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この国は「盗撮・盗聴」の暗黒社会が完成しつつある

この国は「盗撮・盗聴」の暗黒社会が完成しつつある
小坂正則
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実際に盗撮された映像の一部です。顔や車のナンバーまで鮮明に写っています
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隠しカメラを設置する前に警察署で準備中の自分たちの顔やほかの場所でも盗撮しているような会話まで録画されている。実に間抜けな捜査員たちか



別府警察署の盗撮事件は当事者だけの問題ではない

新聞報道などによると、別府平和センターの事務所敷地内に別府警察署の職員が6月18日深夜に無断で立ち入り、監視カメラ2台を設置。そのカメラを発見した23日まで盗撮を行っていたという事件が発生。当初監視カメラを発見した事務所職員は参院選の選挙事務所として事務所を使っていたため、対立候補陣営が設置したものと思い、別府警察署へ被害届を出したものの、それを設置したのは大分県警だったという笑うに笑えない話を白状したそうです。しかし、何の目的で設置したのかなど詳細は公表していないようで、「公務員の中で選挙事務に関わる職員が選挙活動をしているのではないかという疑いを持っていてカメラを設置した」という記事も出ているそうです。
そして関係者によると、「この問題で県警幹部が関係者へ直々に謝罪を行ったので、もう済んだこと」と話していました。
しかし、肝心の「何の目的で行ったのか」とか、「誰の指示で盗撮が行われたのか」や「これまでにこのような盗撮を日常的に行っているのか」など分かっていないことが山ほどあります。それらに蓋をして「終わったこと」と、片づけていいのでしょうか。幸い、民進党の足立参議は、自分の選挙に対して行った県警の暴走だけに「この問題は国会で追及する」と、8月21日に記者会見しています。

監視は日常的に行われている

高速道路の入り口は元より道路という道路にはNシステムなどの監視カメラが設置しています。駅構内や地下道などにも至るところに監視カメラがあります。これらがあるから犯罪を防止する抑止効果があることも確かでしょうし、マンションの玄関先やエレベーター内に監視カメラがあるから安心して生活できる方も多いでしょう。
オウム事件の容疑者がコンビニや駅構内の監視カメラで逮捕されたという事件がありましたが、街角の監視カメラの映像で犯人を特定できるほどの顔認識の技術が飛躍的に向上してるのです。コンピューター技術が発展した現在では、私の顔を新宿駅の防犯カメラの映像の中から探し出すことなど簡単にできるのです。
「悪いことややましいことをしていないのなら、盗撮されてもいいではないか」という意見もあるかもしれませんが、プライバシーを丸裸にされることは、対立する政治家を陥れたり、無実の人間を犯人に仕立てたり、あらゆる情報を持っている人間が好き勝手にその情報を自由に利用できるのです。

盗聴法改正が静かに成立した

ヘイトスピーチ規制法と抱き合わせにして、自民と民進の取引で、刑事訴訟法等改悪案が今年5月24日に自民、公明、民進などの賛成多数で可決成立しました。マスコミはヘイトスピーチ規制法は大きく取り上げていましたが、盗聴法や取り調べの可視化などの問題はほとんど取り上げていませんでした。もともと、刑事告訴法の改正案はえん罪事件が繰り返されることから、検察や警察の取り調べの全てを録画することを弁護士会などが求めていたものを、通った法案はまるで逆で、部分可視化が行われるだけで、えん罪事件の元になる誘導や脅迫などの証拠を隠すことが可能な部分可視化では何の意味もないのです。
しかも盗聴法は1999年に野党は元より公明党まで反対していた法案が公明党の修正などで、対象犯罪を薬物、銃器、組織的殺人など、いわゆる暴力団関係の組織犯罪4類型に限定し、通信事業者の常時立ち会いの義務づけなどの与党修正によってかろうじて成立させたものです。それが今度の改正で、「窃盗、詐欺、恐喝、逮捕監禁、傷害等の一般刑法犯」を追加したと言うのです。しかし国民は誰でも犯罪を犯す可能性はあるのですから、警察は誰でも自由に盗聴できることになり、通信事業者の立ち会いも不要になったため、警察官だけで、好きなだけ自由に電話もメールもラインなどSNSも閲覧することができるようになったのです。もちろん、何の犯罪容疑のない者を盗聴はしないでしょうが、したかしないかを明らかにしないのですから、これは秘密保護法とセットで私たち市民は丸裸にされてしまったも同然なのです。

戦前のような暗黒社会にしてはならない

もう一つ大きな捜査手段の改正があります。「司法取引」です。米国などでは当たり前に行われている捜査方法ですが、犯罪者同士で犯人を密告したら、密告した者の罪を軽くしてもらえるという法律です。これではえん罪が増えるでしょうし、戦前の治安維持法社会では、「誰かが自分のことをウソの密告をするかもしれない」という疑心暗鬼に駆られて、「密告される前に自分から密告しようという社会」が出来上がったのです。
そのほかにも政府と自民党が成立させようと何度も法案を上程一歩手前まで行っている法律が「共謀罪」です。犯罪を実行する前に複数で話し合っただけで犯罪を成立させるという恐ろし法律です。戦前の日本の自由な言論を封殺して戦争に巻き込んでいったのは「治安維持法」が大きな力になった言われていますが、「共謀罪」は「治安維持法」そのものです。当時の社会は監視カメラなどありませんでしたので、今よりも市民的自由はあったでしょう。監視カメラと盗聴に共謀罪がセットになれば、戦前以上の「治安維持法」の社会ができてしまうでしょう。
このような社会とは民衆を個別に対立・分断させて、国家権力に抵抗させないための独裁国家の常套手段なのです。そして憲法を改正して「緊急事態法」を導入し、民主主義や憲法で保障されている基本的人権など奪い去って、国民を家畜化させて支配しようという国家権力の中枢にいる警察・防衛官僚と安倍政権の究極の目論見なのではないでしょうか。また、このような監視社会は米国が一歩も二歩の先行しています。「秘密保護法」も米国の要求で成立した法律です。すぜにグーグルやフェイスブックやメールも国際電話も全て米国は盗聴しているのです。それは中央情報局 (CIA) 及び国家安全保障局 (NSA) の局員として、アメリカ政府による情報収集に携わっていた.スノーデン氏の証言で明らかです。
さて、私たちは何から取りかかればいいのでしょうか。まずはやれることからやりましょう。別府警察署の盗撮事件は大分県民としてこのまま黙っているわけにはいきません。何の目的で、誰の指示で、などなど警察捜査の暗部を白日の下にさらけ出させましょう。
最後にドイツで反ナチス運動の指導者、マルティン・ニーメラー牧師の言葉を

ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は共産主義者ではなかったから

社会民主主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった
私は社会民主主義ではなかったから

彼らが労働組合員たちを攻撃したとき、私は声をあげなかった
私は労働組合員ではなかったから

そして、彼らが私を攻撃したとき
私のために声をあげる者は、誰一人残っていなかった



「別府警察署盗撮事件を考える市民集会」
を現場の別府市で開催します


日時:9月10日(土)14時~17時
場所:別府南部公民館2階研修室(浜脇高等温泉横)
主催:おおいた市民オンブズマン
連絡先:090-1348-0373(小坂)

その他:参加無料、どなたでも参加可能です

# by nonukes | 2016-08-24 20:43 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Trackback | Comments(0)

満蒙開拓団の息子として感じる今日この頃 その1

満蒙開拓団の息子として感じる今日この頃 その1
小坂正則
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ハルピンの方正県にある満州開拓団の日本人公墓
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ここが開拓団のあった村ですハルピンから高速バスで2時間半、タクシーで1時間のタローミーチン(チンは村という意味だそうです)

私は5月の連休を利用して中華人民共和国黒竜江省の旧満州国ハルピン方正県ターロミー村へ2人の兄たちのお墓参りに行って来ました。その話はいずれこのブログにも書こうと思っていたのですが、裁判の準備で書く暇がありませんでした。
ただ、この間にも満州開拓団の映画『山本慈昭 望郷の鐘~満蒙開拓団の落日』を観たり、NHKのドキュメントなどを見て、私の家族はその犠牲者として、少なくとも私自身はこの事実を自分の胸にキチンと納めて、この問題に真正面から向き合う姿勢は取らなければならないと感じたのです。私はそう感じたからと言って、それで私には何ができるわけでもありません。既に満蒙開拓団だった両親は2人とも8年と11年前に亡くなっていますので、私の両親がたどった凄まじい困苦の歴史を正確に伝える手段を私は持っていないからです。
彼らが亡くなる前に聞き出しておけばよかったと、今になって悔やまれて仕方ありません。なぜ、書くことを常としている私が、両親から彼らの記憶をたどって、できるだけ正確に2人の個人史を書き残さなかったのだろうかと悔やまれるのです。

母と父の簡単な生涯

父、小坂茂は22歳から24歳ころに大分県三重町の農業実践大学に入学して大分県庁に就職したそうです。その前に親父は食い扶持を減らすために大地主の家に婿養子に行ったそうですが、そこでは馬車馬のようにただ働かされるだけで、こんなところで一生こき使われて俺の人生が終わるのはイヤだと思い、家を出ようと妻に相談したところ、地主の娘の妻は「家を出るならあなた1人で出て行って」と言われて、親父は生まれたばかりの娘と妻を置いて家を出て行ったそうです。そこで、実家の神社の境内で1人で勉強して難関の実践大学の受験を突破しました。
卒業後、農業指導員として県庁に入った親父の赴任地が前津江村だったそうですが、そこでは5年くらい働いたそうです。そこでの逸話を聞いたことがあります。父が東京に出張した時の帰りに静岡で列車を降りて、静岡名産のワサビを数本買って帰ったそうです。山間地のムラの農業は換金作物を作らなければ、これからの農業では食っていけないと。今でもこの地ではワサビが特産品だそうですが、親父の置き土産でしょうか。しかし、30代初めの若者は、「狭い日本で生きていくよりも俺は大陸で夢を実現させたい」と思って満蒙開拓団に応募したといいます。もちろんそれは本人の意志だったのか上司からそそのかされたのかは今では調べるすべはありません。
満州開拓団の大分県の方正県のターローミー村に赴任した親父は大勢の団員を率いる農業指導員とか副団長になり、最後は団長になったそうです。そこで、独身の親父は1人ではいけないということで、兄貴の妻の姪っ子を写真で見合いして、兄貴が私の母親を満州まで連れて行ってハルピンで結婚式を挙げました。結婚式の時に初めて親父の実物を母は見たそうです。開拓団の子どもたちが「きれいな嫁さんが来た」と言って騒いだそうです。母が亡くなった8年前の葬儀の時に参列してくれた、当時子どもだった方がこう言っていました。「マツ子さんが開拓団に来たときに美人の奥さんが来たぞとみんなで騒いだものです」と。

