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小坂正則の個人ブログ

マイナス経済社会を楽しく生き抜く その3

マイナス経済社会を楽しく生き抜く その3
江戸時代のリサイクル社会と「環境税」
小坂正則
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「無限の経済成長などあり得ない」続き

9月の原稿では「無限の経済成長などあり得ない」というサブタイトルの割りには、キリストの父、「ヨゼフが1シリングの金貨を銀行に年利5%の複利で預けたら、現在の元利合計は地球上の金を全て集めても足りないくらいの膨大な量の金になる」という話しだけでしたので、今回はその続きを少しだけします。そして、江戸時代は、経済成長が当たり前の現代社会に比べて、どれだけまともだったかということを考えてみたいと思います。
経済成長率という言葉をテレビや新聞などでよく耳にすることがあります。何となく聞き流している言葉だと思うのですが、経済成長率とは対前年比の国内総生産(GDP)などに対する伸び率をいいます。ただ、毎年毎年、対前年比で生産量や消費が増えるということはどのような数学的な増え方になるかを考えなくてはなりません。「現在の中国が経済成長率8%を切ったので、中国の経済成長率の落ち込みが世界不況を招いた」とよくいわれます。日本も戦後著しい経済成長を遂げました。年率10%以上の時もあったのではないでしょうか。中国の年率8%の経済成長とは、銀行金利が複利で8%ずつ増えていくことと同じです。それは10年で2.16倍になり、20年で4.66倍になり、50年で47倍になり、100年で2200倍になり、200年では484万倍になるのです。こんな社会などあり得ますか。
こんな経済成長は無理だとして、アベノミクスがいう年率3%の経済成長を考えてみましょう。年率3%の経済成長は10年で1.34倍になり、20年では1.8倍です。まあ、この辺はそんなに大げさではありませんが、50年では4.38倍。100年では19倍です。200年は369倍になります。これも随分人類の歴史から考えたら大きな数字ですよね。ちなみに1000年後には7兆倍です。だから、次の世代の生活を考えたら、経済成長という考えがいかに馬鹿げているか、いえ、いかに私たちが、「地球資源の略奪を繰り広げてきたのか」が、これで分かると思います。
エネルギーの消費量についても経済成長と同じことが言えます。1800年代の産業革命以後、人類はめざましい経済成長を遂げるための原動力として、大量の化石エネルギーの消費を繰り広げてきました。1800年代に比べて現代の私たちは250倍以上のエネルギーを消費しているのです。人類100万年の歴史の中のわずか、200年でこんなに消費して行けば、これからの人類の使う化石燃料はあと200年をすれば全てがなくなってしまうのです。
ちなみに江戸時代260年の間で物価が2倍になったそうですから物価上昇率でいえば年率0.4%の伸び率にしかならないのです。再生可能な地球環境を次の子孫に残そうとするなら、江戸時代の暮らし方から何かを学ぶ必要があるのではないでしょうか。つまり現代の私たちは1日も早く「経済成長神話」という呪縛から解放されなければならないのです。
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江戸時代の庶民は実に豊かで幸せな暮らしをしていた

「江戸時代は不自由な封建社会で、坂本龍馬たち幕末の志士によって江戸幕藩体制を打倒した結果、自由な近代国家が生まれた」と私たちは社会科の授業で教わったのですが、この説に異論を唱える学者が随分増えています。近頃は江戸ブームといわれるくらいに江戸の町民文化や江戸関連の書籍などたくさん出版されています。江戸研究家の1人であり、私の反原発運動の師でもある藤田祐幸さん(元慶応大学助教授)もその1人です。私たちが思っているよりも、江戸社会は随分自由で町民文化が開花した、「とても素晴らし時代だった」と藤田さんはいうのです。確かに江戸100万都市はヨーロッパに比べて衛生的で伝染病も少なかったといわれています。例えば人間の排泄した「ウンコ」をヨーロッパのように道ばたに投げ捨てたり、下水に流したりせずに、くみ取り式の桶に貯めて「金肥」(きんぴ)という肥料として売買されていたのです。そのほかちり紙まで回収する業者がいて、キセル修理から何から何まで、ことごとくにリユースやリサイクルが行われてい循環型社会だったのです。もちろん江戸時代の何もかもがよかったとはいいませんが、町民の生活による環境負荷はとても小さな社会だったことは間違いないでしょう。だから、「現代の私たちも江戸時代の生活に帰れ」というわけではありませんが、江戸時代のいいところを見直す作業は必要ではないかと思うのです。
その理由の第1は徹底したリサイクル社会だったことです。それは工業生産能力が低くてエネルギーや原材料価格が高価だったから、労働者が労働で得る可処分所得も現代の私たちに比べて少なく、「もの」が壊れたら修繕して使うしかなかったのです。つまり、江戸時代は紙や傘など生活必需品が高価だったから紙のリサイクルや傘の張り替えや下駄の歯の交換や草履の鼻緒の交換から着物や布団のリサイクルなどが商売として成り立っていたのです。ところが1800年代の石炭を使った蒸気機関の発明で産業革命が起こり、19世紀には人類は安い石油を大量に獲得することが出来て、安価な石油原料とエネルギーを利用した技術革新によって、石油工業製品が大量に安く生産できるいようになったのです。その結果、大量生産・大量消費の「石油文明」といわれる私たちの「使い捨ての暮らし」が今日まで続いているのです。
江戸時代の特徴の2つ目に「もったいない」という庶民の生活の知恵があったのです。この考えは私の母親や祖母などまでは当たり前にあった「もの」を大切にする価値観です。その考えが、今日の私たちからすっかり消えてしまいました。だって、古くなったり、壊れたりしたら、新しく買った方が安上がりなのですから、修理して大事に「もの」を使うという価値観は現代の私たちにはほとんどありません。携帯電話などは次々に新製品が出て、それを買い換えることで経済成長が成り立っているのです。だから「今の若者はものを大切にしない」などと一方的に批判は出来ません。アイフォンなどの携帯は電池交換さえ出来ないような構造にわざとしていて、2年も経てば電池が切れてしまい、買い換えを強制されるのです。
 3つ目の江戸時代の特徴として、現代のような行きすぎた競争社会ではなかったのではないでしょうか。「結い」や「たのもし」などという互いに支え合う仕組みや徒弟制度で親方が若者を養うというセーフティーネットがあったのです。だから、江戸文化が栄えて、祭りや伝統工芸など庶民の文化が花開いたのだと思います。もちろん身分制度や人身売買による売春宿など否定されるべき社会制度もあったのですが、今よりもいい面もたくさんあったのだと思います。現代社会のいいところももちろんあります。国民皆保険制度や義務教育制度などは私たち現代日本が世界に誇る社会制度です。

