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小坂正則の個人ブログ

川内原発の再稼働を私なりに考える「どうすれば原発賛成派と反対派が話し合えるか」

川内原発の再稼働を私なりに考える「どうすれば原発賛成派と反対派が話し合えるか」
小坂正則
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「苦渋の選択?」の伊藤鹿児島県知事
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川内原発の再稼働同意が決まって、うれしくてしょうがない岩切川内市長

ひなたぼっこをしながら考えた

一昨日は鹿児島県庁前にひなたぼっこをしながら1日中たたずんで、懐かしい友人や知人に初めての人も含めていろんな人と出会って考えた。そこで「これからどうたたかうべきなのか」と、9時から4時まで7時間あまりを県庁前の芝生に寝ころんだりベンチに座ったりして考えてみた。
どうすれば再稼働賛成派と再稼働反対派が同じ土俵で冷静に話し合えるのだろうかと。鹿児島県議会の自民党は7日の再稼働賛成の答弁さえしなかったという。反対派は立派な反対答弁を行ったというのに。これまでNHKなどちょっと御用マスコミや中立を装う人などからよく言われたことがある。「原発反対派と推進派はもっと膝を交えて話し合いを行うべきだ」というようなことを。「不毛な二項対立を乗り越える」という人もいる。確かに利害が対立する間柄の人やこれまでの長い闘いの歴史の中で電力会社や国や県に裏切られ続けてきた現地の反対派の方々は感情的に許せない思いもたくさんあるだろう。しかも、たいていの場合、反対派はいつでも話し合いを求めてきたが、国や電力会社は一方的に話し合いを拒否し続けてきたからだ。説明会という場での話し合いなどはたいてい、一定の時間に一方的に安全を説明して、相手が納得するしないに関わりなく、時間が来たらこれで終わりです。もう充分説明しました。といって、さっさと逃げるように退散したものだ。
電力会社が膝を交えて話し合える相手は、自分たちと利害が一致する人たちだけなのがほとんどだった。経済団体の幹部や自民党支持の婦人会の幹部などとは膝を交えて説明会や話し合いを頻繁に繰り返して来た。なぜなら、彼らに取って、反対派と話し合うということは、火に油を注ぐことでしかないから、出来る限り話し合いなどするべきではないと思っているからだ。また、原発推進派に取っての話し合いとは、広報活動でしかない。PA活動とかいって、彼らのいうところの広報宣伝であり「お客様のご理解」が目的だからだ。
基本的に話し合いなどこれまでほとんど行われてきたことはない。
これは反対派にも言えることかもしれない。国や電力会社とのめったにない貴重な説明会の場でも、壇上の社員や官僚を糾弾するように大声をあげて、話し合いにはならない場合がほとんどだ。だからこちら側にも責任がないわけではない。だから、彼らが話し合いに応じる時は糾弾集会のような場面になってしまうことが大半だった。

安倍政権は対話を拒否する

実はこれは安倍政権にもその傾向が強いといつも思う。福田政権時には福田首相は、野党の追及に対して、それなりに真摯に説明や反論を行っていた。しかし、安倍政権は野党の質問に対してとんちんかんな一方的な自分のいいたいことしかいわないことが多い。安倍政権はナチスの戦略をよく学んでいるようだ。ヒットラーは「ウソも100回言えば本当と思うようになる」と言っていた。安倍晋三首相は徹底してこのヒットラーの戦略を忠実に実践している。彼に取って「民主主義とは多数決意外のなにものでもない」「絶対多数を握っている権力者は全てを自分の思い道理に何をしていいものだ」と思っている。「悔しかったら選挙に勝ってから言え」とでもいいたい風だ。
この国のしかも安倍政権時には対話など不可能なのかもしれない。民主主義とは少数意見の反映であり、話し合いによってものごとを決めることだということを安倍首相はしらないからだ。この国の地方議会も同じように民主主義の原則を知らない議員が大半だ。その典型が伊藤鹿児島県知事であり、川内市長だ。