日本をめざした母たちの逃避行

その後戦火がどんどん悪化して、父は敗戦の2,3年前に関東軍に招集されて戦争に行きました。母は幼い子どもを2人抱えて、それでも生活には何不自由することもなかったそうです。開拓団は男は老人だけで後は女子どもだけになったそうです。そこで敗戦の8月15日を迎えて、どうするかという会議があったそうです。中には集団自決をしようという意見もあったそうですが、団長が「全員を生きて日本に返すことが私の使命だ。たった1人も無駄死にをさせるわけにはいかない」と、強い決意で話して、全員で村を後にして日本をめざして歩き出したそうです。私はハルピンの丘を列車で通って行く車中、「当時の母親と2人の子どもたちはこんな山々を越えて行ったのではないか」と思いながら車窓を眺めていました。母たち女はみんな着物などは食べもに変えてしまって、麻袋を開いてそれを身体に巻き付けて着物代わりにしていたそうです。髪も短く切って、顔も黒く塗って女と分からないようにしていたそうです。私が子どもの頃なぜそんな変装をしなければならないかと聞いても、その理由を母親は語りませんでしたが、その理由はソ連兵に見つかったら、女たちはみんなソ連兵に強姦されたからだと後から知りました。私が学生のころ学んだ理想社会のはずのレーニンの言う社会主義の、これが実態だったのです。現実とは悲しいものです。
母は使用人の中国人に優しくされたそうです。なぜなら40年前に母たちは満州の開拓団跡地を訪問したことがあります。そこで亡くなった子どもや日本人の慰霊碑を建設しました。そこでは旧満州で母親の元で働いていた方々に再会して歓迎されたそうですから、開拓団によっては軋轢に大きな差があったのかもしれません。それも関東軍によって中国人の農地を強制的に奪った所では戦後襲撃を受けたそうですから、詳しいことは分かりませんが、それでもターローミー開拓団が現地の人びとに対して悪事を働かなかったとは思ってはいません。どんなにやさしい母親でも彼らは侵略者ですし、所詮、関東軍に騙された国境防衛のための人柱だったのです。
母は満足な食べ物がなくて2歳の次男にあげる母乳が出なくなったそうです。そこで数ヶ月で2歳の次男が亡くなり、その後5歳の長男も亡くなったそうです。亡くなった子どもを土に埋めることもできないまま、髪の毛と爪を剥がして持って帰ってきました。さぞや悲しかったことでしょう。そのうち、母と一緒に歩いていた女性たちは「満人(中国人)の妻になったり、子どもを売ってお金変えて餓えをしのいだ人も多かった」と母は話してくれました。中国残留孤児が日本に帰ってくるというニュースが40年前から20年前くらいにはよくありましたが、母は食い入るようにテレビの画面を見ていました。ふとこう漏らしたことがありました。「私はあの時満人に息子2人を売っていたら今頃こうして生きて帰ってきたかもしれんかったんやなあ。でもあの時私は売り渡すことなどできなかったんよ。どっちにしてもつらいことやったなあ」と言って涙を流すのです。彼女にはどんな責任があったのでしょうか。日本人の大人として中国大陸への侵略者としての責任の一旦はあったでしょうが、少なくとも亡くなった子どもたちには何の責任もなかったことはだけは事実です。

戦争にいい戦争も悪い戦争もない。戦争は全て悪だ

私たち民衆に取って、よい戦争も悪い戦争もありません。戦争で一番に犠牲になるのは子どもたちです。そして次が弱者です。いつまで私たちは為政者に騙されれ続ければ気づくのでしょうか。悲しくなるほどのこれが現実です。でも、諦めるわけにはいきません。中国のやさしい人びとを2度と侵略などしないという決意を日本人は持たなければなりません。戦争責任を果たしているのでしょうか。私はハルピンの731記念館や918記念館を訪れて、日本の戦争責任を厳しく認識させてもらいました。そこで、これまで私は何も知らなかったんだと、私の無知ぶりを実感しました。こんなひどいことを戦前の日本人が行ったことを日本人の何人が知っているのでしょうか。学校でなぜ教えないのでしょうか。731記念館に安倍晋三首相はぜひ行ってもらいたいと、私は思いました。過去の過ちから学ばないものは過ちを再び繰り返すからです。(つづく)

# by nonukes | 2016-08-22 18:30 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Trackback | Comments(0)

これだけ新聞が書いてくれているのに、このチャンスを逃すわけにはいかない

これだけ新聞が書いてくれているのに、このチャンスを逃すわけにはいかない
小坂正則
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これまでいろいろと私は個人的にブログを書いてきました。でも、これを見てくれる方が多くても全国で1日に千人です。さて、大分県民で何人の有権者が、このブログを見てくれるでしょうか。きっと数人から数十人です。ネットによる情報拡散にはどうしても偏った層にしか情報が伝わっていきません。そんなもどかしさを感じながらもこうして日々書いているのです。
さて、7月に仮処分を申し立てて、審尋が2回開催されました。そして、新聞やテレビで伊方原発の再稼働のことが報道されて、一定の反応がありました。これまでに本訴訟へ参加したいと申し込んで頂いた方が170名弱の模様です。正確な数は明日把握します。ただ、ここ数日は落ち着いてきています。自分から申し出る方は一定程度出尽くしたのではないかと、私は考えています。
下の記事は大分合同新聞の連載記事です。ネットではできない紙面により直接お茶の間や職場や銀行やパーマやさんなど生活の隅々に「伊方原発裁判の意義」が浸透していく可能性を感じます。
私たちが逆立ちしてもできないことが、毎日28万部の紙面で各家庭に届けられているのです。すごいことです。まだまだ大分県内の隅々まで、裁判の意義を伝えるために東奔西走しなければならないと痛切に感じます。街行く人が、「頑張ってね」と、向こうから声を掛けてもらえるようになるまで頑張って、「伊方原発訴訟」のことを「裁判で原発を一緒にとめよう」というメッセージを伝える努力をしなければならないと思っています。
そのためには手が足りません。毎日毎日裁判の証拠や調書の印刷に事務局スタッフは追われているのが現状です。大分合同新聞が茶の間に届けられている今こそ、街頭で戸別訪問で裁判の支援をお願いすれば世論は私たちの側にもっともっと大きく傾いてくれることでしょう。もちろん地元紙だけではりません。全国紙も頑張ってくれています。テレビも同じく大きな影響力を行使しています。我が方に追い風が吹いてるのです。
そんなチャンスの時に何もしないで、黙っているのはもったいない限りです。そこで、できることから取り組んで行こうと思っています。大分在住の皆さん、お力を貸してください。あなたに貸してもらえる時間を1週間に1時間でも結構です。チラシを撒いたり、街頭宣伝をやったり、これから暑さも少しは和らぐと思いますので,積極的に攻めていこうと思っています。裁判は世論の力で勝つのですから。


対岸の原発 伊方再稼働㊤
大分合同新聞2016年8月14日

3号機が再稼働した伊方原発(中央)、運転差し止めを求める仮処分が申し立てられている大分地裁(左下)、広島地裁(左上)、松山地裁(右下)と地図のコラージュ
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大分から最短45キロ先の対岸にある四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)が再稼働した。大分、松山、広島の3地裁には各地の住民が伊方3号機の運転差し止めを求める仮処分を申し立てており、当面の焦点は司法判断に移る。3地裁は差し止めを認めるかどうかの決定をいずれも来年3月までに出すとの見方が強い。関西電力高浜原発(福井県)と同様、動きだした後でも「即停止」となる可能性があり、住民側は「一日も早くストップさせたい」と意気込む。

「大分、松山、広島と、伊方原発を三方から取り囲む形ができた」
7月4日、大分地裁。市民グループ「伊方原発をとめる大分裁判の会」の小坂正則事務局長(63)=大分市=は、仮処分の申立書を提出した後、こう語った。
仮処分は通常の訴訟よりも審理期間が短い。さらに、訴訟なら住民側の訴えが認められても四国電側が上訴すれば確定するまで止まらない可能性があるものの、仮処分は裁判所の決定がすぐに効力を持つ。
東京電力福島第1原発の事故後、松山地裁で伊方原発の差し止め訴訟が続いていたが、今年3月に広島の被爆者らが広島地裁に仮処分を申し立てた。それが契機となり、4月に熊本・大分地震が起きたこともあって、松山も「地震が伊方に波及する恐れがあり、緊急性が高まった」と5月に仮処分を申請した。続く大分は6~7月に計4人が申し立てをした。
  
3地裁の審理で共通する主な争点は地震、津波、土砂災害を巡る評価だ。特に伊方原発は数キロ先の伊予灘に国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」が走っており、強い地震に襲われて重大事故が起きるのではないかという不安が根強い。
耐震設計の目安となる揺れを示す「基準地震動」は最大650ガル。四国電は「(紀伊半島から大分まで)中央構造線が480キロにわたって連動した場合も想定して基準地震動を策定するなど、安全性は十分確保されている」と主張する。
だが、複数の学者は「長大な活断層が近くにあり、ましてや断層が480キロも連動して650ガルというのは過小だ」と指摘する。伊予灘や別府湾で断層調査を続けてきた高知大学防災推進センターの岡村真特任教授(地震地質学)は、中部電力浜岡原発(最大2千ガル)などと比べても低いとし「千ガル、2千ガル以上も当然あり得るものとして想定しなければ」と訴える。
 
仮処分の判断は再稼働に間に合わなかったが、3地裁の審理はいずれも年内がヤマ場になりそうだ。
脱原発弁護団全国連絡会共同代表の河合弘之弁護士(第二東京弁護士会)は8月10日、大分市内で「動く前に止めたかったが…」とした上で、こう強調した。
「動いてから止められた方が(四国電は)ダメージが大きい」

