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小坂正則の個人ブログ

広瀬隆氏の著書「原発ゼロ社会へ!~新エネルギー論~」電気は買う時代から自分で作る時代へ!

広瀬隆氏の著書「原発ゼロ社会へ!~新エネルギー論~」電気は買う時代から自分で作る時代へ!
小坂正則
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自然エネルギーを否定する広瀬隆氏の書籍をなぜ私が推薦するのか

上に掲げている広瀬隆氏の書籍「原発ゼロ社会へ!~新エネルギー論~」に私は感動しました。だから今日は広瀬隆氏の書籍の紹介をブログに書くことにしました。みなさんぜひ「原発ゼロ社会へ!~新エネルギー論~」をお読みください。新書ですから、1日で読めます。内容は「反原発派の私たち貧乏人が節電などしてもほとんど効果がないからやめろ。省エネに取り組むべきは大量に電気を使う産業界など金持ちが取り組んで始めて効果がある」というのです。ちょっと挑発的な広瀬隆氏独特の言い方です。でも、実にその通りなのです。また、「自然エネルギーなどいくら普及させても原発を止めることにはならない」といいます。ましてや「自然の豊かな場所に風力発電など大型の機械を持ち込むなど環境破壊以外の何ものでもない」と言います。「畑や田圃をつぶしてメガソーラーなど作るな」とも言います。
私は「九州・自然エネルギー推進ネットワーク」というNPOの代表を13年間やっています。ですから根っからの自然エネルギー派の人間です。その私が広瀬隆氏の言う「自然エネルギーは原発の代替エネルギーではない」という本を絶賛して、広瀬隆氏の発言を支持すれば、「小坂は原発を止めるために自然エネルギーを普及しているのではないのか」と、疑問に思う方もいるかもしれませんね。「小坂はいったい自然エネルギーを進める気があるのかないのかハッキリさせろ」とみなさんからおしかりを受けるかもしれません。