どうすれば伊藤知事を川内市長を九電を話し合いの場に引きずり出せるだろうか

九州電力が、しゃんいむに川内原発を動かしたいのは、このままでは会社が債務超過に陥ってしまって、第二の東電になってしまうという危機感があるからだろう。だって、川内原発の修繕に3500億円もつぎ込んだのだからいまさら引き返すことなんか出来るわけがない。全てはお金のためだ。伊藤知事は九電の金魚の糞だから、この人は何を考えてるのか私には分からないが、川内市長は顔に書いている。「わたしゃお金のためなら何でもします」と。この方、佐賀県の玄海町の町長に顔がよくいている。欲の皮が突っ張っている顔をしている。九電はこれまで投資した3500億円と、川内玄海原発の減価償却の残りの財産を正当に面倒見てやれば、しゃにむに原発を動かさなくてもいいはずだ。
だって、電力会社にとって、電力自由化の荒波に晒されれば、原発を持つことは大きなリスクでしかない。だからそのリスクの原発は国に面倒を見てもらおうとしているのだ。それなら、その残債を私たち国民が負担してやればいいのではないか。原発立地自治体にも交付金や仕事がなくなることが困るのだから、これもお金で解決できることだ。
お金で解決できることなど、大したことではない。もともと国が電力会社に無理強いして原発を作らせたのだから、やめるにしても国が面倒を見るのは当たり前だろう。
中途半端にズルズルと結論を引き延ばせば引き延ばすほど、多くのお金がかかって、将来の世代へのツケが嵩んでしまう。解決は一刻も早くした方がいい。

原発を国民が買い取れば電力会社に文句はない

広瀬隆氏が先日話していたが、「国民が月にたばこ1箱分を10年間負担すれば原発をなくしても電力会社は損をしなくて済む」と話していた。たばこ1箱500円として、1家庭500円で年間4000億円くらいだろうから、10年で4兆円になる。原発の残余資産が確か約4兆円もなかったはずだから、これで電力会社は自由になれるわけだ。それでは立地自治体はどうするか。こっちは10年の間、電源交付金を使って、再エネ事業を優先的に集中的につぎ込んでいくのだ。そうすれば新たな雇用も生まれて、しかも事故におびえることもなく安心して暮らすことが出来る。
でも、「そんな国民の貴重な金を電力会社なんかに誰が出すか」という方もいるだろう。でもよく考えてほしい。いま私たちは「固定価格買い取り制度」によって毎月1家庭平均225円の賦課金を支払っているのです。それがいま急激に申し込みのあった太陽光発電が全て動くようになったら、毎月935円もの額を20年間支払い続けなければならないのですから、月に500円を10年くらい安いものです。それこそ、太陽光発電の買い取り量を少しセーブして原発の買い取りに回した方が、国民のコンセンサスは得られ安いのではないでしょうか。その代わり、キチンと残債を第三者が評価して、不正がないようにしなければなりませんが。
原発から1日も早く撤退して、再エネを国と産業界と電力会社が一体で進めれば、それこそ世界一の再エネ国家に生まれ変わって、世界のリーダーとして尊敬されるし、電池の研究開発や風力から地熱までありとあらゆる最先端の新エネ技術立国として国際競争力を持って世界をリード出来ることでしょう。
1日も早く、電力会社と国民による「原発を終わらせる」話し合いを始めよう。お金がほしい電力会社と立地自治体をテーブルに引き吊り出すにはこれしかないと、私は思ったのです。ただ、安倍首相は海外に原発を輸出しようとしているし、新たな原発も作ろうとしているので、安倍政権が終わってもらわなければこの話は始まらないかもしれませんが。でもご安心を。アベノミクスの化けの皮ももう綻びかけているようです。支持率が下がれば彼はまたいつもの病気になり、政権を投げ出してしまうでしょうから。意外に早く話し合いは実現するかもしれません。



3.11前に戻るのか ー 川内原発
東京新聞・社説2014・11・8

鹿児島県が同意して、手続き上、川内原発の再稼働を妨げるものはない。ゼロから3.11以前へ。多くの疑問を残したままで回帰を許すべきではない。何をそんなに急ぐのか。残された危険には目をつぶり、不安の声には耳を塞いだままで、流れ作業のように淡々と、手続きが進んでいるようにも見える。「安全性は確認された」と鹿児島県の伊藤祐一郎知事は言う。
原子力規制委員会の審査書は、規制基準に適合すると認めただけである。田中俊一委員長も「安全を保証するものではない」と話しているではないか。

■ 責任など負いきれない

「世界最高レベルの安全対策」とはいうが、未完成や計画段階にすぎないものも少なくない。知事は「住民には公開の場で十分説明した」とも主張する。
しかし、鹿児島県が先月、原発30キロ圏内の5市町を選んで主催した、規制委による住民説明会の会場では「本当に安全なのか」「審査が不十分ではないか」といった不信や不満が相次いだ。再稼働への懸念を示す質問が司会者に遮られる場面もあった。なぜ こんなに食い違うのか。
「万一 事故が起きた場合、政府が責任を持って対処する」鹿児島県の求めに応じ、政府が入れた一札である。だが、どのように責任をとるのかは、明らかにしていない。今年もあと二ヶ月足らず。
何万という被災者が、放射能に故郷を追われて四度目の新年を迎えることになる。補償問題は 一向に進展しない。原子炉の中で溶け落ちた核燃料の取り出し作業は延期され、地下からわき出る汚染水さえ、いまだに止められない。繰り返す。原発事故の責任を負える人など、この世には存在しない。