対岸の原発 伊方再稼働㊥
大分合同新聞2016年8月15日

「いのちとびわ湖を守る運転差し止め決定!」。東日本大震災から5年を前にした3月9日。滋賀県大津市の大津地裁から駆け出してきた弁護士が垂れ幕を掲げると、集まった住民は「歴史的判断だ」と歓喜に包まれた。
関西電力高浜原発3、4号機(福井県)の運転禁止を、隣接する滋賀県の住民が申し立てた仮処分。同地裁の山本義彦裁判長は、政府が「世界一厳しい」とする原発の新規制基準に疑問を呈し、運転を差し止める決定をした。仮処分は直ちに効力を持つため、関電は今年再稼働したばかりの同原発を停止させた。
稼働中の原発が司法判断で止まった初のケースだ。従来は「再稼働してしまえば止めるのは難しい」という雰囲気があったが、この決定は「動きだしてからでも止めることができる」ことを実証。全国の電力事業者に衝撃が広がり、「司法リスク」という言葉も飛び交い始めた。
 ■ 
原発立地県ではなく、周辺県の住民が居住地の裁判所に訴え出て差し止めを勝ち取った点でも注目を集めた。大分県の住民が最短45キロ先の対岸にある四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)を止めようと大分地裁に仮処分を申し立てたのと、同様の構図だ。
滋賀の申立人は高浜原発から約70キロまでのエリアに居住。「東京電力福島第1原発のような事故が起きれば、琵琶湖が汚染され近畿圏の1400万人が飲料水を失う」などと訴えた。
大津地裁決定は、福島事故の原因究明が「道半ば」の状況で策定された新基準は、福島の教訓を十分生かしていないのではないかと指摘。「福島事故を経験したわが国民は、事故発生時に影響の及ぶ範囲の圧倒的な広さと避難に大きな混乱が生じたことを知っている」と、再稼働の審査に避難計画が含まれていないことにも疑問を突き付けた。伊方原発にも通じる問題だ。
 ■ 
決定後、関西の財界からは「一地裁の裁判長が国のエネルギー政策を左右してもいいのか」と、三権分立を無視した声が上がった。関電社長も今後、逆転勝訴した場合に住民側へ損害賠償を請求する可能性に言及。裁判所や住民側へプレッシャーをかけた形だ。
2基は法的に運転できない状態が続く。関電は抗告し、舞台は大阪高裁に移った。
福井県若狭湾沿いは“原発銀座”と呼ばれる。異議審決定の2日後、高浜原発近くでは、多くの人が釣りをしていた。「原発がなかったら交付金も働き口もなくなる」「危ないとか言っていられない」。立地県と周辺県の思いは擦れ違っていた。

対岸の原発 伊方再稼働㊦
大分合同新聞2016年8月16日

原発ゼロを訴える井戸謙一弁護士。「一私企業の経営安定のために、どうして多数の住民がリスクを負わなければならないのか」=7月15日、滋賀県彦根市
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関西電力高浜原発3、4号機(福井県)に隣接する滋賀県の住民の申し立てを認め、運転を差し止めた3月の大津地裁決定は、重大事故が起きた場合に放射能被害が及ぶ可能性のある周辺自治体の住民を勇気づけた。滋賀住民の弁護団長を務め、四国電力伊方原発(愛媛県)の運転禁止を求める「大分裁判」の弁護団にも加わった井戸謙一弁護士(滋賀弁護士会)に、大津決定の意義などを聞いた。
―大津決定の意義は。
現実に動いている原発を、隣接県の住民の申し立てで隣接県の裁判所が止めたことだ。(立地県でない住民の主張を認めたのは)東京電力福島第1原発事故の被害が広範に広がったことの裏返しだ。
―追随する司法判断は出るか。
これまで裁判所は、電力会社側に原発が安全基準に適合していることを、原告側には原発の危険性の立証を求め、原告側のハードルが高かった。大津決定は従来の枠組みを踏襲しながらも、関電に対し「福島事故後の規制がどう強化され、関電がどう応えたか」の立証責任を強く求めた。(他の裁判所が)同調しやすい判断枠組みだ。
―決定は政府が「世界最高水準」と自負する新規制基準を不十分と指摘した。
国際基準である国際原子力機関(IAEA)の「深層防護」の考え方を取り入れなければならないのに、新基準は避難計画を審査の対象としていない。それだけで原子力基本法、原子力規制委員会設置法に違反する。「世界一厳しい」というのは大うそだ。
―井戸さんは元裁判官で、金沢地裁の裁判長だった2006年に北陸電力志(し)賀(か)原発の差し止め判決を言い渡した。
もともとは原発廃止論者ではなかった。原発なしでは日本のエネルギーが立ち行かないと思っていた。しかし、審理の中で、北陸電力がコスト削減のためにあえて不利な部分に目をつぶっていると感じた。原発自体は反対しないが、やるなら安全性を高めて、との思いを込めた。
「3・11」直後も原発をすぐゼロにとは言えなかった。だが、2年間、原発が1基も動かず、日本社会には原発がいらないことが分かった。今夏は節電要請もしていない。一私企業の利益のために周辺住民がリスクを負う理由はない。
―伊方原発をどう見る。
最も大きいのは耐震性の問題。中央構造線が動いたときの地震の加速度予測は、四国電の計算にごまかしがあるとしか思えない。合理的な避難計画もできず、立地不適だ。
―「大分裁判」の弁護団に参加した。
大分、松山、広島と3地裁に伊方原発差し止めの仮処分が申し立てられている。最低でも一つ勝ち、何としても止めたい。鹿児島県では九州電力川内原発の一時停止を掲げた知事が当選した。川内は政治で、伊方は司法で止めることができる。もう時代は変わった。動き始めた原発を一つ一つ止めていき、原発ゼロを実現したい。

 いど・けんいち 1954年生まれ。大阪府出身。東京大学教育学部卒。75年司法試験合格。金沢地裁、京都地裁で民事部の裁判長を務めた。2011年3月に退官し、現在は弁護士。滋賀県彦根市在住。

# by nonukes | 2016-08-17 01:49 | 原発再稼働は許さない | Trackback | Comments(3)

さようなら藤田祐幸さん

さようなら藤田祐幸さん
小坂正則
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今にも藤田祐幸さんが飛び出して来そうな感じの遺影です
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昔ながらの葬儀の行列です
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藤田祐幸さんのご自宅です
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これが「松明楼」の「藤田文庫」
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「松明楼」の書籍などです


藤田祐幸さんが7月18日にお亡くなりになりました。藤田祐幸さんと言ってもご存じでない方は知らないでしょうが、チェルノブイリ原発事故以後大分で反原発運動に関わってきた、私たちチェルノブイリ世代の者で知らない方はいないでしょう。これまで広瀬隆さんと一緒に、単独で九州を大分を何度来て、講演をして頂いたことでしょうか。
実は、今年3月に長崎の西海市に住んでいる藤田さんにお電話しました。「大分で伊方原発仮処分の裁判をやりたいんですが、藤田さん協力してもらえませんか」と。すると、「僕はだいぶ弱っているから、協力できることはあまりないかもしれないけどね。私はこれまで、原発裁判だけはやりたくなかったが、高浜の仮処分で考え方を変えなければならないと思っているよ。頑張ってやってくれ」と言った会話をしました。その後、6月の中旬に「広瀬隆さんを大分と熊本に呼んで講演をします」と、電話したら、藤田さんは「広瀬さんが来るのか。俺も会いたいから大分か熊本のどこかで合流しよう」と、元気そうに電話口で話していました。
私は久しぶりの元気な声に「先生だいぶお元気になりましたねえ」と、言ったくらいです。その後7月に入って、電話するとすっかり元気がないので、私は無理を言って「先生、広瀬さんと一緒に病院に見舞いに行っていいですか」と尋ねたら「ああ、いいよ」と、弱々しく承諾してくれました。そして7月18日に久留米市の病院の前まで行って、広瀬さんに電話をしてもらったのです。すると藤田さんではなく娘さんが携帯に出て「父はいま実家に帰っています。意識がなくなったり戻ったりしているんです。今は意識がありますから電話に出れるか聞いてみますね」と。すると藤田さんは、「ああっ」というような大きな声を出したそうです。それが広瀬さんと藤田さんの最後の会話でした。親友の広瀬隆さんからの電話にきっと喜んで声を振り絞って出したでしょう。藤田さんとは同じ年の広瀬さんは「電話してよかった」と言っていましたが、随分落ち込んでいるようでした。

藤田祐幸さんの意志は私たちが必ず受け継ぐ

18日の夜遅く亡くなりましたと、娘さんからお電話を頂きました。そして、20日の葬儀に私は北九州の深江守さんと一緒に長崎の西海市であった葬儀に参列しました。
娘さんの葬儀での挨拶で「父は反原発運動に人生のほとんど全てを捧げました。亡くなる前々日に意識がしっかりしている父に、私はこう聞きました。あなたの人生はどんな人生でしたか。何か思い残すことはありませんかと。すると父は『人生波瀾万丈。一点の悔いもなし』としっかりとした声で答えました」と。
文字どうり藤田さんは人生のほとんど全てを反原発運動に捧げて来たのです。「私は藤田さんのように言って死ねるかなあ」と、思ったら涙があふれ出してきました。藤田さんが亡くなるのは寂しいし、悲しいけど、彼は自分の人生に何の悔いもなく、真っ正面に生きてきたんだからそれでいいんだと。さて、「お前はこれから残り僅かな人生をどう生きるんだ?」と自分に問いかけてみました……。葬儀の前、自宅に伺って棺の中に小さく横たわっている藤田さんを見せてもらったら、いつものやさしい顔で、まるでぐっすり眠っているようで、今にも起きてきそうでした。(合掌)

藤田さんのお別れ会を予定しています

実は、私に取って、藤田祐幸さんはもう一つの関係があるのです。10年くらい前の話です。藤田さんが慶応大学を退官する時に膨大な資料をどうするかで悩んでいたのです。ご自宅に必要な資料は持って帰るけど、「自宅には入らないほどの資料を誰か引き取ってはもらえないか」という話を九州の仲間にしたそうです。すると、「小坂の自宅は随分広そうだから小坂に預けたらいいのでは」という話になって、藤田さんから「小坂君、君に資料を預けるから引き取ってくれ」となったのです。私はちょうどその頃、松下竜一資料館を造る準備をしていたので、「先生、それは願ってもないことです。私に預けさせてください」と、お願いしました。と言うわけで、私の家にある「松明楼」の棚の一部に「藤田祐幸文庫」があるのです。70年代から80年代の市民運動関係のミニコミ誌と月刊誌などです。
そんな藤田さんとのいろんな思い出を持っている私たち九州の反原発運動の仲間内で「藤田祐幸さんお別れ会」を企画しようと言う話が持ち上がっています。どこで開催するかが問題ですが、各県それぞれに藤田さんとの関わりや足跡があるでしょう。大分でもぜひ藤田さんを偲ぶ会を開きたいし、「藤田文庫」のお披露目もしたいと願っているのですが、まだまだ大分は来年の仮処分決定までは裁判最優先でなければなりません。
東京では9月21日(木)デイズジャパン主催で「藤田祐幸さんを偲ぶ会」が開催されます。詳しくは03-3322-4150までお問い合わせください。