「環境税」は経済成長神話の呪縛から人類を解放する第一歩

「江戸時代は21世紀の私たちが目指す再生可能な社会への手本」と、私は思っています。ではどのような手本として学べばいいのでしょうか。現代社会は石油文明といわれるように、安価な石油製品が氾濫しています。弁当箱などプラスチックが当たり前です。スギのわっぱ弁当箱を使っている人を私をほとんど見たことがありません。その理由はスギのわっぱ弁当箱は1つ1つ職人が手作りで作るため、3000円とか5000円と高いから売れないのです。しかし、石油で弁当箱を作るには公害物質を出し、廃棄するにも埋め立てれば分解するには1000年もかかり、燃やせば二酸化炭素を排出するため、スギのわっぱに比べて莫大な環境負荷の社会的コストがかかります。このような目に見えないコスト(外部不経済)を正当に商品に価格転嫁すればプラスチックの弁当箱を百円ショップで買うことなど出来なくなるのです。本来、1000円から2000円していいのです。
 このような考えの下でドイツなどヨーロッパの大半の国では「環境税」や「炭素税」が導入されました。「環境税」とは環境に負荷を与える物質を使う利用者に、その処理費相当額を課税して商品価格に転嫁する仕組みで、「炭素税」は地球温暖化の元になる二酸化炭素の排出を抑えるために二酸化炭素を出す、化石燃料に課税して化石燃料の削減をめざすものです。例えば日本の地方自治体がごみ処理費用を有料化する方法なども広い意味では「環境税」の考え方を取り入れた手法といってもいいでしょう。ゴミ袋の有料化が最近流行っていますが、ゴミ袋を1枚30円くらいにしても、処理費にはほど遠い金額ですから、私はゴミ袋は最低1枚100円から200円くらいにして、ゴミ発生者が処理コストを負担する方式にすべきだと考えます。そうすれば過剰な包装紙やトレイなどが使われなくなり、リサイクルやリユースが根付くと思うからです。生活の苦しい家庭には最低枚数を無償で配布すれば、貧富の格差による不公平感は取り除かれると思います。
 「環境税」や「消費税」や「物品税」などの間接税は、金持ちに比べて貧乏人へ大きな税負担を生むという問題を抱えているのですが、それでも私は「環境税」を1日も早く導入すべきだと考えています。
 その理由は、石油製品の価格に「環境税」という形で上乗せすれば、石油製品などの価格は上がりますので、再生可能で環境に優し製品の価格が相対的に安くなります。そうすれば、それだけ化石エネルギーの消費量が抑えられるのです。ペレットストーブという暖房器具で説明しましょう。ペレットストーブはスギや松などの針葉樹を粉にしてペレット状に固めた木質燃料を使うのですが、灯油価格が値上がりすればペレット燃料が相対的に安くなり、ペレットストーブが売れるようになります。ペレットストーブが売れれば、それに伴い、スギや松などを切り出す林業労働者の雇用が生まれて、化石燃料の消費が削減されるので二酸化炭素が増えません。また、「環境税」の導入により石油製品の価格を無理矢理に値上げして、私たちの暮らし方を使い捨ての文化から、「もの」を大切に修理して長く使うような文化やリサイクルやリユースする社会に導くことが可能になるのです。このように地球の環境破壊を助長する大量生産・大量消費社会から再生可能で、人に優しい社会を作り出そうという現代人の知恵が「環境税」や「炭素税」を考え出したのです。江戸時代のような環境負荷を最小限にする社会を実現するための方法論として、このような消費文明を抑制する仕組みを産み出したことは人類の歴史的な発見だと私は思います。また、ドイツが導入した「環境税」は、そこで生み出された税収の9割を社会保険などへの財源に充てて、1割だけを環境対策に使うという方法を取ったので財界の反対もなく、導入することが出来たそうです。
 もちろん大量生産・大量消費の使い捨て社会から私たちが抜け出すためには「環境税」の導入だけで実現できるとは思ってはいません。そのためには職人の手仕事の価値を正当に評価する「文化」や、人や「もの」を大切にする「教育」や、7世代先の人類が化石エネルギーを消費する権利を認める、地球規模の「社会的な合意」など、私は様々な努力が必要だと思います。(つづく)

「食と農おおいた」11月号 有機農業研究会 原稿 
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by nonukes | 2013-11-21 13:49 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Comments(0)

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