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小坂正則の個人ブログ

脱原発大分ネットワークの機関誌「つゆくさ通信」3

福島の現実を前に  中山田さつき
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7月16日の東京での「さようなら原発10万人集会」に、10万人分の1人になりたくて参加した。会場の代々木公園は、脱原発を求める子どもから老人までいろんな人たち17万人の人々で埋め尽くされた。毎週金曜日の首相官邸前のデモも続いており、国民の意見表明がやっと政治家たちに届き始めたかと思う。ここが踏ん張りどころと感じる集会だった。
16日の集会を終えて福島に移動した。どうしても福島に行ってみたかった。友人から簡易放射線測定器を借りて行った。少し緊張しながらの福島入りだったが、福島の駅前はまったく大分の駅前と変わらない。変わったところと言えば、ビジネスホテルに「今日の放射線量」が掲示されていること。0.09~0.10マイクロシーベルト。
翌日、レンタカーで飯舘村から南相馬に向かった。飯舘村に入ると景色は一変。全村避難の村はすべての田畑に草が生い茂っている。飯舘村の道の駅では除染作業が行われていた。10人ほどの男性がマスクをして除染作業をしていた。除染のためにはぎ取った表土などが大きな袋に詰められて駐車場に置かれている。持って行く場所が決まらないのでここに置いておくしかないと言っていた。
飯舘村に入ると線量計の単位が一桁違う。役場付近では2マイクロシーベルト、ちょうど17日から帰還困難区域に指定され、ゲートが設けられて通行が制限された長泥地区入り口では、9.99マイクロシーベルトの表示で、私の持っていた計測器では測定不可能だった。ゲートでは防護服に防護マスクの警備員が警備していた。「あまり草むらの方には行かない方がいいですよ。」と注意してくれた。
村の中で田んぼの除染実験が行われていた。防護服とマスクの作業員が20人近く働いている。飯舘村は山と田畑の穏やかな景色の中に家々が点在する山村で、この地を除染することなど不可能というのが実際だろうと思う。しかし、地震の被害は何もなく、家も田畑も山も線量計で測らなければ、ほんとにきれいな穏やかな村だ。あきらめることなど村民はできないだろう。花の栽培農家の畑でりんどうの花が草の中できれいに咲いているのが悲しかった。
飯舘村から南相馬に車を走らせた。原発から20㎞圏内ではない市の中心部は見る限りごく普通の暮らしの雰囲気。海まで出てみると津波被害の復興事業が部分的に始まっていた。原発に向かって走ると津波被害がそのままの小高地区というところに着いた。4月まで通行制限が設けられたいたところで、道路上のがれきだけは撤去されているものの、ほとんど手つかずのままだ。津波で大きく破壊された集落を抜けると壊れた防潮堤の向こうには何事もなかったかのような穏やかな海が広がっている。2人の70歳くらいのおじさんが釣りをしていた。「この辺は4月から自由に通行できるようになったので気晴らしに釣りに来たんよ。家は津波の被害を免れたけど、仮設に入っている。10年経ったら帰れるじゃろうか?」。川の近くの家におばあちゃんがいたので、「ここに住んでるんですか?」と尋ねると、「津波の被害は少しじゃったけど、避難している。今日は家の手入れに来た。畑も草だらけになってしもうて。」とぼやいた。子どもたちの姿が消えた休校中の小学校、グランドは草だらけになっている。原発方向にもう少し進むとそこからは許可車以外通行禁止。警官が7~8人くらいで警備をしていて通行禁止を告げられた。
翌日は「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」代表の佐藤幸子さんの農場を尋ねた。無農薬・自然農法の農場は荒れていた。放射能で汚染された土地での耕作はあきらめざるを得ない。多くの実習生を受け入れてきた農場の姿はなかった。佐藤さん一家の生活も一変した。放射線管理区域レベルの自宅から子どもたちを山形に避難させたが、中学生の娘さんは親友と離ればなれになることに抵抗して、転校しても学校には行かずに1年を過ごした。彼女は今年、比較的汚染の少ない福島市内のアパートから親友のいる元の中学校に通学している。
福島から家族や母子で県外に疎開ができる人はほんの少し。大部分の人が様々な理由で福島を離れることができないでいるという。
二本松市の椎茸農家にも話を聞きに行った。昨年春に採取した干し椎茸は1600ベクレルという高い放射能値が出て出荷停止、500㎏の干し椎茸が捨てることもできず、農協の指示で倉庫に置かれたままとのこと。4年間は原木の伐採、植菌の禁止。福島だけではなく、宮城、岩手県も同様らしい。原木露地栽培は壊滅状態だ。
福島では今も16万人が故郷に住むことができず、避難生活を強いられている。16万人の当たり前の暮らしが根こそぎ奪われた。福島の現実を前にして、原発再稼働などありえない。
by nonukes | 2012-07-24 23:33 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

  小坂正則