# by nonukes | 2016-08-15 18:14 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Trackback | Comments(1)

伊方原発再稼働に対して各地のたたかいとマスコミ報道

伊方原発再稼働に対して各地のたたかいとマスコミ報道
小坂正則
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昨日は早朝から伊方現地を中心に各地で伊方原発の再稼働に対する抗議行動が繰り広げられました。大分からは伊方現地へ私たちの仲間3名が早朝から駆けつけました。大分では帰宅途中の通勤客へのアピールを狙って、夕方5時半から6時半過ぎまで街頭でアピールとビラ撒きを行いました。お盆の時期だけに主婦の皆さんはなかなか参加出来ずに参加者は10名でしたが、テレビは全社が来ていましたし、マスコミ各社が集まっていて、私たちを遙かに上回る人数でした。
今朝の大分合同新聞と朝日新聞だけですが切り抜きを添付します。そのほかの新聞は見ていませんが、各紙とも一面トップに取り上げているようです。2紙とも再稼働に対して批判的な内容でした。
上の写真は街頭で訴える仲間たちです。お盆の前で忙しい中、参加してくれた皆さんありがとうございました。

3号機再稼働 ゲート前、抗議の声
大分合同新聞8月12日夕刊

伊方原発のゲート前で再稼働に抗議し、仲間とシュプレヒコールを上げる中山田さつきさん。「止めるまで、諦めずに訴え続ける」と誓った=12日午前9時11分
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【大分合同・愛媛伊方特別支局】大分県に近い四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)が12日、再び動きだした。東京電力福島第1原発事故後の定期検査で全3基が停止して以降、原子炉が起動するのは4年7カ月ぶり。伊方原発のゲート前には愛媛、大分など全国から再稼働に反対する人たちが集まり、「住民の命と暮らしを無視した再稼働だ」と抗議活動を展開。「本当の闘いはこれから。諦めずに運動を続ける」と誓った。
ゲート前の道路には柵が設けられ、警備の警察官がずらりと並んだ。そばでは「再稼働絶対反対」などののぼりを掲げた約150人が「原発止めろ」とシュプレヒコール。その中には、今夏に伊方3号機の運転差し止めを求める仮処分を大分地裁へ申請した杵築市の農林業中山田さつきさん(62)の姿もあった。
中山田さんは1979年に起きた米スリーマイルアイランドの原発事故をきっかけに、原発の危険性を知った。86年にチェルノブイリ、そして2011年には福島―。「ついに起きてしまった」と衝撃を受けた。
「原発と命は共存できない」と反対運動を続け、「伊方原発をとめる大分裁判の会」では原告団の共同代表になった。九州電力川内原発(鹿児島県)、玄海原発(佐賀県)の差し止め訴訟の原告にも加わる。
空気が澄んだ日には、国東半島から伊方原発がはっきり見える。「とても近いし、遮る物は何もない」。事故で放射性物質が漏れれば大分への影響は計り知れない、と感じている。
大分は原発立地県とは違い、再稼働に必要な「地元同意」の手続きで「かやの外」だった。「何かあれば被害を受けるのに、そんなふざけた話はない」。大分の住民が声を出すのは当然のことだと思っている。
伊方3号機を巡っては大分、松山、広島の3地裁で運転差し止めを求める仮処分が申し立てられており、司法判断に注目が集まる。大分裁判の会はできるだけ多くの県民に原告になってもらい、9月までに訴訟も起こす予定だ。
ゲート前で拳を上げた中山田さんは「古里を守りたい。再稼働は悔しいが、絶対に諦めない。止めるまで訴え続ける」と力を込めた。

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上の4枚は大分合同新聞です
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上の5枚は朝日新聞です

# by nonukes | 2016-08-13 10:56 | 原発再稼働は許さない | Trackback | Comments(0)

「地震による事故の危険性と、大分県民の反対の声も無視して強行した」伊方原発の再稼働に抗議する

「地震による事故の危険性と、大分県民の反対の声も無視して強行した」伊方原発の再稼働に抗議する
小坂正則
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本日早朝の9時に伊方原発3号機の核燃料の制御棒が抜かれて、プルトニウム燃料による原子力発電所が動き出しました。福島原発事故から5年4ヵ月もの長期間止まっていた原発は至る所で錆や劣化が進んでいる可能性があり、長期停止による事故が起きないという保証はありません。
しかも、中央構造線の延長線上の熊本・大分地震M6.5とM7と規模は、小さくても揺れは最大の震度7の連続地震が起こって4ヵ月も経っていない中で伊方原発は再稼働されたのです。川内原発も安倍政権のなりふり構わぬ原発推進政策を進めるための政治的な意図と九電の経営的な意図で動かされましたが、黒字を続けている四国電力は伊方原発を動かす何の経営的な必然性など何もないままに、政府の指示に盲目的に従って動かしたのです。もちろん、あるものは動かしたいという一企業の目先の欲望はあるでしょうが。
一旦動かしてしまったら、核燃料の放出する熱は出続けますから、止まっているときよりも事故の危険性は遙かに大きくなります。これから私たち大分県民は「いつ事故が起きるかもしれない」という恐怖や不安を抱えながら暮らしていかなければならないのです。
しかも、政府も避難計画に不備があることを認めています。山本原子力防災担当相8月8日に会見で100%完全ではないが、不備なところはこれから直して行く」と発言しています。じゃあ不備がある中で巨大地震が起きて事故になったら誰がその責任を取るのか。その回答はありません。安倍首相は「事故があれば私が責任を取る」と、常ずね言いますが、そうじゃないのです。あなたのような嘘つきに責任を取ると言われても何の安全の足しにもならないのです。原発を動かす前にちゃんと責任を取って問題の箇所は直してもらわないと困るんです。
大分県には原子力避難計画などありません。もし、今事故が起きたら私たちはどこに逃げたらいいのですか。屋内退避で、次の地震で家が崩壊したらどうするんですか。教えてください広瀬知事。この国の官僚も政治家も余りにも無責任です。
また、一企業の利益のために私たち大分県民の人格権を奪うような暴挙を決して許すわけにはいきません。中央構造線上で巨大地震が起きる前に伊方原発を止めることを私たちは要求しますが、金儲けのためなら周辺住民の生命も軽視して、消費者の声も聞く耳を持たない四国電力には当事者能力などありませんから、私たちは一刻も早く司法の手で、この原発をとめることに全力を注ぐことを決意します。

専門家と言われる学者などに国の将来を委ねることはできない

規制庁は新たな地震による知見を訴える島崎元規制委員会院長代理の警告も無視して、規制基準の見直しをする気はありません。地震という予知できない自然の力に対する謙虚さを亡くした科学はやがて自然の力によって大きな罰を受けるでしょう。人類は予知できない自然の怖さを神の力として恐れてきたのです。現代の科学者の多くが科学が自然を制御できるという間違った考えに染まっているのです。
ドイツのメルケル政権が福島事故の直後に脱原発を決めた「倫理委員会」のメンバーは原子力の専門家だけに将来の科学を任せるのではなく、宗教家や哲学者など全ドイツの英知を集めて、脱原発を決めたのです。現代の日本の原子力を推進する専門家連中の哲学なき偏向した学者バカにこの国の将来を任せることなど危険極まりません。私たちの暮らしや将来を決めるのは一部の専門家などではなく、私たち自身でなければならばならないのです。

伊方原発を動かす一点の道理もない

安倍政権はアベノミクスのインチキを包み隠すために、日銀を手下に金融緩和をやらせて財務省にはとてつもない公共投資でインチキ政策のボロが出るのを隠すために繕っているのです。これは矛盾の先送り以外のなにものでもありません。その一環が原発推進政策です。そのツケは何倍にも何十倍にもなって返ってくるでしょう。
一企業が自分たちの企業利益のために原発を動かし、その原発による事故で何十万人もの住民が犠牲になっても何の罰も受けないなどという社会は無法社会です。テロや凶悪殺人などが増えているのは、このような社会正義が崩壊している影響もあり得ると私は思っています。
今年の4月から電力自由化が始まりました。これからの日本の消費者は電気を地域独占の電力会社から、無理矢理買わされることはないのです。好きな電気をスーパーでお買い物をするように自由に選んで買えるのです。そんな社会で強制的に原子力を動かして、その電気を買わせようとする政策は自由主義国家のやることではありません。原子力の公益性は電力自由化で失われてしまったのですから。まさに電力自由化に逆行するような政策は一刻も早くやめなければなりません。

地震による事故が先か、私たちが原発をとめるのが先かの競争

政治が間違っているならば選挙で改めなければなりません。しかし、残念ながら原発は自民党も民進党も利権に絡んだ一部の政治家や、その利権の甘い汁を吸ってる経営者や労働組合などがあるために、国民世論を政治が反映していません。その矛盾は私たち消費者と新しい政党や先進的な経営者が一緒にただしていかねければならない課題です。
でも、恐れる必要はありません。大分県民の60%以上が原発反対です。この声を直接政治家に叩き付けてやればいいのです。不遜な政治家を選挙で落とせばいいのです。
そして、私たち国民・市民が政治だけではなく経済でも主役なのです。消費者が企業を選択するのです。電力自由化です。原発の電気から原発ではない新電力へ乗り換えましょう。
そして、政府と政治が腐っているのなら、三権分立の最後の砦である司法の手を借りましょう。伊方仮処分の裁判は順調に進んでいます。多くの方が私たちの裁判に興味を持ってください。応援してください。応援とは裁判資金のカンパです。そしてこれから動き出そうとしている全国の原発仮処分を地元や原発周辺住民の皆さんはたたかってください。
私たちは諦めることなく、事故の前に原発をとめましょう。



