「ほっ」と。キャンペーン
ブログトップ

小坂正則の個人ブログ

「ポスト資本主義社会」とは「ベーシックインカムを基本とした共生社会」

d0174710_19532284.jpg

「ポスト資本主義社会」とは「ベーシックインカムを基本とした共生社会」

小坂正則

前回私は「ポスト資本主義社会」は資本主義でもなく社会主義でもない新しい共生社会と書きました。社会主義の限界は時代が証明したので、これ以上ここで論じる必要もないでしょうが、でも、一応簡単に論じます。ロシアがヨーロッパでは一番貧しい農業国だったのが、最初に社会主義へ移行したことをレーニンはこう説明しています。「鎖は一番弱いところから切れる」と。つまり、支配者が一番弱かったから社会主義革命が成功したのだと。その後ヨーロッパ各国に社会主義の嵐が巻きこるのですが、ことごとく敗北し、結局一番貧しい中国などが社会主義革命に成功するのです。しかし、一党独裁権力は腐敗して、内部崩壊をはじめるのですが、それと計画経済そのものに無理があったのではないかと私は思います。ただ、資本主義圏による冷戦体制の経済的な締め付けやスターリンなどの個人的な資質の問題もあっただろうと思います。ただ、結果として実際に社会主義革命は失敗して、いまではソ連は崩壊してロシアという官僚社会主義的資本主義や中国という官僚的資本主義のような新しい官僚が支配する修正資本主義的な社会が出現しているのです。
キューバが社会主義を選択したのは結果論で、カストロやチェ・ゲバラは軍事独裁政権を倒して民主的な国家を建設したかっただけだと私は思います。しかし、冷戦対立の世界で、キューバは米国の奴隷のように米国資本が牛耳っていて腐敗した独裁政権しか成り立ち得なかったのでしょう。そのように社会主義政権を樹立した国家は先進国ではなく独裁政権を倒して樹立した国家だから社会主義国家建設をめざしても米国などの反共攻撃に晒されて経済的な困窮を強いられてきたのです。だからいろんな矛盾も生まれてくるでしょう。ただ、私の知識不足かもしれませんがキューバやベトナムなどは結果として社会主義しか選択の余地がなかったのだと思います。

新たな社会モデルを示さなければならない

「緑の党」は「右でもなければ左でもない。前に進む党だ」といいます。これも実に曖昧な説明で、なんだか分かったような分からないような概念です。ただ、足立力也さんの著書「緑の思想」の中にありますが、「これまでの社会主義も資本主義もどちらも経済成長を前提にそこから生まれるパイの分け前をどのように分配するかという議論で、私たちの社会が無限に成長を続けるという前提で議論されてる」というのです。
ところが経済成長は限界があり、無限の成長などあり得ないし、経済が成長しない社会で私たちがどのようにして地球環境をこれ以上傷つけないで暮らしていけるかを考えたら、社会主義でもなく資本主義でもなく、持続可能な第三の道をめざさなければならないのです。そこまでは理解できたとして、さて、第三の道とはどんな経済システムなのでしょうか。アメリカ社会は「1%の人々が99%の富を独占していて、残りの99%の人は1%の富を分け合ってる」そうです。そのような格差社会はテロが蔓延してやがて自壊するでしょう。かといって、社会主義国家といわれる国の党首や国家官僚が全てを決めて、その指示に従って、「人々は喜びも悲しみもその指導者の言いなりに生きていかなければならないし、その指示に従わなければ虫ケラのように処刑される」という監獄のような人生を生きたいとはとても思わないでしょう。
福祉国家という概念がひと頃はやったことがあります。日本が年率10%以上の経済成長を遂げていたころ、革新自治体が全国に生まれて、社会福祉の充実した福祉国家が日本のめざすべき理想の社会だともてはやされたこともあります。でも、赤字国債が千兆円を超えるだけ抱えていて少子高齢化社会は突入した日本は財政破綻とマイナス経済成長社会と少子高齢化社会というトリプルパンチに襲われているのです。

ベーシックインカムを基本とした貧しくても自由で豊かな社会

米国を中心にして繰り広げられている「新自由主義社会」は弱肉強食社会です。「金持ちはますます金持ちになり貧乏人はますます貧乏になる」という格差社会です。日本でも所得格差がどんどん広がって、「生まれたところですでに人生の進路が決まってしまう」という資産格差が現実に拡大しているといわれています。そんな社会は治安が安定しませんし、犯罪の温床です。テロが生まれる原因は貧困だといわれています。何人も生まれによって幸せが決められてはならないのです。だからベーシックインカム(最低限の生活のためのお金を支給される社会)により基本的な生活保障は全員が得ることが出来て、その上で民主的な政治と経済運営が保証されて市場経済で商品流通が行われるという社会ではないでしょうか。また、働かなくても最低の生活は保障されてる社会では人々はアクセク働かなくてもいいし、生きるために労働を強いられることもない社会ですから、「もの」に執着する心が薄れて、ものを共有する社会へと移行するのでしょう。また、働く社会システムも非営利事業が主体となり、社会主義的なコミュニティーもあり、個人的な商店もあり、非営利事業もあるような、どんな経済システムも社会的な合意の元なら、自由に選択できるという社会が「ポスト資本主義」の社会ではないでしょうか。
これからの日本はマイナス経済社会なのでベーシックインカムなどの財政的な予算はないという意見もあるかもしれませんが、それは支給される金額の問題であって、1人7万円なのか5万円なのかで予算は大きく変わるのです。ただし、そんなんに生きるために働かなくてもいいので、「コンクリートから人へ」とインフラ投資はシフトして、人々の幸せのために重点的に予算は配分されます。労働自体も社会奉仕的な意味で皆さんは働くのです。

