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小坂正則の個人ブログ

私は脱原発大分ネットワークの代表に復帰します

脱原発大分ネットワークの代表に復帰します小坂正則
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3.11以後の1年間は、私にとってはただただ、時代に取り残されて時が過ぎていったという感じです。3.11以後、郵便局を中途退職して、悠々自適な日々を過ごそうと思っていたわけではありませんが、それにしても、こんなにめまぐるしく時間だけが過ぎていこうとは思ってもいませんでした。
 3.11は私たちの想像を越えた原発事故で、まさか日本の電力会社がここまでお粗末だとは思っていませんでした。そんな原発村=原発マフィアが自らが唱える安全神話に呪縛されていたとは。そしてそんな原発マフィアをのさばらせていた私たちこそ問われているのだと思うのです。
 しかし、私たちも力のない割にはチェルノブイリ原発事故から26年もの間、精一杯やってきましたよね。数々の学習会や講演会に映画の上映会や署名活動。伊方や上関原発現地の集会への参加などなど。それで十分だとは決して思ってはいませんが、「もう少し関心のある人が多かったら、フクシマの事故は防げたかもしれない」と悔やまれてなりません。しかし、過去の歴史に「もし」を唱えても歴史は変わりません。私たちは過去の歴史に学びながら、未来を作るしかないのです。だから、反省は反省として、そこから「未来に向かってあなたはどうするのか」が一番大事なことなのだと思います。
今年の私は脱原発運動26年間の総括のような本を書くチャンスにも恵まれましたが、これまで私たちは九州の大分の反原発運動を中心的に担っていたという自負心=思い上がりがあったかもしれません。しかし、そんなものはもう通用しません。首相官邸前では反原発市民連合という市民によって、60年安保以来の20万人が国会周辺に集まりました。そして毎週金曜日には今でも10万人ほどの人々が集まっています。ここで叫ばれる「再稼働反対」の声は確実に野田首相を追いつめていると思われます。大分でも震災がれきの搬入に反対する主婦たちの運動が起こったり、7月16日にはママさんたちによるパレードが100人もの参加者で行われました。
昨年のフクシマ原発事故から1年が経って、確実に脱原発の大きなうねりができつつあるように、私には感じます。その中で、これから私たちも自分らしく新しい人たちとも対等にできるだけ仲良く一緒に関わっていくことができたら、無関心なの人の心にも私たちの「原発はいらない」という声が届くかもしれません。

私たちらしさを失わないように

若い人たちを中心とした新しい運動はネットをフルに活用した運動です。しかし、高齢者の方などネット格差の人もたくさんいます。そんな人にはアナログ媒体(つゆくさ通信など)で情報を伝えて、各地で積み重ねられた電力会社との交渉や株主運動など、これまで私たちが積み重ねてきた運動の質や交渉体験などを生かして、私たちにしかできないことや私たちが得意な分野を中心にして「原発をとめる」作業を若者と一緒にやろうではありませんか。決して年寄りは不要ではありません。そんな私が、また脱原発大分ネットワークの代表に復帰しました。

大分市議選と来年の参院選をたたかいます

今月の28日、29日に「みどりの党」が旗揚げします。そこに私も参画します。1989年に参院選「原発いらない人びと」で選挙をたたかいましたが、散々な結果でした。そして、昨年のフクシマ事故です。すべての政党が経済成長を支持しており、環境を第一に掲げる既成政党は日本にはありません。だから日本にもみどりの党が必要だと私は痛切に感じました。来年の2月には大分市議選があります。それにも何らかの形で挑戦しようと思っています。誰かみどりの党から出たいという人がいれば、その人を推薦します。そんな奇特な人がいないのなら私が出ます。そのためにも「(仮称)みどり大分」という団体を旗揚げします。みどりの党は本部の下に支部があるという関係ではありません。「みどり大分」と東京は対等な関係です。みなさん一緒に大分に「みどり」を立ち上げませんか。