伊方原発3号機が再稼働 運転中の原発、計3基に
朝日新聞2016年8月12日

四国電力は12日午前、伊方原発3号機(愛媛県、出力89万キロワット)を再稼働させた。これで国内で運転中の原発は九州電力川内1、2号機(鹿児島県)に続き、計3基となる。伊方3号機は松山や広島、大分の各地裁で住民が運転を止める仮処分を申請しており、司法の判断で運転が止まることもありえる。
東日本大震災後の新たな原発の規制基準のもとで稼働した原発はこれで3カ所5基目。このうち関西電力高浜3、4号機(福井県)は大津地裁の運転差し止め仮処分決定を受けて停止中だ。川内の2基は秋から定期検査に入るため、年内にも国内で動く原発は伊方3号機だけになる可能性が高い。
午前9時、伊方3号機の中央制御室で、運転員が核燃料の核分裂反応を抑える制御棒を引き抜く操作をして原子炉を起動させた。13日には原子炉内で核分裂反応が連続して起きる「臨界」の状態になる見通し。15日に発電と送電を始め、9月上旬には原子力規制委員会による検査を全て終えて営業運転に入る予定だ。今年5月に1700億円をかけた耐震工事が終わった。
伊方3号機が動くのは、定期検査で止まった2011年4月以来、5年3カ月ぶり。15年7月に規制委の審査を通り、10月に愛媛県と伊方町が再稼働に同意した。
伊方3号機は稼働中の3基の中で唯一、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムを再び燃料として使う「プルサーマル発電」だ。使用済み核燃料を再利用する「核燃料サイクル」にこだわる政府も、早期の再稼働に期待を寄せてきた。
伊方原発は佐田岬半島の付け根部分にあり、30キロ圏内に愛媛・山口両県の12万人以上が暮らす。北側の伊予灘には、国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」がある。原発事故を起こすような地震が起きて避難道路や港湾が崩れれば、原発の西側に住む5千人規模の住民が孤立するおそれがある。住民からは無事に避難できるのか、不安の声が出ている。

# by nonukes | 2016-08-12 12:41 | 原発再稼働は許さない | Trackback | Comments(0)

伊方原発運転差し止め仮処分第2回目の審尋が行われました

伊方原発運転差し止め仮処分第2回目の審尋が行われました
小坂正則
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昨日の8月10日に大分地裁第3号法定で伊方仮処分第2回審尋が行われました。当日は被告(仮処分では債務者という)の四国電力社員の池尻氏を筆頭に5名の弁護士が来ていました。我が方は4名の原告(債権者)と河合弁護士に松山の薦田弁護士に大分の徳田弁護士を筆頭に総計21名の弁護団が結集しました。
審尋で話された内容は大きく分けて3つです。最初にこれからの審尋のやり方や追加の準備書面の提出はあるのかを裁判長は双方尋ねました。債権者側は昨日出した追加の準備書面と8月中には中央構造線の追加準備書面を提出することを伝えました。四電側は追加の準備書面はもうないとのことですが、当方がだした新たな証拠に対しては反論の答弁書が出るかもしれません。2点目は審尋のやり方ですが、松山でも広島でも四電社員によるプレゼンを行いたいと言いましたが、当方は、「あらゆる証拠を書面で出し切っているので、これ以上のプレゼンは不要」と否定しました。それに対して裁判長は無言でした。河合弁護士によると、「裁判長が無言だった理由は四電側の引き延ばし作戦に裁判長が乗らなかった証拠だ」そうです。なるほど裁判長の仕草や顔色で彼の感情が分かるんだなと感心しました。3点目は日程です。四電側は「とにかく、債権者側が出した膨大な証拠を丹念に調べるためには最低でも次の審尋まで2ヵ月は必要」と発言しましたが、河合弁護士は「これらの証拠はすでに松山と広島で議論された裁判記録なのだから、改めて読むまでもなく、これまで債務者側は当事者としてわかりきった内容に過ぎないのでスピード審尋を願いたい」と、発言。それに対して竹内裁判長は黙って、「それでは来月の28日はどうかな」と、河合弁護士の意を汲んだ日程を提案しました。そして次々回を11月17日を提案したのですが、これに対しても四電は午前中は交通手段がないなどとごねていましたが、裁判長は午前10時だったら来れないことはないでしょう」と、押し通しました。
後の記者会見で河合弁護士が「11月に審尋を入れたことには実に大きな意味がある。裁判長は11月で結審して翌年の3月までに決定を出す気なのではないか。彼がいる間に結審を出すには遅くとも11月中に結審しなければ、決定を年度内に出すのは難しい」そうです。竹内裁判長は実質審尋を2回で終わらせようとしているのでしょうか。11月の審尋で結審させられるか、四電側の追加調書を出すなどのことを認めれば、年度内の決定は事実上不可能になるでしょう。そうなれば竹内決定は消えてしまうでしょう。11月17日がこの仮処分の大きな山です。

今回新たに出した調書の中身は

甫守、大河担当弁護士の出した膨大な調書の中身は熊本地震とそれに連なる中央構造線関連の証拠などです。時間の関係で甫守弁護士は会見が始まる前に退席したので、彼が何を書いたのかは分かりませんが、大河弁護士は「私が担当した大分県の原子力防災計画が余りにも基本的なことしか書いていなくて、これでは実際に原発事故が起きたら、何の役にも立たない」とバッサリでした。「特に複合災害に対しての対策が全くない。それに大分県の原子力防災は屋内退避だけで、どう逃げるのかなど避難計画が全くない」のです。
私たちもこれまで何度も県と交渉を続けて来ましたが、当初から私たちが指摘していたことです。ところが熊本地震で第一波の後に破損した屋内にいた方がみんな亡くなったのです。熊本地震以後の日本の原発避難計画の中の屋内退避は見直す必要が絶対にあるのです。


徳田弁護士の会見内容(要旨)

本日の審尋に出て私は、この裁判に対して裁判所は非常に強い関心を持っているなと感じました。裁判所の最大の関心事ははやり地震と津波に集中している。熊本・大分地震を肌で感じた生々しい記憶を裁判官たちも持っていますので、あれ以上の地震が伊方周辺で起きた時に伊方原発がどうなるのかということを中心に考えようとしているなあと感じました。
それからご承知のように大分県には伊方原発の再稼働に関して同意権などはありません。したがって大分県が定めている原子力防災計画なるものは、伊方原発が再稼働されるかどうかとは全く無関係なことで、先程来河合先生などが説明されているように、具体的な状況に即した防災計画など全くないわけです。抽象的な原発事故への対策が書かれているだけで、実際に地震が起こった時に大分県で何が起こり、実際に伊方原発で爆発事故が起こったら、どうなるのかなどを想定したような避難計画は全くないのです。それが今後の裁判の争点になっていくのかなあと思っています。
それから裁判所は来年の3月までに仮処分の決定を書こうとしているのだなあと感じました。そのためには審尋を11月で打ち切るという前提で今日11月の日程を入れたと感じています。なぜなら3月までに決定をだすには11月で審尋を打ち切るのが限界で、それ以降に期日が入るようでは3月中の決定とうことは不可能だろうと思います。場合によっては裁判長が3月に異動する可能性が高いので、これだけ膨大な訴訟資料を調べて置いて、決定を書かずに異動するなどあり得ないと思うので、3月までに決定を出すという方向で、具体的にこれからの審尋を進めて行こうとしていると思います。もちろんこれは方向性ですからできないということも十分あり得るのですが。
本日の審尋で感じたことですが、前日に出した膨大な書面を裁判長は目を通しているようで、信じられないほど丹念に目を通しているなと感じました。私が裁判官だったら前日に出すなど何を考えてるんだといいたくなることでしょう。しかし、膨大な資料に目を通しているのですから、裁判所は強い関心を示していると思っています。したがって多くの大分県民に強い関心を持ってもらって、裁判所が正しい判断を示してくれるように皆さんのご協力を頂きたいと願っています。

次回の審尋は9月28日15時です
傍聴はできませんが、終わった後には記者会見の一般傍聴は可能です。場所は裁判所近くの大分県弁護士会館4階大ホールです。16時ころから始まります。

明日大分でも再稼働抗議行動を行います

大分から数名の仲間が伊方原発現地に行きますが、大分でも夕方からトキハの向かい前で抗議活動を行います。どうか皆さんご参加ください。

日時:8月12日17時30分~18時30分頃まで
場所:トキハ向かいのフォーラス前
参加者はプラカードなど持参ねがいます

# by nonukes | 2016-08-11 12:56 | 原発再稼働は許さない | Trackback | Comments(2)

釜山緑の党との日韓交流ツアーに参加してきました

釜山緑の党との日韓交流ツアーに参加してきました
小坂正則
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みんなで記念写真(最終日です)
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歓迎の交流会で美味しい韓国料理を食べました。マッコリも手作りです
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私も初日の脱原発平和セミナーで講演させてもらいました
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原爆犠牲者の碑と被爆者のみなさんの「ハプチョン平和の家」にて
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ガンジーフリースクールにて
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オンドルの家です。緑の党の有機農業者の方の家です
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慶南緑の党の皆さんとの交流会です。真ん中の女性は17歳の高校2年生
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釜山日本総領事館前にて、従軍慰安婦の10億円基金に対して「お金ではなく謝罪を」と訴える皆さん
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最後の日に市場でキムチを買いました


釜山緑の党と福岡緑の党の日韓交流、第三年目の8月4日から6日のツアーに大分から私が参加して来ました。1日めは釜山市内で、釜山緑の党や韓国の脱原発運動などの方々と韓国と日本の脱原発運動の現状などの報告や課題などについて意見交換を行いました。時間が限られていたので、突っ込んだ話はあまりできませんでしたが、最終日の6日にも再度の意見交換を行う中で、緑の党の課題や脱原発運動の具体的な提案などの意見交換を行うことができました。1日目の議論では、大分が行っている伊方原発裁判の報告を行いました。韓国の参加者はみなさん、大いに関心があるようで、次々に質問が出されました。私は「一日も早く日本の原発を全てとめて、韓国の原発をとめる戦いに参加したいと思っています。韓国・台湾・日本で東アジアの核兵器の撤廃と原発の廃炉を1日も早く実現させましょう」と締めくくりました。最終日に私は1つの提案をしました。「日韓の間に電力海底ケーブルを敷設させる民間運動を繰り広げよう」というものです。