■ はるか遠くに降る危険

議会と知事は、川内原発の再稼働に同意した。
だが起動ボタンを押す前に、明確な答えを出すべき課題が、少なくとも3つある。法的根拠はないものの、地元の同意が再稼働への最後の関門だとされている。第一に、地元とは どこなのか。伊藤知事は「県と(原発が立地する)薩摩川内市だけで十分」というのが、かねての持論である。「(原発による)苦労の度合いが違う」というのが理由である。気持ちは分からないでもない。原発事故の被害は広い範囲にわたり、長期に及ぶというのも福島の貴重な教訓である。
福島の事故を受け、避難計画の策定などを義務付けられる自治体が、原発の8〜10キロ圏内から 30キロ圏内に拡大された。福島の事故から二週間後、当時 原子力規制委員長だった近藤駿介氏は、半径170キロ圏内でチェルノブイリ同様 強制移住、250キロ圏内で 避難が必要になるという「最悪のシナリオ」を用意した。原発事故の深刻な被害が及ぶ地域には、「地元」として再稼働を拒む権利があるはずだ。次に、火山のリスクである。
九州は、火山国日本を代表する火山地帯である。川内原発の近くには、カルデラ(陥没地帯)が5カ所ある。巨大噴火の痕跡だ。約40キロ離れた姶良カルデラの噴火では、原発の敷地内に火砕流が到達していた恐れがある。ところが規制委は、巨大噴火は予知できるという九州電力側の言い分を丸ごと受け入れてしまった。
一方、「巨大噴火の予知は不可能」というのが、専門家である火山噴火予知連絡会の見解である。これほどの対立を残したままで、火山対策を含めて安全と言い切る規制委の判断は、本当に科学的だと言えるのか。適正な手続きと言えるのだろうか。
三つ目は、避難計画の不備である。
県の試算では、30キロ圏内、9市町の住民が自動車で圏外へ出るだけで、30時間近くかかってしまうという。入院患者や福祉施設の人々は、どうすればいいのだろうか。福島では、多くの要援護者が避難の際に命を落としているではないか。知事の自信と現場の不安。ここにも深い溝を残したままである。

代替エネルギーは ある

そもそも、新潟県の泉田裕彦知事が言うように、福島の事故原因は、まだ分かっていない。原因不明のまま動かすというのは、同じ事故が起きるということであり、対策が取れないということだ。根拠のない自信によって立つ再稼働。3.11以前への回帰であり、安全神話の復活である。川内をお手本に次は高浜、そして…。原発再稼働の扉を なし崩しで開いてしまうことに、多くの国民は不安を抱いている。
再生可能エネルギーという‘‘国産’’の 代替手段はあるのに、である。




川内原発を「かわうち」と間違え…宮沢経産相の無知・無責任
日刊ゲンダイ2014年11月7日

「担当大臣に全く(原発への)関心も知識もなかったことが明らかになった」(民主党・川端国対委員長)──。SM大臣こと、宮沢洋一経産相(64)が野党に追及の火ダネをまた与えた。
3日の九電・川内原発視察で職員らに訓示した際、「かわうち原発、大変厳しい原子力規制委員会の新規制基準に適合した」と発言。正しくは「せんだい」原発を「かわうち」と思いっきり言い間違えた。この際のニュース映像は動画投稿サイトに流れている。
直後に宮沢経産相は同席者から間違いを指摘されて釈明したというが、安倍政権が「再稼働させる原発第1号」として川内原発を“標的”に絞ってから、1年余り。TVニュースも散々「せんだい」と伝えてきた。今さら「かわうち」と言い間違えるなんて、よっぽど宮沢経産相は原発行政に関心がないとしか思えない。
「これだけ原発に関心の薄い担当大臣が再稼働にゴーサインを出す立場であるとは信じがたい話です。しかも宮沢大臣は3・11以降の3年半で一度も福島に足を運んでいないと国会で追及され、慌てて原発視察に出かけたわけでしょう。この間違いはひどすぎます。大臣は東電の株主なのに九電所管の原発には関心がないのか。原発行政への無知は、国民の安心・安全に興味がないこととイコールです。担当大臣以前に、議員としての資質が疑われます」(政治学者の五十嵐仁氏)
これ以上、生き恥をさらし続ける前に潔く大臣を辞めたらどうか。











by nonukes | 2014-11-09 17:23 | 原発再稼働は許さない | Comments(0)

  小坂正則