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小坂正則の個人ブログ

「安倍さん 弾はまだ1発のこっとるがよう」 そう言い残して菅原文太さんは逝った

「安倍さん 弾はまだ1発のこっとるがよう」 そう言い残して菅原文太さんは逝った
小坂正則
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この冬は大物俳優が次々とこの世を去って逝った。高倉健さんに続いて、11月28日には菅原文太さんが逝ってしまった。シャイな高倉健に比べて、晩年の菅原文太さんは、私たちに大きな勇気と希望を与えてくれた。彼は有機農業法人を作って農業を支えたり、「正義感の強い菅原さんは1989年、在日韓国人の苦難を知り、在日韓国人のための老人ホーム「故郷の家」建設を呼びかけ、東京、神戸、京都で建設に尽力した。また、在日韓国人孤児の里親にもなり、資金などの援助を続けた」という。
何よりも私に取って大きな印象に残る菅原文太さんは今年初めの東京都知事選で、小泉元首相と一緒に細川さんを応援して、雪の降りしきる中で、ドスの利いた声で脱原発を訴える迫力ある「仁義なきたたかい」の菅原文太さんだ。その前の昨年の12月初め、「特定秘密保護法」に反対する著名人の集会で、彼は「戦争のきな臭い匂いがして来つつある」という発言をしていた。
 ちょうど1か月前に沖縄県知事選の応援に駆けつけた「オナガ雄志うまんちゅ1万人集会」でスピーチが歴史に残る名演説だった。「仲井真さん、弾はまだ一発残っとるがよ」と迫真の演技。万雷の拍手、聴衆を沸かせた。いまから思うとこの言葉、菅原さんの最後のメッセージとなった。
菅原文太といえば今から40年前の私が青春の70年代に「仁義なきたたかい」という広島の暴力団抗争の映画化が大ヒットした。有名な話に「映画館を出て来る男性の観客はみな、分太さんの気分で、肩をいからせて出てきた」と言われたものだ。
そんな大スターが晩年にはスター気取りもなく、一市民として、原発に戦争に反対して全国を駆けめぐって訴えてくれた。
映画俳優は人気商売だから政治的な発言はなかなかできないという。国民的人気を保つためには政治的は発言をすると人気が落ちてしまうからだ。しかし、菅原さんはもうそんな人気なだ気にする必要もなかったのだろう。映画俳優という役者人生を十分生きてきて、最後の死に様をどう全うするかを常に考えていたのではないかと、私は思う。だかた彼の発する言葉にあのような説得力があったのだろう。彼の一人息子を踏切事故で亡くして、本人も膀胱ガンにかかって、もう長くは生きられないと、自ら悟っていたのだろう。
私も「仁義なきたたかい」の映画を見終わった若者のように、菅原文太になった気分で、「安倍さん 弾はまだ1発残っとるがよう」と、分太兄貴の敵を取るたたかいに挑んで行きたいと決意を新たにしている。

川内原発の再稼働を菅原文太さんに成り代わって阻止しよう。そして1日も早く脱原発の社会を実現しすることが菅原文太さんへの恩返しになる。
そして沖縄の辺野古に米軍基地を作らせることなく、沖縄から、日本から米軍基地を追い出そう。
合掌。



沖縄でのアピール(最後も演説です)
Uチューブで見れます
https://www.youtube.com/watch?v=8PFTMiaHXAc
by nonukes | 2014-12-03 22:48 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

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