日韓電力海底ケーブルの建設の提案を行う

韓国の電力は国営企業で、現在24機の原発が稼働していて、建設中や計画中が10機もあるそうです。日本よりも厳しい状況のようです。そこで、日韓の間に電力ケーブルを敷いて、互いの国同士で電力を融通しなう関係を築くことが、より自由化を加速させたり、韓国の電力を日本で買ったり、反対に日本の電力を韓国国民が自由に買えるような自由かを進めようというものです。
それに、安倍首相が日本に原発が必要な理由として「日本は島国だからドイツのように電力を隣の国から分けてもらうことができない。だから原発が必要なのだ」と言うのなら、韓国と日本や中国との間に海底ケーブルで電力ネットワークを作って、互いに融通し合う、日韓中の電力自由化を進めるのです。
そうなれば、自国だけで割高な原発を進めることなどできなくなる可能性もあります。まあ、それはそう簡単なことではできないかもしれませんが、緑の党のような国際的な政党だからこそ議論ができる政策だと、私は思うのです。

慶南地域の自由学校など見学しました

釜山から2時間半くらい高速道路などを走って、「ハプチョン平和の家」という広島の原爆被爆者の家を見学しました。広島・長崎の原爆犠牲者は日本人で40万人だそうですが、韓国人の被爆者は約10万人もいるそうですね。しかし、韓国の被爆者はほとんど日本政府による援助などはないそうです。韓国政府の援助もないので、日本人支援によって建てられた「ハプチョン平和の家」を訪問したのです。
韓国にまだ残っている被爆者の存在を私たちはほとんど知らないまま、歴史の影に隠されて多くの被爆者の皆さんは消えていこうとしているのです。従軍慰安婦の問題や韓国被爆者の問題など戦後はまだまだ終わっていないことを強く感じました。
そのあと、山清(サンチョン)にある「山清ガンジー学校」という中高のフリースクールを見学しました。ここではフリースクルを建てた生い立ちや、韓国には千ものフリースクールがあって、政府の公認や未公認施設など様々なスクールが元気に活動しているそうです。日本との落差に打ちのめされました。その次には帰農した緑の党のイーチンホンさんの有機農業で無農薬の野菜などを作っている農園に寄ってお話しを聞きました。
夜はサンチョンの別の中学校のフリースクールの寄宿舎に泊めて頂いて、夜は慶南緑の党のみなさんと交流を深めました。
最終日の6日は午後から釜山の日本総領事館前で従軍慰安婦問題で日本政府が10億円の基金を支払うという日韓合意に反対している従軍慰安婦の皆さんなどが毎日抗議行動をしているというので、私たちも参加して「日本政府は誠実に謝罪をするべきだ」と韓国の仲間と一緒に訴えました。
最終日の7日は自由行動でしたので、釜山の市場に行って、キムチなどを買って帰りました。これからも緑の党の日韓交流に台湾緑の党とも交流を深めていきたいと思いました。

# by nonukes | 2016-08-09 20:20 | 「緑の党」をつくろう! | Trackback | Comments(0)

基本的人権無視の警察国家体制が着実に先行実施されている

基本的人権無視の警察国家体制が着実に先行実施されている
小坂正則
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警察・国家による市民への監視を許してはならない

参院選の最中に大分県警が社民党と民主党の選対事務所に監視カメラを無断で設置して、事務所への人びとの出入りを監視していたことが発覚したというニュースが飛び込んできました。下の毎日新聞8月3日の記事を見てください。
これまで日本では警察による盗聴や監視カメラによる盗撮は日常的に行われていると言われていましたが、なかなか尻尾を捕まれることがなかったのですが、今回は余りにも稚拙な隠しカメラで発見されたようです。
これまで警察よる組織的な盗聴事件として有名な事件は、日本共産党幹部宅盗聴事件があります。「1985年から1986年にかけて、当時日本共産党国際部長であった緒方靖夫宅の電話が警察官によって盗聴された事件」この事件は共産党緒方国際部長の家の前のアパートを借りて、警官が24時間監視し、NTTの電話線に盗聴器を仕組んで24時間盗聴・監視をしていた事件です。1989年3月14日、最高裁は警察官による盗聴の事実は認定したものの、職権濫用には当たらないとして棄却した。また緒方は国・神奈川県・盗聴を実行した警察官に対して損害賠償請求訴訟を起こし、1997年6月26日に東京高等裁判所は国・県に404万円余りの賠償を命じた。盗聴に関与していたグループの一員と見られる警察官が事情聴取の最中に突如入院しそのまま急死した。“内情を知られる事を防ぐ為の口封じに消されたのでは”という声も上がったが真相は今も不明(死因は「脂肪肝」と発表されたが、「これで死ぬ事はほとんどない」との主張もある)。(ウィキペディアより)
今回の盗撮は社民党・民進党の選挙違反を上げようとして仕組んだ違法行為だったのだと思われますが、このようなことを公権力が公然と行われることを許す社会になれば、それこそ前科のある人やマイノリティーの人などに対して予防拘束や人権蹂躙が日常的に行われる社会へとなっていくのです。

すでに監視社会は完成しつつある

1999年8月に法案が可決された「通信傍受法」いわゆる「盗聴法」が今年の改正案ではこれまで盗聴の対象事件だった重大事件から一般の事件まで幅を広げることや、NTTなど通信会社の社員の立ち会いが必要だったものを、改正案では警察署で自由にできるような案なのですが、幸い参院選の影響で法案は可決されずに時間切れとなったものです。
しかし、圧倒的な与党と大阪維新のような隠れ与党の数で秋の通常国会では可決成立する可能性が大なのです。また、スマートフォンを持っている人はGPSの位置情報で、どこにいるかを監視できる仕組みなのです。電源を切っていても位置情報は収集できるそうです。そのほか、監視カメラが全国至る所にありますが、駅や街角の監視カメラや道路に設置されているNシステムなどは当然のこと警察の監視下に置かれているのです。

私たちは監視社会を選ぶのか、自由な社会を選ぶのか

先日神奈川県で陰惨な障害者集団殺傷事件が起こりました。精神疾患か大麻の影響による精神喪失状態の青年なのかはこれから調べられることでしょうが、暴力的な事件が起こる度に「予防拘束」や「保安処分」の必要性が語られるでしょう。駅や繁華街の防犯カメラがあることで、暴力事件や犯罪が未然に防がれる長所があることは事実ですが、しかし、それで私たち市民社会が失うものの大きさを私たちは十分自覚して、どこまで監視されてもいいのかを議論する必要があるのです。警察は人間を見れば泥棒か犯罪者として疑って見るのです。それが仕事だと言えばそれまでですが、そんな警察権力の肥大化が、国家に迷惑な人間や野党の政治家や対立する派閥の政治家を陥れるために、そして市民運動を潰すために盗聴や盗撮が利用されてきたのです。私は反原発運動を長年やって来ましたから、警察によるでっち上げの「過激派情報」を職場へ通報する嫌がらせや警察・公安による監視などの被害を長年受けて来ました。しかし、そんな社会は健全な社会では決してありません。至る所に設置されている監視カメラやNシステムの設置や盗聴法の改悪など、無制限に許してはならないと、私は今回の事件で痛切にそう感じました。




大分県警別府署
隠しカメラ、「民進党」関連建物敷地内に

毎日新聞2016年8月3日 


隠しカメラが設置された別府地区労働福祉会館。カメラの一つは、入り口などが見えるように木の幹(手前左側)の高さ約1.5メートルの所にくくりつけられていたという=大分県別府市で2016年8月3日午前9時7分、大島透撮影
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参院選の選挙期間中に設置 人の出入りなど録画

7月10日に投開票された参院選大分選挙区で当選した民進党現職らの支援団体が入居する大分県別府市の建物の敷地内に、同県警別府署員が選挙期間中、隠しカメラを設置し、人の出入りなどを録画していたことが、3日分かった。カメラの設置は無許可で、建造物侵入罪などに該当する可能性があり、県警の捜査手法に批判の声が出るのは必至だ。
県警や関係者によると、隠しカメラが設置されていたのは、別府市南荘園町の別府地区労働福祉会館。連合大分の東部地域協議会や別府地区平和運動センターなどが入居しており、参院選の際には大分選挙区で立候補した民進党現職の足立信也氏(59)や、比例代表に出馬した社民党の吉田忠智党首(60)の支援拠点になっていた。
カメラは参院選公示前の6月18日深夜から敷地内に2台設置され、同会館の玄関と駐車場の出入りを録画していたとみられる。公示翌日の同23日、敷地内で草刈りをしていた別の施設の職員が発見した。1台は敷地内の斜面に、もう1台は木の幹にくくりつけられていたという。
内蔵のSDカードを確認したところ、別府署員がカメラを設置する様子も映っていたため、同会館の関係者が同署に連絡。署幹部が謝罪に訪れ、同24日にカメラを撤去したという。県警によると、カメラを仕掛けたのは別府署刑事課の署員2人。同署が設置を決め、場所は同課で判断したという。設置した署員は「雑草地だったので、(同会館の)管理地だとは思わなかった」と話したという。

県警は「個別の事案について、特定の人物の動向を把握するためにカメラを設置した。対象者が誰かは言えない。不特定多数を対象にしていたわけではない」と説明。「刑法上の処置が必要なら厳格に対応する。調査がいつまでかかるかは分からず、公表や処分の必要性はその後判断する」とした。捜査上のカメラの設置は警察署の判断でできるため、県警本部に設置の報告は上がっておらず、過去に同様の問題が報告されたこともないという。
大分県内の野党関係者は「無許可で監視カメラを設置するなど言語道断で、許されない。選挙活動への不当な介入だ」と話す。
大分県警の小代義之刑事部長は3日、「捜査活動の一環としてカメラを設置したが、他人の管理する敷地内に無断で立ち入ったのは不適切な行為であり、関係者におわび申し上げます。今後は適切な捜査について指導を徹底します」とのコメントを発表した。
参院選大分選挙区では、民進、共産、社民の野党3党が支援した足立氏が、1090票差という大接戦の末に自民党の新人候補を振り切って3選。吉田党首は比例で落選した。【西嶋正法、田畠広景、大島透】