これは次の世代に私たちの幸福のバトンを渡すリレーです

もっと具体的に「ポスト資本主義社会」を描いてみます。その社会構成員の三分の一がコミューンで共同生活を行い、三分の一が農業や商店などの独立の自営業や企業で働いていて、残りの三分の一が非営利事業の教会や市役所などで有償ボランティア的な仕事を行う社会です。そしてそれぞれ自由に渡り歩くことが出来、また、それぞれが重なり合っていて、日によって有償ボランティアだったり、自営業だったりする事が出来る仕事を自由に選べる社会なのです。
そこで一番大切なものは「あなたの自由な時間は何ものにもかえられない」ということをみなさん全員で分かち合うことです。「若いときに一生懸命働いて、老後を楽しよう」などという時間の貯金はする必要のない社会なのです。ミヒャイル・エンデの作品の「モモ」に出てくる「時間銀行」は結局、人々をせっせと時間銀行に労働を貯金するようにおだてられて、結局みんなの時間は「時間泥棒」に盗まれてしまったではないですか。時間など貯金してはだめなのです。なぜって、あなたの大切な幸せの時間は貯金などできないのです。お金を預けても金利が付かないので誰も預金などしないのと同じです。いえむしろ貯金したお金は時間が経つとどんどん減ってしまうのです。「ポスト資本主義社会」は「減価する貨幣社会」なのです。だから時間もお金も預金などする必要がないのです。あなたに取っては1回きりの人生なんだから、あなたの人生は誰に遠慮することもなく、自分の好きなように自由に「自分の時間」を使って人生を楽しめばいいのです。ちょっと足りないものはみなと分け合えばいいし、自分が余ったものは他人へ与えれば、また、私がほしい時には誰かから回ってくるでしょう。そして、それは時間にも言えることです。自分のために貯めた時間は泥棒に盗まれてなくなってしまいますが、友人や他人に与えた時間は周り回って還って来るでしょう。いえ、還って来なかったとしても、与えること自体があなたにとってすばらしい時間の使い方なのです。それがあなたの生きている証であて「人生そのもの」なのですから。つまり、人は自分一人では生きては行けないように、あなたは誰かから助けられて、誰かをあなたが助けて生きること、このように互いに対等に、自由に尊厳を持って互いが支え合う社会が「共生社会」なのではないでしょうか。
「誰かを支えて、誰かに支えられる」という関係は決してあなたが生きている時間軸だけのことではありません。あなたは過去の人々に支えられて今があるように、現代の私たちは、そのお返しに未来の見知らぬ人びとを支えるのです。これは次の世代に私たちの幸福のバトンを渡すリレーです。これこそが私たちにとって本当の「共生社会」だと、私は思います。
これは決して夢ではありません。そんな世界を私たちが望んで実現させるために何人もの仲間たちが集まれば、夢は夢ではなくなり実現するための具体的な行動となるのです。

d0174710_19535432.gif

Commented by てすかーらん氏の知人 at 2016-05-29 14:14 x
ベーシック・インカムを勉強している愛媛県の者です。
資本主義、社会主義、など、
複数の社会システムが共存しているような社会という印象で、
たいへん参考になります。

>また、働く社会システムも、非営利事業が主体となり、
>社会主義的なコミュニティーもあり、
>個人的な商店もあり、非営利事業もあるような、
>どんな経済システムも、
>社会的な合意の元なら自由に選択できるという社会が、
>ポスト資本主義の社会ではないでしょうか。

私は良い社会だと思いますが、
心配が一つ、ありまして、
Aという店では、無料で、商品・サービスを、提供している、
Bという店では、有料で、商品・サービスを、提供している、
そういう場合に、
皆がAという店を選ぶので、Bという店が成り立たずに潰れる、
Bという店は収入が減って、すなわち、税収も減る、
そういう心配は、ないでしょうか。

そして、ベーシック・インカムの財源ですが、
やはり5万とかはキツイと思いますから、
お金を刷って財源にする政府紙幣が良いかと思います。
財源が税金だと、
わしらの血税を働かない奴等に与えるのは、おかしいと、
皆が反対しないでしょうか。
by nonukes | 2014-07-08 19:54 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(1)

  小坂正則