と同じ。郵便局も1人の局長と職員1人なんてのもよくある。そんなのは無駄だから民営化したはずなのにまだある。郵便局なら、局長を廃止すれば済むことなんだけど、それがなかなかできない。
そこで小学校を委託事業にする。一定の費用は払うが人件費は公務員の半分で大丈夫。だって民間企業だったら校長は不要。そして、どんな学校を作るかを企画の競争入札を行うか、どこのNPOなどに任せるかを父母に決めさせるという手もある。
日本の義務教育は公教育しか原則ないので、そこに小さな穴を開けるのです。シュタイナー教育を実施したいグループが挑戦するかもしれないし、木のくに学校のような人たちが過疎の地域に学校を作るかもしれない。すると、その学校に行きたいと思っている父母が、その村に越してくるだろう。そのようにして少しずつ村が蘇ることを狙う。そして、公教育の自由化を実現させるのです。

義務教育が個性のない画一的な人間を作っている

オランダではどんな小学校に行かせるかを親が選ぶ自由がある。しかし、日本には義務教育は学校を選ぶ自由がない。そして、日本の小学校では、クラスの仲間と違ったことをすると先生にしかられる。私は子どもの頃よく先生にしかられていた。「なぜ小坂はみんなと違うことをするんだ」と。私にはその意味が分からなかった。「なぜみんな同じことをしなければならないんだろう」と思っていたから。だから本当に子どもがやりたいことをとことんやらせる自主性や個性を伸ばして、その子が持っている能力を思う存分伸ばしてやる教育を日本でもやってほしいのだ。日本の公教育は軍隊だ。運動会のマスゲームなどどう考えても軍事教練だ。それがいいと教師も思っている。軍隊の教科書を使って、みんなと同じ行動の取れる軍人を作るんだから、確かに安倍晋三は今の公教育には満足だろう。しかし、そんな学校になじめず、学校に行けない子どもがなぜ何万人もいるんだ。
みんなが学校に行けるような学校を作ることをめざすべきだ。フリースクールを運営しているNPOにまず、廃校予定の学校を任せてもいい。そこで心のこもった教育をやってもらおう。
by nonukes | 2015-01-20 01:15 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

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