# by nonukes | 2016-08-03 18:25 | 小坂農園 薪ストーブ物語 | Trackback | Comments(0)

「伊方原発をとめる大分裁判」の原告申し込みが続々郵送されて来ています

「伊方原発をとめる大分裁判」の原告申し込みが続々郵送されて来ています
小坂正則
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連日猛暑日が続きますが、そんな暑さを吹き飛ばすような出来事が我が家には起こっています。と言うのも、裁判の原告申し込み用紙と委任状が1昨日には7通10人分が郵送されてきました。これまで毎日のように1通から2通の委任状や電話の問い合わせがあったのですが、1昨日はどっと送られてきたものです。きっと7月16日の広瀬隆講演会に参加した方が申込用紙を持って帰って、手続きを行ったものや電話で申込用紙を請求した方が送り返して来たものなどです。本日までに原告数は120名を超えました。それに昨日は郵便振り込みが5件の4万6千円も送られてきました。それは裁判の原告参加費や応援団の申し込みやカンパなどです。
事務局スタッフの裁判準備が追いつけないほど時間がどんどん過ぎています。リーフレット編集や会員ニュースの発行準備や名簿の整理などの仕事に追われています。それに本訴の提訴を8月をめどにして準備している弁護団の訴状作成に呼応して、私たちはできるだけ多くの原告を集める必要があるのです。
原告になって頂いた方や応援団の申し込みをしてくれる方や県外からカンパを送って頂く方などに背中を押されて事務局スタッフはうれしい悲鳴を上げています。今後もよろしくお願いいたします。
本日の大分合同新聞朝刊に載りました。

第2回仮処分審尋は四電も来て、8月10日14時半から

「伊方原発をとめる大分裁判の会」が行った伊方原発3号機運転差し止め仮処分の第1回審尋が7月21日に行われましたが、第2回目の審尋は8月10日となりました。
次回の審尋は四国電力側弁護士も来ます。そこではこれからの審尋のスケジュールが決まる予定です。初めて裁判所で対峙する四国電力の弁護団とこれから我が脱原発弁護団の法廷闘争が繰り広げられます。我が方には「被害現地」の120万大分県民がいます。そして1日でも早く原発をとめたい全国の脱原発を求める60%以上の国民の支持があります。
そんな圧倒的な市民の支持に支えられた法定でのたたかいです。負けるわけにはいきません。必ず大分地裁仮処分でまずは伊方原発の運転を指しどめて、本訴でも勝って、伊方原発を廃炉にします。
8月10日の第2回大分地裁審尋でも3時から大分県弁護士会館にて記者会見と裁判報告集会が行われます。ぜひ多くの方の参加を呼びかけます。一般参加も自由です。

関東平野で頻発する群発地震は何を意味しているのか
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16日から27日までに茨城県南部地域に起こった地震は中央構造線に沿っている
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6月から7月まで関東地域で起こった震度1以上の地震は千回をこえている
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中央構造線とは4つのプレートがぶつかってできた皺と活断層帯のこと

7月16日17時40分:茨城県南部 最大震度1 マグニチュード3.8
7月17日13時24分:茨城県南部 最大震度4 マグニチュード5.0
7月19日12時57分:千葉県東方沖 最大震度4 マグニチュード5.2
7月19日16時28分:茨城県沖 最大震度3 マグニチュード4.1
7月19日23時55分:茨城県南部 最大震度2 マグニチュード3.6
7月20日03時06分:駿河湾 最大震度2 マグニチュード4.1
7月20日07時25分:茨城県南部 最大震度4 マグニチュード5.0
7月27日23時47分:茨城県北部 最大震度5弱 マグニチュード5.3

上の図のように、熊本地震から3ヵ月が過ぎた7月17日に茨城県南部でM5、震度4の地震が起きて、19日にもM3、2、度3、2の地震が2回。20日にM5、震度4、27日にはM5.3、震度5弱の地震が茨城県南部で頻発しています。この地震動は熊本・大分地震とは全く関係がないように思われがちですが、実はどっちも中央構造線の上で起きた地震なのです。気象庁は「この地震は2011年3.11の余震の可能性が高い」と説明していますが、果たして東日本大震災の余震なのでしょうか。私には「中央構造線が動き出す予兆と考えるべきではないか」と思うのです。
これだけ地震が全国で頻発している時期に川内原発を九電は止めることもなく「安全」と説明し、伊方原発は来月11日にも再稼働されようとしているのです。私たちは4月14日と16日の熊本・大分地震の怖さかを忘れることはできないのに、そして熊本ではまだ被災者が体育館などに一時避難しているというのに、中央構造線の真横の伊方原発の再稼働を国や電力会社は強行するつもりなのでしょうか。

原発安全性の最大の根拠である基準地震動の計算式が怪しい

下の毎日新聞の記事を見てください。元規制委員会委員長代理で、規制庁の中で唯一の地震学者だった、島崎邦彦さんが2014年9月18日で規制庁をクビになってから、彼は自ら「基準地震動」の計算を再チェックしたところ、大変な事実を発見したのです。それは基準地震動を計算式(様々な計算式があって、それぞれの電力会社は自分で都合のいい式を使って計算している)を使って計算すると、関電の計算式「入倉・三宅式」ではなく、「武村式」を使うと、倍以上の基準地震動が必要になったというのです。それらのことを島崎名誉教授は昨年から地震学会などで発表して、6月の16日には規制庁へ申し入れを行ったのです。しかし、27日の会見で、田中委員長は「大飯原発の基準地震動を見直す必要はない」と、島崎元委員の申し入れを無視することにしました。
島崎元委員は6月の大飯原3、4号機の発差し止め訴訟で以下のように証言しています。

断層傾斜角が垂直、あるいはそれに近い横ずれ断層の場合、「入倉・三宅式」では、他の計算式(武村式など)の4分の1ていどの数字しか出ず、過小評価になってしまう。大飯と同じような垂直の横ずれ断層で起きた熊本地震は、震源付近で1,000ガルをこえる強さであった可能性が高い。その事実に衝撃を受けるとともに、「入倉・三宅式」の計算による地震動想定では低くなりすぎると確信した。大飯原発差し止め訴訟にかかわる6月の陳述書提出に応じたのは、委員会を退いたとはいえ、かつて審査を担っていた身として、科学的な新知見を提示する必要を感じたからだ。

そして、規制庁に申し入れた結果は27日の田中委員長の「見直す必要はない」となったのですが、その根拠として「大飯原発で想定される揺れを再計算した結果、356ガル(ガルは加速度の単位)で、別の「武村式」では644ガルとなり、ともに関電の基準地震動(856ガル)を下回ったため「過小評価ではない」というのです。
しかし、この計算式には大きな操作があったのです。関電の出した最大856ガルは、「入倉・三宅式」で算出した数字に不確定要素を加える目的で1.5倍した数字だが、規制庁の示した644ガルは1.5倍したものではない。同じ条件で比べるなら644ガルではなく、その1.5倍の966ガルとすべきであろう。少なくとも規制庁は計算のやり方を、関西電力と比較できる形にはしていなかったのです。

「基準地震動」は先に答えがあり、その答えを出すために必要な数値を入力する

つまり、最初から耐震設計できる上限の数値を関電側の現場が出して、その答えに沿って計算式を操作しているのです。不確定要素として1.5倍したなら武村式でも1.5倍の不確定要素を掛けるべきなのは当たり前なのです。
そんなインチキ式とインチキ計算を行って、私たちの生命や財産を守ることなあどできる訳はありません。まったくふざけた「専門家」の騙しのテクニックです。科学理論にも相対性理論など真理に基づく理論と、これまでの仮説に立って「予測数値式」とは、似て非なる理論です。「基準地震動」などの数式理論はこれまでの知見によって求められる予想理論でしかないのです。しかし、地震学で明らかになっている真実など全体の1%もないものでしょう。これから人類が経験するであろうとてつもない巨大地震などの経験により、これまでの学問の不備が訂正されて、より真実に近づくことはあるかもしれません。でも、それまで何度と想定外の巨大地震を私たち人類は経験しなければならないのです。だから事故が絶対起きてはならない原発は動かしてはならないのです。
しかし、電力会社の虜になってしまった規制委員会や規制庁は安倍政権の2030年20~22%の比率で原発をベースロード電源として利用するためには、動かせる原発は全て60年動かすことが自らの仕事と考えているから1機でも動かしたいというのが規制庁の本音なのでしょう。

原発を止めることができるのは、普通の市民と良心的な科学者と裁判所

お金や地位の誘惑に負けた科学者や官僚などと金目しかない電力会社の社員などの人間には科学的な根拠などいくら並べても、曇った目をした彼らには、真実のそれを見ることはできません。だから安倍政権の矛盾に満ちたエネルギー政策をNHKなど御用マスコミも批判できないのです。「裸の王様」で「王様は裸だ」と言えたのは澄んだ瞳を持った子供でした。私たちが子どもの目を持って、「安倍は裸だ」と大きな声で国民に訴えればきっと分かってくれる人がどんどん出てくるでしょう。事実、大分県内の60%が伊方原発の再稼働に反対という事実があるのですから。
結論として規制庁はいくら伊方原発などが地震に耐えられないという新たな知見が出ていたとしても,それに対して真摯に向き合うことはありませんから、規制庁は危険な原発を自らの手で止めることなど決してないでしょう。ですから、裁判所や市民が危険な原発は直接とめるしかないのです。

伊方原発運転差し止め訴訟 原告数100人超え
大分合同新聞 2016年8月1日

県内の住民が今夏をめどに大分地裁に起こす予定の「伊方原発運転差し止め訴訟」は、原告数が当初の目標としていた100人を超えた。訴訟の準備を進めている市民団体「伊方原発をとめる大分裁判の会」は「今後も200人、300人と、どんどん輪を広げていきたい」としている。
伊方原発をとめる大分裁判の会は7月29日に大分市内で事務局会議を開き、弁護士に訴訟手続きを依頼する委任状を出した原告が112人になったことを確認した。男女別では女性の方が多く、「関心の高さが伝わってくる」という。さらに参加者を募った上で、9月までに提訴する方針。
伊方原発は四国電力の原発。大分県から最短45キロ先の愛媛県伊方町に立地し、3号機が8月中旬にも再稼働する見込み。原発近くの海域には国内最大級の活断層「中央構造線断層帯」が走っており、同会は「大地震が起きて重大事故に至る可能性が高く、対岸の大分県にも放射能被害が及ぶ」と訴えている。
同会は訴訟に先行し、既にメンバー4人が伊方3号機の運転差し止めを求める仮処分を大分地裁に申し立てた。仮処分は緊急に申請したため4人に絞ったが、訴訟は「多くの県民の参加を」と呼び掛けている。原告の参加には訴訟費用などで1万円が必要。
伊方原発を巡っては、松山、広島両地裁でも差し止め訴訟が起き、仮処分も申し立てられている。四国電は松山、広島両地裁で「安全性は十分確保されている」と主張しており、大分でも全面的に争うとみられる。
原告への参加などの問い合わせは同会の小坂正則事務局長(TEL090・1348・0373)。
◆カンパ送り先 郵便振替口座
 伊方原発をとめる大分裁判の会
 01710-7-167636
◆原告募集中です(大分在住者に限ります)
 原告になるには1人(1世帯)で1万円が必要です
 未成年者も外国人も原告になれます。
◆連絡先 097-529-5030
 携帯090-1348-0373(小坂正則)