脱原発大分ネットワークの会員と読者を募集中です

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今日、脱原発大分ネットワークの機関誌「つゆくさ通信」の発行作業を行いました。昼から7人がいつものように淡々とやりました。原稿のすべては掲載できませんが、代表挨拶と編集後記を掲載します。以下は編集後記です。ご希望の方は年会費2000円で、読者および会員になれます。

お問い合わせ先は 097-532-3772(小坂気付)


編集後記

▼初登場の作内亜樹子ちゃんとともに、大飯原発再稼働に反対するため、矢も楯もたまらず大分から駆けつけたもう一人のアキちゃんは、官邸前に比べ人が余りにも少ないことにショックを受け、「関西の人、何してるのー?!」と思ったそうです。地形を見ると、細い半島の先っぽに原発があり、そこに至るには一本道しかありません。この地形、原発立地点のあちこちで見たことがあります。機動隊や警察官が非暴力の市民に対峙し、ごぼう抜きにするシーンも、いつか見た風景で、つい最近は北九州市の清掃工場で行われました。こういうゴリ押し、無理強いをして市民同士を敵対させるのはやめてくれ!日本中が注目していることを県民が余り認識していない山口県知事選のさなかの23日、岩国にはオスプレイが無理やり搬入されようとしています……            (大原) 
▼野田首相もかわいそうだ。「消費税は何が何でも通してもらいます」という財務官僚の脅しに屈して、官僚のいいなりになったばかりにすべての力関係は決まってしまった。野田には経産官僚からも「大飯再稼働は電力会社との約束です。4月の再稼働は橋下のバカが邪魔したから遅れたが、7月までには何が何でも再稼働宣言をしてもらいます」と強い口調でたしなめられた。「TPPも米国はこれ以上待ってはくれません」と外務省官僚も突き放した。それに最後のトドメは「米軍のオスプレイ配備に日本政府がとやかく言う権利などありませんよ」と自衛隊幹部。「私には何の自由があるの」と野田は秘書官に聞いた。「閣下。あなたはこの国の最高権力者なのです。だからあなたは黙って優秀な官僚に任せておけばいいのです。彼らはあなたのために働いているのです」と。こうしてこの国は戦後67年間、官僚独裁政権が続いた。3年前の自民党政権崩壊でこの国の官僚独裁政治は終わったかのような錯覚に私たち国民は陥った。しかし、結局は自民党の賞味期限が切れたので、民主党という新しい服に一時的に着替えただけだった。3年も経って、新しかった服もそろそろ汚れてきたから、元の服に着替えようとしている。しかし、実は鳩山首相が総理大臣に就任したそのときに秘書官から「お遊びはここまでです」と告げられたのだ。「どういう意味ですか」と聞き直した鳩山首相に秘書官は「これを見てください。総理大臣への秘密引継文書です」といって官邸の金庫から漆塗りの箱に入った秘密文書を見せられた。その文書には驚くべきことが書かれていた。「我が米国政府は日本を独立国家としては認めてはいない。日本は米国の占領国家としての義務を果たさなければならない。その監視のために横田、横須賀の在日米軍基地は駐留している」と書かれてあった。だから米国に抵抗しようとした田中角栄はロッキードで消された。小沢の日本国家独立計画も米国は許さなかった。さて、私たち国民は、このまま米国統治を甘んじるのか、それとも別の選択肢を選ぶのか。これは私の作った短編小説です。              (小坂)
▼再稼働 大飯あやまち だめな野田 野田のアホはしたい放題。次の選挙までに何が何でもかんでもやっておこうとばっかりに。明日は伊方か川内か。どうせやるなら今のうち。国民の生活を守るのではなく、政権を守るため。▼パブリックコメントの用紙を同封いたします。皆さんのご意見をファックスで国へ送りましょう。メールでもおくれます。みさなんの声を野田に届けましょう。(木下)
                                                     
by nonukes | 2012-07-24 22:30 | 脱原発大分ネットワーク | Comments(0)

  小坂正則