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小坂正則の個人ブログ

脱原発大分ネットワークの機関紙「つゆくさ通信」NO.127を発行しました


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脱原発大分ネットワークの機関紙「つゆくさ通信」NO.127を発行しました
小坂正則

昨日「つゆくさ通信」NO.127(9月20日号)を発行しました。9月は9.23「さようなら原発全国集会」や9.28「川内原発再稼働反対」の全国集会など川内原発の再稼働をめぐり緊張した空気が漂っている中で、東京と鹿児島で2つの大きな全国集会が開催されました。東京集会には私が参加しましたが、鹿児島集会には大分からは脱原発大分の仲間の女性たちがばかりが車1台に便乗して参加しました。詳しくは次号の「つゆくさ通信」で報告してくださると思います。今回の号は、「川内原発再稼働」の矛盾や「朝日新聞による従軍慰安婦の強制連行誤報記事」についての問題点などの記事などもあります。
そのほか、8.31「川内原発再稼働反対鹿児島集会」の報告などの記事もあります。


編集後記
▼9月25日に九電が太陽光発電などの固定買取制度の受付を中止するという話が飛び込んできました。今回、その問題や内容を記事には出来ませんでしたが、この九電の悲鳴、わたしたちにとっては実はうれしい悲鳴なのです。なぜか?って言えば、「7月までに受けつけた太陽光発電の申し込みが1260万キロワットだそうで、これが全て発電したら、秋や春の昼間のエアコン需要のない時期は九電管内の総需要の1千万キロワットを大幅に上回ってしまう」というのです。太陽光発電の電気だけで九州の私たちは暮らすことが出来るようになるのです。そのためには様々な課題があります。太陽光発電などは出力変動が大きいので、バックアップのための天然ガス発電や電池などの付帯施設が必要になるということや、九州で需要がなければ本州に送ればいいけど、それには送電線の容量を大きくするとか、新たな送電線の設置が必要などの問題があるのです。でも、そんな問題を一つ一つ解決していけば危険な原発など本当に必要ないことがハッキリしたのです。私は今まで、こう言ってきました。「原発の代替は太陽光や風力ではなく、天然ガス発電で、太陽光などは30年かけて増やせばいい」と。その考えを変える必要があるようです。産業界や投資家は年率8%の配当を保証した「固定買取制度」に行き場を失った資本や資金が群がって、世界一の太陽光発電国に日本はわずか2年で蘇ったのです。つまり、アベノミクスのいう成長戦略は安倍首相が掲げる労働の規制緩和やTPPなどではなく、民主党の置きみやげの「固定買取制度」に助けられて、好景気を保っているのです。なんという皮肉な経済現象でしょうか。いま、九州管内の再生可能エネルギーを進めるNPOが一緒になって国や九電に申し入れようと動き出しました。いまこそ日本を循環型エネルギー社会へと一気に転換すべき時なのです。▼10月11日の「松下竜一を語る会」へぜひ皆さんご参加ください。この催しは今は亡き松下竜一の想い出を語ってくれる人間・梶原得三郎さんのお話を聞いて頂きたくて企画したものです。梶原さんは松下竜一に勝るとも劣らないほどのすばらしい方です。乞う!お楽しみ。 (小坂)▼バイリンガルに越したことはないが、頭の中に翻訳機がほしい。発言の意味ではなく、発言の意図を知るために。何をごまかそうとしているのかと。しかし、私の頭の機械は、悲しいかな、次のような駄洒落しか翻訳しない。新(→ばから)しい審査基準に適合/規制委員会(→寄生いいんかい?)の安全審査(→あんぽんたん)さ。▼最近の安倍内閣、「女性が輝く」「地方創生には若者が鍵」のように、結婚式の挨拶のような「歯の浮いた」ことばかり。本当に民の幸せを考えているなら、辺野古の新基地建設も福島の放置も再稼働もあるはずがない!しょせん土台が腐っている「歯槽ノーロー内閣」と私は名づけたい。(大原)
                                                  
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4丁目の夕日
大原洋子

「今日の夕ご飯は何じゃろう?」、おなかがすいたし、『家路』のミュージックサイレンも時を告げているけれど、まだまだ遊んでいたいから、ぐずぐず。「ごはんよー」と母が呼ぶ。名残惜しいが、隣の幼なじみたちと明日までの長いお別れ。

丸いちゃぶ台には毎日、質素で落ち着いたおかずが並ぶ。カラスの行水でお風呂を済ませ、歳と同じ時間までにはスコーンと眠りについて、夜中じゅう布団の上の地球をぐるぐる回って。

悲しみといえば、愛犬が突然死んだり、身近な大人の不公正への不満ぐらい。喧嘩のたびに「みこねえちゃんが…」としゃくり上げながら訴える私を、父がウルサイ!と菓子の倉庫に閉じ込め、鍵をかけ、泣きやむまで出してくれない。それぞれの言い分を聞くこともなく。その理不尽さには今もやるせない感情が伴う。

キューバ危機も、安保も水俣で起きていた企業の犯罪も炭坑事故も、チクロもAF2も、さまざまな差別も知る由もなかった。

しかし、今の子と同じく、「放射能」という難しい言葉だけは知っていた。「放射能の雨に濡れるとハゲるよ」という子供同士の会話で。

あのまま時を止め、あの夕暮れの中の子供のままでいたかった、なんて幼稚過ぎるから、せめて、ガザの子に、放射能の被害を受けている子に、エボラ出血熱で死にゆく子に、未来の世界中の子に、来る日も来る日も変わらない平凡な、そして平穏な子供時代をあげたいと願う。

半世紀以上が過ぎた今、大音量のラジオに興じている94歳の母に、「ごはんよ~」と呼びかけているのは、あのころ髪に汗をびっしょりかいて遊び呆けていた娘たちである。(2014.8.6)

 追記)福島県に暮らす子供たちの状況を描いたドキュメンタリー『A2-B-C』を観た。甲状腺の検査を受けるときの彼らの神妙な顔が焼きついて離れない。
 「忘」は「心が亡くなる」の形声文字だ。どうでもいいこと、忘れたほうがいいことは忘れられないのに、大事なことほど、油断すると、あっという間に心から消えてしまう。用心用心。
 虐待を初め、ただでさえ子供たちには受難の時代だ。人生のとば口に立ったとも言えぬ「指で歳をあらわせる」ほど幼い子供たちだけでも包んでやれる、夕焼け色の毛布のような、そんな世の中が欲しいよー。つくろうよー。(2014.9.26)
  
by nonukes | 2014-09-28 23:23 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

  小坂正則