大飯原発
基準地震動、見直し不要 規制委見解まとめ

毎日新聞2016年7月27日 

原子力規制委員会は27日の定例会で、関西電力大飯原発(福井県)で想定する地震の揺れ(基準地震動)について、見直す必要はないとする見解をまとめた。規制委の前委員長代理の島崎邦彦氏が「計算結果が過小評価になっている」と指摘していたが、関電の計算結果は妥当で、現行の計算方式以外について「科学的・技術的な熟度には至っていない」と島崎氏の主張を退けた。
過小評価の原因と指摘されていたのは、関電が使っている「入倉・三宅式」。規制委事務局の原子力規制庁は「武村式」など、別の計算方式の妥当性を調べたが、予測の「不確かさ」を考慮する方法が確立されていないなどとする検証結果をまとめ、規制委の5委員が了承した。【柳楽未来】

専門家の指摘に耳を傾けて

一連の問題は、原子力規制委員会の専門性に疑問を投げ掛ける結果にもなった。
事務局の原子力規制庁は関電と同じ「入倉・三宅式」で、大飯原発で想定される揺れを再計算した結果、356ガル(ガルは加速度の単位)で、別の「武村式」では644ガルとなり、ともに関電の基準地震動(856ガル)を下回ったため「過小評価ではない」と判断。規制委が13日に了承した。
しかし、19日になって規制庁は「無理な計算だった」と事実上撤回。規制委が事務局の計算の妥当性を検証せず、追認していたことが明らかになった。今回の計算結果は関電の計算と食い違い、関電の詳細な計算過程を把握していなかったことも発覚。一昨年秋に関電の基準地震動を了承したが、審査のあり方にも疑問が生じた。
規制委の5委員の中には地質学者はいるが、地震動の専門家は不在だ。田中俊一委員長は27日の会見で、専門性の不足について「反省点としてはある」と認めた。一方で19日に島崎邦彦氏に面会した際には「(外部の)専門家の意見を聞く余裕もないし、その立場ではない」と言い切った。最新の知見を安全対策に反映させることが、福島事故の最大の教訓だったはずだ。外部の専門家らの議論や指摘に耳を傾けるべきではないか。【柳楽未来】



「忘災」の原発列島 揺れ過小評価を指摘、島崎元規制委員長代理 「過ち繰り返したくない」
毎日新聞2016年7月20日 東京夕刊
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毎日新聞のインタビューに答える島崎邦彦・元原子力規制委員=東京都千代田区で2016年6月16日、中村藍撮影

「想定外だった」。東日本大震災の東京電力福島第1原発事故後、この言葉を政府や東電は何度も口にした。それから5年4カ月。再稼働が進む中で、地震や津波の現在の想定に対して「過小評価だ」と警告を発するのは、2014年9月まで原子力規制委員会の委員長代理を務めた島崎邦彦さんである。“古巣”にもの申すのはなぜか。インタビューで明らかにした真意とは。【高木昭午】

東京大地震研究所の教授や日本地震学会長などを歴任した島崎さんは、地震研究の重鎮として知られる。規制委では、電力会社が策定した原発の地震想定を審査していた。

その人が先月から、関西電力の大飯原発を襲い得る地震の揺れの想定は「過小評価だ」と指摘している。規制委に対し再計算を要請し、その結果に納得せず再々計算も求めた。自らも審査に関わった原発なのに、だ。大飯原発の運転差し止めが争われている名古屋高裁金沢支部に、同じ趣旨で陳述書も出している。加えて、内閣府が14年8月に発表した、日本海沿岸を襲う津波の予測にも「西日本の一部では過小評価で、本当の高さは2倍程度だ」と見直しを求めている。

このように訴えるのは「揺れや津波を起こす震源断層の規模が本来の3〜5割に小さく推定された」という自らの研究結果に基づいている。規制委を退職した後にデータを調べ直し、「震源断層の規模を計算する式が、断層の種類によっては不適切で過小評価を生む」との答えに行き着いた。

リスクを知ってもらおうと、昨年から学会で4回発表した。さらに今年4月、震度7を記録した熊本地震が起きた。「熊本地震に式を当てはめると、過小評価がさらにはっきりした」。雑誌「科学」7月号に論文を出した。

在職中に過小評価に気がつかなかったのか、という疑問は当然ある。島崎さんに会うとこう話した。「震源断層規模の計算式は幾つかあり、大飯原発の審査で使ったのはその一つ。原子力規制庁の職員が私に『式によって違った揺れの規模が出る』と問題提起しましたが、誤差の範囲だと思っていました」

問題点に気づいても黙っている学者は多い。声を上げれば時間的、精神的にかなりの負担になるからだ。それを覚悟でなぜ今?と尋ねると、はっきりした口調でこう答えた。「過ちを繰り返したくないからです」

東日本大震災前の東北津波想定 言っても無駄と黙った原罪
「過ち」を犯したのは十数年前にさかのぼる。この時、島崎さんは政府の地震調査委員会に所属し、02年に発表した津波に関する報告書の責任者だった。報告書は、青森県から千葉県までの太平洋岸はどこでも10メートルを超す津波の危険がある−−と読める内容だった。

一方、津波対策を検討したのは、地震調査委とは別組織の「中央防災会議」。その傘下の調査会は04年、島崎さんたちの警告を退け、「岩手県では20メートルを超す津波も予想されるが、福島県以南では最高でも約5メートル」という別の試算結果を採用した。実は島崎さんも調査会のメンバーで、低い津波想定に反対したのだが、結局は黙認した形になった。

そして11年3月11日。東日本大震災が発生し約1万8000人が亡くなった。島崎さんの推定では死者の8割が、中央防災会議が採用した津波想定の、2倍を超える津波に見舞われていた。福島第1原発に到達した津波は15メートルを超えた。

「調査会で、もっと強く主張すべきでした。でも当時は言っても無駄だと思い、私は黙ってしまい『負け犬』になった。今回は、『変人』と言われるのを覚悟でしつこく主張していきます」。反省を交えながら語る島崎さんは今、若手の地震学者にも目を向ける。「彼らに『審議会に入るな』とアドバイスをしています。世の中の役に立ちたいならば外にいて『おかしいと思ったら指摘をしろ』と」。中で声を出しても「行政の裁量」という理由で退けられがちだと思うからだ。

政府は今回も警告受け入れに消極的だ。日本海沿岸の津波を予測した内閣府は「過小評価でない」と修正しない姿勢だ。規制委は大飯原発の揺れを再計算したが強引に問題なしと結論づけた。島崎さんの抗議に田中俊一規制委員長は「(不適切だとされた従来の計算法を)やめる手立てを我々は持たない」と開き直ったが、20日の規制委会合で問題の検討継続を決めた。

元委員の指摘すら受け入れない規制委の対応を見ていると、気になるのが原発耐震審査の実情だ。規制委は自ら作成した「審査ガイド」で、「原発を襲う可能性がある揺れの全てを考える」ことを基本原則に掲げている。だが、原則通りの審査が行われているのかを疑問視する専門家も多い。

この点について島崎さんの答えは当初、「ノーコメント」だった。ただ、インタビュー前に、次のような回答をメールで寄せてくれていた。<(全ての揺れを考えるという)原理に穴があいているのではないか、というのが私の現在の主張です。在職中にこのような(穴がないかの)検討は行っておりません>

この回答について質問を重ねると、次のように話した。「強震動(地震の強い揺れ)の計算が、どの程度確かなのかが問題です。私は強震動の専門家ではなく、在職中は計算を疑いませんでした。『揺れはちゃんと計算できるから、審査でカバーできる』と思ったわけです」。だが今は自らが、揺れの計算法に異を唱え、規制委と対峙(たいじ)している。

一方、強震動計算の専門家は揺れの計算に慎重さを求める。纐纈(こうけつ)一起・東大地震研教授は「揺れの計算では、倍半分(実際の値の5割〜2倍)程度の誤差が不可避。以前からの常識です」と話す。藤原広行・防災科学技術研究所社会防災システム研究領域長は、審査ガイドの作成中に「揺れの計算結果に、もっと大きな幅を見込んで規制してはどうか」と島崎さんに提案したが、採用されなかった。

このような意見を採用しなかったのはなぜか。「当時は『何年に1度程度の原発事故まで許容するか』という安全目標が未定でした。計算結果の幅をどこまで見込むかは、その目標次第なのです。揺れに幅を持たせるとの提案には厳し過ぎるとの批判もあった。だからガイドでは明文化せず、実際の審査に任せました」

安全目標は「大事故は原子炉1基あたり約100万年に1回以下」などと決定済みだ。揺れの計算に慎重を期すならガイド改定が必要ではないか。島崎さんは「今の規制委には何も言いたくない」と前置きするのだが、「一般論として科学はどんどん進む。ガイドは不断の見直しが必要です」と話す。

規制委は揺れの専門家が不足しており、「電力会社と対等に議論できていない」との指摘もある。島崎さんは「米国と違い、日本はそういう専門スタッフを雇う制度がありません。仕方なく強震動の専門家を招いて講演をしてもらっていました」と実情を明かした。

話を聞いて、規制委の専門性に疑問を抱いた。規制委は専門家の指摘に謙虚に対応し、審査の精度を向上させるべきではないか。

 ■人物略歴

しまざき・くにひこ
 1946年東京生まれ。68年東大理学部地球物理学科卒。74年理学博士(東大)。89〜2009年東大地震研究所教授。06〜08年日本地震学会会長。09〜12年地震予知連絡会会長。12〜14年原子力規制委員会委員長代理。

# by nonukes | 2016-08-01 10:30 | 原発再稼働は許さない | Trackback | Comments(0)