なぜ私が自然エネルギー運動に取り組んだのか

確かに私が自然エネルギー(再生可能エネルギー)に取り組むようになったのは「原発を止めるため」という理由からです。しかし、それには深いわけがあるのです。私が「原発を止めよう」とチェルノブイリ原発事故以後、みなさんに訴えたら、一部の人間から「原発に反対しながらお前は原発の電気を使っているではないか。原発に反対するなら自分で電気を作ってから反対しろ」と言われたからです。
それへの反論しようと思えば、本当は当時はまだあった北海道の炭坑を日本はつぶして、石炭火力などの火力発電をどんどんつぶして原発を作った結果、原発を動かさなければ電気が足りなくなるという現状を国や電力会社が作ってきたことこそが問題の本質だったのです。そのことを私がいくら話しても、原発容認派の人間は、そんな深いことなど考えないか、議論をしないので、手っ取り早く分からせるためには、私たちが電気を作る必要があったのです。そこで、一番簡単な発電が太陽光発電だったので、これに私は飛びついたのです。
実は私が太陽光発電をやり始めたことの理由にもう一つ大きなわけがあります。当時は自然エネルギーの普及には国がお金を出していました。そこで、「反原発運動をやっている私たちでも国から補助金を取ってきてもいいではないか」と思ったのです。反原発運動の活動家が国から補助金をもらってわるいという法律はありません。だから、太陽光発電を作って、国から毎年数百万円の補助金をもらいました。そして、普及啓発活動という補助金で私は反原発の講演会も開催してきました。これまで国のお金で開いた講演会でお呼びした人は田中優さんや鎌仲ひとみさんや飯田哲也さんなど数え切れません。国のお金で反原発の講演会を開催するというのが私の才能だと思っていました。それだけではありません。九電からもお金をもらっていました。グリーン電力基金という補助金です。だから、私を批判する人もいました。「元反原発の活動家が九電に魂を売った」という批判です。私はそんな重箱の端をほじくるような非難はぜんぜん気にしません。
だって、結果が全てです。もちろん九電から補助金などもらわない方がいいのですが、公共施設に太陽光発電を作るにはありとあらゆる補助金をかき集めなければ設置できなかったのです。
ですから、私は可能な限りのことをやってみたのです。
「私は原発から撤退したいので、自分たちで電気を作っているよ」といって目に見える形で反論するために太陽光発電を設置したのです。太陽光発電などを自分たちで作って、電気の産直運動を行うことは反原発・脱原発運動を見える化させて、多くの国民や市民の支持を得ようとしたのです。
私は28年前に「伊方原発にたった1人で反対する大分市民の会」という団体を名乗って反原発運動を1人で始めました。そして、数ヶ月後には20名以上の仲間が参加してくれました。その後、「脱原発大分ネットワーク」へと発展的に解消して、現在に至っているのです。しかし、反対運動というのは勝利しても何も残りません。これが私たちが運動した成果だと言っても目に見えるものはありません。もちろん成果として見えるものがないからだめだといっているのではないのですが、反対運動というのは実にしんどい運動なのです。何もなかったことが大きな成果なのです。
これは大変貴重なことです。私が年に数回通るたびに感動する場所が大分県臼杵市にあります。臼杵市の風成の漁師たちは自分たちの海の埋め立てを阻止したから美しい海は残ったのです。しかし、そのことは闘いの歴史を知らない人たちにとっては、ただ普通の美しい海でしかないのです。
何でも形に残すというのは安直なことです。実に恥ずかしいことなのですが、運動を長続きさせるために、何かを作る運動も持続可能なたたかいを続けるためには必要なことだと私は思ったのです。だから反原発運動と自然エネルギーの普及は車の両輪のような関係だと私は思って、これまで自然エネルギーに取り組んできたのです。つまり、私が反原発運動を始めてから、どうすれば多くの方々が私たちと一緒に原発のない社会を作るために行動してくれるかと考えたら、ただ反対だけの運動ではなく、みんなで何かを作っていくという、楽しく参加できる運動も片や持ち込んで、にぎやかにわいわい言いながらやれる運動を作って行こうとおもったのです。そのためには一番取り組みやすいものが自然エネルギーだったのです。それは植林活動でも、安全な食べ物でも農業でも良かったのですが、原発問題はエネルギー問題なので、自然エネルギーを作りながら、脱原発社会を議論することは、みなさんを誘いやすかったのです。
だから、私は「自然エネルギーを増したら原発は止まる」などとは決して思ってはいません。電力会社もよく言います。「私たちも自然エネルギーで電気が出来たら、それが一番いいと思います。でも、今は太陽光発電でも風力でも不安定でわずかしか電気はできません。だから、再生可能エネルギーで全ての電気を賄えるようになるまでは原発は必要なのです」と。
20年以上前から私が自然エネルギーをやってきたのですが、その当時から私と同じように自然エネルギーが好きで、太陽光発電などをやっている方はたくさんいました。でも、その中の大半の方々は原発問題を避けていました。その理由は様々だったでしょうが、国策に逆らいたくない方や、「原発問題を議論すると組織が割れてしまうので私たちは議論しない」という方もいました。私はそんな方がいても別にどうでもいいのですが、「全ては原発を止めるために」が私たちの運動の目的だったのです。私にとっては「自然エネルギーは反原発運動のための人集めの手段」だったし、「私たちに出来る地産地消のエネルギー社会実験」でもあったのです。そして、やがていつかは再生可能エネルギーの市民電力会社や市民エネルギー会社を作りたいと夢見ていました。もちろん自然エネルギーをやるのは実に楽しいことです。反原発運動をやりながら、片や「自分たちでこんな社会を作りたい」という夢を語ったり、実現させるために活動することはいいことだと思います。だから私は反原発運動と自然エネルギー社会を作るという2つのことを同時に進めて来ました。

自然エネルギーが増えただけでは原発はとまらない

反原発運動・脱原発運動は原発事故の危険性を訴えるために広瀬隆さんや小出裕章さんなどを呼んで講演会をやったり、九電前に座り込んで抗議したり、九電相手に裁判やったり、デモをしたり、ありとあらゆることをやりました。原発を止めるためには過半数以上の国民が原発の危険性に気づき、選挙で脱原発の政権をつくることが必要なのです。どんなに自然エネルギーが増えても、それだけでは原発は止まらないのです。止めるという政治的な決断を国や首長に迫らなければならないのです。それと経済的に脱原発派の資本家の力が大きくなって原子力ムラに対抗できる勢力になることでしょう。ですから、反原発運動と自然エネルギー運動は密接に絡み合ってはいるけど、別々の運動なのです。自然エネルギーを増やすことだけに取り組んでも原発を止めることはできないのです。
原発を止めるためには国民の圧倒的な力で政治家を揺り動かして、「原子力ムラ政権」をぶち壊さなければ止められないでしょう。でも、安倍政権も決して磐石ではありません。支持率が落ちたら一気に崩壊するでしょう。一見強固な権力体制のように見えても、中は腐れ切った張り子の虎です。壊れるときは一気に崩壊するでしょう。安倍政権を倒したら、次には必ず脱原発政権を樹立させなければなりません。そうしなければ第二のフクシマを繰り返すことになるでしょう。そして原発を止めた後に、二酸化炭素を出さない再生可能な自然エネルギーを徐々に普及させて行き、やがては100%再生可能エネルギーの社会を作りたいと思っています。

自然エネルギーは農業や観光とリンクさせて地方の自立と過疎化対策


自然エネルギーはエネルギー地産地消の社会を作ることが大きな目的であり、エネルギー自立は地方の自立や過疎化対策なのです。それは住民自治を実現するための手段だとも思っています。だから原発を止めるための決定的な手段などではありません。太陽光発電や風力を増やして原発の代替エネルギーとしようとするなら、30年も40年も原発を動かし続けなければならないでしょう。今すぐ原発を止めるためには、原発の代替エネルギーのガス発電です。これなら2、3年で原発の代替になり得るのです。現にいまは原発が1機も動いていないのに誰も困ってはいません。ガス発電で電気は十分足りているのです。
特に木質バイオマスは林業とリンクさせることが可能です。メタンガスや木質バイオマスの熱利用は農業と観光や老人福祉や医療などにもリンクさせることができます。
自然エネルギーはそれぞれの地域の特徴に合わせて、住民の合意の元でじっくり議論をして時間をかけて普及させるものです。
原発は動かすか、このまま廃炉にするかを決めなければなリません。そのためには「天然ガス発電」や省エネしかないのです。

広瀬隆さんありがとう

広瀬隆さんに「あなたの本を読んで感動しました」というメールを送ったら、さっそく返事が帰ってきました。「私のことが気がかりだった」そうで、喜んでくれていました。広瀬さんは「とにかくあなたは伊方を止めるために全力を尽くしてくれ」と言っていました。「川内原発は必ず止める」とも。「もし広瀬隆氏の同志だった故松下竜一氏が生きていたなら、どんなに頼もしかっただろうか」と、私は松下さんと広瀬さんの2人が歓談していた昔のことを思い出していました。広瀬隆さんの書籍のあとがきにこう書いていました。
「…原発ゼロ決戦に勝利する前に、この世を去ってしまった人が、何と多いことだろうか。私は首相官邸前にいる時に、その人たちの過去の必死の努力があって、今の運動があるのだ、と絶えず胸の中で叫んでいる。涙ながらに、かつての友情と深い感謝を天国に向かって捧げ、「みんなの力で必ず原発ゼロを達成します」と、みんなで約束したのだ。その人たちの名前は書ききれないが…」と。その後に多くの故人の名前が続きます。私の知っている方と懇意にしていただいた方もいました。六ヶ所村の寺下力三郎さん、被曝労働に取り組んでいた平井憲夫さん、大阪大学の久米三四郎さん、福岡の伊藤ルイさん、広島の大庭里美さん、伊方の広野房一さん、などなどです。みなさんの無念の涙を決して私も忘れません。私も「原発ゼロ決戦」を広瀬隆さんと一緒にたたかいます。


Commented by at 2016-01-28 17:53 x
広瀬隆氏は、再生可能エネルギーは原発の代替エネルギーにはならないと昔から主張しておりますが・・・
Commented by nonukes at 2016-01-29 16:07
あさん
コメントありがとうございます。広瀬さんは天然ガスによるガスコンバインド発電がエネルギー高率が最高なので、これこそが原発の代替えだと言ってます。
私もそう思っていました。ところが固定価格買い取り制度(FIT)ができてからこれがなかなかおもしろいようになって来たのです。30年で達成しようという再エネ導入目標が僅かこの2年そこそこで達成しそうなのです。人間の欲というものは恐ろしいものですね。バブル崩壊で投資先を見失った小金持ちがみんな一斉に太陽光発電に飛びついたのでしょう。九州がその先端を行ってます。「もうすでに、太陽光は昨年12月末時点で出力合計578万キロワットに達し、日によっては一時的に供給力の半分以上を占めるまでになった」(毎日新聞1月28日号)だそうなのです。この太陽光発電の発電能力では5月の晴れた日には太陽光だけでも電力が余ってしまうようになるでしょう。これほど太陽光発電が急速に普及するとは誰も考えなかったことです。
欲の面の張った小金持ちの力の恐ろしさですね。
ですから、再エネの力もバカにはできないと近ごろは思うようになりました。でも、原則は広瀬隆さんの説を私は支持します。うれしい誤算ということでしょう。
小坂正則
by nonukes | 2014-03-23 20:11 | 原発再稼働は許さない | Comments(2)

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